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被爆二世の
ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(68)
10月31日(水)は2018年度最後の法廷
第7民事部の2人の原告の生涯に渡る闘病の放射線起因性を証言

2018年11月5日(月)

 10月31日(水)午前10時からノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟第7民事部(松永栄治裁判長)の原告本人尋問と医師証人尋問が行われた。第7民事部がいつも使用している806号法廷が、この日は都合が悪く、臨時に407号法廷に変えて行われることになっていた。407号法廷は傍聴席も20席ほどで狭く、代理人席も少ない。このため臨時の椅子を追加したりして準備に手間取り、結局予定を15分遅れての開廷となった。

 第7民事部は4人の原告中2人が9月27日(木)既に結審となっていて、判決言い渡しも来年2月28日(木)と決まっている。残り2人の原告が今回の尋問だ。その内の1人W・Hさん(男性、74歳、京都府在住)は一昨年の1月11日(水)奈良地裁への出張で本人尋問は行われている。もう一人の原告T・Ⅰさん(男性、75歳、京都府城陽市在住)がこの日の尋問対象だった。
 T・Ⅰさんは2歳1ヶ月の時、広島の爆心地から1.5㌔の距離の自宅前で直爆を受けた。被爆を境に病弱となり、成人後も数々の病魔に襲われ、それと闘いながら生きてきた。現在罹患している病気は主なものだけでも腎機能低下、糖尿病、慢性肝炎、痛風、狭心症、甲状腺腫瘍等々になる。さらに今回の尋問の中で、腎臓がん、膀胱がんの疑いも診断され、現在経過観察中であることも明らかにされた。満身に病気を抱えての人生と言っても過言ではない。
 T・Ⅰさんは2009年(平成18年)3月、糖尿病を申請疾病として原爆症認定申請をした。前年(2008年)に当時の「新しい審査方針」が公表されていて、糖尿病は積極的認定の疾病範囲ではなかったが、自分の被爆状況、既往歴、環境因子、生活歴等々が総合的に検討されれば、放射線の起因性は認められるはずだ、との確信を持っての申請だったのだと思う。「新しい審査方針」は翌年(2009年)6月、甲状腺機能低下症と慢性肝炎・肝硬変も積極的認定疾病に加えられた。そのため窓口である京都府の担当者とも相談の上、申請疾病に肝機能障害(後に慢性肝炎と書き変え)も追記された。しかし、結果は却下処分(2010年)。その後異議申し立て、そして棄却を経て、2013年(平成25年)10月の提訴に及んだ。
 T・Iさんは提訴の2ヶ月後、2013年12月に証言台に立って自ら意見陳述している。その時の裁判長は田中健治裁判長だった。今回の尋問まで提訴から5年の年月を費やした。その間第7民事部の裁判長は次の山田明裁判長、そして今の松永栄治裁判長へと代わり、3人の裁判長に訴え続けてきたことになる。

 本人尋問の主尋問は担当の中道滋弁護士によって進められた。母親から聞かされてきた被爆時の凄惨な状態、ひどかった急性症状の様子、成人後に襲われてきた疾病の数々のことなどが詳しく証言された後、申請疾病が最初は糖尿病で、後になって慢性肝炎が追記されたことの経緯・事情がより丁寧に語られた。国側から何か疑問や意見が主張されているのだろうか。申請疾病の糖尿病と慢性肝炎の放射線起因性について、国側は徹底して他原因論を主張しているようだ。そのことを想定しながら、あらかじめ他原因論に釘をさしておくような内容での尋問も行われた。

 反対尋問は想定通り結論を他原因に導く、そのことを特に印象づけようとするような内容で行われた。メタボ診断受診の有無、体型の変化、食事について、運動習慣について、果ては親からの遺伝の可能性までが細かく問い質された。食事のグラム数とか、ウォーキングの時間数集計まで質問される始末で、傍聴席で聞いていても苦笑を禁じ得ないほどだった。
 反対尋問の最後に、(積極的認定疾病の範囲となっていない)糖尿病をどうして申請疾病にしたのかと問われ、T・Ⅰさんは、担当医師とも相談し、私の糖尿病には原爆放射線が関係している、起因性はあると確信したからだ、と何ら躊躇することなく答えを返した。さらにT・Iさんは罹ってきた病気のすべてが原爆放射線の影響だと思っていると語気を強めた。

