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被爆二世の
ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(69)
郷地医師、内部被ばくの実態と脅威を徹底して証言
INF条約破綻の事態に対して
核兵器禁止条約を基本に核なき世界の実現をめざしていこう!

2019年2月6日(水)

 2019年最初となるノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟が2月1日(金)行われた。前年は10月31日(水)の第7民事部原告本人尋問と医師証人尋問及び第2民事部弁論が最終だったので3ヶ月ぶりの法廷となった。今回は第2民事部(三輪方大裁判長)で法廷は1007号。傍聴席は35席程度と大きくはないが、午後1時30分の開廷とともに傍聴席はすべて支援の人々で埋められた
 第2民事部で係争中の原告は7人。その内の二人、Y・Iさん(男性、神戸市)とY・Mさん(男性、神戸市)についての医師証人尋問がこの日の法廷だった。証言台に立たれるのは東神戸診療所所長の郷地秀夫医師。郷地先生一人で二人の原告の証言をされる。実は原告のY・IさんもY・Mさんも既にこの世になく、お二人とも判決を聞くことなく他界されている。二人ともご家族が承継されての裁判が続けてこられた。
 Y・Iさんは4歳の時長崎の爆心地から4.4㌔で被爆、原爆投下の翌日と翌々日にかけて市街地へも入り入市被爆を重ねた。2008年、67歳の時に前立腺がんを発症。5年後の2013年、72歳の時には大腸がん、肝臓がん、胆管がんも見つかり多重がんに苦しめられてきた。最初の前立腺がんの時原爆症認定申請したが却下され、6年後あらためて大腸がん、胆管がんで認定申請したがそれも却下された。Y・Iさんは「原爆のためにどれだけ辛く苦しい人生を強いられてきたか。そのことをどうしても明らかにしておきたい」と、その一心で2014年12月提訴された。しかし提訴した後に容態が急速に悪化、2015年4月には入院先の病床で本人尋問が行われなければならないほどの状態だった。その2ヶ月後の6月1日、74歳で苦難の生涯を閉じられている。
 もう一人のY・Mさんも7歳の時、同じ長崎で爆心地から4.0㌔の距離で被爆し、8月10日と12日に爆心地を縦断踏破して入市被爆もした。Y・Mさんは74歳の時に食道がんを発症、入退院を繰り返しながら治療を続けてきた。食道以外の様々な箇所への転移も確認されている。2013年、食道がんで認定申請したが却下され、Y・Iさんと同じ2014年に提訴に踏み切った。提訴後Y・Mさんも急速に体調を悪化させ、2015年3月7日帰らぬ人となられた。享年76歳。半年後の2015年9月11日の法廷では、裁判を承継された奥さんがご本人の意見をまとめられ、代理人弁護士によって陳述されている。

 厚生労働省が2013年12月16日に定めた新しい審査方針では、二人の申請疾病である固形がんは直接被爆の場合爆心地からの距離3.5㌔以内を積極的認定範囲としている。しかし、入市被爆の場合は100時間以内に爆心地から2.0㌔以内への入市が認定範囲であるから、二人ともその条件には合致するはずだ。それなのにどうして却下されるのか。2015年当時の報告集会では、国は被爆の事実認定そのものを、入市した日時、経路等を認めていない。そのことが争点になっているとの説明だった。Y・Mさんに至っては国は要医療性にも欠けると主張しているようだった。
 入市被爆の事実認定も争点になっている、そうした事情、背景もあって、この日の郷地先生の証人尋問は、原子爆弾による内部被ばくの危険性に最大の重点が置かれた。たとえ直接被爆の距離が3.5㌔を越える範囲であっても内部被ばくによって被爆者がどれほど深刻な打撃を受けてきたか徹底して明らかにする、そのことを基本にした証言、証明であった。

