被爆二世の
ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(49)
大阪地裁第7民事部 2人の原告完全勝訴!
判決結果と判断基準に従って認定制度の速やかな抜本改革を求めていこう!
2016年10月30日(日)

10月27日(木)、ノ―モア・ヒバクシャ近畿訴訟・地裁第7民事部(山田明裁判長)の2人の原告E・Kさん(84歳、男性、奈良県大和高田市、申請疾患は陳旧性心筋梗塞と腹部大動脈瘤)とU・Kさん(84歳、女性、神戸市、申請疾患は乳がん)が判決言い渡しの日を迎えた。

判決前集会_convert_20161030124503

午後0時25分、いつものように裁判所前の若松浜公園に集合。判決前集会を行ない、入廷行進をして806号法廷に向かった。澄み切ったさわやかな秋晴れ。集団訴訟の頃からいつも藤原精吾弁護団長によるお天気占いが恒例で、判決前の緊張感を和らげていたが、今回は「もはやお天気占いなどしている場合ではない」とにこやかに宣言。それだけ緊張感のある、決意のこもったあいさつが行われた。

判決前集会・横断幕_convert_20161030124536

入廷行動_convert_20161030124438

近畿訴訟は、昨年の10月29日、今年2月25日と控訴審で2回連続の逆転敗訴判決を許した。今度こそ絶対に勝たなければならないという思いを胸に、一方でそうはならなかった場合のことも頭をかすめながら傍聴席に着席、開廷を待った。
1時10分開廷。山田裁判長が毅然とした態度で、ゆっくりと落ち着いた口調で主文を読み上げていった。2人の原告の名前こそ読み上げられなかったが、ともに「厚生労働大臣による原爆症認定申請却下処分を取り消す」ときっぱりと言い渡された。やった!勝った!瞬間、ぐっとこみあげるものがあった。裁判官退廷と同時に、法廷内で誰からともなく拍手が湧き起こった。裁判所正門前では、駆け付けた小林務弁護士と愛犬クルーを伴った吉江仁子弁護士によって「全面勝訴!」、「被爆者には時間がない、早期全面解決を!」の旗出しが行われ、歓喜の輪に包まれた。報告集会のために北浜ビジネス会館に向かう支援の人々は、久々に足取りも軽く感じられ、全員の顔に安堵と喜びの笑みが溢れていた。

旗出し(西撮影)_convert_20161030125432

午後2時から勝利判決集会が行われた。最初に愛須勝也弁護団事務局長から判決の結果・要旨が次のように報告された。判決全体について、二人の申請疾患(陳旧性心筋梗塞、腹部大動脈瘤、乳がん)のすべてが原爆症と認められ、完全勝訴であった。判断基準もこれまでの原爆症認定訴訟の基準が集大成されたようにきっちりと示され、すべてが的確なものだった。その上で特に4つの重要な点が説明された。
第一は、残留放射線の影響や内部被曝の可能性が特に強調され位置づけられたこと。そして国の主張する「推定被曝放射線量」などの個別問題が否定されただけでなく、今日の判決は2013年12月に国が策定した新しい審査の方針そのものが間違っていると、立ち至って判決されたこと。
第二は、国が盛んに主張してきた他原因論について、仮に他原因があってもそのことによって放射線起因性が否定されるのではなく、むしろ放射線の影響と他原因とが重なりあって複合的に発症するとみるのが自然であり、合理的なのだと判決されたこと。
第三に、心筋梗塞におけるしきい値論も否定され、しきい値は認められないと明確にされたこと。
第四に、事実認定については原告である被爆者の供述に重きをおいて判断が下されたこと。U・Kさんの場合唯一の争点は入市日の事実認定にあった。U・Kさんは自らの体験と記憶から8月11日~12日に長崎市街を歩いて縦貫したと供述し、国は被爆者手帳の記載を根拠に入市日は8月14日だと主張した。裁判所は被爆者の体験に基づいた供述にこそ重きを置いて判断すべきとし、当時の長崎の状況なども事実関係を詳細に調べ、一つひとつ丁寧な事実認定を行なってU・Kさんの訴えを認めた。手帳申請時の記載の方が間違いであるとした。被爆後71年が経過し、被爆者の記憶の減退や証人による証明も難しくなってきている今、被爆者の供述を中心にして判断、判決していく姿勢は大きな意味を持ってくる。
今回の判決で、控訴審で2回連続して逆転敗訴してきた悪い流れはきっぱりと断ち切ることが出来た。第7民事部はこの後も5人の原告の裁判が続く。同じ裁判長の下で、同じ判断基準が示されていけば私たちは希望を持ってのぞんでいける。第7民事部だけでなく、第2民事部にも、高裁Cグループにも、そして全国の裁判にも影響を与え、力にしていくことができる。

