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被爆二世の
ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(60)
1月16日控訴審判決、
甲状腺機能低下症にねらいを定めた国の攻勢を跳ね返し、一審勝訴原告全員が勝利!
心筋梗塞・狭心症の原告には再び他原因論の採用による不当判決!
2018年1月19日(金)


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟控訴審Cグループ(大阪高裁第13民事部)の6人の原告に対する判決言い渡しが1月16日(火)行なわれた。

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この6人の原告は、丁度3年前の2015年1月30日、大阪地裁第2民事部で判決言い渡しを受けた7人の内の6人だ。7人の内甲状腺機能低下症を申請疾病とする4人は勝訴判決となり、その他の疾病の3人が敗訴となった。それまでの原爆症認定訴訟で積み上げられてきた基本の判断枠組みは堅持するとし、国の「新しい審査の方針」の誤りも指摘しておきながら、しかし具体論では甲状腺機能低下症以外の申請疾病の訴えを退けた判決に、納得できない、判決の不当性を強く感じたものだ。あの日は厳しい寒さと、冷たい雨の降りしきる中での判決前集会と入廷行進だった。身を震わすようなお天気であったことと、判決に悔しい思いをしたこととが一緒になって脳裏に蘇ってくる。

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勝訴した4人の内1人はそのまま判決確定となったが、3人は国側が控訴し、原告側の控訴と合わせて6人がこの日を迎えた。3年間で9回の弁論が行われた。途中で裁判長も陪席裁判官も変わった。あっという間の3年間という気もするが、やはり長い時間だった。原告の一人原野宣弘さんは今日の判決を聞くことなく一昨年11月27日帰らぬ人となった。元々の原爆症認定申請の日まで遡るとその年月はすでに8年、9年を超える人たちばかりだ。ほとんど10年仕事と言っていい。高齢の被爆者に対してここまでのことを課すのか、とあらためて思わざるを得ない。

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この日判決を受けたのは川上博夫さん(84歳、兵庫県加東市、甲状腺機能低下症)、柴田幸枝さん(77歳、京都市、甲状腺機能低下症と白内障)、N・Mさん(74歳・女性、神戸市、甲状腺機能低下症)、N・Mさん(78歳・男性、川西市、狭心症)、原野宣弘さん(故人、宇治市、心筋梗塞と労作性狭心症)、塚本郁男さん(故人、姫路市、火傷瘢痕)の6人だ。

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いつものように西天満浜公園で事前集会を行い、入廷行進をして裁判所に向かった。年明けから始まった大阪裁判所の所持品検査に手間取りながら、202号大法廷に入り開廷を待った。午前11時開廷。高橋譲裁判長から判決の主文が読み上げられた。甲状腺機能低下症を申請疾病とする3人は一審判決が維持され勝訴となった。しかし狭心症と心筋梗塞、火傷瘢痕の3人は一審判決が翻されることなくこちらも一審判決維持で再び敗訴となった。続いて判決の基本となる判断枠組みと一人ひとりの原告に対する判決理由が骨子として述べられていった。
DS02による初期放射線の線量の推定方法には限界がある、「新しい審査方針」の線量評価は過小評価の疑いがある、被爆者の被ばくには内部被ばくの可能性もある、遠距離・入市被爆者でも有意な放射線被ばくがありうる、これが言わば総論だが、その内容は集団訴訟、ノーモア・ヒバクシャ訴訟で積み上げられてきた基本の判断枠組みをそのまま維持したものといえる。
次に、心筋梗塞及び狭心症の放射線被曝との関連性について、そして甲状腺機能低下症の放射線被曝との関連性について述べられるが、その文章はまったく同じで、「低線領域も含めて一般的に肯定することはできないが」とされ、そして「低線領域の被曝とみられるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて・・・被曝の影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきである」と続く。
そして各6人の原告それぞれの判決理由となる。しかし6人の判決理由文書は火傷瘢痕の塚本さんを除いて他の5人はすべて同じだ。いずれも「健康に影響があり得る程度の線量の放射線に外部被曝及び内部被曝をしたものと認められるが」とし、最後の結論だけが分かれる。甲状腺機能低下症の3人は「放射線起因性が認められる」とされ、心筋梗塞と狭心症の二人に対しては、他の危険因子の程度が重く「放射線起因性が認められない」と。
もう一人の原告塚本さんは一審に引き続いて要医療性が否定された。しかし塚本さんは認定申請以後も医師の指導に基づいて食事を含む生活を余儀なくされていて、それは明らかに医療行為ではないかと主張されていたはずなのに、それに対する回答も説明もなされないままの結論だけになっていた。

