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被爆二世の
ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(67)訂正版
第2民事部で原告本人尋問と医師証人尋問
今も被爆者の体内で被曝し続ける内部被曝の深刻な実態を証言!

2018年10月23日(火)

 10月17日(水)午後1時10分からノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟第2民事部(三輪方大裁判長)の原告本人尋問と医師証人尋問が行われた。第2民事部は7人の原告が係属となっているが、この日の尋問はAさん(大阪府河内長野市、75歳)と高橋一有さん(兵庫県三木市、77歳)の原告2人。この内Aさんは昨年(2017年)1月4日自庁取り消しによって既に原爆症認定は受けており、国家賠償を引き続き求めて争ってきた。
 本人尋問の最初はAさん。主尋問は担当の愛須勝也弁護団事務局長によって進められた。Aさんは2歳の時、広島の爆心地から3.1㌔の距離で被爆していたが、昭和51年(1976年)に交付された被爆者手帳では、何かの事情で距離が4.1㌔と間違った記載となっていた。平成6年(1994年)胃がんが見つかり胃と脾臓の全摘手術。平成7年(1995年)に原爆症認定申請をしたが却下処分された。この時の心境を、残念だったけど、国が精査して、「放射線の影響ではないと言ってくれた」のだと思い、半ばホッとしたのも正直なところだったようだ。
 しかし、手術以降、淡路さんは普通に食事することも難しくなり、投薬、食事療法治療も余儀なくされ、今に至るもその辛い状態が続いている。そうした中、平成20年(2008年)に原爆症認定の新しい審査方針が策定され、3.5㌔以内の被爆は積極的認定対象となることを知った。これなら私も認定されるのではないかと思い、元々間違っていた被爆者手帳の被爆距離を3.1㌔に訂正するよう申し立て、その上で再度の認定申請をした。ところが理由も分からないまま2回目も却下処分となった。平成22年(2010年)異議申し立てをして、その過程で初めて今度は要医療性がないとの理由で却下されたことを知った。
 Aさんにとってとても納得できることではなかった。今なら3.1㌔だから認定されているはずなのに、今度はがんの発症が古過ぎてもう要医療性がないから認定しないなどと、あまりにもひどい措置だ。胃がんは原爆の放射線が原因で発症した。手術の後は健康的な食事も、暮らしもできなくなり、生きる希望としてきた仕事も辞めざるを得ず、たくさんのものを奪われてしまった。その後、自庁取り消しによって原爆症は認定されたけど、ここに至るまでの国の責任は免れるものではない。
 最後に裁判所に話しておきたいことはないかと問われて、Aさんは、こうして裁判官に話せるだけでも嬉しいことだ。他にもたくさんの被爆者が健康を損ない、不安を抱えて生きている。そうした人たちにも優しい判断をして欲しいと訴えられた。
反対尋問は一言もなされないまま、Aさんの本人尋問は終了した。

 続いて高橋一有さんの本人尋問に移り、主尋問は担当の小瀧悦子弁護士によって行われた。高橋さんは、原爆投下から3日後の8月12日、母親に連れられて長崎市内の三菱造船幸町工場付近、そして竹の久保まで入市し、そこで一晩を過ごした。まだ4歳の時だったが、近くの公園で湧き水を飲んだり野イチゴを食べたりしたことは記憶している。小学校に上がる頃から化膿しやすい体質となり、予防接種の注射でも化膿し、発熱するほどひどいものだった。高橋さんは27歳の時右目を失明した。最初は軽い結膜炎だろうと言われていたが、症状は悪化しそのまま失明に至った。医者にも原因が分からないままだった。
 国側は、高橋さんには糖尿病があって、それが原因で申請疾病の心筋梗塞を発症したと主張しているようだ。その根拠に平成9年頃入院していた病院の記録が持ち出されている。しかし、実際には糖尿病と診断されたことは一度もなく、治療や投薬の体験もまったくない。その辺りの実情が細かく、丁寧に質問され、解き明かされていった。高橋さんは平成10年(1998年)、57歳の時に心筋梗塞を発症した。その治療は今も続いており、入退院も繰り返している。字を書いたり読んだりするのもつらくなるほど、日常生活のしんどさは深刻なものになっている。