 午後からの証人尋問には河本一成医師(あさくら診療所所長)が証言台に立ち、W・HさんとT・Ⅰさん二人の原告についての証言が行われた。主尋問の最初は喜久山大貴弁護士が担当し、W・Hさんの疾病(申請疾病は慢性腎不全(IgA腎症))について尋問が行われた。W・Hさんの体調は難しい状況が続いていて、提訴以来一度も大阪地裁への出廷は叶わず、本人意見陳述は代読、本人尋問も住居に近い奈良地裁で行われてきた。W・Hさんは1歳4ヶ月の時に広島の爆心地から2.5㌔の自宅で直爆を受けた。全身にガラス片が突き刺さり、血まみれの状態で辛うじて助け出された。急性症状も発症し、子どものころから病弱だった。成人後も健康上の問題から14回も転職を余儀なくされるほどの人生だった。30歳代頃から高血圧、腎炎、高脂血しょうの治療を受けるようになり、2004年(平成16年)に「慢性腎不全(IgA腎症)」の確定診断を受けることになる。
 河本医師の証言は、W・Hさんの被爆状況、急性症状等から相当な被曝線量を浴びていることは明らかであり、申請疾病の慢性腎不全には被爆の影響、放射線起因性が認められる、ことから始まった。慢性腎不全の中でもW・Hさんの罹患しているIgA腎症は免疫性の障害によるものであること、その確定診断は腎生検によって行われたことなども専門的な言葉のやりとりの中で示されていった。
 国はW・Hさんの慢性腎不全を糖尿病性腎症だと主張しているようだが、糖尿病性腎症とIgA腎症との違いが説明された上で、糖尿病性腎症を主張することの誤りが指摘された。そもそもW・Hさんはこれまで糖尿病と診断されたことは一度もなく、血糖値データも糖尿病と言われるほどの水準にないことが示されている。さらに近年は慢性腎臓病と放射線被曝線量との関係を示す研究論文も報告されており、それらも具体的に示されていった。

 次に中道弁護士が担当してT・Ⅰさんの疾病についての尋問が行われた。T・Iさんの被爆状況、急性症状、その後の健康状態、病歴を踏まえた上で、糖尿病発症の放射線起因性を証明する根拠となる研究論文、研究者の見解が示されていった。慢性肝炎についても同様に放射線起因性を否定することはできない内容が証言された。
反対尋問はいきなり、河本医師が原爆症認定制度改善の支援活動に関わっていること、京都の「ヒバクシャ国際署名を広げる会」の活動に名前を連ねていることの確認から始まった。河本医師が特定の運動に関わっている人物であると印象付けでもするつもりだったのだろうか、と呆気にとられる。
 反対尋問は予定通り、W・Hさんの慢性腎不全は糖尿病性、T・Ⅰさんの糖尿病は生活習慣、慢性肝炎はB型肝炎という具合に、申請疾病の原因が他のところにあるという意見を基調に進められ、河本医師がそれらを一つひとつ覆す形で進められた。国の反対尋問で印象的だったのは、放射線影響研究所の研究報告LSS(被爆者寿命調査)では被爆者の死因で慢性腎臓病を有意な差とするデータは存在しない、という質問の時だった。河本医師は、LSSは既に亡くなった被爆者のデータであり、今を懸命に生きようとしている人を評したり、これからどのようなことが起こってくるのか分からないことについて、それをもって断定することはできないと切り返された。まったくその通りだ。放射線の人体に与える影響は全体の5%程度しか解明されていないと言われるのが現実。被爆者の被った凄惨な被爆体験や、身の上に起こった急性症状、病魔の数々こそが基本に置かれるべきで、個々のデータだけを切り取ってあれこれ論じるようなことなどあってはならない。
 証人尋問は午後2時30分に終了した。

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 今回の二人の原告について最終弁論期日・結審の日を2019年2月8日(金)午後2時からとすること、その1週間前の2月1日までに双方とも最終準備書面を提出することが確認されて、第7民事部のこの日の法廷は終了した。
 実はこの日は、引き続いて午後3時から第2民事部の弁論期日にもなっていて、双方の代理人も、私たち支援者も、この後急いで10階の1007号法廷に移動することになった。
 ただ幸いにも(?)この日の第2民事部(三輪方大裁判長)は双方の準備書面提出の確認だけで口頭意見陳述などはなく、後は進行協議で今後のことを決めるという扱いになり、早々に閉廷となった。

2・8喜久山_convert_20190227210817

 午後3時30分から大阪弁護士会館で報告集会が開催された。この日証言されたT・Iさん、河本医師、そして主尋問を担当された喜久山弁護士からそれぞれあいさつがあり、最後の判決の日まで頑張る決意が述べられた。集会参加者全員が拍手で労った。T・Iさんはそもそもの認定申請の日まで遡れば判決の出る頃にはほぼ10年という年月を刻むことになる。「10年前の申請ともなると、一体何を書いたのだろうと忘れるぐらいです」と、この日までの時間の長さを率直に述懐された。

