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被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(50)
厚労大臣との定期協議において認定制度見直しを厳しく追及!
  2017年度は制度の抜本改革に向け力強く前進を!
2016年12月25日(日)

 5回目となる日本被団協・原爆症認定集団訴訟原告団・弁護団と厚生労働大臣との定期協議が12月12日(月)、ほぼ2年ぶりに開催された。この2年間、ノ―モア・ヒバクシャ訴訟の勝訴判決は積み重ねられてきたが、厚生労働省側に認定制度に対する変化が見られたわけではなく、今回の定期協議では一体どこに焦点が当てられるのだろうかと思いつつ、傍聴参加させていただいた。

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 あらかじめ用意された統一要求書に対する塩崎厚生労働大臣の回答は、2013年12月に策定された新しい審査方針によって認定件数は大きく改善されているとしきりに強調し、あくまでもそのことを基調とするものだった。新しい審査方針策定以降審査件数4,700件に対して、内3,025件が認定されている、特に非がん疾患は前回定期協議の時の60件から今回329件までになっているではないか、と。では認定されなかった、行政によって切り捨てられた1,700人もの人たちはどうなっているのか。

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 それこそが被爆者側にとって重大な問題であって、意見交換の中で安原幸彦全国弁護団連絡会副団長からそのことが追及された。却下処分された1,700人の内裁判に訴えることのできた人は1割にも満たない。提訴もできずに他界された人も少なくない。しかし裁判に訴えれば90%以上の高い割合で認定されている。司法統計によると行政訴訟の通常の勝訴率は10%程度であってそれと比較しても際立った実績だ。もはや行政処分と司法判断とのかい離をあれこれの理屈で説明できる事態ではない。実際上被爆者の認定は裁判を起こせるか否かで決まっており、そんな不公正で、歪んだ行政が許されるはずがない。認定の基準見直しなどで解決できる問題ではなく、制度そのものの改正が待ったなしとなっている。そのための議論を行なうべきだと。

 誰もが容易に裁判できるわけではない―被爆者のそうした実情を被団協中央相談員所委員の西本多美子さんが石川県の例をあげて鮮烈に訴えられた。石川県は保守性が強く、自らの被爆を隠すようにして生きている被爆者は少なくない。2003年以降原爆症認定申請をした人は37人だが、却下されて提訴できない人が25人もいる。提訴した人は一人もいない。そうした実態が却下された3人の被爆者の例によって紹介された。

 ある被爆者は生後6ヶ月の時爆心地から4.3㌔の家屋内で被爆。翌日母親に背負われて長崎市内に入った。3日後皮膚がはがれ、髪の毛全部が抜けるほどの体験をした。母親は翌年2月医師にも判断のつかない病気で他界。本人も脳梗塞、肺がんを患い、今また前立腺がんとなっている。当時のことを証明できる人もいなくなっている。

 2人目の被爆者は生後10ヶ月の時母親に背負われて2.5㌔の路上で被爆。母親も本人も大きな火傷を負った。母親は31年後に大腸がんで亡くなり、本人も幼い頃から病弱な子として育った。甲状腺機能低下症、心疾患に襲われている。

 3人目の被爆者は12歳の時3㌔の路上で被爆。女学校1年生で仲の良い同級生3人と一緒だった。1人は即死、1人は1ヶ月後に死亡。その後本人は学友探しのため3日間も爆心地に入市した。46年前から不眠症、狭心症を発症し、今甲状腺機能低下症に苦しんでいる。
3人とも提訴していれば必ず勝訴、認定されていたはずだ。各地のノ―モア・ヒバクシャ訴訟の判決を見ればそのことは歴然としている。でも差別と偏見を恐れてそれができずみんな泣き寝入りをしているのだ。誰もが容易に裁判できるわけではない―西本さんの訴えはそのことを痛烈に告発し、厚生労働大臣に制度の抜本的見直しを迫った。

 2009年8月9日に交わされた確認書は、「今後、訴訟の場で争う必要のないよう、定期協議の場を通じて解決を図る」と約束した。しかし現実はそれとはまったく真逆の、訴訟の場で争わない限り認定されない事態が続いている。そしてその訴訟は誰もができるわけではなく、提訴できる人は限られた一部の人でしかない。この日、被爆者、原告、弁護士側は10人を超える人々が現行認定行政の不公正・不正義を次々と訴え、制度改定とそのための協議を求めた。

