被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(51)
奈良の地で今年最初のノ―モア・ヒバクシャ訴訟勝利に向けた集会開催!
新年早々自庁取消による原爆症認定も!
2017年1月12日(木)


 ノ―モア・ヒバクシャ近畿訴訟の2017年最初の裁判となる大阪地裁第7民事部(山田明裁判長)の原告W・Hさん(男性、京都府在住、72歳)に対する本人尋問が、1月11日(水)、奈良地方裁判所に出張して行われた。W・Hさんが大阪まで出向くのも難しい体調のため、住まいに近い奈良地裁で行なわれることになったもの。私たちの強い要望にも関わらずこの日の尋問は非公開とされたため、傍聴することはできず、法廷の様子は、閉廷後の報告集会で聞くことになった。

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 この日の報告集会は奈良県原水協や奈良の支援の人々の手によって奈良県教育会館会議室を会場に準備された。傍聴のできない裁判ではあったが、近畿一円からたくさんの支援のみなさんが駆け付け会場は溢れるばかりとなった。地元奈良からも多くの参加者があった。
 今日の本人尋問に原告のW・Hさんは二人の息子さんに伴われてのぞまれており、その足で報告集会にも一緒に参加された。報告集会はそのW・Hさんの挨拶と感想から始められた。W・Hさんが私たちに胸の内を初めて明かされる機会となった。W・Hさんは生後1歳4ヶ月の被爆なので直接の体験記憶は何も語ることができない。記憶のないことで救われることもあるが、語れないことについての忸怩たる思いもあり、その両方がいつも心の中で交錯している。平成22年に原爆症認定申請したが却下され、異議申し立ても却下され、その段階ですべてを諦めてしまうところだったが、それでは自分の人生が終わってしまうような気がしてならなかった。そこで困難な闘いになるかもれしないことは覚悟の上で裁判に訴えてチャレンジしてみようと思い立った。幸いにも久米弘子弁護士にお目にかかることができ、たくさんの激励もアドバイスもいただいて今日までを迎えることができた。これからも気持ちを引き締めてやっていきたい。被爆者の中では最も若い部類に入ることになる。先人たちの闘いを思い抱きながら、何としても勝利したい。また、絶対悪である核兵器の廃絶に向けて多くの人々に希望が芽生えるような結果を勝ち取っていきたい。

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 尋問を終えたばかりで、体調は厳しい状況だったはずだが、発せられるメッセージはとても力強いものだった。
 続いて今日の主尋問担当の久米弁護士から、W・Hさんの被爆の状況、提訴に至る経緯、今日の尋問のことについて、まとまった紹介と報告が行われた。W・Hさんは昭和19年の生まれ、1歳4ヶ月の時、広島の爆心地から2.5kmの距離で原爆に遭った。お母さんに抱かれて授乳の最中で、母子共にガラス破片が全身に突き刺さり、全壊した家の下敷きになった。お姉さんに助け出されて辛うじて一命は取りとめることができた。今も体中に傷跡が残っている。4歳の頃まで広島に居て、その後大阪に転居した。子どもの頃からずっと体の具合が悪く、特に季節の変わり目が深刻だった。学校もよく休み、体育の授業はほとんど休んでいた。高校を卒業して就職したが、長期に休まざるを得ないことが多く、このため長くは続けられず、14回ほども転職を余儀なくされてきた。母親から、被爆者は差別されるから人には言うな、被爆者健康手帳も取得するなと言われ続けてきた。母親が亡くなった後に、お姉さんから勧められてはじめて手帳は取得した。33歳の時だった。
 W・Hさんの申請疾病は慢性腎炎(IgA腎症)で免疫性の腎炎。国側はW・Hさんに対しても他原因を主張している。高血圧、高脂血症等で、今日の尋問でもW・Hさんの腎炎は糖尿病性腎炎ではないかと、そこにこだわった質問をしていた。しかしW・Hさんは糖尿病の薬は一度も服用していない。また高脂血症自体が放射線被ばくによって発症するものであることも明らかになっており、それらのことについてこれから更にしっかりと主張していくことになる、との説明だった。
 久米弁護士は、W・Hさんの尋問態度はきちんとした回答だったと、労いを込めて紹介された。藤原精吾弁護団長もW・Hさんの気持ちがそのまま表された証言だったと評された。出張尋問であったにも関わらず裁判官は裁判長以下3名とも出席されており、尋問内容はしっかりと聞き届けられたのではないかとのことだった。
 尚、W・Hさんが提訴された際の最初の意見陳述は2015年3月10日、小林務弁護士が代読する形で行われており、その内容は傍聴記№27で紹介している。
 久米弁護士の報告の後昨年10月27日の第7民事部判決で勝訴し、その後判決確定となった地元奈良県大和高田市在住のE・Kさんから挨拶が行われた。E・Kさんは、私も3年頑張って認定を得ることができた、W・Hさんも頑張って下さい、と熱いエールを送られた。

