被爆二世の
ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(52)
20年もの年月を費やさなければならなかった認定措置に憤り!
第2民事部自庁取り消し認定について
2017年3月3日(金)


 ノ―モア・ヒバクシャ近畿訴訟は1月11日(水)奈良地裁での出張尋問を経て、2月28日(火)、同じ第7民事部の審理が今度は大阪地裁で行われた。2月28日(火)~3月1日(水)の両日、静岡市と焼津市で2017年3.1ビキニデー集会が行われており、そちらに参加される人も多く、今回はやや寂しい傍聴席となった。

 この日の法廷では愛須勝也弁護団事務局長による意見陳述が行われた。1月11日の奈良での報告集会でも紹介されたが、第2民事部の淡路登美子さん(大阪府河内長野市、74歳)が年初めに自庁取消によって認定を得られた。そのことの経過と、そこに表れている今日の原爆症認定行政の問題点を厳しく指摘、批判したのが今回の陳述内容だった。
 淡路さんは平成6年(1994年)、51歳の時に胃がんの摘出手術をしており、翌平成7年(1995年)に原爆症認定申請したが却下された。それがもともとの始まりだった。淡路さんは2歳の時の被爆(広島市)なので被爆状況の記憶は何もない。当時のことを知っているはずの母親は認定申請の時には既に亡くなっており、被爆時11歳だった姉も認知症を患っておられるため、誰からも詳しい被爆状況など聞くことができなくなっていた。被爆者手帳に記された爆心地からの距離は4.1kmとなっていたが、なぜ4.1kmなのかも分らなかった。この頃の厚生労働省は「内規」による審査基準で2.5km以遠は線量評価ゼロとしており、放射線起因性はないと機械的に否定された却下だった。
 胃の手術後の淡路さんは後遺症に苦しむことになり、とてもつらい人生を強いられてきた。食事は一口食べただけで動悸が激しくなり、脂汗が出てきて、気分が悪くなる症状を繰り返してきた。食べることの楽しさが失われ、生きていくことの価値さえ疑ったこともあった。術後の倦怠感から勤めも続けられず術後1年で退職せざるを得なかった。医師からは「ダンピング症候群があるが仕方ない。慣れただけで決して治っている訳ではない」と言われてきた。手術から20年を越える今も経過観察のために通院し、ビタミンB12の不足や鉄欠乏性貧血などのため必要な処方を受け続けている。
 その後原爆症認定集団訴訟の一連の判決の積み重ねの結果、平成20年(2008年)積極的認定範囲なるものが設定され、がんの場合は爆心地からの距離が3.5kmまでと拡大された。淡路さんは自分の手帳に書かれている爆心地からの距離が気になり、一緒に被爆した姉妹に確かめたところ姉たちの距離は3.1kmになっていることが分った。そこで平成20年(2008年)に被爆距離訂正の旨を記載してもう一度認定申請を行なった。
 しかし、被爆距離は3.1kmに訂正することが認められたものの、原爆症認定申請は2010年に再び却下された。今度は、胃がんの手術後10年以上経過し今は医療を要する状態にないとの判断で、要医療性の欠如が却下理由だった。後遺症に苦しみ続けている淡路さんにとってこの却下処分はどうしても納得いかず、異議申し立てとそれの棄却を経て、平成25年(2013年)1月提訴に踏み切った。
 提訴から4年、この間淡路さん本人による意見陳述は一度行われたが(2013年4月)、それ以外には国からの主張書面提出は一本もなく、本人尋問も医師証人尋問も行われないまま、今回突然の認定という事態になった。しかも、本人に対しても代理人弁護士に対しても、何故認定されることになったのか、一片の説明もなく、認定が遅れたことについてのお詫びの一言もないまま、結論だけを通知する極めて官僚的な扱いだった。
 淡路さんが胃がん術後に襲われてきたダンピング症候群は、平成19年(2007年)仙台地裁、平成25年(2013年)長崎地裁、平成27年(2015年)東京地裁と、司法判断において放射線起因性、要医療性共に認められてきた実績が既にある。国は争いを続けようとする過程で淡路さんのダンピング症候群の治療の事実が明らかになってきたため、自庁取り消しで認定することに至ったのだ。
 愛須弁護士は、今回の淡路さんの事案には、今の原爆症認定をめぐる問題が集約的に表れていると、5点に渡って厳しく指摘した。具体的には、被爆者の中には今も差別を恐れて手帳申請すら躊躇する実態が存在していること(淡路さんは父親の強い反対で長く手帳の交付申請をすることができなかった)、認定基準が数次にわたって改定され認定範囲が拡大されても過去に切り捨てられた被爆者は救済されないまま放置されていること、認定に不服があれば訴訟を強いられるという「8・6合意」に反する実態、訴訟になっても証拠の散逸による立証の困難さ、国はどれだけ裁判で敗訴してもそれは個別事案の判断だとして抜本的解決をはからないまま同じ主張を繰り返していることなど。
 こうした国の誤った態度を正していくためにも、認定基準の根本的転換をせまる判決を強く求めるとして陳述は締めくくられた。
淡路さんは裁判の訴えを取り下げることになるが、第2民事部の次の法廷(3月15日)で淡路さん本人が取り下げに当たっての意見陳述を行なうことになった、と報告集会で紹介された。もともとの胃がん手術から20年を越える年月を費やさなければならなかった今回の事態。淡路さんのそのことへの思いを精一杯ぶつけて欲しいと思う。
 閉廷後の報告集会ではこの間の全国対策会議の状況が報告され、また、今後の第7民事部の日程も報告、確認された。次回3月14日(火)には原告の一人宮本義光さんの本人尋問と医師尋問が同一日に行われる。次々回は5月12日(金)が弁論、さらにその次の日程も7月14日(金)と決められた。5人の原告の内宮本さんの訴訟が先行して進められ、7月14日には結審、年内にも判決言い渡しの予定となった。



