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被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(79)
眞鍋医師が糖尿病、慢性肝炎の放射線起因性について詳細な立証証言!
反論に窮した国側代理人は反対尋問を放棄!
2020年3月2日(月)

 2月28日(金)、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の原告T・Iさん(男性、76歳、京都府城陽市)の控訴審(大阪高裁第6民事部・大島眞一裁判長)が開かれた。今回から裁判長が交代。前年までの中本裁判長から大島裁判長に変わった。結審間近の今になって裁判長が変わるのか、と少々驚き。
 T・Iさんの一審判決は昨年の5月23日。申請疾病の糖尿病にはよほど特別の場合以外放射線起因性はないと断定し、もう一つの申請疾病である慢性肝炎についてはT・Iさんは該当しないという不当なものだった。今回の法廷は阪南医療生協診療所所長の眞鍋穣医師が証人として採用され、争点である糖尿病と慢性肝炎について証言されることになっていた。
 主尋問は中道滋弁護士が担当。準備されてきたたくさんの証拠をすべて明らかにするため、45分間という限られた時間を意識してかやや早口で質問が繰り出されていった。それに対して真鍋医師は一つひとつ丁寧にかつ歯切れよく回答、説明がされていく。今回は法廷内でOHP(オーバーヘッドプロジェクタ)も用意されていて、証言を分かり易くするため図で示して行われたり、証拠論文の該当箇所を拡大して示すなど、工夫も凝らされていた。

 尋問はまず糖尿病の種類と特徴、T・Iさんの疾患であるⅡ型糖尿病の病態の説明から始まり、放射線と糖尿病の関係についてのメカニズム、放射線による糖尿病発症の増加要因、そして糖尿病と放射線との間にしきい値はないことまで、数々の論文を証拠として示しながら証言されていった。論文の名前やその内容を傍聴席にいて理解するのはなかなか難しいが、挙げられた論文の数だけでも10本以上はあったのではないか。その多くが医療における放射線照射治療と糖尿病発症との関係を具体的な実証データで示すものであった、ように思う。中にはチェルノブイリ原発除染労働者のⅡ型糖尿病発症頻度というものもあった。
 一審判決は、「放射線に関する糖尿病は特定のHLAハプロタイプだけ」という国の主張を丸飲みしたものだが、それは明らかな間違いであると断定された。しきい値についてもいくつもの論文を示してしきい値のないことが証言された。国は主張の根拠にしている論文をまったく読み違えているとも指摘された。
 医療行為の放射線照射は膵臓照射、頭蓋脊髄部照射等局所的に行われたりするが、それでも糖尿病リスクの高まることがこれだけ明らかになっている。被爆者は全身被爆しているのであって、当然糖尿病リスクは高まることになる。数多くの証拠論文に基づいた証言の後に、眞鍋医師は糖尿病についての意見をこうまとめられた。私たちもすごく納得するところだった。

 主尋問の後半は慢性肝炎についての証言。国の主張と一審判決は、ウィルス性肝炎でなければ慢性肝炎とはよばないというものだった。これに対して眞鍋医師は、「血液中のAST、ALTの値が6か月以上に亘って上昇している場合は慢性肝炎と診断する」とする肝臓学会の公式資料を示し、T・Iさんは6か月以上に亘って肝機能異常肝機能障害があるので疑問の余地なく慢性肝炎であると証明された。次いで、T・Iさんの慢性肝炎は脂肪肝によるものとされているが、その脂肪肝の放射線起因性についても、放射線影響研究所の報告や論文に基づいて、有意な相関関係のあることが証明されていった。T・Iさんの肝機能障害の原因は非アルコール性脂肪肝が考えられるが、それは放射線被ばくによるものだと言う結論だった。

 45分間の主尋問を終えて、反対尋問に移る前に国側代理人から「尋問について少し相談をしたいので休憩をとりたい」と申し出があった。裁判長がそれを受け入れ、10分間の休憩をはさんでの反対尋問となった。反対尋問は、証人の専門は何か?放射線と肝機能障害の関係について学会で発表したことはあるのか?原告の診察はしたのか?これまで原爆症認定訴訟の証人になったことはあるのか?と型通りのいつもの質問から入っていった。それからさらに質問は続くものと思っていたが、驚くことに国側代理人は「これで反対尋問を終わります」と、尋問を終えてしまった。反対尋問にも45分の時間が用意されていたのに、わずか10分にも満たない時間。
 原告側代理人席も、満席の傍聴席も、おそらく裁判官たちも、呆気にとられて、すぐには事態が分からないほどだった。あの10分間の休憩は何だったのか?完璧で詳細な眞鍋医師の主尋問の前に、用意されていた反対尋問の項目はことごとく先に反論されてしまった、もはや法廷で問い質せることがない、今日のところは早々に幕引きを、そのことを確認しあうための10分間だったのかもしれない、そんなことを想像したくなるような雰囲気だった。
 これで証人尋問は終わることになったが、ただ、裁判官からも一切質問がなされなかった。今日の証言で一審判決の誤りはきれいに明らかにされた。それも具体的でとても分かり易い内容によって。変わったばかりの裁判長で、理解をより正確にするためには聞くべきことがたくさんあるのではないかと思うが、そういう態度は示されなかった。どこまで理解されているのか、本気で理解しようとしているのか、気になることとして残った。
 今後さらに意見を最終準備書面の中でしっかり示していくと双方が述べ、次回の法廷4月22日(水)が確認されて閉廷となった。次回が結審となる予定だ。

 大阪弁護士会館に移動して報告集会がもたれた。最初に今日の証言者である眞鍋医師から感想、思いが以下のように述べられた。こちらの提出した証拠に対して国側の反論が出されているが、論文全体をしっかりと読んではいないことが分かった。今日の証言は分かり易く説明するように努めたつもりだが、傍聴席で聞いていて分かっていただけたかどうか、一番の心配ごとだった。反対尋問に対して何を聞かれてもいいように昨夜も夜遅くまで提出書類に目を通して準備し身構えていたのに、あんなことになって残念だった。国側は反論できないと思ったのだろう、事実上の反対尋問放棄ではないか。あとは裁判所が私たちの主張を素直に受け止めてくれたらと思う。原爆症認定訴訟は毎回出るたびに勉強させてもらっている。医者として診療に活かせることも多い。原爆症認定訴訟に少しでも役立てれば嬉しいし、やりがいのある仕事だ。

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 原告のT・Iさんは自分の裁判以外の時も含めてノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟のすべてに皆勤出席されてきた。今日も当然出廷されていて、眞鍋先生へのお礼と、必ず司法の場で受け入れられることを心から願っている、という思いが述べられた。
 今日の尋問担当だった中道弁護士からは次のような感想が述べられた。今日の尋問は、原爆症認定訴訟全体の中でも最後の尋問になるかもしれない、そんな思いがあって、私もそれなりに力を注いで準備してきた。眞鍋先生の勉強熱心さ、探求心、あくなき真理の追究姿勢は本当にすごいと思った。寝る間も惜しんでいろいろなことを徹底して調べていただいた。頭が下がるばかりだ。今日はつたない尋問だったかもしれないができることはやりきったと思っている。

 愛須勝也弁護団事務局長から今日の法廷の感想とこれからの展望について発言があった。眞鍋先生と中道弁護士とは何度も何度も打ち合わせを重ねられ、T・Iさんの診察も1時間以上かけて行われるなどして今日の尋問は準備されてきた。眞鍋先生は医師としての仕事があり、また大学の学長も務められているなど大変多忙であるにも関わらず、強い使命感をもって今日の証言をしていただいた。
 今日の尋問は歴史的と言っていい、非常に画期的な証言だった。肝機能障害と糖尿病についてここまで詳細に解明されたことは全国でもこれまでなかった。癌治療で放射線を浴びせた場合どのような影響があるかを中心に、論文の一つひとつを分析され、それらに基づいた証言だった。その結果、全身に放射線を浴びている被爆者は糖尿病も放射線起因性が認められなければならないことが証明された。さらに脂肪肝と放射線との関係まで解明された。国側も集められないような資料をこちらが集めて詳細な医学的知見が提示された。問題は裁判所が全部分かったかどうかだが。
 今日の尋問を踏まえてこれから最終準備書面をまとめていけば展望は開けるのではないか。まだまだ闘いは続くが、今日の尋問、証言はそのための非常に大きな力になってくる。全国にも広げていきたい。

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 藤原精吾弁護団長からも2月25日最高裁判決のことも含めて発言があった。今日の証人尋問、よくここまで準備されたと思う、お礼と敬意を表したい。反対尋問ができなかったのは、主尋問の正当性に圧倒されたことの証明だ。最終準備書面は勝訴以外の判決は書けないようなものに、弁護団としても臨んでいきたい。地裁第2民事部では不当な判決が続いている。どこかで巻き返しを図る必要があるが、この控訴審判決で大きなチャンスを掴みたい。

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 2月25日(水)既報のように最高裁判決があった。最悪の判決だった。司法判断の基本は本来、被爆者にどう寄り添うか、被爆と言う事実をどう受け止めるかが一番の出発点でなければならない。放射線起因性まで認められている被爆者の病気について、もう医療はいらない、治療はいらないというのはあまりにもおかしい。これ以上悪くならないよう注意して見守る、定期的に検査をする、そういった経過観察は当然医療に含まれる。それをどこまでやるかは主治医の判断だ。
 それをよく分からない裁判官が、というより厚労省が一方的にここまでと打ち切り範囲を決めて入り口を塞ぐ、一旦は認定された人に対してもこれ以上は治療の必要がないと打ち切ってしまう。これはまったくの政治的判断、行政の都合であって、被爆者に寄り添う立場ではない。すべての裁判に通じることだが、人間の人権、健康が損なわれた時、それをどう回復するかが裁判所には問われている。今度の判決は、国の制度はこうだとまず決めて、要医療性の範囲も厚労省が決めて、行政の決めたことを裁判所が追認するだけのものだった。こういう裁判は本当の意味での裁判ではない。
 裁判の当事者である原告の内藤淑子さん(広島の被爆者)は、判決を聞いて「私は心が折れました」と語られた。「お金の問題ではない。74年前の思いもよらないことから私は被爆者と言う運命を担わされてきた。そのことを国は認めるべきだ」という思いであった。それを認めない。要医療性という一片の通知で撥ねてしまうのは、被爆者の歩んできた、受けてきた傷と思いをまったく無視した判決と言わざるを得ない。
 政府や厚労省がどのような政策、政治を行おうとも、裁判所の判断はそれとは独立したもので、行政に対する批判もしてきた。松谷訴訟の時も被爆者に勝訴の判決が下された。裁判所は被爆者に寄り添った人権の砦としての立場をとるべきで、その姿勢を貫いて欲しいと思ったが、まったく期待に応えるものではなかった。裁判所もあてにできないという思いもあるが、こんな裁判所でも認めざるを得ないところまで追い込んで行くことが今後は必要となる。
 最高裁が要医療性を狭く解釈したことによりこれは今後の原爆症認定に影響してくるだろう。認定申請を却下処分する、認定更新を打ち切る例も増えてくる可能性がある。私たちはその誤りを一つひとつ正していく活動がこれからさらに必要だ。運動でも、裁判でも。もう終わってしまったことではない。来月には大阪で原爆症認定を打ち切られた人の裁判も始まる。
一番の基本は、被爆者に対して、被爆者だけでなく空襲や戦争被害者すべてに対して国がきちんと責任をとっていないところに問題がある。私たちにはまだまだとりくむべきことがたくさん残されている。

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 最後に尾藤廣喜弁護団幹事長から以下のようなまとめが行われた。新型コロナウィルス感染に対して政府は何も対策しない、すべて国民の自己責任にして、それは被爆者の問題とも共通している。被爆者問題は国の政治のあり方が問われる問題だった。あれだけの被害を受けた被爆者に対して国としてどう対応するのか、国政の根幹に関わる身問題としてずっと争ってきた。8・6合意で今後争う必要のないようにと約束したのに、肝臓の病気は救済すると約束してきたのに、それを守らない政治、行政が続けられてきた。
 最高裁は国の主張を認めてしまった。しかし、私たちはそれにひるむことなく前に進んで行こう。何より被爆の実態を訴える中で、被爆者の救済を求めていこう。

 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟は、地裁で残る原告は1人となった。N・Kさんで4月10日(金)に判決を迎える。現在控訴されている原告は5人で、その内の苑田朔爾さんは4月17日(金)が判決、この日証人尋問の行われたT・Iさんは4月22日(水)が結審の予定。後の3人、高橋一有さん、Y・Mさん、O・Hさんはまだ係属部も未定だ。
 舞台の多くが高裁に移る中、5月30日(土)にノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の全面勝利をめざすつどいが催される。本当に大詰めとなってきた近畿訴訟を、最後まで勝ち抜く、被爆者の救済を勝ち取るために、“つどい”を成功させていきたい。あらためて高裁での公正な判決を求める署名活動をとりくんでいくことも合わせて確認し、この日の報告集会を終了した。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
 2020年 4月10日(金)14:00 地裁第2民事部 1007号法廷 N・Kさん判決
 2020年 4月17日(金)14:00 控訴審・高裁第2民事部 82号 苑田さん判決
 2020年 4月22日(水)13:30 控訴審・高裁第6民事部 81号 弁論(結審予定)
 2020年 5月30日(土)14:00 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟全面勝利めざすつどい
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2020.03.02 Mon l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
「私の苦しみ、私のせいじゃない!」最高裁、被爆者の願いに背く不当判決!

