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被爆二世の

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(27

戦争も原爆も絶対にあってはならない、私は生きている限りこのことを訴えていく!

東京大空襲、福島原発事故の日の弁論で原告が力強い訴え

2015年3月14日(土)

 

 

1月30日の判決で勝訴した第2民事部Aグループの原告4人に対して、国はこともあろうにその内3人までも控訴した。認定申請以来5年も6年もかけて辿りついた認定判決なのに、国はその結果に従わずいたずらに更に年数を積み重ねようとする。勝訴判決を勝ち取りながら控訴された原告の落胆と憤りはいかばかりかと思う。判決の確定はF・Nさん(神戸市在住の女性、甲状腺機能低下症)だけとなった。一審敗訴の原告3人とあわせて6人の原告が今度は舞台を高裁に移して闘うことになった。高齢で、闘病の日々にある被爆者をさらに苦しめる国の非人道的措置。そのことへの怒りも込めて新たな闘いを進めることになる。

大阪地裁でのノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟は次の原告グループの審理へと進むことになり、3月10日()は第7民事部(田中健治裁判長)、翌日11日()は第2民事部(西田隆裕裁判長)と2日連続で弁論が行われた。

第7民事部は第15次から17次、そして第19次の5人の原告のグループだが、その中の一人W・Hさん(京都府在住の男性、70歳)についての意見陳述が担当の小林務弁護士により行われた。W・Hさんは出廷も叶わない病態にあり、その思いを代読する形での陳述だった。

W・Hさんは1歳4ヶ月の時、爆心地から2.5㌔の広島市内の自宅で母親と上の姉と一緒に被爆した。被爆後のW・Hさんは小さい頃から、ケガをすると化膿しやすく治りにくい、血が止まりにくい、突然大量の鼻血に見舞われるなど虚弱の体質が続いた。成人後も強い倦怠感、体調不良にしばしば襲われてきた。就職しても仕事を休まざるを得ないことが多く、勤務先にその理由も言えず、そのために15回も転職を繰り返した。「被爆者は差別されるから決して外で話してはいけない」という母親からの強い言いつけでW・Hさんは長く被爆者手帳も取得してこなかった。手帳を持たないため医療費の負担が重く、体調を悪くしても余程のことがない限り医者にはかかれない時代を長く過ごした。手帳取得したのは母親が亡くなった後の昭和52年、32歳になってからだ。この頃から高血圧、腎炎、高脂血症の治療を受けるようになっていた。

W・Hさんは、平成14年の被爆者健康診断・人間ドッグで腎炎の悪化を指摘され、平成16年の検査で「慢性腎不全(IgA腎症)」の確定診断を受けた。平成23年には胃潰瘍と十二指潰瘍の治療を受け、その時から週2回の人工透析を余儀なくされてきた。平成26年には食道バレット腺ガンの手術を受け、透析も週3回に増えた。今や人工透析治療中心の生活となり、そのために日々体調を整えなければならない苦労が続いている。

平成22年1月に「慢性腎不全(IgA腎症)」の原爆症認定申請をしてから既に5年が経過した。この間症状はますます悪化し、今年1月1日には透析中に血圧が急激に低下し、一時危険な状態に陥ったこともあった。W・Hさんは子どもの頃から絶えず病気と背中合わせの人生を送ってきた。病と闘い続けながら生きてきたようなものだ。そのために仕事も生活も苦労に苦労を重ねてきた。病気の原因は原子爆弾の放射線以外にあり得ない、そのことを認めて欲しい、そしてここまで放置してきた国の責任もはっきりさせて欲しいと、W・Hさんの強い思いを訴えて陳述は締めくくられた。

第2民事部Bグループは当初4人の原告だったが、昨年末12月26日付で2人の追加提訴があり、第12次から14次、そして19次と20次、合計6人の原告の審理が併合して進められることになった。11日(水)はその追加提訴の一人O・Hさん(大阪市在住の男性、72歳)による意見陳述が行われた。

午前11時開廷。裁判長は1月30日の判決で原告の名前も読み上げずに3人の原告に敗訴判決を言い渡したあの西田裁判長だ。あの瞬間を思い起こさざるを得ない。あの時の敗訴の二人は心臓疾患。今日意見陳述するO・Hさんも申請疾患は心筋梗塞だ。しっかり聞いて欲しい、と思う。

O・Hさんは2歳7ヶ月の時、長崎市内で近所の子どもたちと遊んでいる最中に被爆した。原爆投下後すぐ再開に向けて動き出した長崎魚市場に母親たちに連れられて何度も行っており、入市被爆もした。被爆後は虚弱体質となり、下痢や鼻血を繰り返す子ども時代が続いた。成績優秀で向学心に燃えていたO・Hさんだったが、実父の戦死、義父・実母が相次いで結核で倒れたのを機に、進学の夢は断たれた。極貧の生活、苦労を重ねる人生を歩んだ。30歳を超えてからやっと生活も安定してきたが、それも束の間、平成5年50歳の時心筋梗塞を発症し手術を受けた。その後平成15年60歳の時にも再発症し、冠動脈バイパス手術を受け、現在も経過観察と投薬治療を続けている。被爆しているという事実はO・Hさんに漠然とした健康不安を与え続けていたが、それだけでなく、子どもが生まれる時の子どもへの被爆の影響も心配で心配でしようがなかった。あの苦悩の日々も忘れることはできない。

