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原爆症認定集団訴訟についてよく分からない方、もっと知りたい方、振り返りたい方。
全てのみなさんに、原爆症認定集団訴訟・近畿の裁判傍聴日誌をお勧めします。
近畿第一次訴訟の第一回期日から現在まで、この訴訟や運動について、正確に、そして臨場感をもって伝えてくれています。
原爆症認定集団訴訟・近畿の裁判傍聴日誌(←ここをクリックすれば、傍聴日誌1~43までがPDFファイルでダウンロードできます)
最新情報は京都原爆訴訟支援ネットのホームページから取得できます。
本当に貴重な資料ですので、是非ともご一読下さい。
ご参考に、傍聴日誌20より、近畿第一次訴訟地裁判決(2006年5月12日)言い渡しの様子を抜粋させていただきます。
   ↓

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 午後2 時、開廷。西川裁判長が主文を読み上げた。
「1、被告厚生労働大臣が原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11 条1 項に基づき原告深谷日出子に対し平成14 年7 月1 日付でした原爆症認定申請却下処分を取り消す」。
 廷内はまだ息をひそめていた。
「2、被告厚生労働大臣が…原告葛野須耶子に対し…却下処分を取り消す」。
 まったく同じ文言。だが、これは大変な意味を持つ。葛野さんは被爆距離3・3 キロ。国がこれまでがんとして認めなかった遠距離被爆者なのだ。原告弁護団席を窺う。慎重居士といわれる尾藤廣喜・近畿弁護団幹事長の顔が一瞬、ほころんだように見えた。あとは一瀉千里だった。木村さん、井上正巳さん(75)=兵庫=、佐伯さん、小高さん。次々と「却下処分を取り消す」。そして、原爆投下の後、救護などで広島、長崎に入り残留放射線を浴びるなどして被爆したいわゆる「入市被爆者」の甲斐さん、川崎紀嘉さん(80)=大阪=の原爆症も認められた。9 番目の美根アツエさん(78)=兵庫=の「却下処分を取り消す」と西川裁判長が言い終わったのは、開廷からわずか4 分後。勝った!全員勝訴だ!外で待つ支援者らへ知らせる旗を、と指示が飛ぶあわただしい弁護団席。裁判官がさっと退出、廷内にはたちまち興奮の輪が広がった。涙の止まらない弁護士、抱き合い、握手し続ける原告と弁護士。傍聴席の人たちからも原告の肩へ、背中へ祝福の手が伸びる…。
 私は法廷を飛び出し、階段を駆け下りて、北門へ走った。しまった。被告国側代理人の顔を見るのを忘れていた。いや、もういい。原告の気持ちを逆なでする質問ばかり重ねてきた、あんな顔など二度と見たくない。北門では歓声と拍手がわき上がっていた。「全面勝訴」「国の認定制度を批判」と大書した垂れ幕が、待ち構えた支援者らの前に高々と掲げられていた。
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2009.06.07 Sun l 活動報告 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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