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被爆二世の
ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記⑱
大阪地裁第7民事部判決全員勝訴! 厚労省の再改定基準を断罪!
国は被爆者の命ある間に認定制度を抜本改定せよ!
2014年3月21日(金)
 
 
ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟大阪地裁第7民事部の第5次・8次・10次のグループの判決が3月20日(木)言い渡された。原爆症認定を求めた4人の原告全員が勝訴した。
朝からの雨をついての判決前集会が裁判所前の西天満浜公園で行われた。大阪地裁判決は今回8回目となる。いつもは晴れ渡る青空を確信に勝利間違いなしとお天気占いされてきた藤原精吾弁護団長だが、「今日は外れる!」と明言。全員勝訴でうっとおしい空模様を吹き飛ばそうとの挨拶になった。原告、弁護団を先頭に806号法廷に入廷。原告はH・Tさん(69歳、神戸市在住の男性)、武田武俊さん(82歳、阪南市在住)、中村繁幸さん(75歳、堺市在住)の3人が出廷して着席。傍聴席は支援者で埋め尽くされた。午後1時10分開廷。田中健治裁判長から原告一人ひとりに対し、原爆症認定申請についての「却下処分を取り消す」との判決が読み上げられていった。国家賠償は今回も全員の請求が棄却された。ただちに愛犬の盲導犬クルーを伴った吉江仁子弁護士と小瀧悦子弁護士が裁判所前で結果を待つ人々のところに向かい、「全員勝訴」、「小手先の基準改訂もうやめろ!!」の旗出しを高々と掲げた。支援の人々の輪が広がり、歓声があがり、そして「厚労省は抜本改定しろ!」の声が何度も繰り返された。

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今回勝訴した4人の原告は以下のみなさんだ。
H・Tさん         生後7ヶ月未満で、長崎の爆心地から3.4kmの自宅で被爆。翌8月10日から2
                       ~3日母親に背負われて山里町、松山町を経て大橋町まで入市。申請疾患は
                       狭心症他。
武田武俊さん   14歳の時、8月15日から19日まで、長崎市道ノ尾駅から浜口町、松山町等に
                       滞留し、大浦海岸方面まで市内を縦断。申請疾患は肝細胞ガン。
中村繁幸さん   6歳の時、長崎の爆心地から4.0kmで被爆。翌10日、父親に連れられて長崎
                       医大病院の見える辺りまで入市。申請疾患は胃ガンと前立腺ガン。
T・Sさん(85歳、奈良市在住の女性)
                       長崎市の三菱造船大橋工場(爆心地から1.1km)で被爆。申請疾患は骨髄異
                       形成症候群。起因性は認められているが、高齢で治療のための経過観察を慎
                       重にしている状態を要医療性がないものと決め付けて却下処分。

