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被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(82)
高裁第6民事部の判決は年明け1月14日(木)に決定!
認定被爆者の更新打ち切り処分に対する裁判も開始、より広い被爆者援護のために
2020年9月13日(日)


 猛暑の続く8月下旬から9月にかけて、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟は3つの裁判が続いた。最初が8月26日(水)高裁第6民事部、続いて9月7日(月)地裁第2民事部、そして9月9日(水)高裁第12民事部と。

 最初の8月26日(水)高裁第6民事部(大島眞一裁判長)は原告T・Iさん(男性、76歳、京都府城陽市)の控訴審。法廷は202号大法廷。コロナ感染防止対策で席数も思い切って減らされているが、傍聴者も9人だけと寂しい法廷になった。前回は2月28(金)、阪南医療生協診療所所長の眞鍋穣医師による証人尋問で、T・Iさんの被爆状況と症状、放射線と糖尿病発症の関係、肝機能障害の最新の医学的知見について、多数の資料とデータに基づいた精緻極まりない証言だったことが強い印象として残っている。圧倒的な証言の前に、国側代理人は質問に窮してしまい、反対尋問を10分にも満たない時間で切り上げ、尋問放棄に近い事態を招いてしまった。かってないことだった。
 その証人尋問を受けて今回が最終弁論となった。担当の中道滋弁護士が立ち、最近では珍しくなったパワーポイントを使っての最終意見陳述が行われた。既に眞鍋医師の証言によって放射線起因性などについては詳細な主張立証が行われていることから、今回はそれを補充する内容ではなく、あらためて被爆の実相を示し、被爆者援護・救済の重要性、必要性を説くことに重点を置いての陳述となった。写真、絵などの画像、援護法前文、松谷訴訟最高裁判決の要旨、眞鍋証言の要点などを示し、それらを簡潔にまとめたコメントによって20分間の陳述はまとめられた。
 裁判長から弁論の終結が宣せられ、判決言い渡しは来年年明けの1月14日(木)午後1時15分からと告げられて閉廷となった。

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 報告集会は大阪弁護士会館で行われ、弁論された中道弁護士と、今回も出廷された原告のT・Iさんからの挨拶から始められた。T・Iさんは振り返れば原爆症認定申請したのは平成22年(2010年)のこと、今日まで10年もかけてくることになった。ここまで応援していただいたみなさんへの感謝の言葉が述べられた。判決が意外と先となり、これから4ヶ月も先となった。それだけのじっくり時間をかけての判決なら裁判長にも期待したいところだが、裁判長頼みではなく、眞鍋医師の意見書の力と、私たちのこれから4ヶ月もある期間の運動-公正な判決を求める署名運動-を最後まで取り組んでいくことが呼びかけられ、みんなで確認した。
 
 報告集会では8月22日(土)に行われた全国の弁護団と支援ネットの会議内容も報告された。会議の目的は2020年1月21日(火)の最高裁判決を受けて今後これをどう克服していくかについての意見交換だった。最近、せっかく頑張って原爆症認定を勝ち取っても、5年の経過後には機械的に更新却下される事例が全国的に頻発するようになっている。最高裁判決を受けて今年4月からは厚労省がより厳しくなる行政方針も出している可能性もある。この事態を克服していく基本は日本被団協の提言に沿った法改正が必要。その実現のためにどう運動を進めるか話し合った、と言うのが報告の要旨だった。

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 最後に尾藤廣喜弁護団幹事長からまとめの挨拶が行われて報告集会は終了した。ノーモア・ヒバクシャ訴訟も全国で残された原告は7人、その内5人が近畿訴訟となった。裁判は最後まで戦ってすべての原告が認定を勝ち取るようにしていこう。認定後の更新で打ち切られる人が増えている可能性がある。これに対して全国的に対応していくことが確認された。手を緩めることなくとりくんでいきたい。最後の最後まで被爆者の願いを完全に実現していくことが私たちの課題だ。核兵器廃絶と共に。尾藤弁護士からは京都「被爆2世・3世の会」が刊行した書籍、『語り継ぐヒロシマ・ナガサキの心』〈上巻〉も紹介していただいた。被爆二世・三世でなければ書けないようないい証言集だと評価いただき、これをもっと広げて、私たちの闘いの武器としても使っていこうと紹介していただいた。

