意  見  陳  述  書
                   2017年(平成29年)3月7日

大阪高等裁判所第13民事部E2係御中
              控訴人兼被控訴人ら(一審原告ら)訴訟代理人
                   弁護士   尾  藤  廣  喜

1 一審被告は、甲状腺機能低下症及び慢性甲状腺炎について長瀧論文、永山論文等を引用して放射線起因性を認めた原判決が誤りであ ると主張し、長瀧論文、永山論文等は、放射線起因性を認める根拠にならないと主張しています。
 そして、今回は永山意見書(乙A642)で、永山論文について永山雄二医師自らその内容を以下のとおり低い評価をなし、さらに、慢性甲状腺炎(橋本病)と放射線被曝との間に有意な関連性が認められたとする信頼性のt高い髙い科学的知見は見当たらないと主張し、一審被告は、これを一審被告の主張として引用しているのです。
 即ち、永山医師は永山論文について、①非常に特殊なマウスに、特定の条件で放射線を照射した場合に、甲状腺炎の程度と抗サイログロブリン抗体価が上昇していることのみを明らかにしたに過ぎず、②その機序を解析するために行った実験では、何ら積極的な結果が得られてないので、その結果がヒトに対しても同様に起こり得るとまでは言うことができないなどと主張しているのです。
 このように研究者が自らの論文の内容や意義を、論文ではなく、国の求めに応じて意見書の形で自己否定するというのが、この裁判における最近の特徴になっていますが、今回の永山意見書による永山論文の否定は、以下に述べるとおり誠に見苦しいものと言わなければなりません。

2 もともと原判決は、永山論文だけを決定的根拠として甲状腺機能低下症及び慢性甲状腺炎について低線量を含めて放射線起因性を認めたものではありません。大阪高等裁判所の2008年(平成20年)5月30日判決では、自己免疫性でない甲状腺機能低下症について、成人健康調査第8報やマーシャル諸島の核実験で被曝した子どもの例をもとに放射線起因性を認めています。

3 また、そもそも、永山医師の上に述べたような意見は、動物実験を行った目的、実験計画の検討、動物実験の意義などを全く無視し、自己の実験を意図的に自ら貶めるもの以外の何ものでもありません。
 ここで思い出されるエピソードは、薬害スモンの原因となった「キノホルム」についての動物実験に対するチバガイキー社(以下「チバ社」という。)の応答です。
 これは、スイスの獣医ハンガルトナーが、1962年12月にチバ社に対し、下痢症状のある数匹の犬にエンテロヴィオフォルム(チバ社の開発したキノホルム)を与えたところ、てんかん様の発作を起こし死亡した事実をあげ、その後も2度にわたってチバ社に問い合わせを行ったところ、チバ社は、アレルギー症状に関する質問であると曲げて解釈した上で、投与した量が多かったとか、食餌アレルギーによるものとしてごまかして回答したのです。そして、チバ社は、結局、ヒトに対するエンテロヴィオフォルムの投与については、何らの対応をしなかったのですが、獣医の間には回状をまわして、エンテロヴィオフォルムは、ヒトへの投与のために開発されたもので、イヌ、ネコなどの小動物には投与すべきではないなどという誠に「珍妙なる」警告を発して事を治めようとしたのです。つまり、イヌに対する投与実験の結果、重篤な副作用がみられても、これをそのままヒトに適用することは敢えてせず、イヌ、ネコなどの小動物に対する薬の投与結果は、ヒトには全くあてはまらないなどという詭弁を使って、エンテロヴィオフォルムの投与の副作用を無視し続けたのです。
 もし、このイヌに対する投与結果をヒトに当てはめてこの段階で何らかの規制を行っていれば、日本における多数のスモン患者の発生はなかったと言われています。チバ社は、自社の利益を守ために敢えて動物実験の結果を無視したのです。

