3月31日、田村憲久厚生労働大臣は、3月20日の大阪地裁判決、同月28日の熊本地裁判決について、記者会見で次のように述べています。

(記者)先週原爆症の認定を巡る大阪地裁の判決がありました。これは年末に緩和された新基準で却下された4人の原告を逆転認定する内容で、うち2人についてはそもそも基準の外側にいた方々だったと理解しています。この受け止めと、控訴されるかどうか、現段階でのお考えをお聞かせください。

(大臣)控訴するかどうかはですね、関係省庁と協議をしてですね、検討いたしたいと思います。それから、今般は旧の方針、基準でですね、その間に結審しているものでございますので、新しい方針、基準に関してはまだ勘案されていないということでございます。これは新しいものが年末、基準ができましたから、これを変えるつもりはございません。

(記者)ちょっと重ねてすいません。一方でこの今回の裁判の最大の争点は、原告の皆さんが申告どおりに本当にその爆心地の近くにいたのかどうかという事実認定の問題だったとも聞いています。国の主張は雑ぱくに言うと、原告はそこにいなかったと。証言も変遷してるんで信用できないというものだったと思うんですが、このようにその証言の信憑性(しんぴょうせい)が疑われるケースについては、今後も裁判になっていくっていうのはやむを得ないというふうにはお考えですか。

(大臣)それはそれぞれのですね、状況等々を勘案してどうすべきかっていうのは考えるわけでありますので、それが確認されればですね、それはそういう話になりますし、いずれにいたしましてもですね、その地域にいつ入られたかということも含めて、事実をしっかりと確認しながらですね、我々としては認定をしていくわけでありますから、その点に関しましてはこれからもですね、慎重に検討していくという話になると思いますね、それは。

(記者)新基準が決まる前に結審はしてるんですけども、今後やはりその緩和された基準より超えた方がやはり裁判で認められてるっていうことで、やはり行政と司法はかなり判断に乖離(かいり)があるのかなっていうのが一般市民の受け止めだと。

(大臣)ですからですね、旧基準に則ってでありますから、新しい判断と言いますか、基準をですね、検討をいただいて、その上でですね、新しいものができたわけであります。これを一つ基準にしてのまだ裁判はないわけでありますので、それは旧(基準)の中において今回のようなですね、判決を頂いておるわけでありますから、新しい基準に則ってのこれからの判断っていうのはまた新しい局面になってくるんだというふうに思いますから、御議論を時間をかけていただいて、御決定をいただいた基準でございますので、これに関しては変えるつもりはございません。

(記者)関連して原爆症認定ですけども、今回新基準になってですね、全国で100人ぐらいいらっしゃるんですけども、もう1回再審査をされて、やはり8割ぐらいの方が却下というような形で審査で結果が出たんですけれども、この辺にこの方は高齢者でありながら裁判を続けていってですね、それで認定を争うしかないんですけども、そこら辺にその政治的な課題っていうのを大臣は感じてられるのかどうかということについて。

(大臣)政治的課題と申しますか、検討会で検討いただいて科学的な根拠、それからそれぞれの御主張等々を織り込んだ中で新しい基準ができたわけなので、いただいた結論をですね、我々としてはこれからその基準で審査をしていくというような話になるわけでありますので、それに関しましてはまだ新しいのができたばっかりでございますから、これに則って対応をさせていただくということが基本だろうというふうに考えます。

 田村厚労大臣は、
①今回の判決は旧基準について出されたものであって、新基準は審理の対象になっていないので、新基準が裁判所で判断されたわけではない。②新基準は長い間かけて議論して決められたばかりだから基準は変えない。
と言っているのです。

 しかし、これは全くの誤魔化しです。
 昨年12月16日に新基準が決められて、3月20日の大阪地裁判決、3月28日の熊本地裁判決に至った経緯は次のとおりです。
 
・ 確かに、大阪地裁判決は、昨年10月15日と12月12月に結審した2つのグループについて言い渡され(原告は2つのグループ で合計7人)、大臣の説明を待つまでもなく、12月16日に再改定された新基準は審理の対象にはなっていません。

・ しかしながら、厚労省は、医療分科会に対し、ノーモア・ヒバクシャ訴訟の原告102人全員について新基準に基づく再審査を求 
 め、
83件を再び却下。18件のみを認定し、残る4件は再調査のため保留としました。大阪地裁判決の原告についても、3人の原 
 告が本年2月5日付けで認定されています。

・ 国は、3月6日付けで裁判所に、「平成26年12月16日『新しい審査の
方針』を改定し、これを受けて全国で訴訟係属中の原告
 の各申請についても厚
生労働大臣において、これまで13名の原告らに対する却下処分の取消しがされているが、本件訴訟の原
 告については、取消しの対象とならなかった
旨の情
報を得たので、取り急ぎご報告する。」という報告書を提出し、再審査をして
 認められなかったこと(却下処分を維持したこと)を認めているのです。