 9月7日(月)の地裁第2民事部(森鍵一裁判長)は今回2回目の弁論期日だが、これまでの原爆症認定訴訟、ノーモア・ヒバクシャ訴訟とは内容の異なる裁判だ。閉廷後の報告集会で愛須勝也弁護団事務局長から行われた説明をまとめると次のようになる。
 原告のS・Tさん(74歳・大阪府)は広島での胎内被爆者。下咽頭がんを発症し、原爆症認定を申請、認められてきた。当初は放射線治療で治癒をめざそうとしたがそれでは叶わず、がんの切除手術を余儀なくされた。しかし手術はがんの切除だけで済ますことはできず、リンパ節の手術など合わせて3つの手術を伴なった。その結果後遺障害である嚥下障害、甲状腺機能障害なども発症し、現在もその治療を続けている。
 S・Tさんは原爆症の引き続く認定を求めて現況届け、更新の手続きを行ってきたが、こともあろうに決済者である大阪府は更新手続きを拒否、却下の処分を行ってきた。理由は、当初の認定申請疾病である下咽頭がんはすでに切除して完治しているとみなし、後遺障害の嚥下障害や甲状腺機能障害は、当初の認定申請疾病には含まれていないので認定対象とはならない、というものだ。更新が拒否されるとそれまでの医療特別手当給付は終了し、特別手当給付に切り下げられる。もともと下咽頭がんの発症、治療に伴って生じた後遺障害。当然それは当初の下咽頭がんと一体の原爆症として認められなければならないとしてS・Tさんは提訴に及んだ。

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 報告を聞いて、今被爆者をめぐる状況にはこのような事態も生まれているのかと驚きを隠すことができなかった。がん手術後の経過観察をどこまで要医療性の範囲とみるかなどについて争いのあることは分かっていたが、明確な後遺障害、それも今現在歴治療中であることが明確な疾病まで拒否するとは。
 毎年3月末、被爆者に関わる基本的なデータが厚労省から公表される。それを見ていると、原爆症認定を受けている被爆者(医療特別手当受給者)数は年々減少し、一方原爆症認定の更新を終えたとされる被爆者(特別手当)数が年々増加していることが顕著に示されている。原爆症認定の更新基準、判断基準の変化(後退)がそこに存在していることをあらためて気付かされることになった。
 このような事態が進行していて、それが法廷の場で争われるのは全国でも初めてのケースとなる。裁判長からも全国の先例となるので慎重に審理を進めていきたい旨語られた。その上で、「認定疾病とは何か」、「要医療性とは、その範囲は何か」などについての考え方を整理して提出するよう原告側代理人に求められた。被告側代理人にも「後遺症に対する対応」の考え方を提出するよう指示がなされた。それぞれ提出期限は11月6日(金)までとされ、次回弁論期日を11月13日(金)と確認してこの日の裁判は閉廷となった。
 その後の大阪弁護士会館での報告集会では、上記の愛須弁護士からの報告を受けて意見交換。この裁判の被告は大阪府だが、当然被爆者行政の基本方針は厚労省からのものであり、実質的に国、厚労省を相手にした裁判となる。私たちはこれまで新しく原爆症認定を求める人たちを応援してきたが、認定を得た人たちがその後継続更新できているのかどうかには十分な関心を払うことができてこなかった。S・Tさんのような事例、納得できないまま医療特別手当を外された被爆者は少なくない可能性がある。そうした人たちの現状を掴み、被爆者支援行政の実態にもう一歩踏み込んでいく必要がある、等の意見が交わされた。

