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被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(45)
東京地裁第二次判決全員勝訴に引き続いて、近畿での巻き返しを!
7月21日、22日二日連続の法廷で奮闘!

2016年7月26日(火)

 ノ―モア・ヒバクシャ近畿訴訟は7月21日(木)と22日(金)2日連続の法廷となり、近畿の原告、弁護団、支援の人々は梅雨明けの猛暑の中連日大阪裁判所へ集結することになった。
 21日(木)は午前11時から地裁第7民事部(山田明裁判長)の弁論期日。第7民支部の係争原告は7人。この内E・KさんとU・Kさんの二人は既に結審済みで10月27日(木)が判決言い渡し日と決まっている。後の5人の内、最も新しい提訴となった原告、苑田朔爾さん(神戸市在住)本人による意見陳述がこの日行なわれた。

苑田さん_convert_20160726213036

 苑田さんはあらかじめ用意された意見書をはっきりとした口調で読み上げて陳述していった。苑田さんは1941年(昭和16年)9月生まれで74歳。3歳と11ヶ月の時、長崎市東小島町の自宅で被爆した。両親と本人と妹さんの4人家族だったが、父親は昭和18年にビルマへ出征し、昭和20年1月中国で戦死している。苑田さんの生い立ちの中で触れられた父親についての簡潔な一節だったが、そこには聞き流すことのできない重いものを感じてしまう。苑田さんの父親は何のためにビルマへ出征したのか。アジアの国々への侵略のために駆り出されたのではないか。そして家族のもとに帰れないまま異郷の地で果てることになったその無念さはどれほどだったか。白い布に包まれた遺骨を迎えた親子3人の悲しみはどれほど深かったか。苑田さんの父親についての陳述は、今、日本の自衛隊の海外派兵計画が現実の可能性をもって浮上しつつあることと重なりあっていく。何のために、何を目的に、日本の軍隊が外国に出ていかなければならないのか。一切の誤魔化しを許さず、真実を見抜き、自衛隊員を戦争の犠牲になど絶対にさせてはならない。

 苑田さんの住んでいた自宅は爆心地から4㌔ほどの距離ではあったが、高台にあって爆心地方向がよく見える、向き合うような位置関係にあった。このため爆風をまともに受け、その時の凄まじい様子と体験は母親からよく聞かされてきた。原爆投下の8日後、8月15日に母方の祖父の家を頼って一家揃って疎開することになり、爆心地付近の真っ只中を、長崎の街中を歩いて縦断していった。

 苑田さんはその後、母親の手一つで育てられ、小学校、中学、高校時代を過ごし、成長していく。被爆者であることによるいじめは随分ひどく辛いものだった。また、自分はいつか原爆症で死ぬのではないかとの恐怖にも襲われてきた。そのため原爆のことからは逃げ回るようにして生きてきた苦悩の人生だった。しかしベトナム戦争の残忍な実態を知ることが契機となって、核兵器の非人道性も追及するようになり、自身の被爆のことにも向き合うようになっていった。
被爆する前は手に負えないほどの腕白坊主だった苑田さんだが、被爆後は全身倦怠感、気管支疾患等に悩まされ、終生虚弱な体質となってしまった。いろんな病気に見舞われた後、2012年に前立腺ガンが見つかり全摘手術を受けた。被爆が原因で前立腺ガンになってしまったことをはっきりさせたいとと思い原爆症認定申請をするに至った。しかし、申請は却下。爆心地からの距離が500㍍ほど遠いからとか、爆心地への入市日が4日ばかり遅いからとか、たったそれだけの理由で、機械的に判断された結果だと思われる。
 苑田さんは陳述の最後に、「出来ることなら生まれ変わって3歳11カ月からもう一度生きなおしてみたいです」と締めくくって裁判長に訴えた。

 裁判終了後は短時間報告集会がもたれた。意見陳述された苑田さんから、被爆の悲惨さ、むごさ、辛さは、思いはあってもなかなかその通りには文章にできなかったと率直な感想が披露され、みなさんへの感謝の挨拶が述べられた。

報告集会_convert_20160726212853

 愛須勝也弁護団事務局長から6月29日東京地裁第二次判決のその後の状況について報告が行われた。全国から寄せられた「国は控訴するな」の声にも関わらず、山本英典原告団長一人が控訴された。山本団長が立派なのは「他の原告は判決確定し、控訴されたのが自分一人で良かった」と思いを述べられていることだ。その思いを支え応えるためにも早期の解決をめざして全国的な支援を強めていく必要がある、との報告だった。藤原精吾弁護団長もまとめのあいさつで山本団長の控訴を厳しく批判しつつ、一審で全員勝訴を勝ち取ったことは近畿訴訟をもう一度押し戻していく大きな力になると訴えられた。