 平成23年(2011年)に原爆症認定申請、そして却下処分。高橋さんは当初、被爆していることを娘さんには内緒にしていた。また、他の人の原爆症認定裁判の様子を見ていて、本人尋問であんなに問い質されたりするのは耐えられないと思い、裁判することを一旦は止めようと思った。しかし、被爆者が原爆による苦しみをテレビカメラの前で話している姿などを見て、「原爆の被害をなかったことにされて、自分はこのまま諦めていいのか」と考えるようになった。原爆の被害に遭ったことを黙っていると、多くの被爆者はこれからどうなっていくのか。原爆の被害で苦しんできたことを裁判所にきちんと訴えて、認められるようにしなければならないと強く思い、氏名も明らかにして、裁判に訴える決意をしてきた経緯も語られた。
 反対尋問は、入市した時の様子、病院の看護記録のことなど、細々としたことに終始した。裁判長からの尋問の中で、高橋さんのお母さんも実は子宮がんで原爆症認定を受けていたことが明らかにされた。

10・17穐久_convert_20190227210220

 休憩の後、医師証人尋問が行われた。証人は西淀病院副院長の穐久英明医師。引き続き小瀧弁護士によって主尋問はすすめられた。最初に、高橋さんの被爆状況から残留放射線によって外部被曝、内部被曝していることが考えられると証言。その内特に内部被爆については、長期間にわたり局所的に高濃度の被曝を起こすこと、身体に深刻な影響を与えるものであることなど、その危険性が分かり易く説明された。具体例として鎌田論文が紹介された。爆心地から4㌔の距離で被爆した女性の肺組織内で53年にも渡ってウラニウム粒子からα線が出続けていることを確認した論文だ。このα線の飛跡はさらに肺がん部では非肺がん部より10倍も多くなっていることが確認されていて、α線ががん発症に影響していることも示している。
 国側は、高橋さんの被曝線量は0.000004グレイを下回ると主張しているようだ。それはあくまで初期放射線の外部被曝線量のことでしかない。これに対して穐久医師は、内部被曝はどのような放射性物質をどれだけ取り込んだのかはまだ明らかにすることができないもので、局所的に高濃度の被曝をもたらし、そして長期間体内に止まって被曝し続けるので、たとえ推定であっても被曝線量を示すことなど不可能なのだと説明。高橋さんの被爆時の行動やその後の症状などから、決して低線量などではなく、相当な量の被曝をしているはずだと明言された。
 心筋梗塞の放射線起因性の根拠については、穐久医師の書かれた意見書に基づいて尋問と証言が行われていった。意見書ではLSS(放射線影響研究所の被爆者寿命調査)第13報から心筋梗塞、脳卒中、消化器官、呼吸器官などの非がん疾患による死亡について、放射線が影響していることが明らかにされている。次に、AHS(同じく放射線影響研究所の被爆者成人健康調査)第8報から高血圧、心筋梗塞について放射線の影響があることも明らかにされている。さらに、清水論文からは心疾患については放射線量の閾値はないことも報告されており、そしてそれまでの放射線影響研究所の研究を総括的にまとめて報告された非常に重要な報告だとされている赤星報告から、高血圧、高脂血症にも放射線被曝が関与していて、それによって心・血管疾患が増加したという機序も明らかにされていることが証言されていった。
 国側は、高橋さんには高血圧症や脂質異常などの危険因子があり、心筋梗塞は原爆放射線によって発症したとは言えないと主張しているようだ。しかし、高血圧、脂質異常発症そのものに、放射線被曝との関連が認められるとAHS8報や赤星報告は報告している。高血圧、脂質異常をもって放射線起因性を否定することはできないし、むしろ、今や放射線によって高血圧や脂質異常が引き起こされていると考えられるようになっているのだ、と国の主張ははっきりと退けられた。
 高橋さんが子どもの頃から化膿しやすい体質だったこと、27歳の時に右目を失明したこと、その後僧帽弁狭窄症と診断され手術していることなど、いずれも原爆放射線による影響と考えざるを得ず、高橋さんの病歴の一つひとつが被曝の深刻さを表している。
さらに、高橋さんは平成10年(1998年)の心筋梗塞発症以降、ステントとバルーン形成術を繰り返し行ってきたが、それにも関わらず心臓血管の狭窄を次々と発症し続けている。内部被曝は体内に放射性物質がとどまるので、排出されない限り、何十年も被曝が続く。高橋さんの場合も、体内に取り込んだ放射性物質がずっと血管に影響を与え続けているのではないか、との証言だ。被爆者の被曝は73年前の過去のことではない。今も、体内に入り込んだ放射性物質が体の内から被曝し続けている事実。あらためて深刻な、呪わしい現実を突きつけられたような証言だった。
 反対尋問は、依然として高橋さんの被曝線量はどの程度だと思うのかとか、被曝影響の可能性があるだけで起因性を認めるのか等々、これまでも繰り返されてきた質問が並んだ。その中で、穐久医師の意見書の中で採用された赤星報告について、当の赤星氏本人の意見書なるものが持ち出された。それによると「赤星報告は一つの仮説を示したものであり、科学的に証明されたものではない」というのが内容らしい。赤星氏が自らの報告論文を否定する、自らの研究成果を地に堕とそうとするような意見書だ。これに対して穐久医師は、赤星報告は既に権威ある雑誌でジャッジされ、論文は評価されて業績になっているものだ。自ら否定するとは、自らに唾する行為だと、研究者が国の意向におもねって裁判のためにこのような意見書を出すことを厳しく批判された。
 本人尋問、医師証人尋問を終えて、本当なら最終弁論、結審の期日も今日決められるはずだったのかもしれない。しかし、国側が高橋さんの糖尿病に関する病院記録にこだわってさらに調べたいという意向を持ち出したため、具体的な結審期日を決めるまでには至らなかった。国側は裁判をまだ引き伸ばすつもりなのか、と釈然としない思いを残して閉廷となった。

