原爆症認定集団訴訟・高松訴訟の判決が、3月29日、高松地方裁判所でありました。
裁判所は、原告長崎英子さん(仮名)の肝がんが、原爆放射線に起因するものであることを認め、厚生労働大臣の却下処分を取り消す判決を下しました。

http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/social/article.aspx?id=20100330000153(四国新聞3月30日)

原爆症の認定申請を国が却下したのは違法として、原爆投下後に長崎市に入り被爆した香川県高松市内の女性(74)が、国に却下処分の取り消しと300万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が29日、高松地裁であった。吉田肇裁判長は「肝臓がんの発症は、放射線被爆に起因性がある」などと述べ、女性を原爆症と認定した。損害賠償請求については、「原告の記憶に混乱や変遷があったことが国の判断を誤らせる一因となった」として、棄却した。

 女性は原爆投下後に、両親が住んでいた長崎市を訪問。2002年に肝臓がんを手術し、認定申請したが「申立書の入市日は8月14日で、残留放射線の影響がなくなっていた」として却下された。

 判決理由で吉田裁判長は「原告が長崎市中心部にたどり着くまでに見た光景は、被爆後間もない市内の状況を示している」と述べ、「原告は途中の駅で降りて線路伝いに歩いて長崎へ向かっている。列車の運行再開日から考えると、長崎市を訪れたのは8月12日以前だった」と認定した。

 体調不良で法廷に来られなかった女性は、弁護団を通じ、「うれしさでいっぱい。世間から差別を受け、苦しむのは自分だけでたくさんです」とコメントした。

「基準見直す必要」 国の認定方法 弁護団が批判
 「2008年4月の新基準の導入後も長く裁判を継続したことは、新しい基準が誤っているという判断に等しい」―。原告の高松市内の女性(74)の原爆症認定申請の却下を取り消した29日の高松地裁判決後、勝訴した弁護団が会見し、国の認定方法をあらてめて批判した。

 原告の女性は、被爆当時わずか10歳。国はあいまいな記憶に基づいて申請された被爆者健康手帳を根拠に、「長崎への入市日は8月14日」との主張を続けてきたが、地裁は判決で、女性の証言や当時の市内の交通状況の資料を基に、「遅くとも12日までに入市した」と認定した。

 弁護団は「法廷でのさまざまな証言から再構成した考え方を尊重すべき」と述べ、「国の認定審査も、今回の判決内容のように進めるべきだ」と指摘した。

 厚生労働省はことし2月、約500件の申請認定を却下。原爆症認定集団訴訟全国弁護団連絡会の宮原哲朗事務局長は「認定基準の運用がゆがめられている可能性があり、まだまだ徹底的に見直す必要がある」と話した。



昨年8月6日の集団訴訟終結に関する「確認書」に基づき、国は控訴せず、本判決が確定することになります。
原告の長崎英子さんは、高松地裁でたった一人で闘い続け、これまで匿名で裁判を続けてきました。
昨日は判決が出るまで不安で不安で仕方がなかったようですが、判決が出て本当に晴れ晴れとした表情をされていました。
高松地裁に引き続いて、本日は、東京地裁でも判決が下りました。
また、国は負けました。
長妻さん。立法解決はいいんですが、まず、この司法判断の重みを受け止めて下さい。
そして、今すぐ出来ることを実行して下さい。
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2010.03.30 Tue l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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