2・1杉野_convert_20190227210534

 主尋問は、Y・Iさんを担当した杉野直子弁護士とY・Mさん担当の崔信義弁護士によって行われた。尋問は、初期放射線と残留放射線の違い、外部被ばくと内部被ばくについての基本的な説明から始まり、残留放射性物質が人の体内に取り込まれ、沈着し、長期に渡って体内で放射線を出し続けていく機序、そしてそのことの重大な危険性についての説明へと続いていった。実際に確認されている事例として、広島の被爆者で確認された鎌田七男医師の研究論文、長崎大学の七條和子氏や高辻俊宏氏らの研究グループの論文が示された。傍聴席にも「長崎大学・七條和子氏論文より」と題した資料が配られた。傍聴者である私たちにも郷地先生の証言がよく理解できるようにとの配慮だ。以前の法廷で同じ郷地先生の証言を聞いた時、まるで放射線についての授業を受けているようだと傍聴記に書いたことがある。尋問の進行に伴って今回もそのような雰囲気になっていった。
 鎌田論文や七條論文で何より先ず重要なことは、被爆後50年、60年経った時点でも被爆者の体内に、しかも既に亡くなっている被爆者の組織に放射性物質が沈着し、そこからα線が出続けていることを具体的に証明していることだ。α線はγ線β線と比較してその危険性は極めて高い。原爆の放射性降下物の濃度が最も高かったのは爆心地から3~4㌔㍍の距離であったことも鎌田論文で示されている。
 七條先生らの論文は10年以上の研究を集大成されたもので、7人の近距離被爆者の体内に沈着した放射性物質とそこから出るα線を確認されたものだ。郷地先生は論文から3つの重要な点を説明された。①爆心地付近でも大量の放射性降下物があり被爆者の体内に取り込まれていた事実、②7人の近距離被爆者の臓器から大量のプルトニウム239の沈着が確認されたこと、③プルトニウム239の沈着は主要臓器だけでなく全身の臓器から確認されていること。
 Y・IさんとY・Mさんが直接被爆した爆心地からの距離4㌔㍍の地点でも降下物による被爆は相当に高かった。さらにその後の爆心地付近への入市によって高線量の内部被ばくもしていることが証言された。爆心地から遠くなれば被ばくは低線量になっていくという概念はあくまで初期放射線の外部被ばくに限定したものだ。内部被ばくの場合その影響は極めて大きく被ばく線量は相当に高いと言わなければならない。そしてその内部被ばくの具体的線量を客観的に測る技術は、私たちはまだ持ち得ていない。
 プルトニウム239の臓器沈着については、ICRP(国際放射線防護委員会)の示している知見との相違も説明された。ICRPの報告は実験動物によるもので、七條論文は実際の被爆者の臓器から報告されたもの。ICRPの研究は、比較的大きな粒子で、純粋プルトニウムで、1000度以下の温度で生成されたものを使用しての結果。七條論文で示されている被爆者に沈着したプルトニウムは微小な粒子で血管内に容易に入り込んで全身に流れたもので、プルトニウム以外の多くの金属類も混じり合い、数千度の原爆によって焼かれたものだから壊れにくく長期の沈着量も多くなる。したがって、ICRPのプルトニウム吸入実験と被爆者の実際の被ばく形態とは根本的に異なることを認識しなければならない、と詳細な説明が行われた。
 このような証言が重ねられていった上で、Y・IさんとY・Mさんそれぞれ個別に、被爆時の行動による被爆の状況について、急性症状について、晩年の病気発症の状況と治療の経緯などについて、郷地先生からの評価が加えられていった。

