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被爆二世の
ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(77)
11月22日地裁第2民事部
原爆症認定訴訟が切り開いてきた歴史と到達点に真っ向から逆行する異常な判決!
こんなものに屈することなく前を向いて闘い続けていこう!
2019年11月25日(月)


 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の尾藤廣喜弁護士(弁護団幹事長)の弁を借りれば、「京都・小西訴訟以来30年以上原爆症認定訴訟に携わってきたが、その中で率直に言って最も悪い判決」、というとんでもない判決が、11月22日(金)大阪地裁第2民事部(三輪方大裁判長)で出されてしまった。

 原爆症認定と国家賠償を求めて大阪地裁で争っている原告は第2民事部の7人。そのうちの3人が11月22日(金)、判決言い渡しの日を迎えた。原告の一人は高橋一有さん(78歳、兵庫県三木市)。4歳の時、8月12日に長崎の爆心地から1.1㌔まで入市、心筋梗塞を発症して2011年に認定申請、2013年年1月に提訴。申請から8年、提訴以来ほぼ7年を要して今日の日を迎えた。あとの二人、A・Tさん (77歳・女性、大阪府河内長野市)とM・Yさん(故人・男性、滋賀県)はすでに自庁取り消しで原爆症認定を受けていたが、国家賠償を求めて裁判を続けてきた原告だ。
 判決を下す三輪裁判長は2017年春から第2民事部の担当をしてきた。この2年半、第2民事部は原告数が多かったこともあり12回もの弁論期日を重ねた。私たちもその都度この裁判長と向き合ってきた。そして今回、三輪裁判長が下す初めての判決。どんな人なのか、どういう傾向の人なのか、私たちは知る由もない。ただ、今年5月15日の結審の時には、判決言い渡しが半年も先になることをやや釈明するかのような感じで、あえて「判決は一生懸命考えたい」と最後に一言添えられたのが何故か印象に残っていた。

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 いつものように裁判所前の若松浜公園で判決前集会を行い、入廷行進をして1007号法廷に入った。午後1時10分開廷。主文の読み上げには原告名がなく事件番号だけ。傍聴席の私たちには誰についての判決なのか分からない。しかし、いずれも「棄却する」の言葉だけは明瞭に響いてきて、全員、認められなかったことはすぐに分かった。なんという判決だ!腹立たしくなって席を蹴って退席しようとした時、裁判長が判決の理由を口頭で述べると言い出した。ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟では珍しいことだ。
 口頭なので、詳細で正確なところは分かりかねたが、「一般的には外部被ばく、内部被ばくの影響は肯定されるものの、それ以上に進んで、原告の放射線被曝量がどの程度か具体的・定量的に認めることはできない」、「原告の申請疾病(心筋梗塞)の発症は56歳であり、脂質異常症、高血圧症、加齢が原因となった発症とみても不自然、不合理ではない」等々の言葉が並んだ。原告の浴びた被ばく線量まで具体的な数字で示されたように思う。原告は被ばく線量を具体的に示さなければならない、他原因があればそちらが重視される・・・まるで国の主張をそのまま受け入れた、なぞったような判決理由ではないか。半年もかけてこんな判決を準備してきたのか、と落胆と憤怒の入り混じった気持ちを抱きながら、裁判所前の旗出し集会へ、そして報告集会会場の北浜ビジネス会館へと足を運んだ。旗出しは「不当判決」の4文字。これだけの旗出しは近畿訴訟では初めてのことになった。

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 重い雰囲気の中、午後2時から報告集会。まず愛須勝也弁護団事務局長から今回の判決をめぐる状況と結果について怒りの報告が行われた。要旨は以下の通り。