1 最高裁、不当判決!
 2020年2月25日、最高裁判所第三小法廷(宇賀克也裁判長)は、名古屋、広島、長崎の被爆者が原爆症認定を求めて争ったノーモア・ヒバクシャ(原爆症認定)訴訟において、被爆者の認定申請を認めない不当判決を言い渡しました。

2 原爆症認定集団訴訟からノーモア・ヒバクシャ訴訟へ
 2003年から始まった原爆症認定集団訴訟は、全国17地裁、306名の被爆者が訴訟提起し、勝訴率90%超と行政訴訟としては例を見ない成果を挙げ、2度にわたり認定基準を改定を経て、2009年8月6日、「原爆症認定集団訴訟の終結に関する合意」(8・6合意)が締結されて集団訴訟は終結しました。
 ところが、改定した認定基準でも、本来、認定されるべき認定申請が却下される事態が続発したため、東京、名古屋、大阪、広島、岡山、熊本、長崎の7地裁でたたかわれたのが第2の集団訴訟「ノーモア・ヒバクシャ訴訟」です。それは、8・6合意で「今後 訴訟で争う必要がないように厚生労働大臣との定期協議において解決する」との合意を反故にすることを意味しました。

【最高裁判決はこちら】
①名古屋訴訟判決
②広島訴訟判決
③長崎訴訟判決

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2 最高裁での争点 
 こうした中、被爆者が勝訴した名古屋、広島高裁判決に国が上告・上告受理申立を行っていたところに、被爆者が敗訴の福岡高裁判決(原審は長崎地裁)に対して被爆者が上告し、国、被爆者側双方の上告受理申立が受理されて弁論が開かれました。
 最高裁の争点はただ一つ。認定要件である「要医療性」。原爆症の認定には、疾病が原爆放射線に起因していること(放射線起因性)と現に医療を要する状態にあること(要医療性)の要件が必要なところ、3事件は何れも要医療性をめぐっての争いでした。具体的には、名古屋原告は慢性甲状腺炎について投薬を伴わない経過観察、広島と長崎訴訟の原告は白内障が申請疾病でカリユニ点眼薬での治療について要医療性の判断が分かれていました。
【最高裁広報課の原爆症認定申請却下処分取消請求事件について】

3 史上初めて被爆者が最高裁で意見陳述
 原爆症認定を巡っては集団訴訟以前から個別訴訟として争われてきており、長崎原爆松谷訴訟において最高裁判決が出ています。しかし、この事件は、福岡高裁で敗訴した国の上告を棄却したものであり、口頭弁論は開かれていません。つまり、長い被爆者のたたかいの歴史の中で被爆者が初めて最高裁で弁論をしたのです。
 1月21日に開かれた最高裁の口頭弁論では、名古屋原告の高井さんと広島原告の横山さんが意見陳述。藤原精吾弁護団長 (神戸)、佐々木(広島)、原(長崎)、樽井(名古屋)の各弁護士が続きました。1月の寒空の中、高齢をおして、多くの被爆者が最高裁に傍聴に駆け付け、その代表として意見陳述した二人の姿は神々しいものでした。その姿を見るだけで涙が出てきそうでした。
 最高裁の裁判官達も食い入るように二人の意見陳述に聞き入っていたので、ひょっとしたらいい判決が出るのではないかという期待を抱かせる歴史的弁論でした。
 高井さんの意見陳述
 内藤さんの意見陳述

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 樽井弁護士の意見陳述

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 佐々木弁護士の意見陳述

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 原弁護士の意見陳述

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 藤原弁護士の意見陳述

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4 司法判断の流れに逆行する不当判決
 ところが、最高裁は、名古屋、広島高裁の勝訴判決を破棄して認定申請の却下処分の取消請求を棄却し、福岡高裁に対する被爆者の上告を棄却するという不当判決でした。原爆放射線は被曝から75年が経とうとする今もなお被爆者の身体を蝕み続けています。被爆者の疾病は、原爆放射線に被爆したために発症し、重篤化してるが故に、国の責任において、手厚い保護を行うという被爆者援護法の趣旨からも、経過観察は重要な医療行為であり、放射線起因性が認められる疾患を患った被爆者の状態が経過観察にとどまる場合にも要医療性が認められるべきです。
 高井さんは「私の苦しみ、私のせいじゃない」と訴えました。
 最高裁は、この被爆者の当然の訴えに耳を貸さず、国の主張を追認したものであり、到底、受け入れられません。
 最高裁が、被爆後75年にわたって様々な健康被害に苦しみ、今なお健康を蝕まれている被爆者の救済に背を向けたことは、唯一の戦争被爆国として恥ずべき態度であり、まさに「最低裁判所」と言わざるを得ません。
 最高裁が不当判決を下しても、世界では、核兵器の非人道性に向き合い、現在、35カ国が核兵器禁止条約を批准し、同条約の発効は時間の問題です。
 私たち弁護団は、被爆者とともに、不当判決にめげずに今後とも原爆被害の実相を明らかにし、核兵器廃絶と被爆者救済のために全力を尽くす決意を新たにしていています。
2020.02.29 Sat l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(78)
地裁第2民事部でまたも原爆症認定訴訟の歴史に逆行する不当判決!
控訴審で必ず一審判決の誤りを正していこう!
2020年2月5日(水)


 暖かい日の続く今年の冬だが節分が近づくとさすがに寒風が身に厳しい。そんな1月31日(金)、大阪地裁第2民事部においてノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の3人の原告が判決言い渡しを迎えた。

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 3人の原告は、Y・Mさん(男性、故人、神戸市、7歳の時長崎の爆心地から4.0㌔で直接被爆、その翌日から入市被爆も、申請疾病は食道がん)、O・Hさん(男性、77歳、大阪市、2歳の時長崎の爆心地から3.0㌔で直接被爆、その後入市被爆も、申請疾病は心筋梗塞)、Y・Iさん(男性、故人、神戸市、長崎の爆心地から4.4㌔で直接被爆、翌日から入市被爆も、申請疾病は大腸がんと胆管がん)。3人は共に幼少時の被爆だが、それだけでなく、直接被爆の爆心地からの距離が原爆症の積極的認定基準とする距離から僅かに上回っているだけのことや、翌日以降爆心地付近まで入市してさらに被爆していることなど、被爆の状況に共通したところが多い。

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 大阪地裁第2民事部は昨秋の11月22日(金)、同じ法廷で3人の原告の訴えをいずれも退ける判決を言い渡したところだ。判決内容も、長年にわたって積み重ねられてきた原爆症認定訴訟の歴史と実績にいっさい学ぼうとせず、国の主張をそのままなぞるような史上最悪で異質なものだった。同じ三輪方大裁判長の下では、今回も同様のひどい結果のあり得ることを予想しなければならない。しかし、どんな判決が出されようとも私たちは決してひるむことなく闘っていこう、と、判決前集会で寒風に立ち向かうような決意を確認して1007号法廷に向かった。

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 午後1時10分開廷。裁判長による主文の読み上げが始まる。最初に読み上げられたのがY・Iさん。意外にも、「国による却下処分を取り消す」と告げられた。後のY・MさんとO・Hさんはいずれも「訴えを却下する」と言い渡された。2人敗訴だが、1人は勝訴、原爆症が認められた。代理人席から旗出しの担当弁護士が正門で待つ支援の人々の前に向かう。旗出しは「勝訴」、「厚労省は原爆症認定制度を改めよ」。一人でも勝てば旗出しは「勝訴」とされるようだった。
 主文に続いて判決理由の要旨がやや早口に述べられていく。傍聴席からは口頭による説明を正確に聞き取るのはなかなか難しい。ただ、Y・MさんとO・Hさんについては、放射線起因性を認めない理由として挙げられた加齢、飲酒、喫煙の言葉が強く耳に残った。どうも他原因を強調して放射線起因性が否定されたらしい。
 閉廷後、会場を大阪弁護士会館に移して報告集会が行われた。
 判決文全文を読みこなす時間も十分にはとれなかった中、愛須勝也弁護団事務局長から3人への判決理由の要点が説明されていった。

 敗訴となったY・Mさんは、入市被爆そのものの事実認定から否定された。被爆者健康手帳の交付を申請する際に書かれた被爆状況が直接被爆だけで入市被爆には触れられていなかった。国はこれを根拠に入市被爆の事実を否定し、裁判の争点になっていた。弁護団はY・Mさんと一緒に被爆したお姉さんを居住地の岐阜県まで訪ねて被爆の実態証言を聞き取り、入市被爆の事実を証明していったが、判決はそのことを信用できないものとして取り扱い、事実認定から退けた。

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 O・Hさんについても同じように、被爆者健康手帳交付申請時に入市被爆の記載がないことを理由に、入市被爆の事実を完全に否定した。本人の記憶も定かでない幼い時の被爆状況を詳細に立証しない限り認めない。そのことを被爆者側に課す不当な判決だ。
 直接被爆だけでも、急性症状発症の状態、そして戦後今日まで二人が襲われ続けてきた数々の病歴のことなどを総合的に検討すれば、積極的に認定する範囲の枠外でも放射線起因性は十分に認められるはずだが、その立場も判決は放棄した。申請疾病について、一般的には放射線被曝との関連性を肯定しながら、「その放射線量がどの程度かを具体的・定量的に認めることはできない」として、被爆者に対して放射線被曝線量の具体的・定量的な確定を求めた。11月22日の判決と同様、これまでの原爆症認定訴訟の積み上げてきた道を踏み外した最悪の判決だ。その上で、加齢、飲酒、喫煙などの他原因をことさらに取り上げ、強調して、放射線の影響を否定した。仮に他原因があったとしても、放射線の影響があればその起因性を認めて原爆症を認定する、それが原爆症認定訴訟の到達点であるはずなのに。
 2人の原告は却下する-はじめに結論ありきで、そのために入市の事実を否定する、そして他原因を粗捜しする、そのような憶測をしたくなるような判決だと、弁護団の中から感想が述べられた。
 Y・Mさん、O・Hさん二人の訴えを退ける一方で、判決はY・Iさんの原爆症を認めた。このことについて原告団・弁護団・支援ネットワークの声明は以下のように述べた。

 「判決は、『放射線被曝線量の推定方法や、放射性物質を体内に取り込んだ場合における人体への影響の度合いについては、いまだ確立したものは見当たらないのであるから、定量化された被曝線量を現時点で明確に示し得ない点をもって、放射線起因性の判断をすることができないとすることはできない』と判示し、かつ、被告が主張した加齢及び性差という他原因による影響を否定し、放射線起因性及び要医療性を認めた。この判断は、これまでの判決の判断の流れに沿うものであって、当然のことである」
これが当然の判決であるべきなのだが、それではなぜY・Mさん、O・Hさん二人に対してはそれとまったく矛盾した判断が下されるのか。まったく理解できない。Y・Iさんも手帳申請時には入市のことは書いておらず、厚労省もそれを根拠に却下処分していた。それでも平成20年になっての本人の釈明書が提出され、それが信用に足るものとされて、判決は入市の事実を認めたようだ。
 入市事実の否定、その根拠とされる被爆者健康手帳申請時の被爆状況記載内容の問題については、報告集会でも参加者、特に被爆者のみなさんから異口同音に強い批判の声があがった。被爆者健康手帳交付申請は様々な状況下で様々な人の手を介して行われているのが実態だ。将来、裁判することなど誰も想定せず、手帳が交付されることだけを念頭に申請してきた。直接被爆だけで申請できるのなら敢えて入市被爆のことまでは書く必要はなかった。そんな手帳申請時の記録を根拠に入市被爆の事実を否定するなど許されることではない、等々。

 入市被爆の事実認定については忘れられない判決の思い出がある。2016年10月30日、大阪地裁第7民事部で山田明裁判長(当時)による2人の原告に対する判決があった。この内の一人は入市被爆の日付・事実認定が争われていて、この時も手帳申請時の記載内容に原告主張との違いがあった。判決は、事実認定について争いのある時は被爆者の供述にこそ重きを置いて判断を下す、と言う明確なものだった。この時裁判所は自ら、原告の供述に基づいて当時の長崎の状況などを詳細に調べ、一つひとつ丁寧な事実認定を行って原告の訴えを認めた。この姿勢こそ、被爆者援護法に基づいて行政を担い、法を執行する者の基本であるべきではないか。
 今回の判決の第2民事部は、援護法の趣旨に立ち返ってどこまで真剣に原告と弁護団の訴えに向き合ってきたのかと疑問に思わざるを得ない。3人の結審は昨年7月24日だった。6ヶ月もの期間があった。その間、何を検討してきたのか、と。
藤原精吾弁護団長から今日の判決の感想と評価が述べられた。

