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「街と法廷でー原子力の危険に対抗する法と信仰」
2016年3月9~11日国際会議
ドイツ フランクフルト、アルノルツハイン


ノーモア・ヒバクシャ訴訟についての報告
藤原精吾 (ノーモア・ヒバクシャ訴訟 全国弁護団 団長)

「今なお続く被爆者の苦しみとノーモア・ヒバクシャ訴訟
―世界の放射線被害者の声で核兵器廃絶を」

報告要旨
1, 原爆の被害は70年経った今も続いている
2, 政府は被爆者に対する責任と補償を認めようとしない
3, 原爆症認定訴訟はなぜ起こされ、どのような事実を明らかにし、
  どのような成果を得ているか
4, なお達成されていない問題は何か
  核兵器廃絶、原発廃止、核実験被害者救済の運動と被爆者のたたかいと
  の関係
5, 共通の目標達成のために何が必要か

1, 私は広島・長崎の被爆者が今もたたかい続けている、「ノーモア・ヒバクシャ訴訟」の弁護団を代表して、訴訟とその意義について報告をいたします。
2, ノーモア・ヒバクシャ訴訟の原告たちは、地球上から核兵器をなくそうという皆さん方の大きな運動に、体を張って参加しています。
3, 被爆の日から70年、平均年齢80を超す被爆者が今なお裁判を続けているのは何故でしょうか。1945年、原爆投下の年末までに、広島で14万人、長崎で9万人の人が死んだといいます。2015年には広島約30万人、長崎約17万人が原爆死没者慰霊碑に名を刻まれています。
被爆の実体験を被爆者から聞かねばなりません。4000度の熱が地上を焼き、秒速280メートルの爆風が吹き、強力な放射線が人体を貫きました。爆心地の有様を語る人はいません。

『あの閃光がわすれえようか
瞬時に街頭の三万は消え
圧しつぶされた暗闇の底で 五万の悲鳴は絶え
渦巻くきいろい煙がうすれると ビルディングは裂け、橋は崩れ
電車はそのまま焦げ 涯しない瓦礫と燃えさしの堆積であった広島
やがてボロ切れのような皮膚を垂れた 両手を胸に
くずれた脳漿を踏み 焼け焦げた布を腰にまとって泣きながら群れ歩いた裸体の行列
兵器廠の床の糞尿のうえに のがれ横たわった女学生らの 太鼓腹の、片眼つぶれの、半身あかむけの、丸坊主の誰がたれとも分からぬ一群の上に朝日がさせば すでに動くものもなく
異臭のよどんだなかで金ダライにとぶ蠅の羽音だけ 三十万の全市をしめた あの静寂が忘れえようか』
(峠三吉『8月6日』より)

