原爆症認定訴訟を毎回傍聴して傍聴記を書いてくれている長谷川千秋さんの傍聴日誌です。
傍聴日誌は、「にんげんをかえせ」として出版もされています。長谷川さんは朝日新聞の記者をされていたプロですので、毎回、その観察眼の鋭さ・確かさにはうならされます。
今回、長谷川さんと京都支援ネットのご厚意で転載させていただきました。

これからも「続・傍聴日誌」として連載する予定ですので、ご期待ください。

原爆症認定促進訴訟の裁判傍聴日誌⑳

国に痛撃、集団訴訟最後の近畿第3陣が勝訴!

大阪地裁が4人の原爆症認定、内部被曝も考慮

2011年12月21日(水)


 自分の病気が原爆によるものだと国は認めよ―と、広島、長崎の被爆者が全国で2003年以来たたかってきた原爆症認定集団訴訟の一審最後の判決が、12月21日午後、大阪地裁(山田明裁判長)であった。2006年暮に提訴していた近畿の第3陣で、大阪、京都、兵庫、和歌山の4府県在住の男女7人。うち2人はその後認定されており、山田裁判長は残る5人のうち4人について国の認定申請却下処分を取り消し、原爆症と認めた。残念ながら1人は申請疾病がその後良性の腫瘍と分かったため要医療性の点で棄却となり、全員の国家賠償請求も認められなかったが、裁判で国を19連敗に追い込み、2009年8月6日、当時の麻生太郎首相と原告側の日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表との間で交わされた「8・6確認書」に基づき、勝訴の4人はこのまま判決が確定、敗訴者1人も確認書を受け議員立法で成立した「原爆症基金法」によって救済される。2006年5月、全国に先駆け全員勝訴をかちとったのも近畿なら、有終の美を飾ったのも近畿だった!
 この日の判決はこれまでの司法判断を踏襲した上で、入市被爆や残留放射線の影響を拒み続ける国の認定審査のあり方を批判、内部被曝の可能性にも十分考慮を払うべきだ、と踏み込む判断を示した。裁判闘争で認定審査基準を改定させてもなお不当な申請却下を繰り返す国の認定行政をめぐって、厚生労働省の「原爆症認定制度の在り方に関する検討会」での議論がヤマ場にさしかかる時期に出たという点でも、さらに内部被曝問題がクローズアップしている東京電力福島第1原子力発電所事故による深刻な放射線被害者の救済と重ね合わせて考えるという点でも、今回判決は間違いなくこれからのたたかいの武器になる。また、そうしなければならないだろう。

 久しぶりに、新聞、テレビ・ラジオ、通信社などすべてのマスコミが報道した。
 判決翌日の22日付新聞各紙の扱いと見出し。
<読売>第3社会面トップ「原爆症4人を認定/集団訴訟 国基準超える判断―大阪地裁」
<朝日>第3社会面トップ「原爆症に4人認定/大阪地裁 国の却下取り消し」▽脇に解説雑報「進まぬ救 
 済終わらぬ争い」
<毎日>第2社会面準トップ「原爆症集団訴訟が終結/大阪地裁 新たに4人認定」
<日経>第1社会面2段「原爆症4人を認定/第3次近畿集団訴訟判決―大阪地裁」
<産経>第2社会面2段「4人を原爆症認定/集団訴訟、最後の1審判決―大阪地裁」
(以上全国紙、京都配布版から)
<京都>第1社会面4段「原爆症集団訴訟が終結/大阪地裁 京都などの4人認定」
<神戸>第2社会面4段「原爆症集団訴訟が『終結』/兵庫の原告ら4人認定―大阪地裁」▽脇に関連雑報「『多くの人が支えに』兵庫の2原告」。原告記者会見写真つき
 「しんぶん赤旗」日刊紙は22日付第1社会面4段「近畿 原爆症認定訴訟勝訴/大阪地裁 内部被ばくも考慮」。勝訴判決の旗出しと喜ぶ支援者らの写真つき
 共同通信は判決当日午後4時56分配信で「原爆症集団訴訟『終結』/大阪、4人を認定」の記事を流した。
 NHKのNEWSWEBは当日午後7時7分、「原爆症集団訴訟 事実上終結」と流した。午後6時台のNHKテレビ関西ニュースでも映像が流れた。民放の映像はチェックできなかった。