 一人勝訴とはなったが、今回の判決の問題は基本的な考えたが間違っているところにある。原爆症認定訴訟の大きな流れに反した判決だ。原爆症は人類が経験したことのないもので医学的立証はできないこと、被爆放射線量の立証方法もまったくないこと、したがって厳密な証明を求めるのは間違いであること、そして原爆被害は国の起こした戦争によるものであって国に責任のあること、このことを明らかにしながら、国が却下処分を続ける中でも、司法判断によって認定の幅を広げてきたのが原爆症認定訴訟の歴史だ。第2民事部の裁判長はその流れに反した考えにこだわり、ひたすら国のやることに迎合しており、明らかに間違っている。今回の判決の基本的な間違いは控訴によって正していかなければならない。

 原告のY・Mさんは2014年5月16日の提訴だったが、2015年3月7日に他界された。享年76歳だった。裁判は奥さんが承継され、その意見陳述が代理人弁護士によって行われている。Y・Mさんは晩年7回もの入退院を繰り返し、2度の抗癌剤治療を受けるなど苦闘の日々だった。この日は報告集会にもY・Mさんの甥御さんに当たられる方が参加され、お礼の言葉とともに、一人勝訴されたY・Iさんのことは率直に「嬉しい」のその気持ちが述べられた。これから控訴も含めて検討し、みなさんと一緒にやっていきたいと挨拶され、参加者一同から花束が贈られた。

 O・Hさんは唯一人法廷で原告席に座って直接判決を聞くことになった。報告集会にも参加され、胸を詰まらせながら無念の思いを述べられた。判決は加齢が原因というが、私が心筋梗塞を発症したのは50歳の時だ。どうして加齢なのか理解できない。父親はビルマで戦死し私は顔も知らずに育った。加えて自分は被爆者となりダブルパンチの人生だった。戦争さえなければ、原爆さえなければ・・・、この辛い、悔しい気持ちをどこに持っていけばいいのか。もうとことん闘っていきたい。その決意を励ますようにO・Hさんにも花束が贈られた。

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 一人勝訴することのできたY・Iさんは2014年12月の提訴の後、翌年の2015年6月1日に他界された。享年74歳だった。亡くなる2ヶ月前にはホスピスへの入院を余儀なくされ、事態が容易でないことから病床で本人尋問が行われた。申請疾病は大腸癌、胆管癌だったが、その他にも各所に多重の癌を発症していて、辛い抗癌剤治療との格闘の晩年だった。裁判は奥さんが承継されていたが、この日は体調不良で出廷できず、代わりに担当弁護士だった杉野直子弁護士に花束が託された。Y・Iさんについては、国は控訴するな、判決を確定させよ、これ以上被爆者を苦しめるな!の声を上げていく必要がある。

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 報告集会の最後は尾藤廣喜弁護団幹事長によって締めくくられた。前回11月22日も今回も最悪の判決であった。1人勝訴とはなったが、それは国の制度がいかにでたらめかの証でもある。他原因については「これらの危険因子が重畳的に作用して申請疾病が発症したと考えても何ら不自然・不合理ではない」と言いつつ、一方放射線の起因性については厳密な立証を求める。まったく倒錯した判決、不当な判決だ。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟も終末に近づいているが、今日の判決などどうしても覆していかなければならない。そのための努力を尽くそう。

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 最後に、藤原団長の発声で「団結頑張ろう!」を三唱して報告集会を閉じた。
 傍聴記を書くための参考に過去の傍聴記をもう一度読んでみながら思うことがあった。今回判決言い渡しのあった原告は3人とも提訴が2014年だ。Y・Mさん、Y・Iさんはお二人とも残念ながら2015年に亡くなられている。2015年と言えば前回のNPT再検討会議のあった年だ。今年のNPT再検討会議のことを思いながら時間の長さを考えてしまう。あれから5年を費やしたのかと。高齢となった被爆者が長い時間をかけて裁判で争ってでしか原爆症認定を得ることのできない事態の大変さ、深刻さを思わざるを得ない。
 この5年間、世界の反核勢力は着実に絆を強め、核に固執する国々と勢力を包囲してきた。象徴的であり、決定的なのは2017年の核兵器禁止条約の採択だ。まだ条約発効には至らないまでも世界の歴史の歯車はしっかりと回転していくことを実感する。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟も、原爆症認定制度も、そして被爆者援護制度も、正しく確実に前進していくことを信じて頑張っていきたい。

 第2民事部の判決言い渡しのあった2日前、1月29日(水)には大阪高裁の第2民事部(田中敦裁判長)で控訴審の弁論も行われた。控訴した苑田朔爾さん(77歳、神戸市、3歳の時長崎の爆心地から4.0㌔で直接被爆、その後入市、申請疾病は前立腺がん)の3回目の弁論で、この日が弁論終結となる可能性のある法廷だった。
 準備書面の確認などが済まされた後、尾藤弁護団幹事長によって意見陳述が行われた。陳述は前半で原爆症認定訴訟の経過が簡潔に述べられ、その中で特に2008年に採用された「新しい審査の方針」の中の「積極的認定」のことが強調された。「この制度の最も大切な点は、集団訴訟の判決の到達点がこの『積極認定』の基準を上回っていたところから、積極的認定の対象にならない人については、『申請者にかかわる被曝線量、既往歴、環境因子、生活歴等を総合的に勘案し、個別に起因性を総合的に判断する』といういわゆる『総合判定』の制度があり、これにより認定すべき人については、認定するとしてことでした」とし、しかし「総合認定」は極めて消極的に扱われ、実際には直爆3.5㌔、入市時間100時間が壁となってきたことが明らかにされた。
陳述の後半は「総合認定」を積極的に行うことを求め、一審判決の誤り、問題点が5点に渡って指摘された。①放射性降下物の発生・降下機序を無視していること、②放射性降下物の降下状況の下での飲食の生活実態を無視していること、③「総合認定」の視点が欠けていること、④他原因があっても放射線被曝による影響と相まって発症促進したと言える場合は起因性が認められること、⑤加齢を理由に放射線起因性を否定するなどあってはならないこと。
 尾藤弁護士の陳述の後裁判長が弁論の終結を宣言し、これで結審となった。判決言い渡しは4月17日(金)午後2時からと決められた。
 高裁第2民事部の控訴審弁論は今回を含めて結局3回しか行われなかった。初回は昨年の7月25日(木)、原告の苑田さんがあらためてしっかりと意見陳述され、担当の濱本由弁護士がパワーポイントを使って放射性降下物のメカニズムや実態、内部被曝の危険性などを詳しく陳述した。この時は次回以降も充実した陳述、プレゼンが行われるものと期待した。しかし10月15日(火)に開かれた2回目の弁論では、予定していたパワーポイントを使っての陳述は認められず、沢田昭二名古屋大学名誉教授の証人採用申請も却下され、訴訟進行を急ごうとする裁判長の姿勢ばかりが露になった。そして今回3回目の弁論で結審を迎えることになった。
 裁判長の強引な訴訟指揮でここまでの事態となってしまったが、それでも判決まで3ヶ月ある。「公正な判決を求める」署名運動などを最大限強めて勝利をめざしていこう、と報告集会で確認しあった。
 報告集会では、1月21日(火)に最高裁第三小法廷(宇賀克也裁判長)で開かれたノーモア・ヒバクシャ訴訟の弁論についてその様子が報告された。原爆症認定訴訟で史上初めて最高裁で開かれた弁論だ。原告は広島地裁、名古屋地裁、長崎地裁でそれぞれ提訴した3人の被爆者で、経過観察などを要医療性の要件に認めるかどうかが争点となっている。法廷では3人の中から広島地裁に提訴した内藤淑子さん(75歳)と、名古屋地裁に提訴した高井ツタヱさん(83歳)のお二人が意見陳述を行い、新聞各紙やテレビ局などメディアでもその内容が報道された。
 傍聴された愛須弁護士から当日の法廷の様子が次のように紹介された。二人の被爆者の方が陳述される姿は神々しいというほどのものだった。被爆者が長年にわたって闘い続け、原爆症認定訴訟も勝利を積み重ね、大きな流れを作って、とうとう最高裁で弁論するまでに至った。二人の被爆者は全国の被爆者の代表としてここに来ている。そして二度と自分たちと同じ経験をすることのないようにと訴えている。最高裁の法廷で、核兵器の廃絶を求め、核兵器禁止条約の発効を訴えている。これは被爆者運動の歴史的瞬間ではないか。記念すべき時ではないか。その場に居合わせ、立ち合えていることに深い感動を覚えた。判決はどのようなものになるかは分からない。しかしどのような判決であっても、決して挫けることなくさらに闘っていく、その決意を促す最高裁の法廷であった。
 最高裁の判決言い渡しは2月25日(火)15時から行われる。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
 2020年 2月25日(火)15:00 最高裁第三小法廷 判決
 2020年 2月28日(金)13:30 控訴審・高裁第6民事部 81号 医師証人尋問
 2020年 4月10日(金)14:00 地裁第2民事部 1007号法廷 N・Kさん判決
 2020年 4月17日(金)14:00 控訴審・高裁第2民事部 82号 苑田さん判決
 2020年 4月22日(水)13:30 控訴審・高裁第6民事部 81号 弁論(結審予定)
 2020年 5月30日(土)14:00 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟全面勝利めざすつどい

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被爆二世の
ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(77)
11月22日地裁第2民事部
原爆症認定訴訟が切り開いてきた歴史と到達点に真っ向から逆行する異常な判決!
こんなものに屈することなく前を向いて闘い続けていこう!
2019年11月25日(月)


 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の尾藤廣喜弁護士(弁護団幹事長)の弁を借りれば、「京都・小西訴訟以来30年以上原爆症認定訴訟に携わってきたが、その中で率直に言って最も悪い判決」、というとんでもない判決が、11月22日(金)大阪地裁第2民事部(三輪方大裁判長)で出されてしまった。

 原爆症認定と国家賠償を求めて大阪地裁で争っている原告は第2民事部の7人。そのうちの3人が11月22日(金)、判決言い渡しの日を迎えた。原告の一人は高橋一有さん(78歳、兵庫県三木市)。4歳の時、8月12日に長崎の爆心地から1.1㌔まで入市、心筋梗塞を発症して2011年に認定申請、2013年年1月に提訴。申請から8年、提訴以来ほぼ7年を要して今日の日を迎えた。あとの二人、A・Tさん (77歳・女性、大阪府河内長野市)とM・Yさん(故人・男性、滋賀県)はすでに自庁取り消しで原爆症認定を受けていたが、国家賠償を求めて裁判を続けてきた原告だ。
 判決を下す三輪裁判長は2017年春から第2民事部の担当をしてきた。この2年半、第2民事部は原告数が多かったこともあり12回もの弁論期日を重ねた。私たちもその都度この裁判長と向き合ってきた。そして今回、三輪裁判長が下す初めての判決。どんな人なのか、どういう傾向の人なのか、私たちは知る由もない。ただ、今年5月15日の結審の時には、判決言い渡しが半年も先になることをやや釈明するかのような感じで、あえて「判決は一生懸命考えたい」と最後に一言添えられたのが何故か印象に残っていた。

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 いつものように裁判所前の若松浜公園で判決前集会を行い、入廷行進をして1007号法廷に入った。午後1時10分開廷。主文の読み上げには原告名がなく事件番号だけ。傍聴席の私たちには誰についての判決なのか分からない。しかし、いずれも「棄却する」の言葉だけは明瞭に響いてきて、全員、認められなかったことはすぐに分かった。なんという判決だ!腹立たしくなって席を蹴って退席しようとした時、裁判長が判決の理由を口頭で述べると言い出した。ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟では珍しいことだ。
 口頭なので、詳細で正確なところは分かりかねたが、「一般的には外部被ばく、内部被ばくの影響は肯定されるものの、それ以上に進んで、原告の放射線被曝量がどの程度か具体的・定量的に認めることはできない」、「原告の申請疾病(心筋梗塞)の発症は56歳であり、脂質異常症、高血圧症、加齢が原因となった発症とみても不自然、不合理ではない」等々の言葉が並んだ。原告の浴びた被ばく線量まで具体的な数字で示されたように思う。原告は被ばく線量を具体的に示さなければならない、他原因があればそちらが重視される・・・まるで国の主張をそのまま受け入れた、なぞったような判決理由ではないか。半年もかけてこんな判決を準備してきたのか、と落胆と憤怒の入り混じった気持ちを抱きながら、裁判所前の旗出し集会へ、そして報告集会会場の北浜ビジネス会館へと足を運んだ。旗出しは「不当判決」の4文字。これだけの旗出しは近畿訴訟では初めてのことになった。

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 重い雰囲気の中、午後2時から報告集会。まず愛須勝也弁護団事務局長から今回の判決をめぐる状況と結果について怒りの報告が行われた。要旨は以下の通り。