このグループの原告は元々7人だった。昨年12月16日認定基準が再改定されたことによって、厚労省は係争中の原告についてもう一度審査をやり直し、その結果3人は今年1月~2月原爆症認定がされた。再審査されてもなお認定されずに却下され、切り捨てられていたのが以上の4人だった。したがって4人に対する判決は、厚労省の再改定基準そのものに対する判決でもあった。
「被爆者の被曝状況の評価は、被爆状況、被爆後の行動、活動内容、被爆後に生じた症状等に照らし、内部被曝の可能性も含めて総合的に検討される必要がある」とするのが原爆症認定訴訟の判決で積み重ねられてきた放射線起因性判断の枠組みだ。そのことに基づいて今回の原告一人ひとりを評価すれば、共に深刻な放射線被曝をしており、そのことを原因に発症していることは疑う余地がない。狭心症も放射線被爆との関係があるのだ。8月15日以降の入市でも相当量の被曝をしているのだ。爆心地から4.0kmの被曝や入市であってもその時の行動、生活の様子などから深刻な被曝は明らかなのだ。
わずか3ヶ月前に、あたかも大幅な基準緩和をしたかのように見せかけて行なわれた基準の再改定。判決はその不当性、違法性をはっきりと断罪し、もう一度認定基準の見直しを求め、認定制度を抜本的にあらためるよう示した。
午後2時30分から裁判所内記者クラブで会見が行われた。藤原弁護団長、尾藤廣喜弁護団幹事長、原告の武田さんと中村さんが壇上に並んだ。初めに藤原団長から、近畿訴訟原告団・全国原告団、近畿弁護団・全国弁護団連絡会、ノーモア・ヒバクシャ訴訟支援近畿ネットワーク3者連名の声明が読み上げられ、見解が述べられた。要旨は次のような内容だった。今回の判決は被爆者を切り捨てる認定行政の違法性を白日のもとにさらした30回目の断罪である。行政の審査方針を根本から否定した。要医療性を否定した厚労省の判断を断罪した。今度こそ被爆者の苦しみに終止符を打たなければならない。そして国・厚労省に対して4つのことを求めた。1.控訴せず判決に従え、2.判決の示した基準によって過去に遡って却下処分された人達すべての再審査を行なえ、3.認定制度の抜本的改革を行ない被爆者の命ある内に問題解決をはかれ、4.今回の判決を機に次のことを行なえ(①被爆者援護法の抜本的改正、②福島原発事故被害への最大限の対策、③核兵器禁止条約を率先して実現)。

 
2人の原告から感想、心境が述べられた。武田さんはあらかじめ用意していた文章を読み上げ、弁護団、支援の人々への感謝の気持ちを、さらには報道機関に対してもお礼の言葉を述べられた。最後のところで、「私は初めて法廷に立ち、意見陳述した時の言葉を思い出します。『どうぞ私の頭が正常であり、皆様方に感謝の言葉を申し上げることができる内に解決して下さい』と言ったことを」と結ばれた。武田さんは間もなく83歳、認定申請から6年近くもの歳月を費やしてやっと今日の日を迎えることができた。この日も息子さんの介添えによる車椅子で入廷し、会見にも臨まれた。老いの深まりを自分でも日々感じながら、申請から判決に至るまでの長い道のりを歩まなければならなかったことへの感慨ではないか。自分の言葉で感謝の気持を述べることのできたたとえようのない喜びと、そこまで追い詰められてきたことへの、静かな怒り、告発ではないかと思う挨拶だった。
 中村さんも同じように申請からまるまる6年を経て今日の勝訴判決を迎えることができた。短いようでもあったけど長いようでもあったと、この年月を述懐された。