 注目されたのはマスコミからだけではない。最後の一審判決とあって、晴れた冬空のもと、21日午後零時半から大阪・中之島の裁判所本館南側、堂島川の橋のふもとにある小公園で近畿弁護団、支援ネット近畿連絡会が開いた「判決前集会」には、東京から日本被団協の田中熙已事務局長や宮原哲朗・全国弁護団連絡会事務局長らもかけつけた。午後零時50分、「もう時間がありません 原爆症認定問題の全面解決を!」と書かれた横断幕を手にして原告を先頭に弁護団、支援者らがぞろぞろと裁判所まで行進、202号法廷に入った。最前列に記者席。傍聴席も満員。

 午後1時10分、開廷。裁判席に山田明裁判長、陪席の徳地淳、藤根桃世両裁判官。「それでは判決を言い渡します」と前置きして山田裁判長が主文を読み上げた。2006年5月の歴史的勝利判決と同じように、原告1人ひとりの名前と判決内容を読んでいくので極めて分かりやすい。いきなり4人の「却下処分取り消し」が続いて、やった!と思った瞬間、「棄却」というのが出てきて、あっ残念!
 数分間で裁判官は退席。とにかく勝ったぞと、何かぞくぞくした気分で支援仲間と一緒に外に出る。若手弁護士の「旗出し」の回りをカメラマンや外で待機していた支援者が取り囲んでいた。旗は2本。「勝訴」「厚労省 内部被爆にシラ切るな!」と大書されていた。

 裁判所近くの大阪市中央公会堂地階の大集会室に午後1時40分、支援者らが集結。西晃弁護士(大阪の支援の会事務局長)が司会、「いま、弁護団が判決を読んでいる最中なので、しばらくお待ちを」。やがて愛須勝也弁護士がかけつけ、各原告の判決結果を紹介。「判決の正本が1冊しかなく、時間がかかっているが、判決内容は、却下処分についてはわれわれの主張がほぼ100%認められた。国家賠償に関しては、たたかい続けている裁判での今後の『宿題』にしよう」。続いて三重利典弁護士が現れ、「内部被曝についてもいい判断が出た。福島第1原発事故後の国の不十分な被害対策を抜本的に改めさせるためにも大きな意義を持つ」と解説。じわじわと尻上がりに勝利の実感が高まってくる。原告側証人として発言するなど裁判で重要な役割を果たした郷地秀夫医師も出席、拍手に包まれた。午後3時、記者会見を終えた原告、弁護団一行がようやく到着して正式の報告集会が始まった。

 支援者と向き合う形で、原告5人が長いすに座った。故・小林勇さん(長崎の爆心地から4.0kmで被爆)の訴訟承継人で妻の小林あや子さん(京都府八幡市在住)=勇さんの申請疾病、多発性骨髄腫を認定▽藤井澄子さん(広島、1.2km、京都市在住)=慢性肝炎を認定▽黒田慶子さん(広島、入市、兵庫県西宮市在住)=肺がんを認定▽高松幸子さん(広島、1.7km、兵庫県明石市在住)=右網膜動脈閉鎖症を認定▽山口寿子さん(高松さんの姉で同じ場所で妹と一緒に被爆、和歌山県有田市在住)=申請疾病の脳腫瘍が裁判途中に認定されていた=。ひときわ大きな拍手が上がる中、1人ずつ、5年余前の近畿訴訟全員勝訴9人の1員、木村民子さん(大阪市)らから花束を受けた。