藤原先生

 連続した裁判の3つ目は9月9日(水)、高裁第12民事部(石井寛明裁判長)での高橋一有さん(79歳、兵庫県三木市)の控訴審で、今回が2回目の弁論となる。1回目の6月10日には愛須弁護士から一審判決の不当性が訴えられ、それと共に眞鍋医師の証人採用が強く求められた。この時、証人採用については保留とされ、結論は今回の法廷に持ち越されていた。
今回の法廷の焦点はこの眞鍋医師の証人採用について。国側からは証人採用に反対する意見書が提出されているようで、それに対する反論も込めて、担当の小瀧悦子弁護士から証人採用の必要性を説く意見陳述が行われた。高橋さんのひどくなった化膿しやすい体質、細菌感染に対する抵抗力の低下(その結果の右目眼球摘出手術)等は原爆放射線による影響であり、それを立証できるのは免疫アレルギーを専門に長年にわたる臨床経験と豊富な医学的知見を持つ眞鍋医師こそであること、脂質異常症や高血圧症と放射線被ばくとの関連について最新の知見や報告を正しく理解するためにも眞鍋医師の尋問が不可欠であることが述べられた。
国側からの反対意見は、こじつけに過ぎないようなものだ。医学上の専門的意見は口頭で説明されても理解し難いので書証の方が適切であるとか、尋問したところで見解の相違が明らかになるだけだから証拠調べの形式にそぐわないとか。まるで司法制度そのものを頭から否定するような、司法官としての資質、資格を疑わせるようなものだ。2月28日の高裁第6民事部の証人尋問でまともに反対尋問できなかった痛烈な体験がここまで逃げの姿勢にさせているのか、と憶測してしまった。
 この後裁判体による証人採用についての合議が5分間程度行われた。結論は証人申請は却下。理由は既に眞鍋医師からの詳細な意見書が提出されており、その内容を信用して検討すれば足りる、という説明だった。意見書が詳細なものであればこそ、裁判所も直接眞鍋医意見に直接耳を傾けるべきで、そうあることを願っていたが、期待は裏切られた。
 この後、裁判長から「審理は熟していると思うが」と結審を急ぐような発言があったが、今後どう進められていくのか、傍聴席にいる私たちにはよく分からないまま、この日は閉廷となった。閉廷後、進行協議が開催された。

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 この日の報告集会は中之島の中央公会堂で行われた。進行協議の結果が報告され、裁判長が結審・判決を急ぐ理由が明らかにされた。今の裁判体の人事異動が予定されていて、なんとか現裁判体で判決を書きたい、というのが理由のようだった。証人申請が却下されたので補充の意見書を作成すること、国の意見書に対する反論も準備することを想定するとこれから最低2ヶ月は必要となる。そうすると判決が先延ばしとなる可能性があるが、ということの話し合いの内容だった。弁護団は裁判に“悔いは残さない”という思いを最も大切にして、時間を要しても十分なとりくみをして判決を受けることを決断された。その結果次回の弁論期日は年明けの1月21日(木)となった。小瀧弁護士からは医師証言に代わるようなしっかりとした補充の意見書を準備していく決意が語られた。
 藤原精吾弁護団長からも進行協議の経緯が紹介された。最近の裁判事例には、期待を裏切る判決が相次いでいる。裁判官に安易な期待や根拠の薄い希望を託してはならない。裁判長は早く結論を出したいようだったが、私たちはやるべきことはすべてやり尽くして判決を受ける道を選んだ。その結果判決が先に延びることになってもそれで良かった。一審で不当判決を受けてそれを翻す控訴審を闘っているのだが、流れを変える機会はある。年明け1月14日(木)に決まったT・Iさんの判決で勝訴できれば非常に大きな力、ステップになるのではないか。そのような判決を積み重ねていきたい。さらに頑張っていこう。
控訴審の公正な判決を求める署名を当面10月23日(金)までに集めることを確認して報告集会は閉じられた。