O・Hさんは平成24年に認定申請したが、翌年却下。その後の異議申し立ても棄却された。しかし却下や棄却に際して一体どれだけの、どのような調査がされたのか、その点をまず正したいと述べ、認定行政の実態に強い不信感と抗議の意思を示した。認定を求める被爆者は高齢であり、重い病気を抱えながら訴訟しなければならない。この現状を厳しく批判した。

O・Hさんは原爆に対しても、そして戦争に対しても深い恨みを抱いてきた。戦争も、原爆もなかったら、実父を失うこともなかった、勉学も続けられていた、若くして心臓の病気に苦しむこともなかった、何より人生が大きく変わっていたはずだと。最後に「戦争も原爆も絶対にあってはならない、私は、生きている限り、このことを強く訴えていきたいと思います」と訴えて陳述を終えた。10分間を超える、法廷に響き渡る堂々とした意見陳述だった。

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両日とも裁判後に進行協議が行われ、その結果は報告集会において弁護団事務局長の愛須勝也弁護士から報告された。第7民事部は次回期日が7月14日(火)11時30分からと決められた。それまでに別途進行協議が持たれることになり、尋問や結審、判決までの今後の裁判日程の大枠を考えながらの協議になるだろうとのことだった。第2民事部の次回期日は6月10日(水)の11時からと決まった。

3月11日の報告集会では、力強い意見陳述をされたO・Hさんから感想と思いが述べられた。特に戦争を憎む思いが法廷での陳述に更に加えて語られた。陳述では本当はまだまだ言いたいことがたくさんあった。とにかく戦争そのものが許せない。ビルマで戦死した父は遺骨すら帰ってこなかった。後に聞いた話では、太ももを銃弾が貫通して歩けなくなり、足手まといになるからと手榴弾をもたされて置き捨てられたのだとか。『ビルマの竪琴』の映画ではないがひょっとしてどこかでまだ生きているのではないかと、未だに思うことがある。それに加えての原爆であり、許せない気持ちでいっぱいだ、と。

2日続いた裁判の内前日の3月10日は70年前の東京大空襲、続く11日は4年前の福島第一原発事故発生の日だ。翌翌日の13日には大阪大空襲も続いている。戦争のもたらした残虐な事実は絶対に記憶から消し去ってはならない。大量虐殺含む戦争責任は絶対に曖昧にしてはならない。O・Hさんの訴えは、ノーモア・ヒバクシャ訴訟はノーモア・ウォー訴訟であることをあらためて思い起こさせてくれるものだった。

報告集会では、支援ネット事務局から高裁に向けての公正な判決を求める署名運動の提起が行われ確認された。ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟は高裁でも8人の原告が争う段階になっている。さらに、4月27日から開催される核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議のニューヨーク行動に参加する被爆者3人が紹介され、ひとことづつ挨拶と決意が述べられた。

報告集会2_convert_20150318130037

最後に弁護団幹事長の尾藤廣喜弁護士から要旨次のようなまとめの挨拶が行われて2日間に渡った裁判の報告集会を閉じた。戦後70年も経って被爆者が未だにこのような認定裁判をしなければならない状況はこの国の恥であり、憤りを覚える。先日ドイツのメルケル首相が来日して戦後処理の問題について言及があったが、ドイツと日本の決定的な違いは戦争責任に対する追及と態度、謝罪と賠償だ。日本はまったく不十分で被爆者に対してさえ未だに裁判で争うような状態にある。この事態をなんとかしていかなければならない。今週末には全国会議も持たれて打開に向けての検討を行う。被爆70年、少しづつ戦後処理問題について見直しを求める意見も高まりつつあるが、まだまだ弱い。ノーモア・ヒバクシャ訴訟もそうした運動と連携して、被爆者の援護政策が早く転換されるようにしていきたい。またこの裁判が戦後処理問題の見直しの一端に寄与できるようにもなっていきたい。

 DSCN2541_convert_20150318130015.jpg

 

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程

4月16日(木)

13:30

高裁第6民事部 別館81号

Aグループ弁論

6月 6日(土)

14:00

大阪グリーン会館

訴訟支援のつどい

6月10日(水)

11:00

地裁第2民事部 1007号

弁論

7月14日(火)

11:30

地裁第7民事部 806号

弁論

尚、5月20日(水)には広島地裁において、白内障を申請疾患とする原告に対しての判決言い渡しが行われる。


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2015.03.18 Wed l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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