被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(47)

最高裁でのより前進した判決を求めて、「松谷訴訟最高裁判決にもとづく、
公正な判断を要請する」署名運動を積極的にとりくみまましょう!
2016年10月3日(月)


 ノ―モア・ヒバクシャ近畿訴訟の大阪地裁第7民事部(山田明裁判長)の弁論が9月30日(金)行なわれた。これまでのノ―モア・ヒバクシャ近畿訴訟では例のない午後4時という遅い時間からの開廷だ。できるだけ速やかに訴訟進行させたい原告側と裁判所の意向に対して、いたずらに時間をかけようとする被告国側の態度。その結果がこういう期日設定になったように思う。
 第7民事部の原告は7人。その内2人はすでに結審済みで10月27日(木)判決言い渡し日を迎える。後5人の内、この日3人についての書証確認がそれぞれ行なわれた。が、傍聴席からはよく分らない。それに続いて原告代理人の豊島達哉弁護士による意見陳述が行われた。内容は、先日9月16日の第2民事部での陳述と同様で、9月14日の名古屋地裁判決に基づいたものだ。原告全員の放射線起因性を認めた名古屋地裁判決を十分参考するようにと訴えられた。

 第7民事部の進行状況は閉廷後の報告集会で愛須勝也弁護団事務局長から簡潔に報告された。原告の内2013年提訴のT・Iさん(申請疾患は慢性肝炎、糖尿病)、W・Hさん(慢性腎不全)についてはすでに主張と立証が尽くされている。2014年提訴の宮本義光さん(労作性狭心症)の主張、立証も追いついてきている。これから本人尋問、医師尋問に入っていこうとした矢先に、国側からT・Iさんについては個別の医師証人申請をしたいとの申し出があり、その上で以降の対応を決めていきたいとの主張になった。
今、全国的な傾向として、国は原告一人ひとりについて個別の医師意見書と証人尋問をどんどん申請しようとしてきている。それも放射線被ばくと当該疾病との関係を証明しようとするものではなく、放射線については何の見識もない人物に疾病の一般論について語らせようとするものだ。昨年10月の大阪高裁控訴審において、放射線については何も語ることのできない山科章という医師を心筋梗塞の「専門家」証人として登場させたのと同じやり方だ。このようなやり方についても対策を考えていくことが必要となっている。
 こうしたことから、第7民事部の次回以降の期日も12月16日(金)、来年の2月28日(火)と決められたが、今のところいずれも弁論の継続ということになっている。

14440700_1249355881805803_9105046979225242682_n_convert_20161007185716.jpg

 報告集会では二つの具体的な行動が提起された。一つは10月27日(木)地裁第7民事部の2人の原告の判決日支援行動。当日は12時25分裁判所前の若松浜公園に集合して判決前集会、入廷行進、傍聴、旗出し、判決報告集会を行なっていく。近畿エリアから最大限の参加で支援をしていきたい。
 もう一つは、最高裁に上告した2人の原告の勝利のための「松谷訴訟最高裁判決にもとづく、公正な判断を願う」要請署名のとりくみ。できるだけ早期に開始し、近畿から要請団を編成して最高裁への要請行動を行なう計画だ。署名の要請項目は次の3点となっている。①本件訴訟の重大性に鑑み大法廷で審理・判決して下さい。②本件訴訟につき口頭弁論を開いて下さい。③上告(申立)人を原爆症と認定して下さい。
 
 最高裁への署名活動については、報告集会において藤原精吾弁護団長からその重要な意味が分りやすく説明された。
2000年、最高裁は松谷訴訟において、放射線起因性の判断は被爆者の状況を総合的に判断しなければならないとして被爆者の立証責任を実質的に軽減する勝訴判決を確定させた。その後の原爆症認定集団訴訟、ノ―モア・ヒバクシャ訴訟において被爆の実態に基づいてこそ原爆症認定は判断されなければならないとする判決が積み重ねられてきた。
しかし最高裁松谷訴訟の判決文はまだ不十分で、分りにくいものだ。集団訴訟以来の判決に基づいてきちんとした判断を最高裁に示してもらいたい。そうしないと大阪の控訴審で続いたように間違った判決が出てしまうことがある。“松谷訴訟判決の精神はこうだ”ということを最高裁判所として示していただきたい。そのことが、世界で唯一の被爆国である日本の裁判所は、原爆、被爆者、核兵器についてこういう立場をとっているのだ、ということを社会と世界に示していくことになる。だから、小法廷ではなく大法廷での審理・判決を求め、口頭弁論を開くことを求めていく。
 最高裁で松谷訴訟をさらに前進させる判決が出るなら、今も続いている全国のノ―モア・ヒバクシャ訴訟に大きな影響を与えることになる。

 藤原団長はもう一つ、これからの政治に向けた働きかけについても報告された。これだけ司法判断が積み重ねられてきても、裁判と行政は別だとして厚生労働省は認定行政を改めようとはしない。この事態を変えていくためには政治への訴えも重要な段階に来ている。先日の9月13日、全国弁護団はあらためて日本被団協との話し合いをもった。日本被団協のめざす現行被爆者援護法改正のためにも、8・6合意の当事者として合意を反故にしている政府を正していくためにも、今こそ日本被団協が中心になって原爆症認定制度の抜本改革をめざしていかなければならない、そのことが確認された。
 10月14日(金)、日本被団協の中央行動が予定されている。日本被団協に、弁護団も原告団も一緒になって各政党議員団への要請行動を行なう。自民党の原子爆弾被害者救済をすすめる議員連盟をはじめに、民進党被爆者問題議員懇談会、公明党被爆者問題対策委員会、日本共産党被爆者問題委員会、そして社民党、日本維新の会にも働きかけをする。要請の内容は、原爆症認定訴訟の全面解決と法改正を伴った認定制度の抜本的改正のために、早期に超党派の議員連盟を結成していただきたい。そして早期の国会上程をめざして日本被団協の提言に沿った援護法の改正要項を作成し、日本被団協との協議に入っていただきたい、である。