判決報告集会1_convert_20161030124716

記者会見を終えて勝利報告集会に足を運ばれた二人の原告に支援のみなさんからお祝いの花束と万雷の拍手が贈られた。お二人からはお礼とこれからもよろしくとのあいさつが述べられた。その中でU・Kさんは昨年10月22日の本人尋問での国側代理人の反対尋問のことに触れられた。本人にとって忘れることのできない尋問だったのだと思う。あの日の尋問の様子は傍聴記№33でレポートしたが、まるで刑事事件かと思わせるような酷くて異常な尋問だった。最後は「手帳記載内容が間違っているというなら、その手帳は返納しなければならなくなるが、そのことは分っているのか」と、おどしをかけるようなことまで言われた。原告側代理人席から厳しく批判され、裁判長も注意を与えるほどの尋問だったことは忘れない。あの時の若い女性の国側代理人はあれ以来代理人席に姿を見せない。今日も出席していなかった。
昨年12月2日に行われたE・Kさんの証人尋問でも、国側反対尋問は被爆場所や昔の喫煙のこと、高血圧、糖尿病のことなど傍聴席で聞いていてもうんざりするほどのしつこく長時間に及ぶものだった。二人ともよくあの尋問に耐え、乗り越えてこられたと思う。
二人の提訴は同じ2013年で3年前だが、認定申請からとなると更に1年前の2012年まで遡ることになる。そして申請に至るまでの病気との闘いの人生は更に長くなる。E・Kさんは若い頃から体調不良に悩み続け、50代で心筋梗塞を発症。4年前には腹部大動脈瘤も発症した。U・Kさんは18歳の頃から疲労と微熱でしばしば寝込む生活を強いられ、30代で右、4年前に左の乳がん切除手術を余儀なくされた。U・Kさん本人の意見陳述で忘れられないのは家族のことだ。原爆投下直後の長崎の街を一緒に歩いたお父さん、お母さん、お姉さんはいずれもがんで亡くなった。弟さんも心臓病で他界した。そしてお母さんの胎内で被爆した妹さんも今U・Kさんと同じ乳がんを発症して苦しんでいる。原子爆弾の惨たらしさをこれほど示す、U・Kさんの乳がんの原因をこれほど明らかにする状況証明はないのではないかと思った。
今日の判決は、お二人の長年のご苦労にやっと、少しでも報いることになったのではないか。そして、先立たれたご家族のみなさんにもご報告されることになるのだろうと思う。

この後、二人の担当弁護士をはじめ報告集会出席の弁護士からそれぞれにコメントが述べられた。E・Kさんの担当である小林務弁護士は原爆症認定の歴史に思いを馳せられた。かっては外部被爆のみが対象で爆心地からの距離だけを問題にしていた。今日の判決はあらためて誘導放射線による被爆、内部被爆なども重視しなければならないことを明らかにした。歴史は少しづつでも進歩している、私たちの闘いも進歩していることを実感する、と。小林弁護士は長崎市出身で、しかもE・Kさんとは同じ町内。小林弁護士がまだ乳呑み児だった頃顔を合わせていたはずのことが、実は今日分ったのだと、思いもかけなかったエピソードも紹介された。

控訴審Bグループで逆転敗訴となった梶川一雄さん(故人)担当の塩見卓也弁護士は、控訴審の判決文と今日の判決との関係について触れられた。控訴審での主な争点は心筋梗塞と禁煙効果との関係だった。我々は禁煙によって心筋梗塞発症の原因とはならなくなることを主張し、立証してきたが、そのことには一切触れず、全く無視して、国側証人の意見だけを採り入れた不当な判決文が書かれた。控訴審で無視された我々の主張は、今日の判決で採用され、蘇ることになった。このことは追加の意見書として上告された最高裁にも送り届けたいと思っている。

藤原精吾弁護団長からは記者会見の様子も含めて報告、コメントがされた。お二人の原告は元々の認定申請の時まで遡れば、4年もかかって今日の判決に至ることになった。本当にご苦労様と申し上げたい。今日の判決は、昨年からの控訴審2連敗の苦い経験を打ち消すほどのきっぱりとしたものだったが、2連敗をしっかりと教訓にし、弁護団全体も頑張ってきた成果だと思う。これからも闘いは続くが、決して気を許すことはできない。国は国の意向に沿った医師や学者を総動員してでもやってこようとしており、それに負けるわけにはいかない。被団協ではこれから国会議員への要請行動も予定されている。厚労大臣との定期協議も久方ぶりに開催される見通しのようだ。こうした動きを実りあるものにするためにも、裁判の勝利が推進力になっていく必要がある。当面は国に対して「控訴するな!」の運動を頑張ろう。

E・Kさんのもう一人の担当の諸富健弁護士は今回の判決が先延ばされてきた経緯をふりかえられた。二人の結審は本当は今年2月9日の予定だった。それが国による直前の意見書提出によって3ヶ月延期となった。それでも国の抵抗を一掃するような判決となったことを喜びたい。また原爆症認定訴訟で腹部大動脈瘤が認められたのは初めてのことで、そのことの意義も大きい。

