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被爆二世の
  ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記③


2013年3月7日の第7民事部の穐久英明医師の証人尋問について、平さんの傍聴記です。



 第7民事部の結審も10月15日と確定
 被爆者の被爆体験こそを原点に夏に向けた取り組み強化を!


3月7日(木) 午後1時30分より、大阪地裁806号法廷で第7民事部(田中健治裁判長)審理の第5次・第8次原爆症認定申請却下処分取り消し訴訟の証人尋問が行われた。原告本人の尋問は前回までに終了し、今回からは医師の証人尋問で、その第1回目となる。
裁判長から裁判官構成の変更(左倍席裁判官の交代)が告げられ、更新手続きが確認された後、尋問に入っていった。証言台に立ったのは大阪・西淀病院副院長の穐久英明医師。9人の原告の内の一人、中村繁幸さん(長崎の被爆者で大阪府堺市在住、73歳)の原爆症認定申請疾患の放射線起因性と要医療性についての証言だ。
原告側の主尋問は豊島弁護士が担当した。中村さんの被爆状況から相当量の被曝をしているであろうこと、さらに認定申請疾患である胃がんと前立腺がんには十分に放射線起因性が認められることを医師の立場から証言されていった。被告・国側は、中村さんの胃がん発症原因について好発年齢であることやヘリコバクタ―ピロル感染の可能性、前立腺がんについては統計的に発症リスクは低いなどとした起因性否定の理由を挙げているらしい。その一つひとつについて、豊島弁護士からの質問に応える形で穐久医師の所見が述べられ、被告の主張と根拠が覆されていった。中村さんの場合、二つのガンを発症している多重がんだ。さらに大腸ポリープもあるなどがんにり患しやすい体質になっており、そのこと自体が放射線被曝の影響をはっきとりと示している、との説明がとても強い説得力をもっていた。
被告代理人の尋問は、先に行われた原告側の尋問内容と重なるところが少なくなかったようだ。ピロリの感染についてしつこく質問が行われたが、その点は「いつ感染したのか分らないものは分らない」と、医師らしい事実に対する謙虚さを失わない態度での回答がなされた。最後に「放射線の影響が極めて大きいと(穐久医師が)判断する根拠は何か?」と被告代理人が質問し、ここでも「多重がんを発症していることだ」と明瞭な回答が返された。
尋問終了の後、次回5月16日、次々回6月6日の裁判日程をあらためて確認し、午後2時30分閉廷となった。
弁護士会館会議室に会場を移して報告集会が行われた。
最初に今日証言台に立った穐久医師から感想が述べられた。多重がんの発症は国の言うピロリなどではとても説明のつかないことがあらためて強調された。また前立腺がんと放射線との関係はゲーリー・クーパーやジョン・ウェインなどアメリカの多くの俳優が発症している例でもよく知られていることだと紹介された。そしてノーモア・ヒバクシャ訴訟はこれから脱原発の運動にも大きな影響を与えていくだろうと感想が述べられた。
次いで原告の中村さんからも感想が述べられた。6歳だったので原爆の記憶は少ないが、被爆後体が弱くなったと母親がいつも言っていたことは覚えている、たくさんの病気をし、病気との関わりの切れない人生だったことも語られた。
今回は裁判が早めに終わったこともあって報告集会では参加された人々がいつもより多く感想を述べ、交流する機会にもなった。同じように原告となっている人、その他の被爆者のみなさんからこもごもに被爆体験と近況についての思いが語られた。その内の一人から、「息子の子供(3世)が白血病を発症している。被爆者のカルテは永久保存していく必要があるのではないか、そうして欲しい!」との訴えがなされた。それを巡って医療機関の実態や、兵庫県では民医連と協力して被爆者の患者数を把握しようとしていることなども紹介されていった。京都の「被爆2世・3世の会」では親の被爆者手帳の検査記録を過去に遡って把握しようとしている会員もいる。被爆者の健康管理記録、診療記録はこれからとりくむべき重要なテーマではないかと思った。
 今日の穐久医師の証言対象であった原告の中村さんは、原爆投下の翌日10日、母親を探して爆心地から1.5キロ付近の距離まで入市した被爆者だ。申請疾患は胃がんと前立腺がんであり、「格段に反対すべき事由がない限り・・・・積極的に認定すべき」範囲に含まれる、新しい審査方針に該当する典型的な事例のはずである。なのに、どうして却下され、提訴されてまで争わなければならないのか。今日の裁判傍聴に参加する前の疑問だった。
 これについては主尋問を担当した豊島弁護士から説明がなされた。国側は放射線の起因性よりも中村さんの入市の事実そのものに疑いを持ち、争点にしているのだと。中村さんの被爆者手帳交付申請書の被爆状況欄が「木造家屋内で被爆」となっていて、原爆症認定申請における入市被爆状況と矛盾することがその理由にされているとのこと。手帳の件については12月6日の本人尋問でも詳しくやりとりされ、手帳申請書の記載が正確な被爆状況を表したものでないことはすでに明らかにされ、証明されているはずなのに。(長谷川千秋さんの「ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟傍聴日誌○35」2012年12月17日)
両親ともに被爆者である私(平)は原爆症認定裁判の支援と、「被爆2世・3世の会」のとりくみをきっかけに、親の被爆状況をできるだけ正確に知ろうと努めてきた。その一つとして、親の被爆者手帳交付申請書の開示を請求し手に入れることができた。そこに記されていた父親の被爆状況は、簡潔な文章ながら、残留放射線を長時間にわたって全身に浴びたであろう被爆の実態を十分に推測させるものであった。一方母親の申請書は、被爆地住所と嫁ぎ先の近隣者の証明人名が記されているだけのもので、よくもわずかこれだけの記述で手帳交付されたものだと、あきれるほど内容のないものであった。
被爆者手帳申請書の記載内容が必ずしも被爆状況を正しく表しているとは限らないことは、これまで数多くの実例からすでに明らかにされてきていることだ。むしろ正確な記載を許さなかった背景や事情もあったことにこそ思いを寄せなければならないと思うほどだ。自らの親の実例を手にしてみるとその思いを一層強くする。
中村さんの場合、もはや裁判を維持するためだけに手帳申請書記載内容との齟齬が利用されているような気さえする、というのは思い過ぎだろうか。今後手帳交付申請書記載内容が原爆症認定審査の否定的な判断材料になどなされることのないよう、手帳申請書一般についての評価も裁判において明確に下されることを期待したくなる。
 裁判後に行われた進行協議の結果も含めて事務局長の愛須弁護士から報告がなされた。最初に第5次却下処分取り消し訴訟の原告の一人である梅本光夫さん(大阪市在住の長崎の被爆者、82歳)について、国側が却下処分を翻して認定することになったと報告された。事後に愛須弁護士からその経緯を次のように説明していただいた。梅本さんは平成14年に前立腺がんの手術をしていたが、(ご本人はそれは完治したと思って申請しておらず)術後に発症した難治性貧血症とリンパ球減少症を認定申請していた。国側は行政処分後、係争にもなって、あらためて前立腺がんの治療の副作用で貧血が生じていると認め、申請疾患を前立腺がんと読み替えられないかと検討して、今回の認定の結論に至った。
従来は考えられなかった措置であり、画期的とも言えることだ。報告集会では、これもノーモア・ヒバクシャ訴訟を闘ってきたことの成果の一つであることが強調され、参加者全員の喜びの拍手で確認した。
愛須弁護士からは第七民事部の裁判の進行について、結審の日は10月15日(火)11:00からとなり、判決は来年3月までに行われる見通しとなったことも報告された。
 今回の報告集会の司会を担当された兵庫県原水協の梶本さんから、「原爆症裁判の全面勝利をめざす近畿のつどい」を6月1日(土)13:00から大阪グリーン会館(大阪市北区)で行うことが紹介された。また今年は、平和行進、参院選、兵庫県は知事選挙も、そして山場を迎える裁判が重なり、大変な夏となるが力を合わせて頑張っていきたいと決意表明された。
最後に藤原弁護団長より、肥田舜太郎先生の新刊『いま、どうしても伝えておきたいこと』の紹介も含めて、まとめのあいさつが行われた。要旨は、核廃絶の運動も、原発の問題も、被爆者の体験こそが原点であり、そこからしっかりと学ぶ必要がある、であった。ノーモア・ヒバクシャ訴訟の勝利に向けてもうひと頑張りしていこうとの呼びかけが行われて、午後3時40分、この日の集会を終わった。