 ノ―モア・ヒバクシャ訴訟の勝利をめざす院内集会はこれまで幾度となく開催されてきた。そして自民党以下主要政党のすべてが集会では激励と前向きな内容の挨拶をしてきた。そのことを思うと今日まで超党派の議員連盟が結成されてこなかったことが不思議なくらいだ。もちろん議員連盟結成がまだ約束されているわけではなく予断は許さない。決して容易な話でもないのだと思う。しかし、政権与党の中にも被爆者の訴えに真摯に向き合い、志を同じくしていける議員は必ずいるはずだ。そうした人たちと力を合わせて運動を作り出し、一歩を踏み出して行く努力が今求められているのだと思う。
 戦争被害や公害被害などについて様々な救済や補償を求める運動がとりくまれてきた歴史がある。その時、超党派の国会議員連盟が結成され、有力な力となっていった例は少なくないはずだ。その例にならってこれからの政治への働きかけは大いに期待したいと思う。政治の力とも一体となって、それを支えていくためにも、私たちはノ―モア・ヒバクシャ訴訟の現場から一層力強い運動をすすめていきたい。

14450009_1249355888472469_4246427556185234726_n_convert_20161007185806.jpg

 この日の法廷にはT・Iさん、S・Sさん、宮本義光さんの3人の原告が出席され、報告集会でもそれぞれから挨拶が行われた。ご夫婦で出席された宮本さんは挨拶の中で、今年の夏、故郷の長崎にいる妹さんから送られてきた写真のことを紹介された。それは7歳だった宮本さんが被爆の翌日から10日間ほど家族と共に避難生活をした長崎市本原町にある防空壕跡の写真だった。周囲の状況はすっかり変わってしまっているのに、この防空壕跡だけはなぜか当時の様子をそのまま止めているかのようだ。宮本さんは防空壕跡の写真を目にして、あまりにも凄惨で過酷だった71年前の日々を思い出し、今年は辛い夏になったようだ。
 報告集会でたまたま隣席となった宮本さん担当の小瀧弁護士から宮本さんの写真を見せてもらうことができた。文中に掲載して紹介する。
(写真省略)
 9月13日付で準備されていた宮本さんの陳述書も読ませてもらった。8月10日、稲佐町から長崎の市街を貫けて本原町まで歩いた地獄の道程、死体で埋め尽くされた浦上天主堂の周りの惨状、避難した防空壕の中で凄惨な姿の人々と昼夜を共にした毎日等々、悲惨な体験は7歳の少年の脳裏に深く刻み込まれたのだと思う。
 宮本さんは祖母、兄、いとこたちを原爆によって奪われた。宮本さん自身も病弱な体になってしまい、健康を損ない、闘病を余儀なくされて生きてきた。それなのに「お前の病気は原爆などとは関係ない」と言われて原爆症認定申請は拒否されてきた。決して忘れることはない地獄の体験、家族のいのちと自身の健康を奪ったものへの許すことのできない思い。防空壕跡の写真はそのことをあらためて訴えているようだ。

アジア太平洋戦争は国家の意志によって引き起こされ遂行された。その犠牲者、被害者に対しては、国によって謝罪され、適正に補償されなければならないはずだ。しかし犠牲者、被害者への国からの謝罪の意志は今もって示されず、補償も軍人・軍属だけに限定され、圧倒的多数の一般国民は切り捨てられてきた。現行被爆者援護法による給付も限定されたものであり、原爆被害者に対する国家補償ではない。
謝罪をしないことは過ちを認めないことであり、それは再び同じ過ちを犯すことに通じる。安保関連法の強行成立によって自衛隊が海外で戦争できる道が作られた。国会で始まろうとしている改憲論議の本丸が第9条の改定であることは明らかだ。憲法前文において「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意」したが、その決意は自民党の改憲案においてそっくり葬り去られようとしている。
戦争の犠牲と被害を、その実態に応じて国の責任で補償させていく。それは傷ついた被爆者の救済をはかることのみならず、国が再び同じ過ちを繰り返さないための、私たちの国をも救っていくことにつながる道だ。再び同じ過ちを繰り返しかねない今日の政治状況の下で、原爆症認定制度の抜本改革の持つ意味、そのためのノ―モア・ヒバクシャ訴訟勝利であることをあらためて確認しながら、とりくみを強めていきたい。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2016年 9月30日(金) 16:00 地裁 第7民事部 806号 弁論(原告5人)
2016年10月20日(木) 11:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)
2016年10月27日(木) 13:10 地裁 第7民事部 806号 判決(原告2人)
2016年12月16日(金) 11:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)
2016年12月16日(金) 14:00 地裁 第7民事部 806号 弁論(原告5人)
2016年12月21日(水) 15:00 地裁 第2民事部 1007号 弁論(原告7人)
2017年 2月28日(火) 11:00 地裁 第7民事部 806号 弁論(原告5人)

スポンサーサイト
2016.10.07 Fri l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

コメント

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://fujiwaradannchou.blog50.fc2.com/tb.php/411-f051ac39
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)