 続いて愛須勝也弁護団事務局長から新年早々の嬉しいニュースが報告された。第2民事部で係争となっている淡路登美子さん(大阪府河内長野市、74歳)が1月4日付で、厚生労働省の却下処分自庁取消により認定されたとの報告だ。淡路さんは2013年1月に提訴、同年の4月に自ら意見陳述を述べられているが、その後本人尋問も医師証人尋問も行われないままに来て、今回いきなりの認定となった。証拠の調査や提出がなされてきた過程で淡路さんに有利な内容が続出し、国は主張書面も出さないままに争うことを諦めたようだ。弁護団にも本人にも何の連絡も説明もないまま認定通知書だけがいきなり本人に送りつけられてきたようで、そのあまりにひどい国の態度には強く憤慨されている。本人は最初振り込め詐欺ではないかと疑われたほどだ。
 淡路さんは平成6年に胃がんの手術をし、翌7年に原爆症認定申請したが却下。その後原爆症認定集団訴訟の闘いの成果で認定基準もある程度改善拡大されてきたことを背景に、平成20年に再度申請した。今度は放射線起因性は認められたが、既に術後10年以上経過しているので要医療性に欠けるという理由で却下された。2度目の申請疾病は胃がん術後後遺症だったが認定された疾病は胃がんとされている。胃がんで認定されるのなら最初の申請から今日までのこの21年はどうなるのだ、という思いは募り、怒りは増す。
 ともあれ、判決を待たずに認定されたことは嬉しいニュースであり、2017年の運動を勢いづけるものにしていこうと、参加者一同喜びを共有した。

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 報告集会では藤原団長から、年明け1月9日~10日に福島で行われた、近畿弁護団、東京弁護団、東友会の合同合宿の内容が紹介された。主要な会議内容は、一つは国側に動員された専門家を名乗る人たちの他原因論を中心にした論立てにどう反論を展開していくか、もう一つは、裁判だけに限定しない被爆者の願い実現の運動をどのように広げ変えていくか、であった。議論の過程で、原爆症認定訴訟の闘いの歴史は、原爆放射線のもたらす影響の真実を深めるものであったこと、また、被爆者だけの問題ではなく人類全体の被害に通じる問題であることを医学的にも社会的にも広めていったこと、があらためて確認された。

 国の全面的な抵抗を打ち破る必要性に迫られていること、政府の姿勢を変えられないまま被爆者の減少が進む事態は許されなくなっていること、そして被爆者が自らの体験に基づいて訴えてきた核兵器廃絶を禁止条約の締結によって実現させなければならないところまできていること、そうした意味でノ―モア・ヒバクシャ訴訟は今が最後の決戦の場であることが強調されている。
 合宿は2017年の運動の出発点となり、私たちの課題を明確にした重要な場となった。藤原団長から、今年の年末には運動の大きな前進が確認できているような、そうした1年にしていこうとのよびかけが行われた。

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 この日の報告集会ではいつもとは少し異なる新鮮な人々の紹介や行動提起も行なわれた。
 新しく弁護団に加わられた市民共同法律事務所の喜久山大貴弁護士が紹介された。喜久山弁護士は28歳。戦争を知らない世代だが、被爆者のみなさんが自らの原爆症認定だけでなく核兵器廃絶をも訴えて頑張っておられる意識の高さに感銘している、との自己紹介がなされた。

 この日のために多数駆け付けられた奈良県の支援のみなさん一人ひとりも紹介された。奈良県の被爆者の会は今はなくなっているが、今回の集会を機会に、再びみなさんが力を合わせられる機会と場を、そして被爆二世・三世の人たちのつながりも作られていくことを願いたい。
その他、国連総会決議に基づいた核兵器禁止条約の交渉開始に呼応して「ヒバクシャの訴える核兵器廃絶国際署名」を推進すること、1月28日~29日の関西原水協学校への積極的な参加、が訴えられた。6月3日(土)には大阪グリーン会館で「近畿の支援のつどい」が開催されることも紹介された。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2017年 2月28日(火) 11:00 地裁 第7民事部 806号 弁論(原告5人)
2017年 3月 7日(火) 14:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)
2017年 3月14日(火) 13:30 地裁 第7民事部 806号 本人・証人尋問
2017年 3月15日(水) 11:00 地裁 第2民事部 1007号 弁論(原告7人)
2017年 5月11日(木) 11:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)
2017年 5月12日(金) 11:00 地裁 第7民事部 806号 弁論(原告5人)
2017年 6月 3日(土) 午後 近畿の支援のつどい(大阪グリーン 会館)
2017年 7月13日(木) 11:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)

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