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被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(57)

控訴審・大阪高裁Cグループ第13民事部は来春1月16日に判決言い渡し
核兵器禁止条約とヒバクシャ国際署名と共に核廃絶運動をさらに!
2017年7月19日(水)


日中の気温が35度前後にも上る連日の猛暑の中、7月13日(木)・14日(金)と2日連続のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の弁論が行われた。
7月13日は6人の一審原告の控訴審で大阪高裁第13民事部(高橋譲裁判長)の係属。今回は最終弁論、結審の日であり、前回までに最終弁論では画像などを駆使したパワーポイントによる意見陳述を行い、被爆の実相をより分かりやすくビジュアルに訴えることになっていた。いつもとは違う新しい試みに私たちも期待をして202号大法廷の傍聴席に着いた。

ところが裁判長の口からは画像を使った今回の最終意見陳述は許さない旨の表明が行われ、意外にも事態は思うようにはいかなくなっていることを私たちは初めて知った。愛須勝也弁護団事務局長が立って今回の裁判所の判断は遺憾であると強い口調で意見を述べた。裁判所の判断は、6人の原告個々の放射線起因性が争点であって、原爆被害の全体像、被爆の一般的実相を今さら解明する陳述は不要ということらしい。そうではなく原爆が人々の体にどのような影響をもたらしたのか、その実相をより詳しく理解して初めて放射線起因性も正しく理解できるはずであり、各論の事実認定のためにも総論の理解を深めておくことは不可欠だと愛須弁護士は主張した。

そしてその上で、しかし今回のことを不服として予定されていた結審を先に延ばすことは原告のみなさんにとって望ましいことではないので裁判所の判断はやむを得ず受け入れるが、最終意見陳述で主張したかったことの趣旨は重く受け取られるようにと訴えられた。
結局この日は6人の原告の一人HYさん(故人)について担当の稲垣眞咲弁護士が意見陳述をし、口頭ではこれが最後の陳述ということになった。

Hさんは2008年(平成20年)に心筋梗塞について原爆症認定申請し、却下処分を受けて2011年(平成23年)に提訴した。一審で棄却判決となり控訴していたが、控訴審判決を聞くことなく昨年11月闘病の末帰らぬ人となられた。Hさんは生後10ヵ月の時長崎で被爆した。父親は爆心地のごく近くで犠牲となり、その父を探しに母親に背負われて長崎の街を1週間ほども歩き回った。心筋梗塞は1997年(平成9年)、53歳の時の発症だ。
Hさんは、生後10ヵ月での被爆だから被爆時の状況について本人に直接の記憶はない。このためお姉さんに当時のことを思い出してもらい、脱毛のあったことなどを証言した。しかし姉の話は曖昧だとか、母親の書いた被爆者手帳交付申請書に脱毛の記載がないなどとして、原判決は当時の状況証言が信用できないとした。80歳を超えた姉に66年も昔のことを詳細に思い出すよう求めるのには無理がある。また被爆者手帳交付申請時の記載が必ずしも厳密なものでなかったことは既に幾多の例で明らかになっている。これらをもって当時の症状を否定すべきではないと稲垣弁護士は主張した。

稲垣さん
(Hさんの担当弁護士稲垣眞咲弁護士)

Hさんの申請疾病の心筋梗塞については、訴訟の途中から突然、原発性アルドステロン症という病気が原因であると国の方から持ち出され、原判決も同様の判断をしたことが明らかにされた。事実はHさん自身このような病名を告げられたことは一度もなく、2008年(平成20年)のステント手術に至るまでそのような病気の可能性を想定させるような状況はまったくなかった。ないからこそ心臓の手術も行われたと考えるのが合理的であり、心筋梗塞は放射線に起因するものと認められるべきだと主張された。
Hさんはリハビリも兼ねて絵を描き、多くの作品を遺してきたことも紹介された。判決結果を聞くことなく生涯を閉じなければならなかったことは、本人はもちろん無念な思いでいっぱいだったはずだが、奥さんや息子さんも残念な気持ちを強く抱いている。裁判所は不合理な病名などによって原爆の影響を否定したりせず、また、Hさんのように判決を待たずして亡くなってしまう原告が出ないよう、迅速、公正な審理をするよう訴えて稲垣弁護士の陳述は終えられた。静かだが、一語一語噛み締めるような、法廷にしみいるような最終意見陳述だった。
この後裁判長が弁論の終結を宣言し、判決言い渡しを来春2018年1月16日(火)午前11時から行うと告げて閉廷となった。