 10分の休憩をはさんで被告国側による反対尋問に移ったが、尋問は相変わらず本質を外したものや、これまで何度も質問されてきたことの繰り返しと思われるような内容だった。ひどいのは、「この裁判の証人になった理由は何ですか?」などと言うもので、郷地先生は「国のやり方があまりにもひどいので、何とか被爆者が認定されるようにしたいからだ」と、極めて当たり前の答えを、きっちりと返された。また、「あなたは兵庫県の核戦争防止医師の会の会員ですね」とか「福島の子ども脱被ばく裁判で意見書を書いていますね」などの質問もあった。それに対する回答が仮に最終意見陳述書に書かれるとすれば、一体どのような脈絡でどんなふうに書くつもりなのだろうか、と疑問に思ったりもする。
 個別的にはY・Mさんの喫煙歴、飲酒歴、食生活についてこだわった質問が続けられた。食道がん発症についての他原因を印象付けようとする様子だった。これについては原告側代理人の再尋問の中で、健康的な飲酒習慣の範囲だったこと、20年間も喫煙してきている事実が示されて打ち返された。
 最後に左倍席の裁判官から、内部被ばくの経路について、Y・Mさんの飲酒状況について質問がなされた。内部被ばくの経路についてもう少し教えて欲しい、飲酒は大きな問題ではないことの事情を説明しておいて欲しい、といった質問の仕方で、今日の郷地先生の証言をもう一度丁寧にしっかりと確認しておきたいような印象だった。
 午後1時30分に開始された証人尋問は4時30分にすべて終了した。証言台の郷地先生は3時間に及ぶ尋問を終始立ちっ放しで応じられた。

 法廷終了後、大阪弁護士会館に会場を移して報告集会が行われた。

2・1郷地_convert_20190227210518

 証言台に立たれた郷地先生にとって今日の証言の原告はお二人とも自ら診療もされてきた人だ。それだけに二人への思いを胸に焼き付けながらの話になったとその心情が吐露された。また、裁判所にも、傍聴している人たちにも、内容がよく理解できるように、できるだけ分かりやすく証言するよう心がけたことなども語られた。そして証言の中で詳しく述べられた鎌田医師、七條先生らの研究と論文が発表されてきた経緯と、今その研究が立ち至っている現状についての紹介もされた。ノーモア・ヒバクシャ訴訟のみならず、放射線被ばくの問題に挑んでいるすべての人たちに共通して関わる、重要な状況報告ではないかと思いながら聞くことになった。

2・1崔_convert_20190227210616

 主尋問を担当された崔弁護士、杉野弁護士からも感想と思いが述べられた。二人とも郷地先生とは何度も何度も打ち合わせを重ねて、十全な準備の上に今日の法廷を迎えられた様子が紹介された。私たちの側は内部被ばくを重要な争点としているが、国側は内部被ばくは徹底し避けようとし、あくまで放射線被ばくの机上の疫学データだけに拘る姿勢だ。しかし被爆者の健康障害は具体的に生じており、それを出発点に内部被ばくが原因であることをいかに裁判所に理解してもらうか、そこに注力してきたことが説明された。喫煙や飲酒は止めれば時間とともにリスクは減る。しかし内部被ばくの影響は生涯消えることなく反対に時間とともにリスクは高くなる。七條論文でプルトニウム239が確認されていることについて、国側はもはや何の反論もできないでいることを実感している。こうした感想意見も特に印象に残った。

 この日はいつもと違っていろいろな人たちが傍聴に参加していて、それぞれから感想も述べられた。原発賠償京都訴訟の原告団代表として闘っている萩原さんから、自身が原発事故で被災し京都へ避難してきたこと、訴訟は控訴審の段階で闘っていること、ノーモア・ヒバクシャ訴訟の闘いが私たちの励みにもなり、勉強にもなり、勇気と元気をもらっていることなどが発言された。郷地先生と同じ東神戸診療所の松浦看護師長さんからは今日の尋問で、医療に携わる者として診療記録の大切さ、患者さんとのコミュニケーション含めた記録の大切さを強く思ったとの感想だった。傍聴に参加された司法修習生の青年からは、必死で訴えようとしている人、闘っている人たちの思いを肌で感じることができた。このことを多くの人たちに知ってもらいたいと感想を述べられた。
 ノーモア・ヒバクシャ東京訴訟は昨年末の12月14日、最後の原告であった山本英典原告団長に対して東京高裁の勝訴判決が言い渡された。国はこの判決に対して上告することができず12月28日勝訴判決は確定した。東京訴訟はこれで32人の原告全員が勝訴を勝ち取って終結することになった。
 近畿訴訟も残る原告は第2民事部が7人、第7民事部が4人だ。第2民事部はこの日の医師尋問で2人の原告が後は最終意見陳述、結審の日を待つことになり、他の3人も最終意見陳述、結審の日の確定を待っている。2月20日には原告O・Hさん(男性、大阪市)の医師尋問が予定されており、それが終わると残された原告はN・Kさん(女性、神戸市)一人となる。第7民事部は2人の判決言い渡しが2月28日に迫っていて、他の2人は近々の2月8日(金)に最終意見陳述・結審が予定されている。ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟も本当に大詰めを迎え、この2019年が重要な年になっている。
 最後は、藤原精吾弁護団長からの“今年を、流れを変える1年にしていこう”との呼びかけで報告集会を終了した。