 弁護団の判決検討で1冊しかない正本をまず読んだ尾藤廣喜弁護士が「お1人は残念だったが、まず満足できる勝利だ。事実認定でも裁判所はわれわれの主張を理解してくれ、暖かい判決だった」などと報告し、「集団訴訟はファイナルになったが、厚労省にはいまも司法判断を無視して続けている被爆者切り捨ての行政を改めてもらわなくてはいけない。たたかいはこれからだ。そのための大きな力を得た」と強調した。宮原全国弁護団連絡会事務局長が「おめでとうございました。ここまで来られたのは、50年も60年もたたかい続けてきた被爆者のみなさんの力だ」。田中被団協事務局長は「認定制度を変えるためにわれわれは頑張る。これからもみなさんの力をぜひお借りしたい」とあいさつした。裁判闘争の裏方をずっと務めてきた被団協事務局の伊藤直子さんが紹介され、拍手。

 原爆症認定集団訴訟近畿原告団、同近畿弁護団、同全国弁護団連絡会、日本被団協、原爆症認定集団訴訟支援近畿ネットワーク連名の声明が会場に配られた。訴えたのは以下の4点だ。
 ①今回の判決は、厚労省が現在行っている原爆症認定行政が、なお著しく誤っていることを示した。国は繰り返し加えられている司法による批判に従い、被爆者に対する国の責任を即刻果たすべきである。
②判決は、被爆者に対して国が認めようとしなかった入市と残留放射線による広範な被爆と内部被曝による人体影響について、「誘導放射化物質及び放射線降下物を体内に取り込んだことによる内部被曝の可能性がないかどうかを十分に考慮する必要があるというべきであり、加えて、内部被曝による身体への影響には、一時的な外部被曝とは異なる性質が有り得ることを念頭に置く必要があるというべきである」と改めて確認した。このことは、福島第1原発災害による放射線被曝に対してこれまでと異なる抜本的かつ今後長期間にわたる綿密な調査に基づく対策が必要となることを示している。
③国は、2009年8月6日の「確認書」にもかかわらず、「新しい審査の方針」すら無視して原爆症認定行政を著しく後退させ、被爆者をなお苦しめ続けている。不当に認定却下処分を受けた被爆者は、これを甘受することができず、大阪地裁での提訴をはじめとして、広島、熊本、札幌、名古屋、岡山でもこれに続き、現在59名が集団訴訟後も新規に提訴して、再び裁判で解決をせざるをえないような状況が生じている。
④国が、21万余の被爆者の命ある内に、原子爆弾による被害救済の責任を果たすことこそ、地上から核兵器をなくすという人類の取るべき道を進めることであり、同じ放射線被害を受けた原発被害者の救済につながるものである。 

 司会の西弁護士に促され、原告が一言ずつあいさつした。入市被爆者の黒田さんは「どうなるのかと朝からそわそわしていた。判決を聞いていて駄目だったと思い違いし、弁護士の方から『よかったね』と言われたとたん、涙が出てしまった」。昨年11月12日の裁判傍聴日誌⑧で「同じ場所で一緒に被爆したのに、姉は認定、妹は却下」と取り上げさせていただいた広島の被爆者、姉の山口寿子さんと、今回の判決で晴れて原爆症と認定された妹の高松さんは仲良く並んで座った。「いろいろな方たちのお力、本当にありがとうございました」と高松さん。山口さんは「今回、妹が認定され、ほんとにうれしかった。長い間、こうした場でたたかいをする力が私にはなかった。でも、いつも見守ってくれた郷地先生のおかげで、私もこのままではいけないと思うようになった。これからもみなさんと一緒にたたかっていきたいのでよろしくお願いします」と語り、拍手がはじけた。この姉妹については裁判中、匿名にさせてもらったが、報告集会終了後、山口さんから実名をだしていただいて結構とお許しをいただいたことを申し添える。
 最後に藤原精吾近畿弁護団団長が、今後の粘り強いたたかいを呼びかけて午後3時45分、報告集会を終えた。退席する際、すれ違った近畿訴訟第1陣勝訴原告の木村民子さんと「よかったね」と握手した。暖かい手の感触が伝わってきた。これが「にんげんのぬくもり」だ。厚労省よ、血の通った人間集団に立ち返れ! 私は胸の内で、そう繰り返しながら、寒気の街へ飛び出した。