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 大変残念な結果となった。今回の裁判長については、これまでの他の裁判の判決状況などから警戒感をもってはいたがこんなことになるとは。
 原告の高橋さんの申請疾病は心筋梗塞。積極的認定範囲とする翌日までの入市、爆心地から1㌔以内入市という基準からは少しずれるが、同じ近畿訴訟でも同様の被ばく状況で心筋梗塞を原爆症と認定された判決実績がある。それは心筋梗塞発症にはしきい値はない、線量基準はないのだと明瞭に判断されたものだった。今度の高橋さんの判決でそのことをより確固としたものにしていく、高橋さんで勝てなければ認定される人はいないことになる、そういう位置づけでのぞんできた裁判だった。
 しかし、判決は国の主張をそのままなぞるようなものだった。冒頭から高橋さんの被爆の程度について論じ、国の主張する今中論文に依拠すれば高橋さんの被ばく量は0.0014グレイだとそのまま述べ、そればかりか裁判所自らがわざわざ入市状況の係数などを計算して実際の被ばく量は0.000056グレイになると示した。残留放射線、内部被ばくはまったく無視してよいとし、高橋さんの浴びた被ばく線量は非常に低いのだと断定。「誘導放射化物質及び放射性降下物から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝を受けた可能性があるということができるものの、それ以上に進んで、その放射線被曝量がどの程度かを具体的・定量的に認めることはできないといわざるを得ない」というのがこの部分の結論だ。言葉を変えれば、原爆症と認定するには根拠のある具体的な被曝線量を立証しろ、と言うことだ。一体、被爆者援護法の国家補償的性格をどう見ているのか、原爆症認定訴訟の歴史で積み重ねられてきた判決実績をこの裁判長はどう受け止めているのか、まったく理解していないのではないかと言わざるを得ない。そんなものは一切無視して、普通の民事訴訟と同じ論理で判決されてしまっている。
高橋さんの心筋梗塞発症の危険因子は上げれば山ほどある。高脂血症も高血圧も、そして加齢も。今回の判決は、放射線の影響は否定できないものの、その程度は立証できない、そして他原因も高いので認定申請を棄却するというもの。原爆症認定訴訟で積み上げられてきた成果を根本からひっくりかえす結論であって、これまでの判決の到達点に照らしても到底認めるわけにはいかない。
 原爆症認定訴訟において国家賠償請求が認められた例は過去2件しかなく、実際には難しいことになっている。それでもA・Tさんの場合は、平成7年と平成20年と2度にわたって同じ疾病の申請が却下処分され、行政処分のひどい実態が明らかになっていた。それに加えてさらに、国は遂にはA・Tさんの疾病を認めざるを得なくなり平成29年に自庁取り消しを行ったが、謝罪の一言もなく認定通知を送り付けただけだった。こんなひどいやり方はない。当然国家賠償するに値するとして請求を続けてきた。
これに対して判決は、「認定申請についての審査会の意見に従って却下処分した場合は、特段の理由がない限り、違法の評価は受けないと」とした。審査会の答申通りやっているのだから行政(厚労大臣)には問題はないというわけだ。これも認定行政の実態をまったく無視したとんでもない判決理由だ。
 このような判断枠組みでいくと、今後も続く裁判の原告は誰も認められなくなってしまう。実際に第2民事部は年明けの1月、それから4月と、同じ裁判長の下での判決が続く。何とか克服していかなければならない。
名古屋、広島、福岡の各高裁から上告された3件の訴訟は最高裁で受理され、年明け1月に弁論が開かれることになった。2003年以来の集団訴訟と運動によって原爆症認定制度は被爆の実態に基づきながら拡大を勝ち取ってきた。そのことを最高裁にも社会的にもしっかりと訴えていく機会にしなければならない。原爆症認定訴訟の終局的な解決に向かっていく今、そういう状況だからこそ今回の判決は控訴して、高裁で絶対にひっくり返すことが必要だ。
今日の判決言い渡しにはA・Tさんと高橋さんの二人の原告が出廷し、自身で直接判決を聞くことになった。A・Tさんは体調不良をおしての出廷だった。高橋さんも体調が十分ではない中、自宅の兵庫県三木市を早朝に発って駆けつけられた。高橋さんの場合、ご家族が高橋さんの健康を心配して裁判には反対だった。それでも高橋さんは、自分のような被爆者が原爆症に認められないような事態を放置しておくことはできない。自分のためだけではない、多くの被爆者のための裁判なのだと、氏名も公然と明らかにし、周囲からいろいろ言われるようなこともこあったようだが、すべてを乗り越えて今日まで訴えてこられた。
こうした被爆者の思いに裁判長は向き合おうとしなかった。被爆者一人ひとりの思いがここまでの裁判の到達点になっていることをまったく理解していない、理解しようとしなかった。私たちはこうした被爆者の姿を裁判長に見せられていなかったのだといわざるを得ない。

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 かって、文字通りの集団訴訟を闘っていた頃は、難しい症例の原告があっても集団訴訟の中で一緒に乗り超えてきた。今は一つひとつの裁判が1人から2人の少ない原告での闘いになっている。普通の民事訴訟のように、具体的な症状についてより緻密な審理が行われ、本来の訴訟の趣旨から外れていきおい医学的な分析などにはしりがちだ。
この事態をなんとか克服していかなければならない。今、原爆症認定訴訟は本当に山場、踏ん張りどころとなっている。こんなところで止まっていたら、今まで何年も何をしてきたのかということになってしまう。

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 判決の分析、判決に対する声明の作成、そして記者会見を終えて弁護団の人々も報告集会に駆けつけてきた。まず、代理人として高橋さんを担当してきた小瀧悦子弁護士から原告団・弁護団・支援ネットワーク連名の声明について説明と報告が行われた。予想もしなかった判決結果、しかもあまりにもひどい内容であったため声明について検討し作成するのも随分時間がかかったようだ。声明は、被ばく線量の確定という不可能なことの立証を原告に求めた問題、高脂血症や高血圧など他原因自体が放射線被ばくによるという知見が確立していることを無視した問題、そして行政のやり方を追認しただけの国家賠償請求棄却の問題等にまとめられ、強い抗議と国及び厚生労働省に対する3点の要求を示した。

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 次いで尾藤弁護士から記者会見の状況なども含めて以下の報告が行われた。
会見では、これほど線量にこだわった判決がこれまでにあったのかとか、高橋さんのような入市日で認定されたことはあるのか、等々相当に詳細な質問が相次いだ。
 私はこれまでで最も悪い判決であることを強調した。その理由の第一は、原告である被爆者に被ばく線量の確定を求めていること。被爆当時どこをどう歩いたかも分からない人に対して、どのような放射線をいくら浴びたのか立証しなさいと言っているわけで、およそ不可能なことを強いている。それに答えられないと認められないというのであれば、認められる人は一人もいなくなる。すでに自庁取り消しによって認定されている二人の原告だって、被ばく線量の確定を求められていたら棄却されていたことになる。今の厚労省の基準よりもとっと厳しいことを求めたのがこの判決だ。
 もう一つは、他原因について。脂質異常症、高血圧、加齢、こういうものが申請疾病の発症に一定程度要素としてあると立証されれば、原爆症は認められないとしたこと。これまで積み重ねられてきた判決の考え方は、申請疾病に放射線起因性が一応認められれば、他原因があったとしても、他原因がもっぱらの原因として立証されない限り、原爆症を認めるとしてきた。まったく逆転した反対の考え方だ。
 今回の判決は、原爆症認定訴訟の歴史で積み重ねられてきた考え方をまったく踏み外した、特異な判決と言わざるを得ない。こんなことに屈することなく頑張っていこう。

 報告集会参加者からも、判決に対する率直な感想、意見、これからさらに頑張っていこうという発言が様々になされた。このノーモア・ヒバクシャ訴訟、狭い範囲での裁判運動に止めてはならない。原爆投下によってどれだけの被害が起きたのか、原告となっている被爆者個人の健康問題に狭めるのではなく、被害の実態をもっと掘り起こしながら大きな世論作りをめざしながら進めていく必要がある。同様に、核兵器廃絶をめざす運動、憲法9条の改悪を許さず平和を守り抜くとりくみと共に、その中で、そうした運動に支えられたノーモア・ヒバクシャ訴訟にしていこう。11月11日に「公正な判決を求める署名」を第2民事部に提出したがその数は千にも満たない688筆だった。率直に言って私たちの支援運動も決して十分なものとは言えなかった。どのような裁判長の下であっても幅広い世論に押された、そのことが具体的に示される支援運動にしていく必要がある、といった内容であった。

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 最後に藤原精吾弁護団長から今日の日のまとめと、これからさらに頑張っていこうというよびかけが以下のように行われた。
今日の判決がどのようなものであろうと、私たちのめざすべき目標はハッキリしていて、それを目指して歩まなければならない。その一つは、国が起こした戦争によって、原爆が投下され、それによってもたらされた過酷な運命を被爆者は何十年も生きてこざるを得なかった。それに対して国は責任を取らなければならない。被団協は命の保障、暮らしの保障、平和の保障と3つの保障を求めているが、被爆者援護法はその保障の中の一部でしかない。法の下での裁判なので今私たちは放射線被ばくに限ってしか要求できていないが、本来被爆者は現行法=被爆者援護法の抜本的改定を求めてきた。その中で裁判は勝利を重ね、認定制度を少しずつ拡大してきた。裁判官の当たりはずれはある、心得の悪い裁判官はいる、それは裁判だからしようがない。しかし私たちはそれにくじけるわけにはいかない。

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 明日(11月23日)ローマ法王が来日する。被爆者を励まし、被爆者と同じ気持ちで核兵器を止めなさいと言い、日本政府にもそのことを示しに来る。私たちは法王の来日をそのように受け止めたい。
近畿訴訟でこれから予定されている判決は同じ第2民事部であり、厳しいことは予想せざるを得ない。しかしたとえ不当判決が出ても私たちの歩む道は変わらない。被爆者に対する責任を果たさせること、核兵器をなくすこと、この二つ目標に向かって歩み続けよう。
 12月に何度目かとなる厚労相との定期協議が行われることになった。大臣が官僚答弁を読み上げるだけの何にもならない協議はもうやめて、今回は私たちの側が言いたいことを言えるスタイルの協議会にしようと話し合っている。
年明け1月21日には最高裁で弁論が開かれることになった。原爆症認定訴訟で最高裁の口頭弁論が行われるのは初めてのことだが、だからと言っていい判決が期待できるわけではない。最高裁が何を言おうが、口頭弁論の開かれる機会に、私たちの訴えを広く社会に知ってもらう、そういうチャンスにしなければならない。最高裁での弁論機会というチャンスを生かして、被爆者の実態、国の政策の誤りを明らかにし、メディアには全国に広めてもらう。広範な人々に、この問題についての認識をもう一度持ってもらう、そういう活動をしていきたい。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟もまだまだ終点に行き着かない。これからまだしばらく闘う必要があるが、目標はハッキリしている。みんなで共通の目標に向かって前進していきたい。

 原告のA・Tさんは体調を考慮して報告集会には参加できなかったが、高橋一有さんは集会の最後まで参加され、みんなと共にあった。「判決後の弁護士のみなさんの検討会議に参加していて、私どものためにここまで一生懸命やっていただいているのかと感動した。体が悪いとかしんどいとか言っておられないと強く思った。ここまで来たら、最後の最後まで頑張ります」と力強い決意が述べられた。
 報告集会参加者と支援を続けてきた人々全員から、高橋さんへの労いと激励の思いを込めた花束が贈られて、報告集会を閉じることになった。



ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2019年12月24日(火)13:10 控訴審・高裁第6民事部 81号  T・Iさん弁論
2020年 1月29日(水)14:30 控訴審・高裁第2民事富 82号 苑田さん最終弁論
2020年 1月31日(金)13:10 地裁第2民事部 1007号法廷
Y・Mさん、O・Hさん、Y・Iさん判決言い渡し
 2020年 2月28日(金)13:30 控訴審・高裁第6民事部 81号  T・Iさん弁論
 2020年 4月10日(金)14:00 地裁第2民事部 1007号法廷  N・Kさん判決
2019.11.30 Sat l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top




2019年11月22日
ノーモア・ヒバクシャ訴訟大阪地裁判決についての声明
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿原告団・全国弁護団
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿弁護団・全国弁護団連絡会
ノーモア・ヒバクシャ訴訟支援近畿ネットワーク

 本日、大阪地方裁判所第2民事部(三輪方大裁判長)は、原告3名のうち原爆症認定申請の却下処分の取り消しを求めた1名、提訴後、却下処分が取り消されたため、国家賠償請求のみを争った2名、併せて3名の原告らの請求をいずれも棄却する不当判決を下した。

 判決は、理由として「その放射線被曝量がどの程度かを具体的・定量的に認めることはできない」として、これまでの判決では全く要件としていなかった放射線被曝線量の具体的・定量的な確定を求めている。しかしながら、当時の状況から見てこのような被曝線量の確定は不可能である。
 また、申請疾病の危険因子として、脂質異常症、高血圧症及び加齢の存在を挙げて、これらの危険因子が重畳的に作用して申請疾病が発症したと考えても何ら不自然・不合理ではないとした。そして、放射線被曝と脂質異常症及び高血圧との関連性を直ちに否定することはできないとしながらも、放射線起因性について「通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる程度の高度の蓋然性が証明されたものと認めることはできない」としている。