2・1全体_convert_20190227210505

 2月1日(金)、アメリカ・トランプ政権が中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱を発表し、それに対抗して2月2日(土)にはロシアのプーチン政権も同条約の履行停止を表明した。1987年締結のINF全廃条約は世界が願う核兵器廃絶にはほど遠いものの、それでもこの30年間で両国は2,692発の核ミサイルと149箇所の発射場所を廃棄しており、核軍拡競争への歯止めと核軍縮への一定の役割を果たしていた。
 INF全廃条約の破綻は新たな核軍拡競争を招き、人類を再び核の脅威に覆われた世界に陥れていく可能性が高い。トランプ政権は昨年2月2日に「新しい核態勢の見直し」(NPR)を発表して多様な核兵器開発と核攻撃の選択肢拡大を表明していた。ロシア・プーチン政権も対抗して新たな戦略核システムの導入を発表していた。こうしたことを考えると新たな核軍拡は歴史上経験したことのない極めて重大で深刻な事態を招くことになる。アメリカ・トランプ政権とロシアのプーチン政権に対して強い抗議の声をあげていかなければならない。
 新しい核の脅威に直面する事態に対して、今こそ全世界の国々が核兵器禁止条約に加入し、断固とした姿勢と結束で、核に固執する勢力・国々を包囲、追いつめていかなければならない時だと思う。核兵器禁止条約を批准した国は現在21ヶ国。50ヶ国に至れば、核兵器は全面的に禁止される国際法となって執行されていく。そのことを願い、圧倒的な数の国々が加入することを強く訴えたい。
 核兵器禁止条約に背を向け、「段階的に核軍縮を進めていく」とか「核保有国と非保有国との間の橋渡し役を果たす」などとした日本の安倍政権の姿勢はまったくの妄言で、いかに無責任で無力なものであるかを今回のIMF全廃条約を巡る事態は明らかにした。日本こそ卒先して核兵器禁止条約に加入し、世界の国々に条約加入を呼びかけなければならないと私たちは繰り返し訴えてきたが、今日の事態においてあらためてそのことを強く求めていく必要がある。
 核の力に依拠しようとする者は、必ず核の残虐性・非人道性を覆い隠し、核の影響をできるだけ小さく軽く見せようとする。それに抗して私たちは核エネルギーが人々に何をもたらすか、その真実を徹底して明らかにしていく。それは、被爆者の救済をはかるためであるとともに、核の脅威から解き放たれる世界、社会を実現していくためでもある。
 そのことを銘記して2019年を頑張っていきたい。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2019年 2月 8日(金)14:00  806号法廷 地裁第7民事部 最終弁論・結審
2019年 2月20日(水)13:30 1007号法廷 地裁第2民事部 医師、本人尋問
2019年 2月28日(木)13:10 806号法廷 地裁第7民事部 2人判決言い渡し
2019年 5月15日(水)11:00 1007号法廷 地裁第2民事部 弁論
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2019.02.28 Thu l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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