 近畿をはじめ各地の原爆症裁判結果については「判決要旨」を必ず読むようにしてきたが、今回の大阪地裁判決は2頁の「判決骨子」と分厚い「判決全文」の2種類しか出なかった。まる2日かけて別紙部分含め約570頁の全文を読んだ。
 裁判を傍聴していて気にかかっていた点がいくつかあったが、判決は明快に答えてくれた。
 その1。高松幸子さんについて、国側は原爆傷害調査委員会(ABCC)の調査記録に「症状なし」とされていた、などとして、原告姉妹の急性症状についての供述などの信用性を争ったが、判決は、①ABCCは調査をするが治療をしないことや、米国の調査機関であることなどから、被爆者の間にはABCCに対する不信感や反感があったといわれており、また、就職や結婚における社会的差別を避けるため、あえて被爆の事実を秘匿し又は過小に報告することがあったともいわれている。②調査記録上も、原告高松は遮蔽のない農道上で被爆したにもかかわらず、土壁に遮蔽された自宅の中で被爆した旨記載されている上、健康状態につき全く異常がないとされているのもかえって不自然である。しかも、上記調査記録の回答者は原告本人ではない―などと指摘、ABCCの調査記録の記載内容の信用性は乏しいと、国側の主張を一蹴した。よかった、よかった。
 その2。原告の故・小林勇さんは被爆当時4歳9カ月で、詳しいいきさつは本人も兄やいとこから聞いたものだった。訴訟を承継した妻のあや子さんも法廷での被告国側の反対尋問に答えられない部分が多かったのはやむを得ない。しかし、原告側には当時8歳で被爆した時、一緒に行動していたいとこがおり、防空壕の外で被爆した当時の模様を詳細に証言した(裁判傍聴日誌⑥参照)。被告側は、このいとこの証言の信用性につき争ったが、判決はこれまた一蹴した。また行方不明となった母親を捜しに「幼い子どもが朝から夕方まで大人と一緒に歩きまわることができたか甚だ疑問」と主張したのには、「5歳前後ともなれば相当の距離を自力で歩くことも十分可能」、生前、勇さんが「爆心地に何回も通って行ってたのに何で却下されるねん」と愚痴っていたとの妻の証言は具体的で信用できる―など原告側の主張を基本的にすべて認めた。よかった、よかった。
 事実を素直に見ようとすることの大切さ。報告集会で尾藤弁護士が語った「暖かい判決」を感じさせる論旨の展開にあちこちでぶつかり、うんうんと思わず頷いてしまった。
 そして、判決は、判決後に出された原告・弁護団など5団体の声明が指摘したように、内部被曝による人体影響についても警告を発するものとなった。それも一般論としてだけではなく、個々の原告の被爆の実態に即して検討、例えば、黒い雨を全身に浴びた高松さんは「多量の放射性降下物が皮膚に付着したり、体内に取り込まれるなどした可能性が考えられ、これらの残留放射線により相当量の外部被曝及び内部被曝を受けたものと考えられる」「原告高松の原爆放射線による被曝線量は、旧審査の方針やDS86による推定値ほど小さいものではなかったと考えられ、原告高松は、健康に影響を及ぼすような相当程度の外部被曝及び内部被曝を受けていたと認めるのが相当である」などと具体的に述べている。まさに原告側が繰り返し主張してきたものであった(下線は筆者)。
別紙では、原告弁護団が法廷で展開した原爆症問題と福島第1原発事故による内部被曝問題の関連性についての詳細な主張を読むことができ、今後のたたかいの参考になる。
新しい年も、核兵器廃絶、脱原発の世界を見すえて、みんなでがんばろう!

<近畿の法廷闘争の当面の日程>
2012年1月20日(金)=原爆症認定促進訴訟(義務付け訴訟)1次原告の判決。午後1時10分、1007号法廷。閉廷後、報告集会。
2012年1月26日(木)=取り消し5次、8次訴訟の弁論。午後4時~4時半、806号法廷。閉廷後、報告集会。
                             

以上


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2011.12.28 Wed l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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