 これらの考え方は、原爆症認定訴訟における長崎原爆松谷訴訟最高裁判決とこれまで集積した集団訴訟の司法判断に真っ向から反する。

 また、国家賠償請求を行った2名の請求を棄却した理由について、第1に原爆症認定申請について審査会の意見に従って却下処分をした場合は、特段の理由がない限り、違法の評価を受けないとした。そして、第2に原爆症認定の審査について長期間を要したとは言えないとした。
 しかし、原告らの中には認定申請してから10年以上経過した者もいるのであり、判決の判断は、明らかに誤っているというべきである。

 また、国家補償的観点から制度化された原爆症認定制度の趣旨について根本的理解に欠けたものと言わざるを得ず、到底容認できない。

 国及び厚生労働省に対して、ノーモア・ヒバクシャ訴訟原告団、全国の被爆者、弁護団は、以下のことを求める。
1 「新しい審査の方針」の誤りを認め、これを変更し、全原告を救済すること
2 被爆者が「裁判をする必要がないように」被爆者援護法と原爆症認定の在り方を抜本的に改め、被爆者の命あるうちに問題を 解決すること
3 唯一の原爆被爆国として核兵器の非人道性を国際世論に訴え、核兵器禁止条約に加
 入し、核兵器廃絶国際運動の先頭に立つこと
以上

2019.11.22 Fri l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(76)
地裁第2民事部の原告7人全員の判決言い渡し日が確定!
審理を急ぐ控訴審の強引な訴訟指揮、それに負けない「公正判決」署名運動を!
2019年10月20日(日)


 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の前回の法廷が7月25日(木)で、それから3ヶ月近い時間を置いてこの秋の闘いが再開された。この間、8月には今年も原水爆禁止世界大会が開催されて来年のNPT再検討会議に向けた運動方針が確認され、9月には核兵器禁止条約を批准する国が32ヵ国に至って条約発効への具体的な展望が切り開かれ、10月には一千万筆を越える「ヒバクシャ国際署名」が国連総会第一委員会に提出されて世界の人々の核廃絶への強い願いが示されてきた。

 近畿訴訟は10月11日(金)、大阪地裁第2民事部(三輪方大裁判長)の原告の一人N・Kさん(女性・79歳・神戸市)の最終弁論が行われた。N・Kさん本人と愛須勝也弁護団事務局長によって最後の意見が述べられた。私はこの日事情があって傍聴出席することができなかったので、お二人の陳述書から訴えの内容を紹介することする。

 N・Kさんは4歳の時長崎で被爆。以来健康とは程遠い人生を歩み続けてきた。幼い頃から貧血や目まいに襲われることが多く、学校の体育の時間はほとんど見学、夜間に呼吸が早くなって起こされることも度々だった。地元では結婚することもできず、20歳で神戸に出てきてその後結婚。長女を出産してからうつ病に襲われるようになり食事もできないほどとなった。それから後も様々な病気に見舞われ、そして乳がんを発症。この乳がんで原爆症認定申請をした。乳がんの後遺症は今も続き、手の浮腫、両足のしびれなどがひどく毎日が辛いものとなっている。原爆がなければ父や兄たちも早く亡くなることはなかった、私の健康な身体で人生は違ったものになっていたはずだ。私の身体が弱いのは原爆のため、私の乳がんは原爆症だと裁判長には認めていただきたいと訴えた。
 N・Kさんは係争中のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の地裁審理の最後の原告となる。愛須弁護士は地裁での審理の最後をまとめる形で最終意見陳述をした。2003年に始まった原爆症認定集団近畿訴訟は合計13の地裁判決、5つの高裁判決、3つの最高裁判決が出されてきた。2009年には「8・6合意」も交わされたが、国の約束破りによって新たな集団訴訟(ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟)が闘われてきた。その新しい集団訴訟も地裁審理は本件が最後となる。全国的にも認定訴訟は終結に向かいつつある。しかし、原爆症をめぐる問題が解決したのかというとそうではない。
 原爆症認定集団訴訟によって認定基準は、入市被爆や直爆距離などにおいては拡大がはかられてきた。その認定基準の拡大を導いたのは原告となって起ちあがった集団訴訟304人、第2の集団訴訟121人の被爆者のみなさんの力、思いだった。しかし、厚労省は積極的認定の対象とならない申請について「総合的に判断する」ことに極めて消極的な態度をとり続け、実際には直爆3.5㌔、入市時間100時間を大きな壁としてしまい、新たな基準を機械的に適用してきた。
 今あらためて被爆者援護法の立法趣旨を想起しなければならない。被爆者の平均年齢は80歳を超え、法廷にすら立てない原告も増えている。若年の被爆者は被爆時の記憶すらもともとない。加齢による記憶の後退、証言者も亡くなり、詳細な被爆の実態の立証を前提とする裁判による解決自体が構造的に困難になりつつある。
 被爆者援護法の立法趣旨と訴訟に立ち上がった被爆者の願いに思いを致し、現状追認することなく、認定行政の改善につながる判決を下されることを切望するとして陳述は締めくくられた。
 N・Kさんへの判決言い渡しは2020年4月10日(金)午後2時から、と言い渡されて第2民事部もすべての弁論が終結となった。

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 これで第2民事部の判決言い渡しの日程はすべて確定。最初の3人は11月22日(金)の午後1時10分から、次の3人が年明け1月31日(金)の午後1時10分から、そしてこの日決まったN・Kさんが4月10日(金)。

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 翌週の10月15日(火)の午後、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の二つの控訴審が連続して開かれた。午後1時30分からは81号法廷で大阪高裁第6民事部(中本敏嗣裁判長)。今年5月23日(木)の地裁の不当判決で敗訴となったT・Iさん(男性・76歳・城陽市)の控訴審、第1回目の弁論。冒頭に原告のT・Iさんや担当弁護士による口頭の意見陳述があるのかと思っていたが、それはなく、いきなり裁判長から双方への質問、問い質しのような形から審理は入っていった。口頭でのやりとりを聞いているだけではよく分からない点もあったが、概ね以下のようなことではないかと理解した。T・Iさんの申請疾病の一つは慢性肝炎だが、国も第一審判決もT・Iさんの疾患は脂肪肝であり、それは慢性肝炎の範疇に含まれないとしている。裁判所が医学的判断をするのは本来なじまないことであり、そもそも、現行の「新しい審査の方針」が2008年に策定された時、慢性肝炎の範囲はどのように議論され策定されていたのか、そのことを国側は明示すべきではないか。控訴人(原告)側には、脂肪肝であってもその発症に放射線起因性を主張するのであればそれは(一審とは異なる)新しい主張となるのではないか、といったような内容であったと思う。
 それぞれに主張、意見を準備していくことが確認され、次回期日は12月24日(火)、次々回期日を2月28日(金)と決められてこの日は閉廷となった。第6民事部のこの裁判長は、一審判決文や控訴理由書、意見書等々をよく読みこなしていて、論点を自分なりに整理して、その線に沿ってテキパキと訴訟を進行させていこうとしている人なのかと思った。
 同じ日、連続して午後2時30分からは隣の82号法廷で高裁第2民事部(田中敦裁判長)。こちらは苑田朔爾さん(77歳・神戸市)の2回目の弁論。1回目の7月25日(木)の時にはパワーポイントを使った意見陳述が行われ、傍聴席からもとても分かりやすいプレゼンだったと好評だった。あの時、本来は2017年8月6日放送のNHKスペシャル『原爆死~ヒロシマ72年目の真実~』というタイトルのDVD上映も計画されていたが、事情があって上映が間に合わなかったとされていた。2回目の今回はこのDVD上映から始まることを期待していたが、残念ながらそうはならなかった。

 法廷は控訴理由書や意見書などの取り扱いを確認した後、いきなり原告側からの名古屋大学の沢田昭二名誉教授の証人採用申請についての判断となった。裁判体協議の結果証人申請は却下された。その後、証人が認められないのなら補充の意見書提出や、それに対する国側の反論の意見書の提出、そしてその提出時期のやりとりとなった。控訴側も被控訴側もそれぞれ十分な時間をとって準備したいと主張したが、これも裁判体協議の結果、控訴人側の意見書提出は12月23日まで、被控訴人側の反論の意見書提出も1月22日までと裁断されてしまった。「控訴手続き以来もう何ヶ月も経っている。いまさら何をもたもたと時間をかける必要があるのか」と言い放たれたような感じだった。そして、次回期日を年明けの1月29日(水)と決め、それも特段の事情が生じない限りこの日を弁論終結とするまで言い切られた。十分な主張、立証、審理よりもはじめにスケジュールありきで、さっさと判決を出してしまいたい、そんな強引さを強く印象付ける訴訟指揮が露わになった。

 二つ連続の法廷の後、まとめて報告集会が開催された。第6民事部も第2民事部も今日は裁判長と双方の代理人のやりとりに終始したため、傍聴席からは分かりにくい法廷となった。このため報告集会ではそれぞれの担当弁護士から今日の法廷のやりとりとその前後のことについて説明されることになった。第6民事部のT・Iさん担当の中道滋弁護士からは、脂肪肝発症にも放射線起因性のあることの証明をもう一度整理して新しい主張として提出していくこと、今日の裁判長はもう一つの申請疾病の糖尿病については一言も触れなかったが、糖尿病の放射線起因性についてもさらに重視して主張していくこと等が説明された。

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 第2民事部の苑田さん担当の濱本由弁護士からは、今日の法廷に入る前から“事前の攻防”のあったことが紹介された。濱本弁護士は前回第1回目と同様にパワーポイントを作成し、それを使った意見陳述を準備して提出、愛須弁護士からもその陳述を強く要請していたが、裁判所はそれを認めないとう事態があった。そして今日の法廷で、証人申請を却下し、補充意見書の提出を急がせ、結審の日まで決めてしまった。とても急いでいる裁判長の意気込みのようなものを感じざるを得ない。こうなった以上、最大限頑張って補充意見書を作成、書面を準備していきたいと決意が表明された。

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藤原精吾弁護団長から今日の二つの法廷を経ての感想が以下のように述べられた。今日の法廷を経て二つのことが明らかになった。一つは集団訴訟が個別訴訟になっていること、二つは被爆者訴訟から医学的訴訟になっているという問題。原爆被爆は70年以上も前のことであり、しかもまだ放射線の人体に与える影響は2~3%、多くても5%程度しか分かっていないのが実態。一般的な因果関係を論じようとすると難しいのは当たり前で、個別訴訟でしかもそれが医学的訴訟となれば主張立証するのは極めて困難なことになる。したがって、今、裁判所のやり方を変えさせていかなければならない。そのためには、外からの要因と内からの要因が必要。外からの要因とは、公正な判決を求める署名運動などを一層強力に推し進めて、原爆症についての社会的認識とアピールを高め、それが裁判官に伝わるようにしていくこと。今最高裁に係争中のノーモア・ヒバクシャ訴訟も、問われているのは要医療性についての判断だが、前提として最高裁が被爆者援護法に基づく被爆者援護の積極的判断を示せば大きな要因となる。内からの要因とは、今裁判所が判断基準にしようとしている「新しい審査の方針」自体が国による政治的判断、政策的判断で決められたものであることを裁判所に理解させること。被爆者援護法の本当の精神に立ち返って、被爆者を救うのか救わないのかを判断することこそが基本であり、合わせて、被爆者が裁判を通じて何を求めているのかを、裁判官に理解させていくことが重要になっている。

 今日も法廷と報告集会にはいつものように第6民事部の原告T・Iさんが出席された。T・Iさんは申請疾病の慢性肝炎、糖尿病以外にも十指に余る疾病に罹ってきた。それらの根本の原因はすべて放射線被爆にあると思っている。真鍋先生に書いていただいた意見書は素直に読めば誰でも理解できることだ。真鍋先生に感謝し、これからも頑張っていきたいと感想と決意が述べられた。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟勝利判決のためにあらためて二つの署名運動が提起され、報告集会参加者全員で確認した。一つは地裁向けでこれから迎える7人の原告の公正な判決を求めるもの。これは11月11日を目途に集約、提出していく。もう一つは2人の控訴審原告の公正な判決を求める高裁向けのもの。また11月22日(金)に迫った地裁第2民事部の3人の原告の判決言い渡し日当日の応援行動も提起され確認された。