10・27全体_convert_20190227210158

今日は開廷が午後1時10分で閉廷したのは5時前。久しぶりに半日みっちりと時間をかけての法廷だった。いつもは大阪弁護士会館に移動して報告集会が行われるのだが、今回は弁護士会館の会議室がとれなかったため、「エル・おおさか」まで移動しての報告集会となった。私は今回は都合悪く報告集会には参加できなかったため、兵庫県原水協の祝教允さんに後を託すことにした。
以下、祝さんの報告集会報告の要約です。
4時間30分を超える、長い法廷が終わった後、報告集会をこれまで利用していた大阪弁護士会館を変えて、北浜東にある大阪府立労働センター「エル・おおさか」で行われました。
 はじめに、原告のAさんと高橋一有さんが、「弁護士さんをはじめ支援のみなさまの熱心なご援助いただき本当に感謝にたえません」とそれぞれ挨拶され、「今後とも熱いご支援をお願いします」と訴えられました。
つづいて本人尋問と穐久医師の証人尋問をおこなった愛須弁護士と小瀧弁護士が挨拶を行いました。とくに小滝弁護士からは穐久先生の証人尋問の準備に当たっては、幾度となく打ち合わせを行い、先生はその都度応じていただいたことにお礼と感謝を述べられました。

10・27尾藤_convert_20190227210237

 最後に尾藤弁護士から、「係属部の地裁第2民事部としては初の判決となるため、裁判所は力が入っているように見える。しかし、法廷で裁判長が『どうせ、控訴するでしょうが・・・』と発言し、すぐに撤回はしたものの、その発言の意図がどこにあるか疑問が残るが、腹の座った判決を出させるよう、署名や傍聴動員を強めることが重要だ。判決は全国からも注目されており勝利するために頑張ろう」と呼びかけました。
 あわただしく落ち着かない報告集会でしたが、各支援団体からの決意と開催行事等の案内・報告が行われて、この日の報告紹介を終えました。この中で、兵庫県原水協からは、高砂市と播磨町の議会で「日本政府に核兵器禁止条約調印を求める決議」全会一致で採択されたこと、豊岡市長が「ヒバクシャ国際署名」に応じたことの報告が行われています。

 10月9日(火)、アメリカが昨年12月に未臨界核実験を行っていたことが報じられた。10月20日、米・トランプ大統領が1987年締結の中距離核戦力(INF)全廃条約から離脱する意向を表明した。昨年、世界の国々が核兵器禁止条約を締結し、文字通りの核廃絶に向けて懸命な努力を重ねている時に、ほとんど狂気の沙汰としか思えない。私たちはもっともっと強い抗議の声をあげ、アメリカを含む核保有国、核に固執する勢力を包囲し、追い詰めていかなければならない。アメリカ・トランプ政権の核兵器政策については既に少なくない国の政府が懸念を表明し、率直な批判も明らかにしている。 “世界で唯一の被爆国”を標榜し、核兵器による惨劇を誰よりもよく知っているはずの日本政府の態度はどうか。アメリカに対しても、ロシアに対しても核廃絶への政策転換を最も強く主張すべき政府のはずなのだが。
 人間として二度と繰り返してはならない被害を受けた被爆者。その被爆者に真正面から向き合い、被爆者に寄り添う姿勢を持たなければ、本当に核廃絶に向かおうとする道、政策は生まれてこない。ノーモア・ヒバクシャ訴訟を通じて、私たちはそのことを求め、実現していきたい。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2018年10月31日(水)10:00  407号法廷 地裁第7民事部 本人・医師尋問
2018年10月31日(水)15:00 1007号法廷 地裁第2民事部 弁論
2019年 1月30日(水)15:00 1007号法廷 地裁第2民事部 弁論
2019年 2月28日(木)13:10 806号法廷 地裁第7民事部 2人判決言い渡し
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2019.02.27 Wed l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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