被爆二世の
ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(32)
控訴審Cグループも審理開始、一審敗訴判決の不当性を訴え!
来る10月29日武田さんの判決を必ず勝訴に!
2015年10月7日(水)


今年年明けの1月30日、大阪地裁第2民事部(西田隆裕裁判長)でノ―モア・ヒバクシャ近畿訴訟の原告7人に対する判決があり、4人が勝訴3人が敗訴となった。全員勝訴を確信していただけに3人もの敗訴は率直に言って衝撃であり、悔しい思いと、もう一度運動を強めていかなければと誓い合ったのは9ヶ月前だった。集団訴訟以来積み重ねられてきた司法判断に従えば当然原爆症と認定されなければならない被爆状況、疾病状態であり、敗訴した3人は判決の不当性を訴えてただちに控訴した。一方勝訴した4人については国がこともあろうに3人までも控訴する挙に及んだ。このため一審で判決確定した原告は結局一人だけとなり、後の6人は控訴審で引き続いて闘いを続けざるを得なくなった。国によって控訴された3人は申請疾患がいずれも甲状腺機能低下症だが、被爆距離、入市日等が新しい審査方針による線引きから一寸でも外れるものは一片の考慮もなく徹底して機械的な判断で控訴されていることが一目瞭然だ。尚、原告側控訴3人の申請疾患もいずれも非ガン疾患(狭心症、火傷瘢痕、心筋梗塞と労組性狭心症)だ。
この控訴審Cグループの第一回弁論が10月5日(月)午前11時から大阪地裁・高裁の202号大法廷で行なわれた。係属部は大阪高裁第13民事部で石井寛明裁判長。一審判決以来随分待たされたが、いよいよだなという思いを強くもってこの日を迎えた。大法廷での弁論は久々であったが90席の傍聴席は支援する人々によって7割方埋められた。この日は、裁判開始に当たって必要な手続き書類などの確認の後、原告を代表した柴田幸枝さんによる意見陳述と、弁護団を代表しての尾藤廣喜弁護団幹事長による意見陳述が行われた。柴田幸枝さん(75歳・京都市在住)は一審で甲状腺機能低下症が原爆症だと認められたにも関わらず国から控訴された原告だ。
柴田さんは一審での審理が続く頃は毎回ご主人と一緒に京都から大阪まで出向き裁判にのぞまれていたが、最近はご主人の体調が良くないため今日は一人での出廷だ。ご夫婦一緒の姿を見慣れてきた私たちにも少し寂しい思いがよぎる。
柴田さんの意見陳述はまず、長崎での被爆状況、今日まで病気で苦しんできた様子、6年前の認定申請と却下処分、そして今年1月の勝訴判決に至る経緯をもう一度簡潔に説明することから始まった。そして国が控訴しないよう祈るような気持ちでいたが、その思いは踏みにじられ控訴された。「原爆投下の実態も被爆者の苦しみも理解しようとしない国に腹が立って腹が立って仕方ありませんでした」とその時の思いを語った。そして「国に認められるまでとことん闘う気持ちになった」と決意の高さを明らかにした。柴田さんたちに先行して一昨年(2014年)3月20日に第7民事部で勝訴判決を受けた武田武俊さんのことにも陳述は及んだ。あの日勝利のお祝いの花束を手渡したのは柴田さんだった。柴田さんはあの時の武田さんの笑顔を今でも忘れることができない。しかし武田さんはその後控訴され、そして判決確定を見ることなく間もなく他界されることになった。柴田さんは武田さんがどれほど無念であっただろうかと思いを馳せた。私も今年で75歳、私の病気が原爆によるものと認められるまで死んでも死にきれない、裁判所は一刻も早く全員の原爆症認定をしていただくようにと訴えられた。
尾藤弁護士の意見陳述は、原爆症認定集団訴訟、2009年8月6日の確認書、その確認書・合意を国が守らないためにやむなく始まったノ―モア・ヒバクシャ訴訟の経緯と意味、目的について説明するところから始められた。2013年12月16日、積み重ねられてきた司法判断をまったく考慮することなく厚生労働省は「新しい審査方針」を定めたが、それ以降も全国で6件あったノ―モア・ヒバクシャ訴訟の判決がいずれも国の却下処分を取り消す(被爆者の認定申請を認める)ものだったことも示された。