集会
(裁判報告集会)

報告集会では愛須弁護士から今日の法廷でパワーポイントを使った意見陳述ができなくなった経緯について状況説明された。最後の意見陳述書は最終的に7月10日に提出された。期日の直前になって左陪席裁判官からパワーポイントを使っての陳述は認められないとの連絡があった。「最終準備書面と準備されたパワーポイントの内容が異なるから」というのが語られた理由のようだった。弁護団は緊急に連絡を取り合って対策を検討された。結審が先に延びることになっても、裁判官忌避も辞さない、そういう事態の覚悟も含めて検討されたようだ。それでも原告のみなさんの実情 ― 体調を悪くされている人、Hさんのように他界された人などのことを思うとこれ以上先に裁判を先に延ばすことは難しいと苦渋の決断をし、今日の法廷を迎えることになった。
パワーポイントの陳述は時間にして20分ほどのもののようだが、裁判官も一応は見た上での判断なので、弁護団が何を訴えたかったのかは届いているはずだ。そのことにせめてもの期待はしたいということになった。

和田さん
(パワーポイント意見陳述作成担当の和田信也弁護士)

国の最終準備書面では、ノーモア・ヒバクシャ訴訟とは別に争われていた最近の東京の判決、被爆者敗訴の判決も引用して陳述されているようだ。相変わらずの姑息なやり方が行われていることも報告された。
尚、今回の控訴審結審に際しては、公正な判決を求める署名が2000筆以上集められ、翌日の7月14日に提出されている。

傍聴記の前号№56(2017年6月18日付)では、「次回の法廷と報告集会には核兵器禁止条約採択というビッグニュースが届いていることを期待しよう」と書いたが、その通りとなった。7月7日未明、122ヵ国の圧倒的多数で禁止条約は採択され、核兵器廃絶に向けた歴史の歯車が大きく回転した。報告集会では何人もの参加者からこのことを力にしてさらにがんばっていこうと決意が明らかにされた。

岩田さん
(核兵器禁止条約締結に向けたニューヨークでの行動に参加した大阪原水協の岩田幸雄さん)

そうした出来事のあった直後の法廷であっただけに、被爆の実相をより深くより詳しく明らかにしていく意見陳述の機会が奪われたことは残念でならず、世界の人々が国連の場で迎えた歓喜とのギャップの大きさを感じないではおれなかった。核兵器禁止条約は何よりも核兵器の持つ非人道性こそを訴え、そのことを最大の立脚点とした条約だ。そして核兵器の非人道性を実際の体験に基づいて告発し示してきたのが広島・長崎の原爆被爆であった。70年以上に及ぶ被爆者の訴えに世界は学び、応えて、今遂に核兵器禁止条約は誕生した。ノーモア・ヒバクシャ訴訟は、核の非人間性を問い質す、その罪を問う場だ。核兵器禁止条約採択という人類の切り開いた歴史の一歩の意味を、裁判に関わる者すべてが、原告である被爆者も、代理人弁護士も、裁判官も、支援の傍聴者も、被告の国の関係者でさえも、共に認め合う機会とするべきだった。あらためて被爆の実相を深く詳しく理解していくことは、そのためにとても重要ことだったはずだ。ノーモア・ヒバクシャ訴訟はこれからも続く。次の機会にはこのことが是非実現するよう強く望みたい。

藤原団長
(締めの挨拶をする藤原精吾弁護団長と原告担当の前田麻衣弁護士)