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 大変残念な結果となった。今回の裁判長については、これまでの他の裁判の判決状況などから警戒感をもってはいたがこんなことになるとは。
 原告の高橋さんの申請疾病は心筋梗塞。積極的認定範囲とする翌日までの入市、爆心地から1㌔以内入市という基準からは少しずれるが、同じ近畿訴訟でも同様の被ばく状況で心筋梗塞を原爆症と認定された判決実績がある。それは心筋梗塞発症にはしきい値はない、線量基準はないのだと明瞭に判断されたものだった。今度の高橋さんの判決でそのことをより確固としたものにしていく、高橋さんで勝てなければ認定される人はいないことになる、そういう位置づけでのぞんできた裁判だった。
 しかし、判決は国の主張をそのままなぞるようなものだった。冒頭から高橋さんの被爆の程度について論じ、国の主張する今中論文に依拠すれば高橋さんの被ばく量は0.0014グレイだとそのまま述べ、そればかりか裁判所自らがわざわざ入市状況の係数などを計算して実際の被ばく量は0.000056グレイになると示した。残留放射線、内部被ばくはまったく無視してよいとし、高橋さんの浴びた被ばく線量は非常に低いのだと断定。「誘導放射化物質及び放射性降下物から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝を受けた可能性があるということができるものの、それ以上に進んで、その放射線被曝量がどの程度かを具体的・定量的に認めることはできないといわざるを得ない」というのがこの部分の結論だ。言葉を変えれば、原爆症と認定するには根拠のある具体的な被曝線量を立証しろ、と言うことだ。一体、被爆者援護法の国家補償的性格をどう見ているのか、原爆症認定訴訟の歴史で積み重ねられてきた判決実績をこの裁判長はどう受け止めているのか、まったく理解していないのではないかと言わざるを得ない。そんなものは一切無視して、普通の民事訴訟と同じ論理で判決されてしまっている。
高橋さんの心筋梗塞発症の危険因子は上げれば山ほどある。高脂血症も高血圧も、そして加齢も。今回の判決は、放射線の影響は否定できないものの、その程度は立証できない、そして他原因も高いので認定申請を棄却するというもの。原爆症認定訴訟で積み上げられてきた成果を根本からひっくりかえす結論であって、これまでの判決の到達点に照らしても到底認めるわけにはいかない。
 原爆症認定訴訟において国家賠償請求が認められた例は過去2件しかなく、実際には難しいことになっている。それでもA・Tさんの場合は、平成7年と平成20年と2度にわたって同じ疾病の申請が却下処分され、行政処分のひどい実態が明らかになっていた。それに加えてさらに、国は遂にはA・Tさんの疾病を認めざるを得なくなり平成29年に自庁取り消しを行ったが、謝罪の一言もなく認定通知を送り付けただけだった。こんなひどいやり方はない。当然国家賠償するに値するとして請求を続けてきた。
これに対して判決は、「認定申請についての審査会の意見に従って却下処分した場合は、特段の理由がない限り、違法の評価は受けないと」とした。審査会の答申通りやっているのだから行政(厚労大臣)には問題はないというわけだ。これも認定行政の実態をまったく無視したとんでもない判決理由だ。
 このような判断枠組みでいくと、今後も続く裁判の原告は誰も認められなくなってしまう。実際に第2民事部は年明けの1月、それから4月と、同じ裁判長の下での判決が続く。何とか克服していかなければならない。
名古屋、広島、福岡の各高裁から上告された3件の訴訟は最高裁で受理され、年明け1月に弁論が開かれることになった。2003年以来の集団訴訟と運動によって原爆症認定制度は被爆の実態に基づきながら拡大を勝ち取ってきた。そのことを最高裁にも社会的にもしっかりと訴えていく機会にしなければならない。原爆症認定訴訟の終局的な解決に向かっていく今、そういう状況だからこそ今回の判決は控訴して、高裁で絶対にひっくり返すことが必要だ。
今日の判決言い渡しにはA・Tさんと高橋さんの二人の原告が出廷し、自身で直接判決を聞くことになった。A・Tさんは体調不良をおしての出廷だった。高橋さんも体調が十分ではない中、自宅の兵庫県三木市を早朝に発って駆けつけられた。高橋さんの場合、ご家族が高橋さんの健康を心配して裁判には反対だった。それでも高橋さんは、自分のような被爆者が原爆症に認められないような事態を放置しておくことはできない。自分のためだけではない、多くの被爆者のための裁判なのだと、氏名も公然と明らかにし、周囲からいろいろ言われるようなこともこあったようだが、すべてを乗り越えて今日まで訴えてこられた。
こうした被爆者の思いに裁判長は向き合おうとしなかった。被爆者一人ひとりの思いがここまでの裁判の到達点になっていることをまったく理解していない、理解しようとしなかった。私たちはこうした被爆者の姿を裁判長に見せられていなかったのだといわざるを得ない。

