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原爆症認定訴訟京都支援ネット・長谷川さんの新・裁判傍聴日誌です。

大阪地裁で全面勝訴 入市被爆者らの心筋梗塞起因性認める
国に「認定せよ」と初の義務付けも 姿勢問われる厚労省


2012年3月9日(金)

 広島で被爆した神戸市在住の男性(84)=匿名希望=と、同市在住、中村武吉さん(83)が、原爆症認定申請を国に却下されたため、その取り消しを求めていた訴訟の判決が、3月9日、大阪地裁であり、山田明裁判長は2人とも訴えを認めて国の却下処分を取り消す判決を言い渡した。また男性原告は国に原爆症認定を義務付けるよう求めていたが、判決はこれも認め、原爆症をめぐる訴訟で裁判所が国に「原爆症と認定せよ」と義務付けた初のケースとなった。
男性原告は爆心地から2.5kmの直接被爆、中村さんは入市被爆者で、2人とも申請疾病は心筋梗塞。厚生労働省は被爆者の裁判闘争とこれを支持する世論に突き上げられて2008年4月、認定審査基準を改定。「積極認定」の枠組みを設け、白内障もその対象としたが、現実はどうかといえば、入市被爆者の放射線起因性はいっさい認めず、直爆でも爆心地から1.5km超えれば却下するという「消極認定」そのもの。このため、原爆症認定訴訟近畿弁護団の調べでは、2008年4月から2011年3月までの間に心筋梗塞で認定を受けたのは全国でわずか122人、却下は971人にのぼっていた。今回の判決は改定された審査基準の下でも大量却下を繰り返す厚生労働省の不当な認定行政に「ノ―」を突きつけたことになる。認定行政と司法判断の乖離が問題となっている厚労省の「原爆症認定制度の在り方に関する検討会」の今後の議論にも影響を与えるだろう。各地で再び取り組まれている裁判闘争の最初の判決として、この「全面勝訴」が持つ意義は大きい。

 午後零時40分から大阪・中之島の裁判所本館南側小公園で判決前集会が開かれた。雨の中、傘をさして近畿3府県の被爆者、弁護士、支援者ら数十人が参加した。「晴れなら勝訴、雨なら…」と判決前の挨拶では必ず「お天気占い」から始める藤原精吾・近畿弁護団長は「今日はどうあっても(占いが)外れてくれることを心から願っている。とくにMさん(匿名の原告)は申請を長く待たされたうえ義務付け訴訟の判決直前になって国が却下処分に出たので、落胆は大きく、家族も猛反対、本人ももう裁判はやめたというのを、担当弁護士と私が何時間も説得して取り消し訴訟に踏み切っていただいた。勝たなければMさんを裏切り、同じように心筋梗塞の認定申請を不当にも却下されている全国の被爆者の期待も裏切ることになる」とマイクを握り締めた。占いはものの見事に外れてくれた!
 午後1時半、202号法廷で判決言い渡し。超満員の原告弁護団席とは対照的に被告代理人は4人しか出席していないのを見て、なんとなく「こりゃもう勝ちだ」と予感した。験を担いでカツカレーも食べてきたし…。
 山田裁判長はMさん、中村さんの順に勝訴判決の主文を読み上げ、数分で閉廷。廷内に拍手がはじけた。弁護団員が次々と両原告に祝福の声をかける。藤原団長は破顔一笑、Mさんの肩をポンとたたき、「よかったね。認定しなさいと言ったんですよ」と一言。
 南門前には支援者とともに西晃弁護士が待ち構えていた。2月22日の第9次取り消し訴訟第1回弁論で意見陳述に立った西弁護士は「私はこれまで一度も廷内で判決を聞いたことはなく、支援者の仲間とそとで勝利判決を待ち受けていた。この大阪の地で、これからも、被爆者に勇気と元気を与えてくれる吉報が届くのを待っています」と、同じ山田裁判長ら3裁判官に語りかけていた。吉報が届いた! 国家賠償は残念ながら認められなかったが、全面勝利に初の義務付け判決だ。旗出し役の若手弁護士2人が雨に濡れながら走ってきて、2本の旗を掲げた。「全面勝訴」「原爆症認定基準を再改定せよ!」。みんなで雨空めがけて傘を突き上げ、気勢をあげた。拍子抜けだったのは、入廷前行進の際は大勢いた報道カメラマンがほとんど姿をみせなかったことだ。メディアのみなさん、どうしたの?