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 報告集会は最後に尾藤廣喜弁護団幹事長の要旨以下のようなまとめのあいさつで閉じられた。今日の二つの法廷で裁判長の訴訟指揮の実態がつぶさに明らかになった。両方ともに急いで審理を進めたいというのか特徴で、被爆者の実態をしっかりと理解して判断できるのかどうか大変心配な点だ。特に第2民事部の審理進行には危ういものを感じる。個別の医学論争になれば克明な因果関係の立証を求められそれは不可能なこと。そうではなく被爆者救済の観点から原爆症認定の判決を積み上げてきたのがこれまでの実績。そのことを裁判所がどのように理解し考えているのか。提起されている公正な判決を求める署名運動を積極的に取り組んで世論に訴え、裁判所にもアピールしていこう。ノーモア・ヒバクシャ訴訟もいよいよ原告は少なくなりつつあり、だからこそ今頑張っていこう。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2019年11月22日(水)13:10 地裁第2民事部 1007号法廷
高橋、淡路、Ⅿ・Yさん判決言い渡し
2019年12月24日(火)13:10 高裁第6民事部 81号法廷    T・Iさん弁論
2020年 1月29日(水)14:30 高裁第2民事富 82号法廷   苑田さん最終弁論
2020年 1月31日(金)13:10 地裁第2民事部 1007号法廷
Y・Mさん、O・Hさん、Y・Iさん判決言い渡し
2020年 2月28日(金)13:30 高裁第6民事部 81号法廷    T・Iさん弁論
2020年 4月10日(金)14:00 地裁第2民事部 1007号法廷  N・Kさん判決
2019.10.23 Wed l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(73)
大阪地裁第7民事部判決 慢性腎不全の放射線起因性を認定!
判決を力に審査基準の見直し、認定制度改定の実現をめざしていこう!
2019年5月26日(日)


 2019年5月23日(木)、大阪地裁第7民事部(松永栄治裁判長)においてノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の二人の原告への判決言い渡しが行われた。原告はW・Hさん(男性・75歳・京都府木津川市)とT・Iさん(男性・75歳・京都府城陽市)。W・Hさんの申請疾患は慢性腎不全(IgA腎症)、T・Iさんの申請疾病は糖尿病と慢性肝炎で、慢性腎不全も糖尿病もいずれも厚労省の定める積極的認定疾病の範囲になっておらず、それだけ難しい裁判として闘われてきた。
 正午過ぎ、いつものように裁判所前の西天満若松浜公園に集合して判決前集会を行った後、原告、弁護団、支援の人々全員の行進で裁判所に入り、806号法廷に向かった。

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 原告のT・Iさんは提訴以来6年間、自分の裁判だけでなく、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟のほぼすべての期日に毎回参加して、他の原告のみなさんも励まし続けてきた人だ。今日も法廷内の原告席に座って開廷を待った。W・厳しい体調をおして裁判を続けてきた人で、判決のこの日も出廷は叶わず、自宅で結果を待つことになった。
 午後1時10分開廷。ただちに松永裁判長から判決の主文が読み上げられた。まずW・Hさんについて、「厚労省の却下処分を取り消す」の言葉がはっきりと聞き取れた。瞬間「よしっ!」と手に力が入る。しかし、T・Iさんについては「却下処分を取り消す」とも「請求を棄却する」ともはっきりとしたことは聞き取れず、傍聴席からは結果がよく分からないまま裁判官は退席してしまった。どうもT・Iさんは駄目だったようだ。そんな様子を弁護団席の雰囲気から感じつつ退廷することになった。裁判所前の旗出しは「勝訴」。二人とも勝訴なら「完全勝訴」となるはずだった。一人は勝つことができたが、もう一人は駄目だった。複雑な思いを持ちつつ、報告集会の行われる北浜ビジネス会館に足を運んだ。

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 報告集会は、弁護団による判決内容の分析作業を待って、午後2時から始められた。弁護団による判決内容の説明は愛須勝也弁護団事務局長によって、要旨以下のような内容で行われた。

 ノーモア・ヒバクシャ訴訟も、裁判の進行に連れてより難しい事件が残されてくる。今回の判決もこれまでの中で一番難しい事件だったのではないか。実際に提訴以来5年以上の年月を要してやっと今日の判決を迎えることができた。
 W・Hさんの慢性腎不全もT・Iさんの糖尿病も厚労省の定める積極的認定疾病の対象外だ。T・Iさんのもう一つの申請疾病である慢性肝炎の方は対象疾病だが、国はT・Iさんがその病気に罹患しているのかどうかを争ってきた。したがって、原告が訴えてきた病気そのものについて、裁判所が放射線起因性をどのように判断するのか、真正面から問われた裁判だった。全国の原爆症認定訴訟の歴史の中でも慢性腎不全も糖尿病も勝訴判決を得た例はそれぞれ2例ずつしかない。そういう意味でも大変厳しい事件だったと思う。
 そうした中で今回裁判所がW・Hさんの慢性腎不全について放射線起因性を認めたことは非常に高く評価される。
近畿における原爆症認定訴訟は大阪地裁第2民事部と第7民事部に係属され、これまで主に第7民事部で判決が続いてきた。その第7民事部では原爆症に関する判断がある程度蓄積されているので、今回の判決もかなり緻密に書かれたものだった。
W・Hさんの慢性腎不全について、国はまずIgA腎症ではなく糖尿病症腎症ではないかと争ってきた。これに対して判決は、いろいろなデータ、カルテ、医学的知見を総合的に検討した上でIgA腎症であると断定した。とても詳細な医学的分析が行われていて国側の主張は全面的に排斥され、私たちの主張が認められた。
 その上で慢性腎不全(IgA腎症)の放射線起因性についての判断が下された。放射線の被ばく線量と慢性腎不全や腎機能障害との関係を調査研究された二つの論文が積極的な論拠として採用され、判決は“慢性腎不全と原爆放射線との間には低線量被ばくの場合も含め、一般的な関連性があると認めるのが相当である”と結論付けた。
 国側は判決の論拠にされた二つの論文についていろいろと難癖をつけ、慢性腎不全と放射線との関係についても否定する主張を繰り返していた。判決はそれら国の主張一つひとつを敢えて俎上に載せ、その上ですべてを丁寧に且つ徹底して論破し、最後はバッサリと切り捨てている。
 非常に大きな意味を持つ判決だ。原爆症の積極的認定疾病の対象とされてこなかった慢性腎不全についても放射線起因性を認めなければならないとしたのだから、個別の一事例判決などといって片付けられるものではない。全国の裁判にも生かされていくものだし、何より審査基準そのものを見直していく、変えていく大きな論拠、力となっていく。
 一方T・Iさんの糖尿病については以下のように判決された。糖尿病と原爆放射線被ばくとの関連性は一般的には消極に解されるが、特定の遺伝子を有している場合のみ肯定する余地がある。しかし原告のT・Iさんはその特定遺伝子を有しないので放射線起因性は認められない。またT・Iさんの肝機能障害についてはその原因は軽度の脂肪肝であるとして、こちらも放射線起因性が否定された。T・Iさんにとっても私たち全体にとっても到底認められる判決ではなく、控訴して闘い続けていくことになる。
 報告を聞く限りにおいて、W・Hさんの慢性腎不全の放射線起因性を認める論拠の緻密さと比較して、T・Iさんの申請疾病の起因性を否定する展開はあまりにもバランスを欠く内容なのではないかと思わざるを得なかった。

 報告集会では敗訴となったT・Iさんから無念の思いを抱きながらもこれからについての決意と挨拶が述べられた。「申請から10年、提訴から6年かかった。応援いただいた弁護団のみなさん、支援のみなさんにまずお礼を申し上げたい。私の病気は原爆によるものだと固く信じている。ただそれを証明するのは非常に難しいことだと感じた。判決には納得できない、理解できないところが多々ある。弁護士の先生とも相談しながら控訴について考えていきたい。これからもより一層のご支援をお願いします。」
緊急に作成された原告団・弁護団・支援ネットワーク連名の声明が提案され、全員で確認した。W・Hさんにはお祝いの、T・Iさんには労いとこれからの激励を込めた花束が贈呈され、合わせて参加者全員からの拍手が贈られた。

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 報告集会は最後に愛須弁護士によって以下のようにまとめられた。
 2009年の8・6合意から10年目の節目を迎える今、認定制度をなんとか変えていくための力となる判決を期待し、医学的にも一番難しい事件に臨んだ今日だった。W・Hさんへの判決は現行の認定審査基準の誤りをハッキリと指摘するものだった。判決を突きつけられた厚労省は基準の見直しを考えなければならない。そのために、W・Hさんの判決をまず確定し、認定基準をどのように見直していくのか、そちらに議論の方向を向けていかなければならない。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟を提訴できる被爆者、原告も少なくなってきた。このままでは「被爆者もいずれは諦めるだろう」という厚労省の狙い通りになってしまう。8・6合意から10周年を迎えるこの機会に、もう一度合意の本旨を思い出させていく必要がある。今日の判決はそのための重要な力となり、機会となる。
 全国の訴訟は少なくなっているが近畿はまだ9人の原告が闘い続けている。今年、来年に向けて判決が続いていくこともあってこれから近畿の闘いが焦点になってくる。みなさんの力を結集し、最後の全面解決に向けて一気に力を尽くしていこう。高齢化によって多くの被爆者が救済も受けられずに涙を飲んでいる。裁判を闘える人は救われるが、裁判できない人は泣き寝入りしなければならないのが現状だ。そういう人たちを救うために、原爆症認定制度を変えていくために、使命感をもって闘いっていきたい。原爆症認定訴訟は近畿から始まったが、最後も近畿において頑張っていこう。
 この日の大阪裁判所は他の重要な裁判もいくつか重なっていて、閉廷後の記者会見も時間の調整をはかりながら行われている様子だった。いつもは会見を終えた弁護団が報告集会に駆け付けて、一緒に今後の闘いに向けて決意を固め合うところだが、今回は会見が始められる頃の時間には報告集会を終えざるをえなくなってしまった。そのためやや手薄になった弁護団の報告集会参加だったが、それでもこれから引き続いて頑張っていこうと、参加者全員であらためて誓い合って散会した。

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 第7民事部判決の1週間前、5月15日(水)には第2民事部(三輪方大裁判長)において3人の原告の最終意見陳述が行われた。3人の原告は高橋一有さん(77歳、兵庫県三木市)、A・Tさん(75歳、大阪府河内長野市)、M・Yさん(故人、滋賀県米原市)。高橋さんは原爆症認定そのものの判決をこれから迎えることになるが、A・TさんとM・Yさんはすでに自庁取り消しによって原爆症認定は受けており、国家賠償請求を求めての陳述だ。
 この日はまず高橋さんが法廷に立って最後の意見陳述を行った。原爆投下時の状況、母親に連れられて長崎の街を歩き回った体験、幼い頃から襲われ続けてきた幾多の病気のことなどを簡潔にまとめて語られた。高橋さんは最初の意見陳述や本人尋問の時にも述べていたことだが、原告になるには大変な悩みと葛藤があった。それを乗り越えて提訴するに至ったのは、自分たちが名乗り出て話さなかったら原爆のことはなかったことにされてしまう、という強い思いからだった。裁判すると決めてから初めて被爆者であることを娘さんたちに打ち明けられた。そのことももう一度最終意見陳述でも述べ、裁判官には被爆者の苦しみをきちんと受け止めて欲しいと訴えられた。
 高橋さんの陳述の後、愛須勝也弁護団事務局長から総括的な最終意見陳述が述べられた。愛須弁護士の陳述は、2009年の8・6合意の重要な意味とそれを踏みにじってきた国の態度、二度に渡って改訂されてきた国の「新しい審査の方針」が積み上げられてきた司法判断とは真っ向から対立するものであること等を厳しく指摘するものだった。そして、原爆症認定申請の却下処分を受けた多くの被爆者は、経済的な問題だけでなく肉体的にも精神的にも耐えがたい苦痛を被ってきたのであり、却下処分の取り消しだけで原告らの被害が補填されるものではないことが強調された。司法判断を無視し、いつまでも従来通りの主張に固執する国の姿勢は法治主義国家の根本を否定するものだと断罪し、国に抜本的な対策を促すためにも、国家賠償責任を命じることを強く期待するとして陳述は締め括られた。
 陳述を終えて、裁判長が弁論の終結を宣言し、判決を11月22日(金)午後1時10分から言い渡すと告げられた。半年以上先、やや先になってしまった感はぬぐえないが、裁判長が口にした「判決は一生懸命考えたい」の一言が印象に残った。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2019年 6月15日(土)14:00 大商連会館 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟全面勝利めざすつどい
2019年 7月24日(水)14:00 1007号 地裁第2民事部 Y・M、O・H、Y・Iさん最終意見陳述
2019年 7月25日(木)10:30 高裁82号 高裁第2民事部 苑田朔爾さん控訴審弁論
2019年10月11日(水) 11:00 1007号 地裁第2民事部 N・Kさん最終意見陳述
2019年11月22日(水) 13:10 1007号 地裁第2民事部 高橋、A・T、Ⅿ・Yさん判決
2019.05.29 Wed l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
意見陳述
原告ら訴訟代理人 弁護士 愛須勝也
第1 裁判所に求めるもの
 被爆者援護法が制定されておよそ四半世紀、被爆者の高齢化はさらに進行し、平均年齢は80歳を超え、法廷にすら立てない原告も増えています。また、加齢により記憶も減退、混乱し、証人等の証拠も散逸し、立証上も制約が拡大しています。少なくない原告が死亡し、遺族が訴訟を承継している現状です。