 厳然たる事実に基づいて、被爆者の思いのこもった訴えの前に、厚生労働大臣はもはやまともな回答をすることはできなかった。現実に存在している、誰が見ても明らかな行政と司法判断とのかい離について、そのことを正面から認めて向き合うことなく、最後までほとんど訳のわからない言い訳に終始した。特に、行政処分は限られた時間の中での審査のスピードが問われているが、裁判の方は数年かけて審理をするので、その過程で新しい事実などが発見される場合もあって、そういう審査のプロセスの違いが少なからずかい離を生む要因、背景になっている、との説明には驚くばかりだった。早い話が、行政の仕事は雑だが、裁判は丁寧にやるので、そこから違いが生まれる、と言っているようなものだ。この回答を聞いた瞬間、率直に言って大臣の頭の中を疑ってしまった。大臣答弁がいくら官僚作成メモによるものだと言っても、こんな答弁を平然と口にするとはあまりにも酷い、見識の問われる問題ではないか。

 1時間という限られた時間枠で行なわれる会議なので、最後は被爆者の求める制度改革に向けて今後はそのための定期協議に改めていくよう強く訴えられて、この日の定期協議を終了した。

 ノ―モア・ヒバクシャ近畿訴訟は、10月27日(木)地裁第7民事部で勝訴判決を受けた2人の原告(E・KさんとU・Kさん)について、国は控訴しないこととなり、11月10日勝訴判決が自然確定した。事実関係が詳細に調べられ事実認定も丁寧に積み上げられ、判決理由もきっぱりと示されていたために、国も最早反論の余地がないと判断したのではないかと思う。

 12月12日の定期協議の場で塩崎厚生労働大臣は、一審で国が敗訴した場合、その判決は詳細に検討して新しい審査方針から外れる場合以外は控訴しないようにしている(できるだけ裁判しないよう努力していると言いたいらしい)と説明していた。そうであるなら、当初2人の被爆者の認定申請を却下したことと、今回控訴をしないと判断したこととの間にどのような事情の違いがあるのか明らかにして欲しいと思うものだ。却下処分の日から勝訴判決確定の日まで要した時間は2人ともまるまる3年間にも及ぶ。何のためにこれだけの時間を費やさなければならなかったのか。その責任も問いたい。

 12月は、12月16日(金)に高裁第13民事部(Cグループ)と地裁第7民事部、12月21日(水)に地裁第2民事部の3つの裁判が続いた。
12月16日(金)は午前中がまず高裁第13民事部(高橋譲裁判長)で、午前11時からいつもの202号大法廷で開廷された。双方の準備書面等確認の後、吉江仁子弁護士による口頭意見陳述が行われた。吉江弁護士の陳述は11月27日大阪地裁第7民事部判決を採用したもので、特にU・Kさんの心筋梗塞に関わる判決を「ノ―モア・ヒバクシャ訴訟」における最新の判断だとして陳述された。高裁第13民事部は6人の原告だが内2人が心疾患(狭心症、心筋梗塞)を申請疾病としている。国の主張する認定基準の誤りを明瞭に指摘して退けた地裁判決の要点を解説し、この判断枠組みを十分尊重するようにと訴えられた。

 この後法廷では国側から申請されていた証人申請について双方の主張が交わされた。国は前回の法廷で甲状腺機能低下症の専門家だとする紫芝(ししば)医師の証人尋問申請の意向を明らかにしていたが、加えて今回もう一人の証人申請の意向も示した。国の申請する証人は関係する疾病一般についての専門家であって、訴訟の中心である放射線被ばくとの関係を明らかにするものではまったくなく、証人としての適格性に欠け、その必要性のないことは一審原告側から前回徹底して明らかにされ批判されていた。そのことは今回も重ねて主張された。その結果裁判長は国側申請の証人を採用しないと判断を下した。裁判はまだまだ続くが、重要な判断の下された瞬間だったような感じがした。
 その後次回の期日は決まっているが(3月7日)、次々回(5月11日)、さらにその次(7月13日)まで日程は確認され、裁判長からは7月13日を最終期日とすることまで告げられた。予定通りに進められれば2017年内にも判決という可能性が出てきたことになる。