・ このように、
却下処分について判決を受けた原告は何れも、新基準で再審査にかけられて却下処分が維持されたまま、判決を
 受けている
のです。 

 したがって、形式的に言えば、新基準は審理の対象にはなっていませんが、
実質的には新基準の審査をかけられた原告について、裁判所が行政と異なる判断をしたことになり、「新基準」の誤りも明らかにされたことになります。
 
 ちなみに、判決前に認定された1人は、長崎2.1kmで直爆及び8月10日、爆心地から1.5km付近まで入市した甲状腺機能低下症、C型肝硬変を申請疾病とする原告でした。この原告は直爆距離、入市範囲の何れの点でも新基準を充たさず、本来ならば認定が困難な原告ということになります。むしろ、訴訟において、国は、原告の直爆距離は2.3kmの誤りである、入市範囲は、せいぜい2kmに過ぎないと被爆状況を強く争っていました。
 したがって、この原告の認定については、国が敗訴する原告を減らそうという極めて政治的な認定です。
 
 さらに、上記の発言で見逃せないのは、記者が、高齢者である被爆者が裁判を続けることに関して政治的課題を感じているかどうかについて聞いたの対して、検討会で検討してもらった科学的根拠、主張を織り込んで新基準ができたばっかりなので基準は変えないというだけで、「政治的課題かどうか」については答えていないということです。
 厚生労働大臣が、高齢化した被爆者が裁判を続けることを問題だと感じず、政治的課題と感じていないのならば、政治家失格です。そんな大臣はいらない。

 毎日新聞広島版は、広島訴訟の原告の記事の中で、「『申請からまもなく6年。余りにも長すぎる。判決が出ても、控訴されればまた何年もかかる。生きているうちに認めてもらえるか不安だ。』 被爆者の平均年齢は80歳に迫る。残された時間は少ない。」と書きました(下記)。
 控訴された原告の武田さん(写真)も、82歳。肝臓がんが再発して車椅子で裁判所まで出頭しています。
 来年で被爆70年。70年前の出来事を高齢の原告らに問うことがどれだけ酷なことか。忘れたい記憶は消失し、混乱しています。
 70年の時の経過で証拠や証人もなくなっています。
 若年で被爆した人には被爆の記憶も残っていません。証言してくれる家族も残っていません。
 そのような被爆者に対して、法廷での反対尋問にさらし、些細な食い違いを見つけて追求し、「信用できない」「被爆の事実は認められない」と主張することがどれだけ、被爆者を苦しめることか。
 そもそも、高齢になって病気にかかったときに、認定申請を却下されて、さらに困難な裁判を強いることがどれだけ困難なことか。
 2009年8月6日の「原爆症認定集団訴訟の終結に関する基本方針に係る確認書」で、「厚生労働大臣と被団協・原告団・弁護団は、定期協議の場を設け、今後、訴訟の場で争う必要のないよう、この定期協議の場を通じて解決を図る。」とした意味がどこにあるのか。
 厚労大臣は、政治家として、もう一度、考えてみるべきではないですか。







広島の発言2014:原爆症認定広島訴訟原告・武者光人冀さん /広島(4月5日毎日地方版)

原爆症認定を求めて2012年5月、広島地裁に提訴した。全国7地裁で起こされている「ノーモア・ヒバクシャ訴訟」のひとつ、広島訴訟(原告27人)の原告として、一刻も早い勝訴判決と認定制度見直しを訴える。
 「あの日、爆心から約4キロの宇品町御幸通4丁目(現南区)の自宅前で、近所の人らに遊んでもらっているときに被爆しました。当時、私は1歳8カ月で記憶はありませんが、兄や近所の方々の証言で次第に事情が分かってきました」
 けがややけどはなかったが、屋根や壁もない屋外で被爆したため、初期放射線を浴びた。被爆者手帳の申請書には、急性症状と見られる下痢が20日間続いたと記載されている。
 「兄から『よく髪が抜けていた』と聞かされました。幼少時から円形脱毛症のほか、風邪をひきやすかったり病弱で、病院にばかり行っていた」
 中学生になる頃、心臓内の弁が正常に動かない心臓弁膜症と診断された。大人になってからも糖尿病や高血圧、腎臓病などにかかり、今も原因不明の神経麻痺で左手の親指が不自由だ。
 「それまで被爆の影響は考えなかったが、がんになって放射線のことを調べて、影響を疑うようになった」
 07年には前立腺がん、翌年には胃がんが見つかった。08年と10年の2回、原爆症認定を求めて申請したが、厚生労働省はいずれも却下した。
 「屋外で被爆して放射線にさらされた。数日後、兄に背負われ市内まで鉄くずを拾いに行ったと聞いた。11日後にも、母に背負われ爆心約2キロまで入市している。残留放射線は浴びているはず。直爆3・5キロは認めて、4キロは認めないなんて理由が分からない」
 昨年12月に改定された新基準でも原爆症とは認められなかった。いまだ訴訟の判決時期も未定だ。
 「申請から間もなく6年。余りにも長すぎる。判決が出ても、控訴されればまた何年もかかる。生きているうちに認めてもらえるか不安だ」
 被爆者の平均年齢は80歳に迫る。残された時間は少ない。【吉村周平】


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2014.04.06 Sun l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top