10・31和田_convert_20190227210335

 和田信也弁護士から進行協議の内容―第2民事部の今後の予定が報告された。
 第2民事部は全員で7人の原告だが、Åさんと高橋一有さんは10月17日(水)に本人尋問、証人尋問を終え、後は結審の日に備えるまでになっている。
 2月1日(金)にY・MさんとY・Iさん二人の医師証人尋問が決まった。証人は郷地医師。
 続いて2月20日(水)にO・Hさんの本人と医師証人尋問も行われる。証人は穐久医師。
 Y・Mさんの被爆の事実を証明する証人尋問も1月24日(木)岐阜への出張で行われることになった。
 これで第2民事部の残された原告はM・Yさん、N・Kさんの二人だけとなる。ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟も本当にいよいよ大詰めとなりつつあることを実感する。

10・31尾藤_convert_20190227210422

 尾藤喜廣弁護団幹事長によると、弁護団からの強い働きかけで裁判所も積極的に期日を設定してくれているとのことだ。当然そのタイトな日程に合わせて書面提出も求められる。大変なことだが弁護団も全力を挙げて頑張りたいとの決意が述べられた。支援の私たちにも一層の奮闘が呼びかけられて、この日の報告集会を終えた。終了時間は午後4時30分。朝10時から6時間30分かけての一日だった。弁護士会館を出る頃はそろそろ夕闇を感じさせる街の色になっていた。

 この日の法廷で2018年の期日はすべて終了した。この1年を振り返ると、口頭弁論のなかった日も含めて12回の期日があった。年明け早々の1月16日(火)、高裁第13民事部において6人の原告に対する判決言い渡しがあった。甲状腺機能低下症の3人の原告に対して一審勝訴判決が維持され、控訴審においても甲状腺機能低下症の放射線起因性が認められる大きな成果があった。しかし後の3名は敗訴となり不当判決に悔しい思いもした。その一週間後の1月23日(火)には地裁第7民事部で宮本義光さんへの判決が言い渡された。申請疾病が狭心症の原告に対して原告側主張がほぼ全面的に受け入れられた完勝の勝訴判決だった。宮本さんの判決に対してその後国側は控訴もできず、判決は確定した。積極的認定範囲ではない狭心症に対しての勝訴判決は大きな意味を持つことになった。
 その後も、第2民事部、第7民事部とも弁論が重ねられ、第2民事部の原告二人を除いて全員の本人尋問、医師証人尋問が行われ、または予定期日が定められるまでに至った。いくつかの期日では法廷内でスクリーンに画像を写し出しながらの陳述も行われ、あらためて被爆の実相を視覚にも訴えてより分かりやすくするなど、工夫も行われた2018年度だった。
 ただ、1月の控訴審で敗訴となった3人の原告はその後の上告が全員棄却(9月)される事態となった。敗訴が確定することにはなったが、N・Mさん、T・Iさん、そして原野宣弘さん3人の被爆の実相、ノーモア・ヒバクシャ訴訟にかけられた思いと行動は、いつまでも忘れない、記憶と記録に残していきたい。
 2018年は、前年の核兵器禁止条約採択とICANのノーベル平和賞受賞に続いて、朝鮮半島の南北首脳会談、米朝首脳会談の開催と朝鮮半島の非核化に向けた動向など、平和に向けて世界が大きく歩み出す中でのノーモア・ヒバクシャ訴訟でもあった。日本の政権がどれほど禁止条約に背を向け、東アジアの平和に消極的であっても、私たちは世界の人々と共に手を携え、平和に向けて歩む大道を創り出してきた。ノーモア・ヒバクシャ訴訟を通じて核兵器の残虐性、非人道性を訴え、その勝利によって核の被害者救済の必要性をアピールしてきた。
 迎える2019年は判決の集中する年になりそうだ。長く闘われてきた裁判の成果を一つひとつ確実に実らせていく年にしていきたい。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2019年 2月 1日(金)13:30 1007号法廷 地裁第2民事部 医師証人尋問
2019年 2月 8日(金)14:00  806号法廷 地裁第7民事部 最終弁論・結審
2019年 2月20日(水)13:30 1007号法廷 地裁第2民事部 医師、本人尋問
2019年 2月28日(木)13:10 806号法廷 地裁第7民事部 2人判決言い渡し
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2019.02.27 Wed l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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