 この日は二つ目の裁判が午後2時から、今度は地裁第7民事部(山田明裁判長)での弁論が行われた。第7民事部は10月27日の2人の原告への勝訴判決に続いて、5人の原告の裁判が引き続き行われる。原告それぞれに関わる書状と、今後の取り扱いについて確認された後、野口善國弁護士からの意見陳述が行われた。野口弁護士は12月12日の厚生労働大臣との定期協議の内容について述べ、2003年からの原爆症認定集団訴訟の経緯、集団訴訟の結果としての確認書と、しかしそれが守られてこなかった事態、今回の定期協議での国と厚生労働大臣の不誠実極まる姿勢と態度などを厳しく指摘した。そして認定行政がこのような事態に陥っている以上裁判所の役割は重大だとし、厚生労働省がとっている誤った認定基準の根本的転換を迫る判決を下されるようにと求めた。

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 裁判後の報告集会において、今後の日程が2月28日(火)、3月14日(火)、5月12日(金)と決まったことが確認された。第7民事部はその前に1月11日(水)にも奈良地裁への出張で本人尋問が行われるが、こちらは非公開で行われることになった。但し、尋問終了後の報告集会は大勢の参加者で開催することが計画されており、必ず成功させようと確認し合った。

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 翌週の12月21日(水)、ノ―モア・ヒバクシャ近畿訴訟の今年最後の裁判が大阪地裁第2民事部(西田隆裕裁判長)で行われた。但しこの日は口頭弁論はなく、傍聴参加者はやや肩透かしの格好で最後の報告集会だけにのぞむことになった。
 報告集会では藤原誠吾弁護団長と尾藤廣喜弁護団幹事長から、先日の定期協議の感想とより詳しい様子なども報告された。2009年の「8・6合意」以降原爆症認定申請した人は26,107人、この内却下処分された人は12,012人、そして却下されて裁判に訴えた人(ノ―モア・ヒバクシャ訴訟)は121人、わずか1.0%でしかない。誰もが裁判できるわけではない事実がここに如実に示されている。一方、ノ―モア・ヒバクシャ訴訟でも勝訴率は85%を越えており、“訴訟で争う必要のない制度”を確立する必要性が誰が見ても明らかになっている。
厚生労働省における社会保障の切り下げ政策推進は甚だしく、原爆症認定行政もそれと一体となって後退している。そうした中でも与野党含む国会議員への働きかけが強められ、そうしたこともあって今回の定期協議は実現した。今後も力を合わせていく必要がある。日本被団協もあらためて国民的規模で原爆症認定制度の改革を訴える広報用リーフレットを作成するなど準備をすすめている。核兵器廃絶の世界的規模での前進と共に、認定制度の改革も必ず前進させる2017年度にしていきたい、と訴えられて今年最後の報告集会を終えた。

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 2016年、振り返ってみると近畿訴訟は全体で16回の裁判が行われた。1日複数回の裁判もあるので傍聴支援のみなさんは14回、大阪の裁判所に足を運んだことになる。2月25日には高裁Bグループの梶川一雄さんの判決で悔しい逆転敗訴判決があった。10月27日には地裁第7民事部で2人の原告の完全勝訴を勝ち取った。そして、裁判の数にはカウントされないが武田武俊さん、梶川一雄さんの二人の最高裁上告が棄却され敗訴が確定したのもこの2016年度の残念な結果だった。

 最高裁の上告棄却決定に対しては私たちはもはや何もなすことはできず受け入れるしかない。しかし、第二審の高裁判決は不当判決だと確信をもつて上告したわけであり、何がどう不当判決だったかについてはあらためて銘記し、忘れないようにしておく必要があると思う。少なくともノーモア・ヒバクシャ訴訟傍聴記でどうレポートしていたかは振り返っておきたい。