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 かって、文字通りの集団訴訟を闘っていた頃は、難しい症例の原告があっても集団訴訟の中で一緒に乗り超えてきた。今は一つひとつの裁判が1人から2人の少ない原告での闘いになっている。普通の民事訴訟のように、具体的な症状についてより緻密な審理が行われ、本来の訴訟の趣旨から外れていきおい医学的な分析などにはしりがちだ。
この事態をなんとか克服していかなければならない。今、原爆症認定訴訟は本当に山場、踏ん張りどころとなっている。こんなところで止まっていたら、今まで何年も何をしてきたのかということになってしまう。

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 判決の分析、判決に対する声明の作成、そして記者会見を終えて弁護団の人々も報告集会に駆けつけてきた。まず、代理人として高橋さんを担当してきた小瀧悦子弁護士から原告団・弁護団・支援ネットワーク連名の声明について説明と報告が行われた。予想もしなかった判決結果、しかもあまりにもひどい内容であったため声明について検討し作成するのも随分時間がかかったようだ。声明は、被ばく線量の確定という不可能なことの立証を原告に求めた問題、高脂血症や高血圧など他原因自体が放射線被ばくによるという知見が確立していることを無視した問題、そして行政のやり方を追認しただけの国家賠償請求棄却の問題等にまとめられ、強い抗議と国及び厚生労働省に対する3点の要求を示した。

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 次いで尾藤弁護士から記者会見の状況なども含めて以下の報告が行われた。
会見では、これほど線量にこだわった判決がこれまでにあったのかとか、高橋さんのような入市日で認定されたことはあるのか、等々相当に詳細な質問が相次いだ。
 私はこれまでで最も悪い判決であることを強調した。その理由の第一は、原告である被爆者に被ばく線量の確定を求めていること。被爆当時どこをどう歩いたかも分からない人に対して、どのような放射線をいくら浴びたのか立証しなさいと言っているわけで、およそ不可能なことを強いている。それに答えられないと認められないというのであれば、認められる人は一人もいなくなる。すでに自庁取り消しによって認定されている二人の原告だって、被ばく線量の確定を求められていたら棄却されていたことになる。今の厚労省の基準よりもとっと厳しいことを求めたのがこの判決だ。
 もう一つは、他原因について。脂質異常症、高血圧、加齢、こういうものが申請疾病の発症に一定程度要素としてあると立証されれば、原爆症は認められないとしたこと。これまで積み重ねられてきた判決の考え方は、申請疾病に放射線起因性が一応認められれば、他原因があったとしても、他原因がもっぱらの原因として立証されない限り、原爆症を認めるとしてきた。まったく逆転した反対の考え方だ。
 今回の判決は、原爆症認定訴訟の歴史で積み重ねられてきた考え方をまったく踏み外した、特異な判決と言わざるを得ない。こんなことに屈することなく頑張っていこう。