 アメリカ・トランプ大統領は就任以来人権無視の入国制限令などに引き続き、「史上最大の国防費増額」宣言をし「軍事的覇権主義」を露わにしてきた。それと連動して核兵器政策についても、「世界が核に関して良識を取り戻すまで、アメリカは核戦力を大幅に強化、拡大する必要がある」とツイッターなどで明言したことが報じられた。国連において、世界113ヶ国という圧倒的多数の国々の賛成で禁止条約交渉決議が採択されたこと、この3月からその交渉のための会議が開始されることなどまるで眼中にない“暴論”が平然と繰り広げられることに強い憤りを覚える。
 日本政府は、禁止条約は「核兵器国と非核兵器国の亀裂を深め、核兵器のない世界の実現が遠のく」などと理由を述べて、こともあろうに国連決議に反対した。トランプ大統領の宣言は、日本政府の態度など何の役にも立たない、アメリカの圧力に屈服しているだけの卑屈な言い訳でしかないことを、むしろ明らかにしているのではないか。
 今月27日(月)からいよいよ国連における核兵器禁止条約締結交渉のための会議が始まる。被爆者の悲願、核兵器廃絶を求める全世界の人々の願い実現に向けて、歴史の歯車が大きく回転していく可能性が近づいてきた。核保有国やそれに追随する一部の国々を追い詰め、核兵器禁止条約締結交渉を力強く後押しし、成功させていくために、「ヒバクシャの訴える核兵器廃絶国際署名」を一層広範な人々に訴えていきたい。被爆の実相を語り広めていくとりくみもこの機に合わせてさらに強めていきたい。そして、そのことと連携させながら、一体のものとしてノ―モア・ヒバクシャ訴訟の裁判一つひとつを必ず勝ち切っていこう。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2017年 3月 7日(火) 14:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)
2017年 3月14日(火) 13:30 地裁 第7民事部 806号 本人・医師尋問
2017年 3月15日(水) 11:00 地裁 第2民事部 1007号 弁論(原告7人)
2017年 5月11日(木) 11:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)
2017年 5月12日(金) 11:00 地裁 第7民事部 806号 弁論(原告5人)
2017年 6月 3日(土) 午後 近畿の支援のつどい(大阪グリーン 会館)
2017年 7月13日(木) 11:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)
2017年 7月14日(金) 11:00 地裁 第7民事部 806号 1人結審の予定


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2017.03.04 Sat l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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