 コロナ禍に襲われた今年の夏だが、被爆者援護と核廃絶をめぐっては大きな出来事が相次いだ。7月29日(水)、広島地裁で「黒い雨」訴訟の判決が言い渡された。84人の原告全員の訴えが認められると言う画期的な判決だった。判決内容は、原爆症認定訴訟が勝ち取ってきたものと同様、被爆者救済の立場を明確にして判断すること、特に内部被ばくについてはその危険性・可能性を重視することが強調され、国の行政の誤りが断罪された。被害を受け原告となって闘ってきた人々、それを支えてきた人々の喜びはこの上ないものだった。
 しかし、2週間後の8月12日(水)、国の指示によって広島県、広島市は控訴の手続きを行った。「判決は科学的知見が十分とは言えない」というのが理由とされた。これほど非情な判断、行政のあり方はない。原告のみなさんはみんな高齢だ。一審判決を聞くまでに他界された原告は12人にものぼる。さらに裁判を続けて、「国は原告たちの亡くなっていくのを待っているのか」という声が、決して大袈裟でなく聞こえてくる。非人道的控訴と言われても仕方ない。
被害に遭われた人々、広島県、広島市による「黒い雨」被爆の範囲拡大の要求に対して、厚労省は2012年当時有識者検討会議を設けて「検討」し、「地域拡大は困難」との結論を出した。今回の控訴もこの結論が基本にある。しかしこの時、有識者会議メンバーで現地調査に赴いた人は一人もいない。また有識者会議から聞き取り調査を受けた現地住民も一人もいなかった。被害者に直接向き合うことなく、耳を傾けることも一切なく、すべて机上の論理、空論で片付けられてきた。これが厚労省の言う「科学的知見」の実態だ。
 今回の控訴については、日頃被ばくの問題や被爆者支援に関わっていない一般の人々からも怒りと疑問の声が広まっていた。京都原水爆被災者懇談会と京都「被爆2世・3世の会」は連名で控訴に対する抗議声明を出し、8月29日(土)には街頭で控訴に抗議するアピール行動も行った。声明文を書いた文字ばかりの宣伝チラシだったが、普段以上に受け取りは良かった。
同じ広島・長崎の原爆被害者として、核被害者として、これからも「黒い雨」訴訟を闘うみなさんを応援し、共に被害者救済と核廃絶をめざしていきたい。

 8月6日(木)広島の日、8月9日(日)長崎の日、両日に合わせて合計4つの国が新たに核兵器禁止条約を批准した。これで批准国は合計44ヶ国となり、条約発効まで後6ヵ国に迫ってきた。年内にも発効をという願いが現実味を帯びてきた。その一方で、自国優先第一主義、世界の分断を厭わない動向が強まっており、核兵器をめぐる状況も核拡散につながりかねない事態を目の前にしている。核兵器禁止条約の一日も早い発効を実現し、その力と、核廃絶を願う世界の圧倒的な世論で核保有国を包囲し、危険な策動を断念させていきたい。そのことを強く願う今年の夏だった。

 今年の「ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の完全勝利をめざすつどい」は、当初5月30日(土)に予定されていたがコロナ感染拡大防止のために延期され、8月22日(土)に大阪府福祉会館で開催された。基調講演は関西学院大学の冨田宏治先生。オンラインで開催された今年の原水禁世界大会の成果と次年度に向けた展望、間近に迫った核兵器禁止条約発効の見通し、国内外の情勢の特徴と私たちの課題についてお話しいただいた。特に、人の命の尊厳について世界中の多くの人々が気付始めており、コロナのことも、貧困と格差、差別のことも、そして核兵器廃絶のことも、ここを原点に世界の人々の共同した運動を強めていくことの大切さが強調された。
 「つどい」では「原爆症裁判が切り拓いたもの、今日の課題」と題して西晃弁護士から弁護団報告がなされた。原爆症認定集団訴訟とノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の営みが到達した司法判断を5点にまとめられ、それでもまだ到達できていないと限界とその基本的要因が具体的な判決事例に沿って報告され、最後に私たちの課題と進む道が提示された。これからの課題として提示されたのは、集団的闘いの重要性の再確認、国家補償を求めるたたかいの意義の再確認、核兵器廃絶運動との連動であった。
最後に3つの行動提起が行われて参加者全員で確認した。①係争中のすべての裁判の勝利めざして公正な判決を求める署名運動をとりくむ、②国・厚労省に対し認定基準の抜本的改定と、被爆者全てを救済する制度策定を求めていく、③核兵器廃絶発効に向けて「ヒバクシャ国際署名」をさらに広げていく。
 コロナ禍の下、猛暑の影響もあり、他の弁護団会議と重なった事情もあって、参加者は39人とやや少な目だったが、それでも有意義な「つどい」となった。2020年後半期からの運動と闘いにエネルギーを加えることになった。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2020年10月23日(金) 11:15 高裁第14民事部 202号法廷 Y・Mさん、O・Hさん弁論
2020年11月13日(金) 10:00 地裁第2 民事部 1007号法廷 S・Tさん弁論
2021年01月14日(木) 13:15 高裁第6民事部  202号法廷 T・Iさん判決言い渡し
2021年01月21日(木) 13:30 高裁第12民事部 74号法廷 高橋一有さん弁論
弁論期日未定         最高裁上告審 苑田朔爾さん
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2020.11.29 Sun l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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