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U・Kさんを担当し寄り添ってきた吉江弁護士は、昨年10月22日の酷い反対尋問によく耐えたU・Kさんの姿があったので、その思いに応えて裁判長が事実認定の判断をしたのではないかと感想を述べられた。判決を確定させるまでは頑張らなければならない。原告、弁護団、支援の人々が一丸となって引き続き頑張っていきましょうと訴えられた。

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報告集会は尾藤廣喜幹事長のまとめで締められた。自公政権によって社会保障全体が切り下げられる中に原爆症認定行政もある。そういう意味で今日の判決は厚労省にとって大きな打撃となったのではないか。今日の判決は、国の新しい審査方針そのものを批判した。また被爆者に寄り添って事実認定することも示された。すかっとした秋晴れのような判決だったと思う。これを機会にあらためて原点に立ち戻ってどのような認定制度にすべきなのかを強く求めていく必要がある。戦後70年も経って未だに被爆者が裁判で争わなければならないのは異常とも言うべき事態だ。早期に、そして根本的な解決をはかっていく上で大きな力となった判決だと思う。これからもみなさんと一緒になって頑張っていきたい。

最後に報告集会参加者全員で“団結頑張ろう”を唱和してあらためて決意を固めあった。

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尚、第7民事部の原告の一人W・Hさん(72歳、男性、京都府木津川市、申請疾患は慢性腎不全)の本人尋問が年明けの1月11日(水)、奈良地裁で行われることになった。本人の体調が厳しいため、配慮して現住所から比較的距離の近い奈良で行なわれることになったものだ。法廷は大法廷。近畿訴訟支援ネット挙げて傍聴支援に駆け付けようと呼びかけられた。

私は求めに応じて被爆者の方の原爆症認定申請のお手伝いをしている。先週もお一人71歳の男性被爆者の申請手続きを済ませた。この人の申請疾患は腹部大動脈瘤だ。もう何度も胸部大動脈瘤手術などを繰り返していて、よく今日まで、と思われるような体調で、初めて申請することになった。腹部大動脈瘤は原爆症の積極的認定疾病には含まれていない。原爆症裁判でもこれまでほとんど認定されたことのない疾病だ。「そういうことなので認定は難しいかもしれませんよ」とは話したが、本人はそのことは重々承知で、それでも申請しないではおれない強い気持ちがあって踏み切った。自分の人生を振り返ってみても、こんな体になった原因が、母子一緒に受けた原爆被爆以外には考えられない。後いつまで生きられるか分らないが、せめて原爆が原因でこうなったことだけでも認めて欲しい、という強い気持ちからだった。
そういうことがあったので、E・Kさんの申請疾患の一つである腹部大動脈瘤に対してどのような判決が下されるのか強い関心を持ってきた。E・Kさんの医師証人尋問でも、穐(あき)久(ひさ)英明医師によって放射線被曝が原因で動脈硬化となり腹部大動脈瘤を発症していくことが証言されていた。今日の判決は腹部大動脈瘤についても放射線起因性を認め、原爆症だと認定した。腹部大動脈瘤で苦しむ被爆者にも大きな勇気と励ましを与える判決だったと思う。

判決の翌日(10月28日)、国連総会第一委員会で、核兵器禁止条約交渉の会議を来年招集する決議案が圧倒的多数の賛成で採択されたと、ビッグニュースがもたらされた。被爆者が“自らを救うとともに、自らの体験を通して人類の危機を救おう”と訴えてきた核兵器廃絶への扉に現実的に近づく大きな一歩、歴史的な成果だ。しかし、世界で唯一の被爆国だと標榜してきた日本政府はこともあろうにこの決議案に反対し、国の内外から厳しい批判を浴びている。被爆者の訴えに応えるのではなく、同盟国の要請に応えてそれに従うことを基軸におく今の日本政府の本性、卑屈さがこれ以上なく明らかになった事態だ。被爆者の願いに背いて、被爆の実態とかい離した原爆症認定に固執する行政と共通する姿ではないか。
被爆の実相を徹底して明らかにし、実態に基づいて被爆者の全面救済をはかり、そのための原爆症認定制度抜本改革を実現し、核兵器の非人間性を訴えて、一日も早く禁止条約の締結、核兵器の廃絶がなることをめざしていこう。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2016年12月16日(金) 11:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)
2016年12月16日(金) 14:00 地裁 第7民事部 806号 弁論(原告5人)
2016年12月21日(水) 15:00 地裁 第2民事部 1007号 弁論(原告7人)
2017年 1月11日(水) 13:00 地裁 第7民事部 奈良地裁大法廷 本人尋問(原告1人)
2017年 2月28日(火) 11:00 地裁 第7民事部 806号 弁論(原告5人)
2017年3月7日(火) 14:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)


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2016.10.31 Mon l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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