 武田武俊さんの控訴審判決は昨年の10月29日。武田さんは一審で勝訴判決を得ていた。控訴審は1年間に渡り4回開廷されたが、裁判の流れを見る限り誰もが原判決支持、勝利を確信していた。しかし結果は逆転敗訴判決。判決文正文が判決に間にあわない、異例の、不可解な事態の中での言い渡しだった。不当判決の最初の問題点は武田さんの入市日の事実認定が翻されたことだ。一審は原告本人の訴えを尊重したが控訴審は様々な理由をつけてそれを否定した。しかも武田さん本人は控訴された後他界されていて、原告本人に問い質すこともなく事実認定が言わば勝手に変えられて、そんなことがあっていいものかと強い不信感を抱いた。入市日の事実認定を変え、それによって被ばく線量を極めて軽微なものに描き直し、武田武俊さんの肝細胞がんの放射性起因性否定につなげられた。加えてC型肝炎ウイルス感染という他原因論も採用され、一連のノ―モア・ヒバクシャ訴訟では退けられてきたはずのしきい値論の復活と、C型肝炎には放射線被ばくが影響するとした所見からの後退だった。判決文は控訴側、非控訴側双方の主張を一応書き並べながら、最後は極めて政治的な判断で結論を下したような印象を与える、と言われた。権威・権力に擦り寄って被爆者の請求を退けた判決だと言われたが、国側の激しい抵抗、巻き返しを感じざるを得ない判決だった。

 梶川一雄さんの判決は今年の2月25日。梶川さんも一審は勝訴判決で、一審の判決内容を見る限り控訴審でも勝訴は間違いないと思われていた。梶川さんの裁判は初回がいきなり山科章という国側証人の尋問で、2回目が最終弁論・結審というテンポの早さだった。山科証人は心筋梗塞の専門家ではあっても放射線被ばくとの関係では何の知見も持たず、実績もない人で、そのことは尋問でも最終弁論でも徹底して批判された。しかし判決はほとんど山科証人の主張に沿った内容で書かれた。塩見卓也弁護士など原告側代理人の主張は「採用できない」の一言で片付けられ、その理由すら述べられない酷さだった。また他原因があるだけで放射性起因性が否定されたり、被爆者側に不当に高度な立証を要求したりと、一連の原爆症認定訴訟判決から後退し、松谷訴訟最高裁判決にも反したものだった。厚生労働省は2013年12月策定の新しい認定審査方針に強い意思を持っていて、裁判所がそれに屈したのが今回の判決。武田さんのケースよりさらに露骨に、最初から結論ありきの判決だったのではないか、と言われた。

 敗戦から学び、次の闘いを準備し、これまで以上の巻き返しをはかっていく。毎回の報告集会で報告される弁護団の対策会議や医師団との共同作業の様子、法廷でのやりとりに、その後の弁護団の奮闘ぶりを実感してきたのも2016年度の特徴だった。その到達点、成果が10月27日地裁第7民事部での完全勝訴だった。

 核兵器禁止条約について交渉する国連の会議が2017年3月と6月に開催されることが国連総会で決定された。被爆者が自らの体験を通して人類の危機を救おうと訴えてきた運動の一つが、歴史の歯車を大きく回転させようとしている。この歯車の回転に拍車をかけるためにも、特に国連総会決議に反対した日本政府の姿勢を変えていくためにも、そのことと深く結びついた本当の被爆者救済、被爆者認定制度の抜本改革を2017年度は力強く推進させていきたい。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2017年 1月11日(水) 13:00 地裁 第7民事部 奈良地裁大法廷
(非公開) 本人尋問(原告1人)
14:00 奈良県教育会館にて報告集会
2017年 2月28日(火) 11:00 地裁 第7民事部 806号 弁論(原告5人)
2017年 3月 7日(火) 14:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)
2017年 3月14日(火) 13:30 地裁 第7民事部 806号 本人・証人尋問
2017年 3月15日(水) 11:00 地裁 第2民事部 1007号 弁論(原告7人)
2017年 5月11日(木) 11:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)
2017年 5月12日(金) 11:00 地裁 第7民事部 806号 弁論(原告5人)
2017年 7月13日(木) 11:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)

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2016.12.31 Sat l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
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