 原爆症認定訴訟近畿原告団、同近畿弁護団、原爆症認定集団訴訟支援近畿ネットワークの3者は判決後、声明を発表。以下のように指摘した。(全文はブログ「原爆症認定訴訟 近畿弁護団通信」参照)
①今回の判決は、心筋梗塞を積極認定の対象にしながら「放射線起因性が認められる」という不当な条件をつけ、ごく限られた近距離被爆者しか認定しない行政がなお誤っていることを断罪した。さらに原爆症認定の義務付けを求めていた原告についてその義務付けを初めて認めるなど、画期的な内容となっている。
②また、裁判所は、心筋梗塞と放射線被曝との間には放射線量の程度にかかわらず(しきい値の否定)、有意な関連を認めることができることを指摘した。このことは、現在の認定基準すら守らず、内部被曝の影響を無視し続ける国の姿勢を改めることを強く要請するものである。
③国は2009年のいわゆる「8・6確認書」を締結したにもかかわらず、自ら作った「新しい審査の方針」を無視して原爆症認定行政を再び後退させ、被爆者をなお苦しめ続けている。このため大阪地裁での本件提訴をはじめ各地で集団訴訟後も新規に提訴して、司法による解決を求めている。
④国が被爆者の命あるうちに、原爆による被害救済の責任を果たすことこそ、地上から核兵器をなくすという人類の取るべき道を進めることであり、同じ放射線被害を受けた原発被害者の真の救済につながるものである。

 判決骨子を読むと、放射線の起因性の判断は、これまで積み上げられてきた原爆症裁判での幾多の司法判断をしっかり踏まえて行われていることが分かる。「審査の方針(当時)により算定される被曝線量は、あくまでも一応の目安とするにとどめるのが相当」「当該被爆者の被爆状況、被爆後の行動、活動内容、被爆後に生じた症状等に鑑み、様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性がないかどうかを十分に考慮する必要があるというべきである」といったあたりに、そのことが窺われる。その上で、「放影研等の研究に基づく各種知見を総合すれば、心筋梗塞と放射線被曝との間には有意な関連を認めることができ、そこに一定のしきい値は存在しないと考えるのが合理的である」(男性原告への判決骨子から)、「広島原爆投下後の原告の行動、活動内容等や原告に生じた身体症状等に照らせば、原告は健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝(特に内部被曝)を受けていた可能性が高いというべきである」(中村さんへの判決骨子から)などと指摘し、古い「科学的知見」にしがみついたままの厚労省の審査の物差しに対して司法判断の到達点を対置しているのである。つまりこの判決は、単に2人の原告に対する判断にとどまらず、何度判決を繰り返しても一向に反省の色を見せない厚労省に対する司法全体の意思を代弁したことになるのではないか。
 初の義務付け判決という点ではどうか。男性原告の弁護団は、大阪地裁に対し、認定申請を長期にわたり放置するのは違法だとして①厚生労働大臣が処分を行わないのは違法だと確認せよ。②厚生労働大臣は法に基づき原爆症の認定を行え(義務付け)―と請求していた。しかし、認定申請が却下されたため、2010年8月、請求の趣旨変更申立書を出し、①却下処分を取り消せ。②原爆症の認定を行え(義務付け)―と要求し直していた(それぞれ一定額の国家賠償も請求)。だから、読みようによっては、この日の判決は、原告側の請求内容に沿って判断し、義務付けも認めたに過ぎない―と考えることもできる。
 だが、3権分立の中で司法が国に原爆症と認定せよと命ずるのはやはり勇気のいることである。ならば義務付けに踏み込んだのはなぜだろう。原告の気持ちも、判決日まで決めていた裁判官の気持ちも踏みにじった厚労省の傍若無人、冷酷な態度がそうさせたのではないか、と私は思う。2010年4月16日の原爆症認定促進訴訟の裁判傍聴日誌③に詳しく書かせてもらったが、この男性原告はその年の1月に義務付け訴訟が結審し、判決日も指定されていた。ところが厚労省はその直前、却下処分とし、裁判所に弁論再開を申し入れ、地裁もこれを認めて判決言い渡し日程を取り消してしまったのである。「認定審査放置の違法性についての判断を回避するための国側の姑息な手段だ」と原告も、弁護団も、支援者もみな怒った。怒りの矛先は裁判所にも向けられた。私も傍聴日誌の見出しに「卑劣な厚生労働省、腰くだけの裁判所に怒り心頭」とうたった。裁判所は今回、意地を見せたのである。初の義務付け判決が持つ意味について共同通信に問われた原告弁護団は「裁判所が認定を促す積極的なメッセージ」と答えた。その言葉を含めた共同通信ニュースはこの日、全国の配信網に流れた。