しかしその中で、今年1月30日の大阪地裁判決では例外的に3人の原告の訴えが退けられた。そこには大きな問題があり、違法性をかかえた判決であったことを説明することに陳述の重点は置かれた。焦点は、被爆者の発症した病気について放射線の影響以外の危険因子がある場合それをどう判断するかにある。一審判決は「被曝した放射線の線量が非常に高いものとまでは認められない」限り起因性は認められないとして、事実上被爆者に 具体的な被曝線量の証明や、放射線起因性の立証を求める、そもそも不可能なことを求める不当なものだった。被爆者個々人の被曝線量を明らかにしろなどという国の主張と同一の考え方ではないかと厳しく批判された。
これに対して、原爆症認定集団訴訟における二つの高裁判決の具体例が紹介され、今回の一審判決とはまったく異なる論理と判断がこれまでにも既に下されている事実が明らかにされた。一つは近畿集団訴訟第一陣の2008年大阪高裁判決、もう一つは千葉訴訟の2009年東京高裁判決。大阪高裁は「他の要因が主たる原因と認められない限り立証の対象となる」とし、「放射線被曝の事実と影響が合理的に是認できる場合には、起因性が立証されたものと認めてよい」とした。東京高裁は(要約)「事実上の反証の必要は国の側にあり」、「特段の事情を認め難いときには、放射線被曝が疾患の発症または憎悪の結果を招来した関係を是認し得る」と判断している。
被爆者に自らの被曝線量を明らかにするよう要求すること、被曝線量が非常に高いことを立証するよう求めることは、事実上の不可能を強いることであり、そもそも被爆者救済自体を否定すること以外のなにものでもない。これまでの原爆症認定訴訟判決の到達点を踏まえ、被爆者の実態に基づいて、法の趣旨に基づいた判断基準を示し、一審原告敗訴の取り消しをされるよう訴えて陳述は締められた。
この後次回、次々回の期日が確認されてこの日の法廷は閉じられた。
いつものように会場を大阪弁護士会館会議室に移して報告集会が行われたが、この日は会場の都合から短時間での集会となった。原告はこの日意見陳述された柴田幸枝さんとN・Mさん(女性・神戸市在住)が参加され、お二人に労いと激励の拍手が贈られた。尾藤弁護士から今日の意見陳述の要点についてもう一度説明され、その上で、10月29日に迫った武田武俊さんの控訴審判決の持つ意味が大変大きくなっていることが強調された。繰り返し確認されているように10月29日は大阪の控訴審が午後2時から、同日東京地裁で午後3時から17人の原告に対する判決言い渡しが行われる。翌日には東西の判決結果を受けての厚生労働省交渉も予定されている。これを契機に国の考え方を変えていく運動を一気に強めていこう、との訴えだった。
報告集会は最後に、来る10月29日判決日の集合時間、行動計画などが提起され、全員で確認して散会した。10月29日(木)は午後1時20分、裁判所前若松浜公園集合。事前集会の後入廷行進する。判決言い渡し後は、旗出し等のあと、北浜ビジネス会館に会場を移して報告集会を開催する。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
未定 10月22日(木) 地裁第7民事部 806号 (原告5人)
10月23日(金) 10:00 高裁B(第7民事部) 202号 弁論(梶川さん)
10月29日(木) 14:00 高裁A(第6民事部) 別館82号 判決(武田さん)
12月11日(金) 11:00 地裁第2民事部 1007号 弁論(原告5人)
2016年 1月20日(水) 11:00 高裁C(第13民事部) 202号 弁論(原告6人)
2016年 4月21日(木) 11:00 高裁C(第13民事部) 202号 弁論(原告6人)

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2015.10.08 Thu l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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