4, 被爆は遠い日の思い出ではありません。また原子爆弾投下の一瞬で終わったのではありません。1945年8月6日、8月9日から今日までの70年間、「被爆者」としての人生が続いているのです。それはまだ終わっていません。
被曝により無残な死を遂げた親兄弟の記憶と共に自らの被曝による発病を恐れる日々、就職や結婚の差別をおそれ、子どもに被曝の影響が出ることを心配する年月が続いています。
5, 1954年3月、アメリカのマーシャル諸島・ビキニ環礁での水爆実験で多くの島民と漁民が被曝し、多くの犠牲者が出ました。これを機に市民と被爆者が立ち上がり、ノーモア・ヒバクシャの運動が始まりました。1955年8月6日、広島で第一回の原水爆禁止世界大会が始まりました。
6, 被曝から12年後、1957年4月「原爆医療法」が制定されました。その後の被爆者の粘り強い運動により、順次対象者の範囲と給付内容を改善して、1994年12月に現在の「被爆者援護法」が成立しました。しかし、被爆者援護法により国が「原爆症」と認定している人は、ピーク時約37
万人の被爆者手帳所持者のうちわずか0.6パーセント、2200人程度で、認定は狭き門でした。
7, 原爆症認定の基準を狭くし、国の責任を狭めようとしたのです。被爆者と被団協はこれを許すことはできないと、全国で立ち上がり、2003年4月から各地の裁判所で合計306名の被爆者が原告となり、原爆症認定却下処分の取り消しを求める裁判を全国17カ所の裁判所で起こしました。これを原爆症認定集団訴訟と云います。
8, この集団訴訟は2006年5月の大阪地裁判決を皮切りに、これまでに全国で40件の原爆症認定を命じる判決を獲得しました。
9, 裁判を通じて実現したことがあります。
被爆者が法廷で被爆の現実と実体験を語り、裁判官は勿論、多くの人びとがこれを聞くことが出来ました。そして、国との論争で明らかになったことがいくつもあります。
① 放射線被爆の影響は一生続く それどころか死後も続くこと
(長崎の研究室に保存された被爆者の内臓から、70年経った今もアルファ線が出ていることが確認されています)
② 被曝により起こる病気には;
白血病はじめ種々のガン(胃、大腸、肺、肝臓、腎臓、
食道、前立腺、乳房、皮膚など)心筋梗塞、甲状腺機能低下症、白内障、脳梗塞、などがあることが判決で確認されています(別表参照)。
③ 被曝の影響は、広島・長崎での被爆者集団を対象とした疫学調査により確認されるが、それは今なお調査研究の途上にある
従って、放射線被曝の人体への影響で分かっているのはまだ5%にすぎない(放影研大久保前理事長)
④ 皮膚被曝線量は爆心地からの距離に必ずしも比例しない。
このことは、フクシマ原発から飛び散った放射性物質の線量が同心円ではなく、ホットスポットとして、特定地域で高線量を示すことで実証されています。
更に、直接被曝しなかった人が、家族を探して爆心地に入市し、残留放射線に被曝する、「残留放射線被曝」が重要です。
また放射線を浴びた食料、水を食べて身体の内部から常時放射線を浴び続ける、「内部被曝」を忘れてはなりません。
⑤ 援護対象者の限定
現在の被爆者援護法は、当初より原爆被害の内、熱線、爆風による被害を除き、放射線の被害だけに限定している その理由は、原爆以外の戦争犠牲者に対して国家補償が広がることを避けるためである
   
11,政府は相次ぐ国の敗訴に、2009年8月6日、当時の麻生太郎総理大臣と被団協、被爆者が「原爆症認定集団訴訟の終結に関する確認書」に調印しました。
いわゆる「8.6合意書」において政府は、
①  原爆症をめぐり国は被爆者との争いをやめ、訴訟原告である被爆者に補償を行う。
② 厚労大臣と被団協・原告団・弁護団は定期協議の場を設け、今後、訴訟の場で争う必要のないよう、定期協議の場を通じて解決を図る。
と約束しました。

12,しかし、訴訟原告以外の多くの被爆者にとって重要な部分について、この合意は守られませんでした。 定期協議は形式だけとなり、行政は裁判所の判断基準を無視した原爆症認定却下を多発し、これを「司法と行政の乖離(隔たり)」と開き直り、更に厚生労働大臣は、2013年12月16日「新しい審査の方針・新基準」を定め、非がん疾患では直爆2キロ、入市1キロ以内などの枠を設け、これを機械的に適用して又もや原爆症認定請求を却下し続け始めました。厚生労働省は被爆者に、裁判をする勇気がなければ泣き寝入りしろ、と迫ったのです。