 報告集会参加者からも、判決に対する率直な感想、意見、これからさらに頑張っていこうという発言が様々になされた。このノーモア・ヒバクシャ訴訟、狭い範囲での裁判運動に止めてはならない。原爆投下によってどれだけの被害が起きたのか、原告となっている被爆者個人の健康問題に狭めるのではなく、被害の実態をもっと掘り起こしながら大きな世論作りをめざしながら進めていく必要がある。同様に、核兵器廃絶をめざす運動、憲法9条の改悪を許さず平和を守り抜くとりくみと共に、その中で、そうした運動に支えられたノーモア・ヒバクシャ訴訟にしていこう。11月11日に「公正な判決を求める署名」を第2民事部に提出したがその数は千にも満たない688筆だった。率直に言って私たちの支援運動も決して十分なものとは言えなかった。どのような裁判長の下であっても幅広い世論に押された、そのことが具体的に示される支援運動にしていく必要がある、といった内容であった。

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 最後に藤原精吾弁護団長から今日の日のまとめと、これからさらに頑張っていこうというよびかけが以下のように行われた。
今日の判決がどのようなものであろうと、私たちのめざすべき目標はハッキリしていて、それを目指して歩まなければならない。その一つは、国が起こした戦争によって、原爆が投下され、それによってもたらされた過酷な運命を被爆者は何十年も生きてこざるを得なかった。それに対して国は責任を取らなければならない。被団協は命の保障、暮らしの保障、平和の保障と3つの保障を求めているが、被爆者援護法はその保障の中の一部でしかない。法の下での裁判なので今私たちは放射線被ばくに限ってしか要求できていないが、本来被爆者は現行法=被爆者援護法の抜本的改定を求めてきた。その中で裁判は勝利を重ね、認定制度を少しずつ拡大してきた。裁判官の当たりはずれはある、心得の悪い裁判官はいる、それは裁判だからしようがない。しかし私たちはそれにくじけるわけにはいかない。

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 明日(11月23日)ローマ法王が来日する。被爆者を励まし、被爆者と同じ気持ちで核兵器を止めなさいと言い、日本政府にもそのことを示しに来る。私たちは法王の来日をそのように受け止めたい。
近畿訴訟でこれから予定されている判決は同じ第2民事部であり、厳しいことは予想せざるを得ない。しかしたとえ不当判決が出ても私たちの歩む道は変わらない。被爆者に対する責任を果たさせること、核兵器をなくすこと、この二つ目標に向かって歩み続けよう。
 12月に何度目かとなる厚労相との定期協議が行われることになった。大臣が官僚答弁を読み上げるだけの何にもならない協議はもうやめて、今回は私たちの側が言いたいことを言えるスタイルの協議会にしようと話し合っている。
年明け1月21日には最高裁で弁論が開かれることになった。原爆症認定訴訟で最高裁の口頭弁論が行われるのは初めてのことだが、だからと言っていい判決が期待できるわけではない。最高裁が何を言おうが、口頭弁論の開かれる機会に、私たちの訴えを広く社会に知ってもらう、そういうチャンスにしなければならない。最高裁での弁論機会というチャンスを生かして、被爆者の実態、国の政策の誤りを明らかにし、メディアには全国に広めてもらう。広範な人々に、この問題についての認識をもう一度持ってもらう、そういう活動をしていきたい。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟もまだまだ終点に行き着かない。これからまだしばらく闘う必要があるが、目標はハッキリしている。みんなで共通の目標に向かって前進していきたい。

 原告のA・Tさんは体調を考慮して報告集会には参加できなかったが、高橋一有さんは集会の最後まで参加され、みんなと共にあった。「判決後の弁護士のみなさんの検討会議に参加していて、私どものためにここまで一生懸命やっていただいているのかと感動した。体が悪いとかしんどいとか言っておられないと強く思った。ここまで来たら、最後の最後まで頑張ります」と力強い決意が述べられた。
 報告集会参加者と支援を続けてきた人々全員から、高橋さんへの労いと激励の思いを込めた花束が贈られて、報告集会を閉じることになった。



ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2019年12月24日(火)13:10 控訴審・高裁第6民事部 81号  T・Iさん弁論
2020年 1月29日(水)14:30 控訴審・高裁第2民事富 82号 苑田さん最終弁論
2020年 1月31日(金)13:10 地裁第2民事部 1007号法廷
Y・Mさん、O・Hさん、Y・Iさん判決言い渡し
 2020年 2月28日(金)13:30 控訴審・高裁第6民事部 81号  T・Iさん弁論
 2020年 4月10日(金)14:00 地裁第2民事部 1007号法廷  N・Kさん判決
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2019.11.30 Sat l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top




2019年11月22日
ノーモア・ヒバクシャ訴訟大阪地裁判決についての声明
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿原告団・全国弁護団
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿弁護団・全国弁護団連絡会
ノーモア・ヒバクシャ訴訟支援近畿ネットワーク

 本日、大阪地方裁判所第2民事部(三輪方大裁判長)は、原告3名のうち原爆症認定申請の却下処分の取り消しを求めた1名、提訴後、却下処分が取り消されたため、国家賠償請求のみを争った2名、併せて3名の原告らの請求をいずれも棄却する不当判決を下した。

 判決は、理由として「その放射線被曝量がどの程度かを具体的・定量的に認めることはできない」として、これまでの判決では全く要件としていなかった放射線被曝線量の具体的・定量的な確定を求めている。しかしながら、当時の状況から見てこのような被曝線量の確定は不可能である。
 また、申請疾病の危険因子として、脂質異常症、高血圧症及び加齢の存在を挙げて、これらの危険因子が重畳的に作用して申請疾病が発症したと考えても何ら不自然・不合理ではないとした。そして、放射線被曝と脂質異常症及び高血圧との関連性を直ちに否定することはできないとしながらも、放射線起因性について「通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる程度の高度の蓋然性が証明されたものと認めることはできない」としている。

 これらの考え方は、原爆症認定訴訟における長崎原爆松谷訴訟最高裁判決とこれまで集積した集団訴訟の司法判断に真っ向から反する。

 また、国家賠償請求を行った2名の請求を棄却した理由について、第1に原爆症認定申請について審査会の意見に従って却下処分をした場合は、特段の理由がない限り、違法の評価を受けないとした。そして、第2に原爆症認定の審査について長期間を要したとは言えないとした。
 しかし、原告らの中には認定申請してから10年以上経過した者もいるのであり、判決の判断は、明らかに誤っているというべきである。

 また、国家補償的観点から制度化された原爆症認定制度の趣旨について根本的理解に欠けたものと言わざるを得ず、到底容認できない。

 国及び厚生労働省に対して、ノーモア・ヒバクシャ訴訟原告団、全国の被爆者、弁護団は、以下のことを求める。
1 「新しい審査の方針」の誤りを認め、これを変更し、全原告を救済すること
2 被爆者が「裁判をする必要がないように」被爆者援護法と原爆症認定の在り方を抜本的に改め、被爆者の命あるうちに問題を 解決すること
3 唯一の原爆被爆国として核兵器の非人道性を国際世論に訴え、核兵器禁止条約に加
 入し、核兵器廃絶国際運動の先頭に立つこと
以上

2019.11.22 Fri l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(76)
地裁第2民事部の原告7人全員の判決言い渡し日が確定!
審理を急ぐ控訴審の強引な訴訟指揮、それに負けない「公正判決」署名運動を!
2019年10月20日(日)


 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の前回の法廷が7月25日(木)で、それから3ヶ月近い時間を置いてこの秋の闘いが再開された。この間、8月には今年も原水爆禁止世界大会が開催されて来年のNPT再検討会議に向けた運動方針が確認され、9月には核兵器禁止条約を批准する国が32ヵ国に至って条約発効への具体的な展望が切り開かれ、10月には一千万筆を越える「ヒバクシャ国際署名」が国連総会第一委員会に提出されて世界の人々の核廃絶への強い願いが示されてきた。