思えば丁度一年前、3月9日は、原爆症認定集団訴訟終結後の個別原爆症認定促進訴訟になって初めての判決が大阪地裁(山田明裁判長)で言い渡された日だ。二人の原告への国の却下処分を取り消し、一人については国に「原爆症と認定せよ」と初の義務づけも行われた全面勝利判決だった。判決内容も、国の一律的な線量基準判断を排し、被爆状況、被爆後の行動、活動内容、急性症状等から総合的に判断すべきこと、外部被爆だけでなく内部被曝の可能性も考慮すべきこと、心筋梗塞と放射線被曝との間にはしきい値は存在しないと考えるのが合理的であること等々、これまでの原爆症認定裁判で積み上げられてきた司法判断にしっかりと基づくものであった。雨の中、大阪地裁前で湧きあがった原告と弁護団と支援の人々のはじけるような笑顔の輪を思い出す。
判決後直ちに「厚生労働大臣は『控訴するな』」の声が広がり、国会でも質問と追求が行われ、厚生労働省は控訴を断念、3月23日判決が確定した。集団訴訟終結後の個別訴訟になってからの「控訴断念」の持つ意味は本来特別大きかったはずだ。
この判決は近畿はもちろん、全国の被爆者を励まし勇気づけるものとなった。「8・6合意」に背き、新しい審査方針にすら反して不当な大量却下処分を続ける厚生労働省に対して、全国の被爆者はあらためて立ち上がり、その名も“ノーモア・ヒバクシャ訴訟”とした提訴と運動を広げ、闘ってきている。現在、全国のノーモア・ヒバクシャ訴訟の提訴者数は95名に及び、内2名が判決済みで93名が闘いを続けている。(ノーモア・ヒバクシャ訴訟以外にも7名の被爆者が提訴し係争中)
一年前の感動を想起し、そして銘記しながらこれからに向かっていきたい。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
月 日 曜 時 間 法廷 会場
4月24日(水) 11:00 大阪地裁202号 第2民事部 原告弁論
5月16日(木) 11:00 大阪地歳806号 第7民事部 医師尋問
6月 1日(土) 13:00 大阪グリーン会館 原爆症裁判の全面勝利をめざす近畿のつどい
6月 6日(木) 11:00 大阪地裁806号 第7民事部 医師尋問
6月12日(水) 13:30 大阪地裁202号 第2民事部 原告尋問
8月 2日(金) 11:00 大阪地裁202号 第2民事部 判決
10月15日(火) 11:00 大阪地裁806号 第7民事部 結審
3月21日(木) 11:00 岡山高裁 岡山訴訟控訴審 判決



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2013.03.12 Tue l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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