 藤原団長の以下のような最後のあいさつでこの日の報告集会は終了した。今世界ではバングラデシュやフランスなどでテロが相次ぎ大きな問題となっている。しかし、普通の暮らしをしている無防備の市民を何のためらいもなく無差別に大量虐殺したのが原爆、核兵器であり、これ以上のテロはない。そのことを改めようとしないこと自体に大きな間違いがあり、私たちは声をあげ続け、政府を変えていかなければならない。7月末には医師団と弁護団の合同会議を、8月5・6日には全国の弁護団合宿も予定している。みなさんと一緒に完全勝利をめざしていきたい。
尚、最高裁に上告されていた故梶川一雄さんの裁判が最高裁第一小法廷に係属となったこともこの日の報告集会で紹介された。

 翌日の22日(金)は午後2時から今度は大阪高裁Cグループ(一審原告6人)の控訴審口頭弁論が行われた。高裁Cグループは今回から裁判所の構成が変わり、新しく高橋譲裁判長となっていた。裁判の更新が確認された後、この日は豊島達哉弁護士による意見陳述が行われた。

豊島西_convert_20160726213014

 豊島弁護士の陳述は6月29日の東京地裁第二次(原告全員勝訴)判決の内容を用いたもので、高裁Cグループでも大いに参考にすべきであると訴えた。東京地裁判決は従来から積み重ねられてきた司法判断をより明瞭に示すものだったが、中でも「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律(通称:原発事故子ども・被災者支援法)」第1条を引用しての判決は特筆ものだった。第1条はその文中において、「現時点において放射性物質による放射線が人の健康に及ぼす危険については科学的に十分解明されていない」ことを明らかにしている。この指摘は、国の主張する「科学的知見」なるものの信頼性を根本から突き崩す判決ではないか、ということだ。しかもこれは原告側からの主張で示されたものではなく、裁判所自身の判断で採用明示された判決文ということでも重要な意味を持つ。

 また、大阪控訴審において国は依然としてDS02、DS86による推計被曝線量の「定量的評価」が不可欠だなどと主張しているが、それは過小評価になると東京地裁判決は断じていること、他原因によって疾病の発症が説明できれば放射線起因性を否定できるかのようにいう国の主張もその誤りがはっきり指摘されたことなど、ことごとく国の主張は排斥されている。そうしたことを徹底して明らかにする意見陳述だった。

 陳述後、今後の訴訟進行についての主張が行われた。一審原告側は甲状腺機能低下症及び心筋梗塞についての詳細な意見書を検討、作成中で、8月中には提出の見通しであることを明らかにした。一審被告の国側も甲状腺機能低下症一般論について意見書を準備中で、原告側の意見書を見た上で意見書を出したいとした。しかし一般論であるなら、過去の例を見ても放射線被曝との関係は何ら明らかにされるものではない。そうであるなら、原告側の意見書とは関係なくさっさと提出すべきではないかとの主張に、裁判所も同意し、国側の速やかな意見書提出が確認される一幕があった。

 この日も昨日に続いた報告集会が短時間もたれ、まず愛須弁護団事務局長から控訴審の状況について説明がなされた。近畿訴訟は高裁での逆転敗訴が2件続いており、その経験からしっかりとした意見書を作成してのぞむべく準備が進められている。そのための7月末弁護団、医師団合同の会議であり、個別疾患についての意見書作成だ。場合によっては証人尋問も予定していくとのことだった。豊島弁護士による今日の意見陳述についての説明の後、最後に尾藤廣喜弁護団幹事長からまとめが行われて報告集会を終了した。東京地裁第二次判決で一人だけ控訴されたということは、それだけ国も追い込まれているということだ。控訴して係争状態を続けていかないと現状が維持できないからだ。8月5日・6日と全国の弁護団合宿を行なうが、そこでは原爆症認定制度改定の今後の方向について運動面も含めて議論することになる。福岡、東京とすばらしい判決が続いてきた中で、いよいよ近畿の地裁、高裁判決が非常に重要な意味を持ってくる。裁判はもちろん、裁判以外の場面での運動も含めてこの夏大いに頑張っていきたい。

 尚、両日の法廷でそれぞれ今後の期日が決められた。地裁第7民事部の次回は9月30日(金)午後4時から、高裁Cグループの次々回は12月16日(金)午前11時から。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2016年 9月16日(金) 11:00 地裁 第2民事部 1007号 弁論(原告6人)
2016年 9月30日(金) 16:00 地裁 第7民事部 806号 弁論(原告5人)
2016年10月20日(木) 11:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)
2016年10月27日(木) 13:10 地裁 第7民事部 806号 判決(原告2人)
2016年 12月16日(金) 11:00 高裁C 第13民事部 202号 弁論(原告6人)
2016年 9月14日(水) 名古屋地裁 判決(原告4人)





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2016.07.26 Tue l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
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