 被爆者の高齢化を背景に、2009(平成21)年8月6日、当時の麻生太郎内閣総理大臣兼自由民主党総裁と日本被爆者団体協議会(日本被団協)との間で、「原爆症認定集団訴訟の終結に関する基本方針に係る確認書」(いわゆる「8・6合意」)が取り交わされました。
 その中で、合意当時、原告ではない被爆者の認定問題については、「訴訟の場で争う必要のないよう」厚生労働大臣と被団協・原告団・弁護団との定期協議の場を通じて解決を図ることがうたわれました。
 しかしながら、8・6合意にもかかわらず、原爆症認定をめぐる実態は、入市被爆者の認定申請を一切認めず、積極的認定対象被爆とされる近距離被爆者の認定申請もごく一部しか認めないなど、悲惨な実態が続いていました。
 厚生労働大臣は2009(平成21)年6月22日に「新しい審査の方針」の改定を行い、2013(平成25)年12月16日にも再改定を行っていますが、それは蓄積された司法判断を無視する内容であり、現在においても実態は何ら変わっていません。
 さらに、国は、「8・6合意」の趣旨を踏みにじり、多くの事案で1審で敗訴しても控訴して争っています。
 その結果、命をかけて訴訟に立ち上がり、1審勝訴を勝ち取っての喜びもつかの間、控訴により、認定証を受け取ることなく死亡する原告もいます。
 裁判所におかれては、今一度、この被爆者援護法の趣旨に立ち返り、松谷訴訟最高裁判決以降築かれた司法判断の到達点を踏み外すこと無く、一刻も早く、唯一の被爆国の裁判所として被爆者救済の判決を下されることを切望するものです。

第2 本件訴訟の重大な意義
 1 「新しい審査の方針」の策定とその問題点
 先ほど述べたとおり、原爆症認定集団訴訟における相次ぐ国敗訴の判決を受けて策定された「新しい審査の方針」は、それまでの司法の到達点とは離れ、依然として問題を残すものでした。

 2 8・6合意後の実際の運用
 国は、8・6合意の締結時に、「19度にわたって、国の原爆症認定行政について厳しい司法判断が示されたことについて、国としてこれを厳粛に受け止め、この間、裁判が長期化し、被爆者の高齢化、病気の深刻化などによる被爆者の方々の筆舌に尽くしがたい苦しみや、集団訴訟に込められた原告の皆さんの心情に思いを致し、これを陳謝」し、一人でも多くの被爆者が迅速に認定されるよう努力する旨の内閣官房長官談話を発表しており、国に求められていたのは、「新しい審査の方針」の根本的再々改定と、司法と行政の乖離の解消でしたが、実態は、まさにその反対の惨憺たる状況となっていたのです。
それは、「新しい審査の方針」が再改定されても変わるどころか、司法判断に敢えて挑戦するかのような代物でした。
 新しい審査の方針の策定前も策定後も、司法判断は一貫しています。
 即ち、DS02等により算定される被曝線量は、あくまでも一応の目安にすぎず、被曝線量評価は被爆状況、被爆後の行動、活動内容、被爆後に生じた症状等に照らし、様々な形態での外部・内部被曝の可能性がないか否か十分に検討するべきというものであり、被爆地点の爆心地からの距離や、入市の時期や時間を形式的に当てはめて被爆線量評価をし、放射線起因性を機械的に判断することについて司法は断罪し続けてきたのです。
 ところが再改定後の新しい審査の方針は、原則認定・積極認定する疾病を限定的に列挙し、その要件も、被爆距離、入市時期、時間で機械的に選別するという再改定前の新しい審査の方針の根本的誤りをそのまま踏襲するものであるだけでなく、非がん疾患で積極認定とされていた疾病(心筋梗塞等)については、逆に積極認定の範囲を狭め、ますます司法判断から離れようとするものでした。被告の認定行政の違法性は、新しい審査の方針の再改定後、更に強まったといえます。

 3 以上のとおり、これまで厚生労働省の切捨政策に対する厳しい判決を連続して下されたにもかかわらず、厚生労働省は、その方針を変えようとしませんでした。
 このため、ここ大阪地裁だけでなく、東京、名古屋、岡山、広島、熊本、長崎などでも新しい「原爆症認定訴訟(ノーモア・ヒバクシャ訴訟)」が提起されたのです。本件事件もその一つです。
 このような状況において、貴裁判所には、集団訴訟の到達点、司法判断の到達点に挑戦し、公然と大量の被爆者切捨政策をごり押しする行政の姿勢を根本的に変えるために、被爆の実態を踏まえた「原爆症認定集団訴訟」の到達点に基づく判断をなし、違法な却下処分を早期に取り消すことはもちろん、ぜひとも、これについての国家賠償を命じられるよう、強く要望する次第です。

 4 本件事件において、認定申請の却下処分の取消しを求める原告Tさんは、心筋梗塞を申請疾病とする原告ですが、心筋梗塞や機序を同じくする慢性心不全(狭心症)を申請疾病とする東京地裁事件の原告である山本さんについて、2016(平成28)年6月29日東京地裁判決は放射線起因性を認定しました。国側は控訴しましたが、平成30年12月14日、控訴は棄却されて高裁判決が確定しています。
 原告の山本さんは、長崎原爆の爆心地から4.2kmの地点で直爆、8月13日に爆心地から500mまで入市した原告です。
また、2016(平成28)年10月27日、大阪地裁第7民事部で却下処分を取消す勝訴判決を受けた原告も、長崎の爆心地から3.1kmで被爆し、8月12日に爆心地から1.2kmまで入市した陳旧性心筋梗塞を申請疾病とする原告ですが、国が控訴することなく確定しています。

 5 これまでの原爆症認定裁判例においても、初期放射線、誘導放射線、放射性降下物の全てについて、被告の依拠する基準が過小評価になっていると厳しく指摘されています。そして、誘導放射線および放射性降下物については、外部被曝のみならず内部被曝による放射線被曝があることを正面から認め、被曝線量評価に当たっては、被曝後の行動や活動内容、被爆後に生じた症状等も考慮し、あらゆる外部被曝及び内部被曝の可能性を検討すべきであるとしています。これは、被曝の実態とも合致するものです。
 また、心筋梗塞は,冠動脈の閉塞または高度の狭窄により血行障害をきたし,心筋虚血が一定時間持続した結果,心筋細胞が壊死に陥った状態をいい、冠動脈の動脈硬化を主原因とする疾患ですが、「放影研」による大規模かつ長期間の追跡調査によって,放射線量と循環器疾患全体の死亡率,さらには脳卒中や心疾患の死亡率,代表的な動脈硬化性の循環器疾患である心筋梗塞の発症率との有意な関係が疫学的に明らかになってきています。さらに,原爆放射線の被曝によって動脈硬化性の心・血管疾患である心筋梗塞の発症が促進される機序も科学的に解明されつつあります。

第3 ぜひとも国家賠償を命じる判決を
 1 被爆者は、原爆投下によって蒙った物質・人的な被害に加え、被爆後長期にわたり、多かれ少なかれさまざまな健康被害に悩まされ続けてきました。原告らも、一生涯を通して多種多様な病気に苦しめられてきました。
 被爆者が、病気に苦しみ、精神的にも打撃を受けながら、専門の医師の診断及び意見書を添えて原爆症の認定を申請すれば、厚生労働大臣は必ずや援護法の前文に書かれていることを誠実に実行してくれると信じて、国が自分の病気を原爆症と認め、医療特別手当を支給してくれるものと期待するのは当然です。
 被爆者にとって自分の病気が国によって原爆症と認められることは、医療特別手当の支給という金銭的なものを超えた、いわば被爆者としての証であり、病気と闘うための最後の救いであることも、合わせて理解する必要があります。
 そうした被爆者の確信と期待が踏みにじられ、厚生労働大臣からの1片の書面によって却下通知を受けたときの被爆者の落胆と怒り、それによる精神的・肉体的なダメージは、病気を宣告されたときと同じか、それ以上であるというのが実態です。
 却下処分を受けた多くの被爆者が、それは被爆者として苦しい中生きてきた自分の一生をまるで否定されたように感じであったと、そのときの思いを語っています。このことからも、厚生労働大臣の却下処分がいかに被爆者に強烈な精神的苦痛を与えたかを理解することができると思います。

 精神的な怒りや経済的な不安が、肉体にも影響を及ぼすことは言うまでもありません。そのために病気を悪化させ、寿命を縮めるものもあり、その損害は、医療特別手当を過去に遡って支給されれば回復されるというものではありません。
 ましてや、原告らはそうした精神的・経済的・肉体的な障害を乗り越えて、厚生労働大臣の却下処分が間違っていたとして、その取り消しを求めて、長い時間をかけて裁判を闘ってきたのです。却下処分の取消のみでは原告らの被害が補填されるものでは決してないことを十分理解して下さい。

 2 この間、2000年(平成12年)7月18日松谷最高裁判決を始め、多くの裁判所で厚生労働大臣の却下処分の誤りが繰り返し指摘されている状況のもと、厚生労働大臣がそれら司法判断を無視し、なんら反省することなく、従前からの主張に固執し、無駄な訴訟活動をすること自体、法治主義国家の根本を否定するものであり、厚生労働大臣の故意といっても過言ではない注意義務違反により、被爆者にどれだけの悲しみや理不尽な思いを抱かせたか、その精神的苦痛は計り知れないものがあります。
 想像を絶する体験をした被爆者の苦悩を少しでも救済し、また、最高裁判決が明示した原爆症認定の運用のあり方を無視する被告に抜本的な対策を促すためにも、正義に従い、国家賠償責任を命じることを期待します。
以上

 

2019.05.23 Thu l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
 大阪地方裁判所第7民事部は、本日、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟において、原告2名のうち、1名について原爆症認定施陰性却下処分を取り消すという判決を言い渡しました。
 勝訴した原告の申請疾病は、「慢性腎不全」(IgA腎症)について、原爆症認定申請の却下処分の取消しを命じる原告勝訴の判決を言い渡しました。
 慢性肝炎、糖尿病を申請疾病とする原告の訴えは却下しました。

藤原団長_convert_20190523191938

判決前集会であいさつする藤原精吾弁護団長。

入廷行動_convert_20190523192204

判決前、裁判所への入廷行動。

豊島弁護士_convert_20190523192349

判決報告集会で報告する豊島達哉弁護士。

久米弁護士_convert_20190523192318

判決内容について報告する久米弘子弁護士。

花束贈呈_convert_20190523192413

判決報告集会で、敗訴原告を含めて花束贈呈。
勝訴原告は病気のため、判決も聞けない。
代わりに、喜久山弁護士が花束を受け取る。

記者会見_convert_20190523192444

 判決後、裁判所の司法記者クラブで記者会見する弁護団。
 尾藤廣喜幹事長、諸富健弁護士、和田信也弁護士、中道滋弁護士。

 以下は、判決を受けての弁護団、支援ネットワーク、原告団の声明。


2019年5月23日

ノーモア・ヒバクシャ訴訟大阪地裁判決についての声明
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿原告団・全国弁護団
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿弁護団・全国弁護団連絡会
ノーモア・ヒバクシャ訴訟支援近畿ネットワーク

 本日、大阪地方裁判所第7民事部(松永栄治裁判長)は、原告2名のうち1名について原爆症認定申請の却下処分を取り消す判決を下した。
 本訴訟は2013年12月16日に改定した「新しい審査の方針」によって、原告らの原爆症認定申請を認めないとした国(厚労大臣)の処分を争った事案である。
 今日の判決はこの「新しい審査の方針」が定めた原爆症認定基準が誤りであることを再度明確にしたものである。このことは、被爆者が原爆症認定を受けるためには裁判を起こさなければならないという異常な事態がなお、続いているということを示すものである。
 判決は、初期放射線による外部被曝だけでなく、残留放射線、すなわち、誘導放射線や放射性降下物が放出する放射線による外部被曝及び内部被曝の可能性も考慮に入れ、当該被爆者の被爆状況、被爆後の行動・活動内容、被爆後に生じた症状等に照らし、当該被爆者が健康に影響を及ぼすような相当程度の被曝をしたと認められるかどうかを個別具体的に検討する必要があるとした。
 そして、慢性腎不全(IgA腎症)を申請疾病とした原告について、判決は、慢性腎不全と原爆放射線との間には、低線量被曝の場合も含め、一般的な関連性があると認め、さらに、IgA腎症についても、同様に関連性を認め、原告に対する却下処分を取り消した。
 他方、慢性肝炎及び糖尿病を申請疾病とした原告について、判決は、糖尿病と原爆放射線被曝との関連性については、一般的に消極に解されるが、特定の遺伝子を有している者については、これを肯定する余地があるとしたものの、当該原告については、特定の遺伝子を有していないとして、放射線起因性を否定した。また、肝機能障害については、その原因が軽度のNAFLD(脂肪肝)によるものとし、放射線起因性を否定した。
 本日判決のあった原告は、いずれも75歳をこえ、うち勝訴した原告は、体調不良のため本日出頭することもできなかった。このように原告が高齢化する中で、本日の取消判決に対して国が控訴してさらに裁判を強いることは人道上も絶対に許されない。
 本日の判決は、新しい審査の方針で、積極認定の対象とされていないIgA腎症を含む慢性腎不全について、放射線起因性を一般的に認め、また、明確に(放射線起因性の)機序が解明されていない限り、関連性は認められないとする国の主張を独自の見解として退けた点は、高く評価されるべきである。他方、慢性肝炎を申請疾病とする原告につき、その肝機能障害の放射線起因性を否定したことは、到底容認することができない。
 国は破綻した原爆症認定制度の運用にしがみついている。国は被爆者の実態を無視した態度を早急に改め、核兵器の非人道性の生き証人である被爆者の立場に立った原爆症認定行政に根本的に転換すべきである。
 判決にあたり、ノーモア・ヒバクシャ訴訟原告団、全国の被爆者、弁護団は、国及び厚生労働省に対して、以下のことを求める。