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判決を聞き終えて、報告集会会場の北浜ビジネス会館に向かいながら、一体どこまで真剣に考えられた判決なのか、と疑問を抱きながら足を運ぶ。3年間、9回もの弁論で訴え尽くされた主張はどこに反映しているのか?どのように検討され、判決のどこに組み込まれているのか。文脈はほとんど一審判決のまま、思考停止状態で、焼き直しされただけの判決のように思えてしかたなかった。

今回は都合で近くの北浜ビジネス会館が報告集会会場となった。狭い会場に揉み合うように参加者は集った。
愛須勝也弁護団事務局長から判決の骨子と特徴が次のように報告された。
① 第一は、全体として中身の薄い判決であったこと。6人もの原告が争った裁判であるにも関わらず判決文はわずか109ページ。それも諸資料を除いた実際の判断部分は30ページそこらであった。争点の中身に立ち入らない、一審判決をなぞっただけの判決だ。
② 次に、甲状腺機能低下症も心筋梗塞と狭心症についても、「低線領域も含めて一般的に肯定することはできない」ことを原則とし、但し個別事案を見てみると肯定できる場合も例外としてある、と判決した。これは、「低線領域であっても放射線の影響はある」としてきたこれまでの原則に背く判決であり、従来の判決からの明らか後退だ。
③ 厳しく評価する一方、甲状腺機能低下症の勝訴判決を維持したことの意味は大きい。国は甲状腺機能低下症の司法判断を翻すため、この大阪高裁の審理をターゲットに集中的な攻勢をかけてきた。私たちが提示した証拠の論文に対して、その論文執筆者自身に自己否定させる意見書を書かせるような姑息な手段までとられた。甲状腺機能障害学会の最も著名な権威者を証人採用させるよう執拗に働きかけてきたりもした。しかしこうした狙いは私たちの徹底した闘いでいずれも跳ね返し、最終的に全員の勝訴判決を勝ち取ることができた。全国的にもそのことの持つ意味は大きい。
④ 勝訴を勝ち取ることのできなかったN・Mさん、原野さんはいずれも他原因を理由とされた。しかしN・Mさんの「脂質異常症の程度が重い」には具体的な根拠は何も示されていない。原野さんの原発性アルドステロン症も原野さん自身も知らなかったほどのささやかなカルテからの情報の引用でしかない。こうした不当な他原因論は全国的にも覆していく努力をしていかなくてはならない。
報告集会に参加された他の弁護士からも同様の厳しい意見が重ねられた。今回の判決は「手抜き判決」と言わざるを得ない。争点に踏み込まない勇気のない判決。低線領域の放射線の影響について、従来の司法判断の原則と例外の関係を逆転させてしまい、総論部分でも後退している等々。
 昨年11月27日、広島地裁では12人の原告全員が敗訴となるとんでもない判決が言い渡された。その内4人までが甲状腺機能低下症であったが、甲状腺機能低下症は「4グレイ以上ないと被曝の影響は認められない」とする極端に特異な判決であった。そうした判決が大きな逆流をもたらしてくるのではないかと危惧されていたが、今回の近畿訴訟控訴審判決で一応は食い止めることができた。しかし、「低線領域も含めて一般的に肯定することはできない」などと記述された原則の後退には看過できない重大な問題を孕んでいる。これから十分に注視、重視していかなければならない問題ではないかと思われた。