 「キノホルム」についての動物実験に対するこのようなチバ社の応答は、第三者の行ったイヌへの薬剤の投与という動物実験の結果明らかになった副作用について、開発者がイヌとヒトは違うのであるから、そのままヒトにはあたらないとの詭弁を弄して、薬剤の副作用報告を無視したものでした。ところが、本件の場合、永山医師は、ヒトで起きる可能性のある事象(害作用)についてマウスを用いた実験で推測してもあまり意味がないなどと決めつけ、さらに、その機序を解析することができて初めてヒトに対しても推論可能性のある意味のある研究となるものと考えられるといい、「自己の実験の価値を自ら否定」して、放射線と慢性甲状腺腺炎(橋本病)の関連性を否定しようとしているのですから、チバ社の応答以上に、科学者としてまさに見苦しい主張といえます。

5 もともと、動物実験は、今や広範な領域で利用され、とくに今日の医療と医療技術を支え、人類の健康や福祉の向上に貢献してきました。第18回世界医師連合総会(1964年)で採択された「ヘルシンキ宣言」によれば、ヒトを対象とする医学研究は適正な動物実験に基づいて実施させるべきであることが明記されています。つまり動物実験はヒトを対象とする医学研究の前段階として不可欠なものであるとされているのです。そして、ここでいう「適正な動物実験」とは、1つには、「社会的に適正であるこること」であり、これは、合法的手段により動物福祉に配慮して倫理的な動物実験を行い、社会的な認知の中で研究成果をあげることとされています。また、もう1つは、「科学的に適正であるこること」であり、これは、再現性の高い実験結果を得るために均質な実験動物を用い、均質な環境や方法で動物実験を行うことであるとされています。
なお、動物実験とは、「動物個体に対して処理を施し、その反応を検出する」こととされておりまして、そのメリットは、「動物個体に対して」というところにあり、個体レベルでしか現れないような複雑な現象を追跡することが可能であるところにあるとされています。
また、動物実験の原理について見れば、動物実験は、「反応の検出」といいまして「どういった事象が動物個体に発生したのかの分析」こそが大事なのであって、永山意見書にあるように、「マウスを用いた実験で再現できた事象について、さらにその機序を解析することができて、初めてヒトに対しても推論可能性のある、意味のある研究となるものと考えられる。」などというものではありません。
 しかも、本件では、マウスが実験動物として用いられていますが、ヒトとマウスの間では、90%の相同率であるとされており、お互いに極めて酷似していると言われているなど、様々な要素から、マウス・ラットは、もっとも実験動物として適切なものとされており、特に、マウス・ラットから得られた知見がヒトに応用できる科学的根拠が十分にあることが示されています。したがって、「ヒトで起きる可能性のある事象を、マウスを用いた実験で再現することは、それのみではあまり意味がない」などということはあり得ませんし、もしそうであれば、わざわざ貴重な生命体である動物を実験として使用する意味が全くありません。
 また、動物実験の場合、「事前に実験計画を練り抜く」ことが必須とされておりまして、どのような動物のどのような種類を何頭(匹)用意し、これにどういう処置を加え、どのように分析するかを予め検討しておくことが当然の前提となっています。
 本件の場合、この実験においては、「慢性甲状腺炎自然発症マウスNOD-H2h4」を用いたのですが、そのマウスを選択した理由は、「通常のマウスにヨード負荷や放射線照射をしても免疫について何の影響も現れないから」あえてこのマウスを選択したということでありまして、この選択は、事前に練った実験計画に基づくものであり、その実験の結果得られた知見をヒトに応用することについては、十分な科学的根拠があるものです。

6 以上のとおり、永山氏の主張は、チバ社の言い訳と同様に全くのごまかしの論理であります。しかも、「この研究結果を論文として発表した際には、何らかの結論を述べなければならないことから、末尾に『低線量放射線は、甲状腺自己免疫を増悪させる可能性が示唆される。』と記載した」などと言う主張を、論文ではなく、裁判所に提出する意見書の形で展開することは、科学者として恥ずべき弁明というべきです。
 なお、慢性甲状腺炎(橋本病)と放射線被曝との間に有意な関連性が認められたとする信頼性の高い髙い科学的知見は見当たらないとの主張の誤りにつきましては、控訴人第10準備書面4で詳しく述べておりますので、ご覧下さい。
以上

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2017.03.07 Tue l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top