舛添厚労大臣の発言に関して報道が続いています。

原爆症訴訟問題 厚労相、「一審勝訴」なら認定検討(朝日新聞)
舛添厚生労働相は25日、原爆症集団訴訟の原告の認定について、高裁で勝訴した原告を原則として認定している現在の政府方針を、議員立法によって「一審勝訴」に改める解決策を検討していることを記者団に明らかにした。
 舛添氏は司法判断の必要性を強調した上で、対象は高裁での「二審判決」ではなく「一審判決」と明言。「一審勝訴した人は全部認める」という議員立法のイメージを語った。
 また、一審で敗訴した原告についても、基金を設け一定の金額を支給する救済を考えていることを明らかにした。原告側が求める「全員救済」に歩み寄る内容だ。ただ、河村官房長官は総選挙後の議員立法を待たず、厚労相の政治判断で、より積極的な認定をするよう求めている。
 原爆症集団訴訟の原告306人のうち38人が、一審で勝訴した後、政府が控訴して未認定になっている。(南彰)


しかし,どうして,一審勝訴した原告を認定するのに議員立法が必要なのでしょう。
控訴を取り下げて,さっさと認定すればいいじゃないですか。
さらに,許されないのが,次の発言です。

原爆症認定:政治決着、判決踏まえ対応--舛添厚労相(毎日新聞)
 舛添要一厚生労働相は25日、原爆症認定集団訴訟の政治決着に関し、判決が出ていない原告については「時間はかかるが、何十年ではない。数カ月後の判決を待てばいい」と述べ、1審判決の結果を踏まえて対応すべきだとの考えを示した。東京都内で記者団に語った。【鈴木直】


舛添さんは,今まで何度も被爆者に会い,皆さんが高齢化している中で,どうすれば早く認定できるのか考えているとおっしゃっていたではありませんか。
「数ヶ月後の判決を待てばいい」という発言は,同じ人の発言とは思われません。
これは,これからも,訴訟を続けていくという意思表明でしょうか。
舛添さんには,次の記事をよく読んでもらいたいものです。

「命あるうちに」原爆症救済 78歳の叫び
「(国は)私たちが死ぬのを、待っとっちゃなかろうか」
 原爆症の認定申請を国に却下され、長崎地裁に提訴した長崎市琴海大平町の木村不二男さん(78)。この6月、国は慢性肝炎・肝硬変など肝機能障害と甲状腺機能低下症を新たな認定基準に追加した。木村さんも慢性肝炎だが、症状との因果関係に「放射線起因性」という条件があるため、救済への道筋はまだ見えない。訴訟関係者の多くは「条件がある以上、認定数の増加にはつながらない」とし、木村さんも同じ不安を抱いている。
2008年6月の1審では勝った。しかし、全面勝訴ではなく、福岡高裁で係争中だ。提訴から5年後、肝がんを発症していることも分かった。横になった体を起こして取材に応じてくれるが、30分もすると手足がしびれ、声がかすれてくる。「ごめん、きつくなった」。そう言ってまた体を横たえた。
 被爆時、長崎市八千代町にあった自宅は爆風で一瞬にして崩れ落ちた。木村さんは姉と自宅にいたが、2人ともがれきの下から奇跡的に助かった。しかし、下痢と嘔吐(おうと)が続き、髪は抜け落ちた。「食あたりやろうって。その頃は、誰も放射線の恐ろしさを知らんかった」。被爆から5年後、母は肝がんで亡くなった。
 炭鉱会社で機械修理をしながら、休日は妻の絹子さん(71)を乗せてバイクで走った。風邪ひとつひかない健康体だったが、50歳代半ばで慢性肝炎と診断され、70歳を過ぎると入退院を繰り返すようになった。今は月に1回、絹子さんとバスで往復3時間かけて通院し、毎日9種類の薬を飲んでいる。
 木村さんら長崎訴訟の第1陣原告は27人。このうち1審判決までに8人が死亡し、その後2人が亡くなった。第2陣原告も16人のうち2人が他界した。「生きているうちの救済」を願いながら、間もなく64回目の原爆忌を迎える。
写真・文 貞末ヒトミ
(2009年7月25日 読売新聞)

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2009.07.25 Sat l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top

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