心筋梗塞や狭心症の疾病原告の勝訴を勝ち取ることができかった問題について、支援する人たちの運動の現状についても参加者から率直な意見が交わされた。かっての原爆症認定集団訴訟の頃、ノーモア・ヒバクシャ訴訟となってからの最初の頃、大阪地裁202号大法廷の傍聴席は満席にして支援を続けてきた。しかし、その支援の輪も年々減少し、かってのような規模の支援を続けることが容易ではなくなっている。そうしたことも少なからず判決に影響していくことを十分に認識しなくてはならない。私たちももう一度現状を見直し、あらためてノ―モア・ヒバクシャ近畿訴訟の支援の輪を広く強くしていくようとりくんでいかなければならない。

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報告集会には3人の原告の方が参加された。3人にお祝いと労いの花束が贈られ、そして3人の方それぞれから挨拶が返された。勝訴となったN・Mさんは申請から8年、提訴から5年と半年かかって今日に至った。長かったという思いと、健康状態の不安を抱えながらの毎日であったことが述懐された。もう一人勝訴となった柴田幸枝さんはそもそもの認定申請から今日まで9年もの年月を費やされた。そのことを思い出しながら今後もよろしくとの挨拶だった。柴田さんの住む伏見区の同じ地域からはこの日4人もの仲間が応援に駆け付け、この人たちに囲まれて迎えた判決だった。もう一人の原告のN・Mさんは残念ながら逆転勝訴判決を勝ち取ることができなかった。諦めきれないけど残念、また機会があればとも思う、どうして高脂血しょうなどという他原因が持ち出されてくるのか理解できない、と悔しい胸の内が率直に語られた。
会場は原告の方全員に労いの拍手を送って、報告集会を終了した。

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来週は1月23日(火)、第7民事部で宮本義光さん(79歳、大阪市)の判決言い渡しを迎える。申請疾病は原野さんと同じ労作性狭心症だ。他原因を理由に不当な判断を下した今日の判決を実際上正していく重要な機会にしていきたい。

京都では1月10日から1月22日まで下京区のしんらん交流館において、故原野宣弘さんの絵画作品展を開催している。不自由な体をおして、渾身の力と思いで描き続けてきた50点の作品を展示し、多くのみなさんにご覧いただいている。作品展のタイトルは「原爆の惨禍、生きてきた証、そして平和の願いを絵に託す」だ。原野さんは脳出血から重度の右側体幹機能障害と言語障害を患い、その後心筋梗塞、狭心症も発症し、さらには胃ろうの手術も受けるなど、生活全てが闘病の人生だった。原野さんの絵は、被爆者が懸命に生きてきた証であり、それを体現したものだ。あの体でよくぞこれほどの大作を、と観る者を圧倒する。
若くして発症し、これほどまでに原野さんの健康を奪い尽くしてきた病魔の数々を、どうして原爆被爆とは関係ないと言えるのか、放射線の影響はまったくないなどと言えるのか。原野さんの作品を通じて被爆の実相を告発し、被爆者の人生を訴えたかった。そして、作品展の開催を控訴審勝利判決のお祝いの企画にしたかった。今回の判決でそれは叶わなかったが、原野さんの絵にかけた思いは必ず多くの人々に通じて広がり、被爆者の完全救済と世界からの核兵器廃絶の願いにつながっていくものと思っている。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2018年 1月22日(月)14:00 1007号法廷 地裁第 2民事部 弁論・尋問
2018年 1月23日(火)13:10  806号法廷 地裁第 7民事部 宮本判決
2018年 1月25日(木)11:00  806号法廷 地裁第 7民事部 弁論
2018年 3月29日(木)11:00  806号法廷 地裁第 7民事部 弁論
2018年 4月16日(月)15:00 1007号法廷 地裁第 2民事部 弁論

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2018.01.20 Sat l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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