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今回の判決の意味の大きさから記者の質問は相当な時間に及んだ。質疑応答を通じて、あらためて今回の判決の重みが強調された。昨年末認定基準は再改定されたが、それを断罪し否定したのが今回の判決。もはや認定基準は抜本的にあらためなければならない。厚労省が依然として拠り所とする機械的な被曝線量推定方式はきっぱりと否定され、残留放射線、内部被曝の深刻な影響がはっきりと認められた。従来より一層精緻な内容で判決は展開されており、判決も前進、進歩しているとの解説だった。
今回の判決のもう一つの重要なこととして強調されたのは、経過観察は医療ではないとする国の非情な態度が断罪され、要医療性についても重要な判断が下されたことだ。国は起因性の認定基準見直しとあわせて要医療性の判断も厳しく狭めようとする方向にあり、その不当性が明確に示されたことの意味も大きい。要医療性が争点になっていたT・Sさんはもはや法廷に赴くこともできない重篤な状態と聞いているが、朗報はただちに届けられたことと思う。
声明は、今回の判決の示した基準に基づいて、これまで却下処分されてきたすべての申請者をもう一度見直せ、再審査しろと求めた。却下処分されても裁判に訴えれば勝訴し認定を受けられる実態もある。しかし誰でもが裁判できるわけではない。長い時間も、意思と体力も必要とする裁判に、訴えることのできる人はむしろ少数で限られているのが現実だ。提訴すれば認定されるが、できない人は涙を飲まなければならない。「認定して欲しければ裁判に訴えればよい」などという、こんな不当で不公平な行政があってはならない。判決に基づいて認定基準は見直せ、そして見直した基準は過去に遡ってすべての申請者に適用しろ。当然の要求だ。
記者会見はこの他にも、棄却された国家賠償請求のこと、今後の政治への働きかけ含めた闘い方等々にも質疑応答は及んだ。最後にもう一度お二人の原告の心境が問われ、それぞれ、今日の日を迎えるまでは大変なプレッシャーの毎日だったこと、判決言い渡しの瞬間は意外にも冷静に聞くことができたこと、本人尋問の時の思い出などが脳裏を走馬灯のように駆け巡ったこと、弁護士の先生から勝利の握手を求められた時は胸にこみ上げるものがあったこと等々が語られた。記者会見は午後3時を大きく回って終了した。
 判決報告集会は大阪弁護士会館で先に始められていたが、途中から記者会見参加者が合流して全員参加の集会となった。会場正面には、記者会見に参加された2人の原告に加え、H・Tさん、先に国から認定を受けている原告M・Tさん(84歳、神戸市在住)の代理の息子さんの4人が並ばれ、まず花束贈呈とお祝いの大きな拍手が贈られた。原告のみなさんそれぞれから挨拶されたが、感謝の言葉と合わせて共通して述べられたのは、まだまだ多くの被爆者が苦しんでいる、これからはそれらの人達を応援していきたい、お手伝いしていきたいという言葉だった。父親の代理で出席されたMさんは被爆二世だが、二世として父親の思いを引き継ぎこれから声を大にして頑張っていきたいと力強い思いが語られた。

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尾藤幹事長と藤原弁護団長からあらためて声明の内容と終わったばかりの記者会見の様子が報告された。声明の中で訴えられている厚生労働省へ求める4つの項目についてはより詳しく説明された。その上で、当面ただちにとりくむべきこととして、今回の判決について国は控訴するなの声を至急に上げていくこと、認定制度を改定せよの運動ももう一度強力に進めていくことが提起された。
報告集会は最後にもう一度原告のみなさんへの大きな拍手を送って午後4時10分終了した。

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3月20日判決はマスコミで大きく報道された。同日夕刻のテレビ・ラジオではNHKをはじめほとんどの局でニュース放送された。翌21日の各紙朝刊も多くが1面記事で報道した。私が見た限りでの各紙の見出しは、朝日「原爆症・国の新基準を否定・大阪地裁4人の却下『違法』」、毎日「国不認定の4人『原爆症』・大阪地裁判決基準改定後初」、産経「原爆症・新基準より広く認定」、読売「原爆症・新基準外も認定」、京都「原爆症・新基準却下4人認定」等だった。いずれも焦点は、厚労省の再改定された認定基準が、初めて迎える判決で明確に否定されたところにあった。そしてさらに、論調の多くが今後のさらなる基準の見直しを求める方向にあった。これこそが国民理解と合意の方向だ。
ノーモア・ヒバクシャ訴訟は3月28日(金)熊本地裁でも判決を迎える。その結果も受けて4月1日(火)国会院内集会がもたれ、認定基準と制度改定に向けた政治の力への訴えを行なっていくことになっている。
近畿訴訟は5月9日(金)に今度は第2民事部の判決があり、7月11日(金)には第7民事部の次のグループの最終弁論・結審も決まっている。引き続く裁判での勝利をめざすことは当然として、しかしそれ以前に、もはや司法判断を待つことなく、全ての申請が認定される状況、認定基準・制度の抜本的改定を一日も早く実現していきたいと思う。
 
 
ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
509日(金)
11:00
第2民事部
1007
第3次・4次
判決
5月29日(木)
11:30
第7民事部
806
 
弁論
7月11日(金)
13:30
第2民事部
1007
第6・7・9・11次
結審
 

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2014.03.21 Fri l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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