 判決終了後、中之島の大阪市中央公会堂地下会議室で報告集会が開かれた。愛須勝也弁護士の判決内容についての解説があり、午後3時半すぎ、記者会見に出ていた2原告が戻ってきた。2人の被爆の事実は裁判傍聴日誌⑰(2011年10月5日)で触れさせてもらったが、本当に長くつらい人生だった。いまも脳梗塞の後遺症とたたかっている中村さんは車いす。「ありがとうございます」と声を詰まらせた。男性原告は「ここ(裁判所)に来るまで、またあかんやろと思っていたし、家内からももう止めてくれと言われていました(会場爆笑)。ありがとうございました」。大きな拍手の中、2人に花束が贈られた。
 記者会見が長引き、大半の弁護団員が顔を見せられないまま、午後3時45分、閉会。
 報告集会の最後の方で、司会の西弁護士が「国に控訴させないことが大事だ」と述べたのを聞いて、はっと気がついた。そうだ、この大事な、大事な判決を確定させなければいけないのだ。小宮山洋子厚生労働大臣に一言申し上げる。ボールはいま、あなたへ投げられた。あなたは昨年9月5日の大臣就任正式記者会見で、「本当の政治主導とはどういうことなのか…しっかりと官僚の皆様と連絡をとりながら方針決定と責任は政治家が持つということでやっていきたい」と発言された。いまが、その時ですよ。

 日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)は3月7日、民主党厚生労働部門会議の長妻昭座長あてに「『原爆症認定制度の在り方に関する検討会』の問題点と要請」という文書を提出した。長妻氏は民主党政権初代の厚労相で、2011年1月、「8・6確認書」に基づき厚労相として日本被団協との第1回定期協議に臨んだ人である。
 文書は、①認定制度の在り方検討会は委員14名、2010年12月からこれまでに9回の会合が持たれ、座長は第8回から神野直彦・東大名誉教授が務め、いよいよ最終段階に入ろうとしている。②原爆症認定集団訴訟では、原告306名のうち9割以上の原告が勝訴している。連続する勝訴判決のもとで、厚労省は認定基準を改定した。しかし厚労省は、この「新しい審査の方針」でも、総合的な判断を一切排除し、消極的な認定態度を変更せず大量却下が続いており、司法と認定行政の乖離は深まるばかりだ。しかも、裁判で解決しなくてもいいように定期協議を行うとした確認書の内容も全く生かされないため、多くの被爆者が、個別に新たな裁判を全国で提訴せざるを得ない事態になっている。③検討会での厚労省の態度には、連続した敗訴を反省した上で、司法と認定行政の乖離を埋めようとする積極的な姿勢がまったく見えない―などと指摘。民主党の厚生労働部門会議の中に原爆症認定制度の抜本的改善に関するワーキングチームを設置してほしい、と要請した。
 日本被団協の把握しているところでは3月5日現在、被爆者が新たに裁判闘争を起こしているのは、大阪30人、広島16人(1人は控訴審)、熊本7人、名古屋3人、岡山1人、長崎4人(1人は控訴審)、札幌1人(本人訴訟)=地名は裁判所=となっている。

<近畿の法廷闘争の当面の日程>
▼2012年3月27日(火)=原爆症認定申請却下処分取り消し第5次・8次訴訟の弁論。午前11時30分~正午、大阪地裁第7民事部806号法廷。閉廷後、報告集会。
以上
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2012.03.13 Tue l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (1) l top

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2012.03.31 Sat l まとめwoネタ速suru
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