13,泣き寝入りできない被爆者は、集団訴訟が終わったあと、病気と高齢をおして、全国7地裁に118人が裁判に立ち上がりました。今日現在、控訴審2高裁(大阪、福岡で16名を含め)、と5地裁で88人の被爆者が裁判をたたかっています。
14,現在も厚労省は、
①  新基準からわずかでも外れると却下します。この約1年間、非がん疾患の認定率は43.54%です。全体で848人の被爆者が却下処分を受けています。
②  訴訟では、国の代理人は、被爆者に、70年前、どこで何Gyの放射線を浴びたのか、明らかにしない限り原爆症認定はしないといいます。
70年の時の壁を隔て、0歳で、5歳で被爆した者に、被爆線量を云え、とは無茶な言いがかりです。
12, しかし、ノーモア・ヒバクシャ訴訟提起後、この2年間に10件の判決がありました。大多数の事件で却下処分が取り消され、被爆者が勝訴しています。すでに出された判決では、白内障、心筋梗塞、慢性肝炎、骨髄異形成症候群(MDS)など、新基準による多くの却下処分を取り消し、厚生労働省の現行「新基準」がなお誤っていることを示しているのです。
③ ところが厚生労働省は、今や地裁判決で負けても、控訴して争いを続けています。
厚生労働省は著名な放射線医学者の名を連ねた論文を作成し、裁判所の判決を批判し続けています。その一例を示します。
◆甲状腺機能低下症、特に自己免疫性の低下症を放射線被曝によるものと認定した判決を、「医学的誤りを犯している」と批判する意見書を元放射線影響研究所理事長外の名義で作成し、提出しました。その内容自体が医学的矛盾に満ちたものであり、当方の反論により、批判に耐えないものです。
問題は、そのような意見書が何故作成され、提出されたかです。それは放射性物質の飛散により、甲状腺ガンや甲状腺機能低下症が起こっていることを否定したいからです。現在、フクシマの子どもを中心に甲状腺ガンや機能低下症のあるなしが論争されています。意見書作成をした医師たちは、政府の意を受け、その存在を否定する勢力の中心を務めているのです。チェルノブイリの実情を視察し、よく知っているにも拘わらずです。
原爆放射線の影響だけでなく、フクシマ原発の被害を過小に評価させるための役割を果たそうとしているのです。極めて政治的な動きであり、医師として、また科学者として、真理に仕えるのではなく、政治に仕える活動をしてよいのでしょうか? これは、フクシマの問題だけでなく、マーシャル諸島やカナダその他全世界の被爆者の問題であり、かつ原発周辺の住民、原発で働く労働者の問題、核燃料廃棄物の処理基準の問題でもあります。すべてはつながっています。

15,解決の方向性と展望です。
① 援護法の改正をし、個別認定をやめること、被爆者が一定の病気に罹患したら原爆症と認定する制度に変えることが当面の目標です。
② 放射線被害者の救済を命じた司法の判断基準を尊重した行政に改めることです。医学論争と放射線被害者の救済とは別個の次元に立ちます。また、原発の維持や核兵器を持ち続けようとする政治的意図により、被爆者の救済がゆがめられてはなりません。
③ 私たちは、これ以上放射線による被害者を出さないことを求めます。
同時に既に被害を被っている人びとに対して政府の責任で十分な補償を行うことを求めます。
④ これを達成するため、どのような運動を展開するか
✦世論と政治の力で、国が被爆者に対する国家補償の責任を果たすことを求める。
✦被爆者の願いは、原爆被害が二度とあってはならないことを、自分の体験をさらけ出す(示す)ことによって世界に訴えることです。
✦核実験の被害者、原発事故の被害者、原発稼働に必要な労働者の被曝、
核廃棄物による環境汚染、の防止と補償、そして核兵器の全面的廃絶。
これらを世界的規模で連帯して実現しなければなりません。万国の放射線被害者は団結しなければなりません。
✦世界人類の願いである核廃絶のため、被爆者はその先頭に立ちます。
 広島・長崎を訪れ、被爆の体験を知り、その声に耳を傾けることは核兵器廃絶の一歩なのです。

✦終わりに、(2014年12月)ローマ法王の言葉を引用して、結びとします。
「私たちは断片的に第三次大戦の中にある」、「広島と長崎から、人類は何も学んでいない。」
✦ノーモア・ヒバクシャ訴訟は、世界に向けてこのことを発信して行きます。ともにたたかいましょう。
                                                                 以上
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2016.04.27 Wed l ニュース(核兵器廃絶) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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