1 「新しい審査の方針」の誤りを認め、これを変更し、全原告を救済すること
2 被爆者が「裁判をする必要がないように」被爆者援護法と原爆症認定の在り方を抜本的に改め、被爆者の命あるうちに問題を 解決すること
3 唯一の原爆被爆国として核兵器の非人道性を国際世論に訴え、核兵器禁止条約に加
 入し、核兵器廃絶国際運動の先頭に立つこと
以上




2019.05.23 Thu l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(71)
2月28日(金)、第7民事部の二人の原告に判決言い渡し
国の認定基準の誤りを明確にして一人の原告が勝訴!
しかし一人の原告には詳細な被爆状況の立証を課して不当判決!
2019年3月2日(土)

 2019年2月28日(木)、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟第7民事部(松永栄治裁判長)の2人の原告の判決言い渡しの日を迎えた。一人はK・Sさん(男性、92歳、京都市在住、18歳の時8月6日に広島入市、申請疾病は狭心症)、もう一人は苑田朔爾さん(77歳、神戸市在住、3歳の時長崎の爆心地から4.2㌔で直接被爆、15日に爆心地まで入市、申請疾病は前立腺がん)。昼過ぎの12時20分、裁判所前の西天満若松浜公園に集合して冷たい雨の中短時間の判決前集会を開催。その後入廷行進していつもの806号法廷に向かった。K・Sさんは体調がとても悪くて今回も出廷は叶わなかった。苑田さんも現在長崎の病院に入院中だが、今日だけはと病身をおして朝早くから大阪に向かい、判決前集会から姿を見せられた。

事前集会_convert_20190317111218

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 第7民事部は昨年4月から今の松永裁判長に裁判体が変わり、松永裁判長の下で迎える初めての判決だ。
 K・Sさんは8月6日広島に原爆が投下されたその日に軍隊命令で入市、翌日から原爆ドーム付近など爆心地そのもので1週間近くも救援活動に当たった。申請疾病の狭心症は、昨年1月23日、同じ第7民事部で宮本義光さんが「完勝」と言われたほどの勝訴判決を受け、国は控訴もできなかった。昨年12月14日には東京高裁で山本英典さんが同じく狭心症の勝訴判決を受け確定している。もはや狭心症については司法判断も揺るがないのではないか、と思う。苑田さんは申請疾病は前立腺がんだが、直爆が4.2㌔、入市が6日後の8月15日と国が勝手に決めた積極的認定基準の線引きから外れる。そのため昨年の医師証人尋問では特に残留放射線の危険性、内部被ばくの重大なリスクが詳細に証言され、徹底して主張された。最終意見陳述では原爆投下直後の広島・長崎の惨状を絵や写真をスライドにして映し出し、苑田さんらの被った被害状況をリアルに再現して見せるなどの努力も行われた。
 負けるはずがない、二人とも必ず勝訴だと確信をもって開廷を待った。

旗出し_convert_20190317111600

 午後1時10分開廷。裁判長からただちに主文が読み上げられた。最初のK・Sさんについては「認定申請の却下処分を取り消す」とはっきりと聞きとれた。勝訴だ。続いて苑田さんもと期待して待ったが、しかし「却下処分を取り消す」の言葉は続かなかった。傍聴席の私たちには「請求を棄却する」ともはっきりとは聞きとれなかったのだが、どうも認められなかったようだ、の感触だけが伝わってきた。
 なんでや???の思いを抱きながら法廷を出て、正門前の旗出し場面に足を運んだ。久米弘子弁護士、喜久山大貴弁護士によって掲げられた旗出しは「勝訴」と「厚労省は原爆症認定制度を改めよ」。K・Sさんは勝訴だから「勝訴」の旗出し。しかし「全面勝訴」とはならなかった。旗出しと共に挙げるシュプレヒコールも満面の笑みを伴ってとはならず、複雑な思いを噛みしめながらの唱和となってしまった。

愛須_convert_20190317112358

 近くの中之島中央公会堂会議室に会場を移して午後2時から報告集会が始められた。判決文の分析途中から会場にかけつけた愛須勝也弁護団事務局長によってまず、判決内容についての報告が以下のように行われた。
 K・Sさんは8月6日の夜に広島入市、翌日から爆心地周辺で1週間救護に当たり非常に濃厚な被ばくをしたことは明らかだった。もしこれで認定されなければ入市被爆者や救護被爆者は一人も認定されないことになってしまう。申請疾病の狭心症についても国の主張はすべて退けられて放射線起因性が認められた。国は狭心症についてはこれまで徹底して争う姿勢をとってきて、最近は同じ狭心症でも安定狭心症と不安定狭心症とがあるなどとして、安定狭心症には放射線被ばくとの関連性はないと主張していた。K・Sさんは医師意見書で安定狭心症の方だとされていた。しかし判決はそもそも狭心症を安定狭心症と不安定狭心症とに区別すること自体に意味がないとして国の主張を退けた。したがって狭心症も心筋梗塞と同じ機序で発症するのであり、積極的認定疾病と同じように扱うべきだとの判決だった。脂質異常症や高血糖、加齢といった他原因も国は主張していたが、これらもすべて排斥された。12月の東京高裁判決に対して国は上告もできなかった。狭心症についてはもう争いようがない。国の認定基準を変えざるを得ない=狭心症も積極的認定疾病の範囲に加えなければならない、そのような積極的側面をもった判決だった。
 一方の苑田さんに対する判決では、一般論としての残留放射線や内部被ばくの健康障害に及ぶ機序、影響、可能性は認めた。しかし苑田さんの被爆状況は、4.2㌔の距離での直接被爆であり、6日後の8月15日に爆心地を2時間程度通過したに過ぎないとされ、初期放射線による被ばく線量は無視しうる程度に僅少、残留放射線による被ばく影響は限定的なものに止まるとされた。健康影響を及ぼすほどの相当程度の被ばくをしたと認めるにはなお合理的な疑いが残るという判決だ。苑田さんは3歳の時の被爆だから当然本人の記憶はない。急性症状も母親から聞いたものだ。被爆した後の行動についても詳細な供述、証言はできない。より高線量の放射線を浴びたという事実認定はできないから認められないというわけだが、とても納得できる判決ではない。従来の判決では多少立証の不十分さを残すことはあっても勝つことはできていた。しかし今回はそうはならなかった。あらためて今回の判決の詳細な分析が必要となっている。
 安倍首相は先日の国会答弁で原爆症認定制度・基準を変えるつもりはなく、裁判の判決にはきちんと対応していくと強弁した。あくまで訴訟を前提とした考え方だ。裁判できる人は認定され、できない人は泣き寝入りするしかない不公平行政を常態化させるものだ。被爆者の高齢化の進行は被爆状況の証明・証言をますます難しくしていく。認定申請したくてもできない人が増えていく。こうした認定制度の現状を改革していくために、今回の判決もこのまま終わらすわけにはいかない。控訴して、高裁で何としてもひっくり返していこう。勝訴したK・Sさんは92歳の高齢だ。国に対しては控訴するなと働きかけ、今日の判決を確定していくことが必要だ。

和田_convert_20190317112107

 愛須弁護士の説明の後で原告団・弁護団・支援ネットワーク連名の声明が紹介され、和田信也弁護士によって読み上げられた。内容の多くは愛須弁護士の説明と重なるが、原告2名の内1名が敗訴という判決ではあっても全体としては被爆者の実態に即して原爆症認定行政を進めるべきことを示した判決で、有意義なものであると強調された。そして、国に対して3つのことを求めた。①国は「新しい審査の方針」の誤りを認めて、変更し、全原告を救済すること、②被爆者援護法と原爆症認定の在り方の抜本的改革をすること、③核兵器禁止条約に加入して、核兵器廃絶国際運動の先頭に立つこと。

苑田_convert_20190317112219

 記者会見などを終えて途中からに報告集会に参加してきた弁護士、原告の苑田さんから挨拶と報告が行われた。苑田さんを担当してきた中道滋弁護士からは残念で悔しい、という思いと共に控訴審に向けて何としても頑張りたいとの決意が表明された。今朝長崎から駆け付けた原告の苑田さんは、判決を聞いてから気落ちはしているが、しかしこのまま引き下がったのでは国の思う壺だ、また気を取り直して頑張っていきたい、アグレッシブルに、ポジプティブに、と自身を奮い立たせるような心情が述べられた。とても気丈で、法廷で証言された時と同じように力強い声だった。聞いている私たちの方が反対に励まされるような挨拶だった。

中道_convert_20190317112144


藤原_convert_20190317112539

 藤原清吾弁護団長からあらためて報告とこれからに向けて提起が行われた。今回の判決は、基本的にはこれまで国がやってきたことを退ける判決だった。安倍首相が現行認定基準は最新のものだなどと言ったりしているが、裁判所はそれを退け、行政は間違っていると判断した。認定制度の改革が必要なことはさらに明らかとなった。
苑田さんの敗訴は被爆の事実について細かい証拠がないからというのが理由だが、これについては、そもそも被爆者に細かな証明を求めること自体が不当なことなのだとしっかり批判、反論しなければならない。この点は今後の大きな争点にしていきたい。私たちは裁判官にもう少しプレッシャーをかけていくことが必要だ。被爆者援護法に基づいて如何にして被爆者を援護していくのか、大きな視点から被爆者に向き合う姿勢を持つよう裁判官に求めていきたい。

花束_convert_20190317112436

 今日の判決の教訓をしっかりと受け止めて、不当な判決は絶対に許さない闘いをすすめていこう。余命も少なくなりつつある被爆者が今もって裁判に訴えている現状を多くの人々にも訴えて、社会的な世論もあらためて盛り上げていこう。
支援ネットワークや報告集会参加者から苑田さんに花束が贈呈され、ねぎらいと激励の拍手が贈られた。今日出廷できなかったK・Sさんには、代理人として久米弁護士に花束が手渡された。K・Sさん宅には判決後すぐに勝訴の知らせが届けられていて、ご家族の喜びの声も紹介された。花束は翌日の3月1日(金)、K・Sさんの自宅に届けられている。

尾藤_convert_20190317112626

 最後に尾藤廣喜弁護団幹事長から報告集会のまとめと閉会の挨拶が行われた。この中で特に二つのことが強調された。一つは、国の主張は最近他原因に重きを置くようになっているが、この点について判決は、他原因の要素は極めて限られたもので、放射線の原因こそが基本であることを示した。また他原因と放射線被ばくとが相まって病気が発症した場合であっても原爆症と認めるべきだとした。厚労省のとっている態度、基準は明確に否定されたのだ。一日も早く認定制度を変えなければならない。もう一つは記者会見の席上で、国家賠償が認められないことについてどう思うかと質問された。私は同感だと思った。国はこれだけ裁判で負け続けながら認定基準をあらためず、意図的に切り捨て政策をとり続けている。裁判所はもっと強く認定制度をあらためるよう国に言うべきで、そのためには損害賠償を認めることが重要ではないかと思う。そのように記者には回答した。
被爆者に立証不可能なことを強いるような判決は変えていかなければならない。そのための努力をもっとしていく必要がある。さらに運動を続けていこう。

 午後3時30分に報告集会を終了し、解散となった。朝からの雨は上がっていた。
 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟はこれから最終意見陳述・結審、そして判決言い渡しと、おそらく年内いっぱいまで重要な法廷が続いていく。気を緩めず、今日の判決も重要な教訓として、須頑張っていきたい。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2019年4月26日(金)13:10 1007号 地裁第⒉民事部 N・Kさん本人尋問・医師証人尋問
2019年5月15日(水)11:00 1007号 地裁第2民事部 淡路・高橋・M・Yさん最終意見陳述
2019年5月23日(木)13:10 806号 地裁第7民事部 T・Iさん、W・Hさんに判決
2019年6月15日(土)14:00 大商連会館 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟全面勝利めざすつどい
2019年7月24日(水)14:00 1007号 地裁第2民事部 Y・M、O・H、Y・Iさん最終意見陳述
2019.03.17 Sun l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top