翌7月14日(金)は大阪地裁第7民事部(山田明裁判長)の弁論が行われた。第7民事部は5人の原告だが、その内のMYさん(79歳、大阪市在住)だけは分離して先行審理され、今回が結審となる予定だった。しかし原告側の最終準備書面においてMさんの総論部分に相当する意見が述べられたところ、国はMさんの審理においてこれは主張されてこなかったところだからこれから反論の準備をしたいと、この日になって言い始めた。総論はすでに他の場面でも主張尽くされてきていることだし、Mさんの審理でも敢えて省略して進めてきたのが実際だから、内容的に新しい主張ではなく、今になって反論の準備を主張するのは正当ではないと、Mさん担当の小瀧悦子弁護士は食い下がった。国側の結審引き延ばしの嫌がらせとしか思えない行為だ。しかし裁判長も一方的に国の申し出を遮ることはできず、結局、結審を次回期日の9月14日(木)に先延ばしすることにし、国側代理人に対してはくれぐれも期限までに反論を提出するよう釘を刺して、このことは落着させることになった。

宮本さん
(いつもご夫婦で一緒の原告のMYさん)

それでもこの日に備えて準備されてきたMさんの最終意見陳述は述べられることになった。Mさんは証言台に立ち、一語一語に思いを込めてゆっくりと陳述されていった。Mさんの原告本人尋問は今年3月14日に行われたが、その時に証言された被爆の体験、その後の闘病人生をより要約する形で述べられたのが今日の内容だった。その中で、「あのおそろしさは、体験したもんにしかわかりません。これからの人には、あんな思いは、してほしくはありません」の訴えは、裁判所に対してだけでなく、私たちも含めて法廷にいるすべての者に投げかけられたもののようであった。陳述は、「やっと裁判もこの日を迎えました。裁判所には、被爆者の人生によりそっていただき、判決をお願いいたします」で締めくくられた。本当は今日が結審になるはずだったのに、2ヶ月先延ばしされることになった無情さを印象付けることになった。

小瀧さん  
(Mさんの担当弁護士の小瀧悦子弁護士)

7月13日(木)の報告集会の際に述べられた一人の被爆者の核兵器禁止条約採択についての感想が印象深い。被爆者の人生は苦しかったこと、辛かったことばかりが山ほどで、良かったことなど一つもない。でも核兵器禁止条約が採択されて、一番大きな力になったのは、先輩の被爆者のみなさんが苦しさ、辛さを乗り越えて語ってきたからではないかと思った。自分たちと同じ思いを誰にもさせたくないと語ってきた。そして多くの人々から支えていただいた。その結果が禁止条約採択に結実したのだと。それを考えると、自分が被爆者であることが誇らしい気持ちにもなった。こんな時代を迎えることができるとは思ってもいなかった。これからさらに核兵器の完全廃絶に向けて次の段階に向かっていきたい。特に日本政府が条約に署名し、批准するようにもっと頑張っていきたい。
これは報告集会に参加していた人たち全員が共通して持った思いだと思う。
核兵器禁止条約を力にして、「ヒバクシャの訴える核兵器廃絶国際署名」の運動を推進力にして、ノーモア・ヒバクシャ訴訟の運動と勝利も重要な一翼を担ってそこに参加し、核被害者の完全救済とすべての核兵器が完全に廃絶される日をめざしていきたい。

尾藤先生
(締めの挨拶は尾藤廣喜弁護士)

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2017年 9月14日(木) 11:00 地裁 第7民事部 806号 弁論・1人結審
2017年 9月15日(金) 15:00 地裁 第2民事部 1007号 弁論
2017年11月17日(金) 11:00 地裁 第7民事部 806号 弁論
2017年11月20日(月) 15:00 地裁 第2民事部 1007号 弁論
2018年1月16日(火) 11:00 高裁C第13民事部 202号 判決(原告6人)

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2017.07.23 Sun l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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