 近畿訴訟は10月11日(金)、大阪地裁第2民事部(三輪方大裁判長)の原告の一人N・Kさん(女性・79歳・神戸市)の最終弁論が行われた。N・Kさん本人と愛須勝也弁護団事務局長によって最後の意見が述べられた。私はこの日事情があって傍聴出席することができなかったので、お二人の陳述書から訴えの内容を紹介することする。

 N・Kさんは4歳の時長崎で被爆。以来健康とは程遠い人生を歩み続けてきた。幼い頃から貧血や目まいに襲われることが多く、学校の体育の時間はほとんど見学、夜間に呼吸が早くなって起こされることも度々だった。地元では結婚することもできず、20歳で神戸に出てきてその後結婚。長女を出産してからうつ病に襲われるようになり食事もできないほどとなった。それから後も様々な病気に見舞われ、そして乳がんを発症。この乳がんで原爆症認定申請をした。乳がんの後遺症は今も続き、手の浮腫、両足のしびれなどがひどく毎日が辛いものとなっている。原爆がなければ父や兄たちも早く亡くなることはなかった、私の健康な身体で人生は違ったものになっていたはずだ。私の身体が弱いのは原爆のため、私の乳がんは原爆症だと裁判長には認めていただきたいと訴えた。
 N・Kさんは係争中のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の地裁審理の最後の原告となる。愛須弁護士は地裁での審理の最後をまとめる形で最終意見陳述をした。2003年に始まった原爆症認定集団近畿訴訟は合計13の地裁判決、5つの高裁判決、3つの最高裁判決が出されてきた。2009年には「8・6合意」も交わされたが、国の約束破りによって新たな集団訴訟(ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟)が闘われてきた。その新しい集団訴訟も地裁審理は本件が最後となる。全国的にも認定訴訟は終結に向かいつつある。しかし、原爆症をめぐる問題が解決したのかというとそうではない。
 原爆症認定集団訴訟によって認定基準は、入市被爆や直爆距離などにおいては拡大がはかられてきた。その認定基準の拡大を導いたのは原告となって起ちあがった集団訴訟304人、第2の集団訴訟121人の被爆者のみなさんの力、思いだった。しかし、厚労省は積極的認定の対象とならない申請について「総合的に判断する」ことに極めて消極的な態度をとり続け、実際には直爆3.5㌔、入市時間100時間を大きな壁としてしまい、新たな基準を機械的に適用してきた。
 今あらためて被爆者援護法の立法趣旨を想起しなければならない。被爆者の平均年齢は80歳を超え、法廷にすら立てない原告も増えている。若年の被爆者は被爆時の記憶すらもともとない。加齢による記憶の後退、証言者も亡くなり、詳細な被爆の実態の立証を前提とする裁判による解決自体が構造的に困難になりつつある。
 被爆者援護法の立法趣旨と訴訟に立ち上がった被爆者の願いに思いを致し、現状追認することなく、認定行政の改善につながる判決を下されることを切望するとして陳述は締めくくられた。
 N・Kさんへの判決言い渡しは2020年4月10日(金)午後2時から、と言い渡されて第2民事部もすべての弁論が終結となった。

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 これで第2民事部の判決言い渡しの日程はすべて確定。最初の3人は11月22日(金)の午後1時10分から、次の3人が年明け1月31日(金)の午後1時10分から、そしてこの日決まったN・Kさんが4月10日(金)。

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 翌週の10月15日(火)の午後、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の二つの控訴審が連続して開かれた。午後1時30分からは81号法廷で大阪高裁第6民事部(中本敏嗣裁判長)。今年5月23日(木)の地裁の不当判決で敗訴となったT・Iさん(男性・76歳・城陽市)の控訴審、第1回目の弁論。冒頭に原告のT・Iさんや担当弁護士による口頭の意見陳述があるのかと思っていたが、それはなく、いきなり裁判長から双方への質問、問い質しのような形から審理は入っていった。口頭でのやりとりを聞いているだけではよく分からない点もあったが、概ね以下のようなことではないかと理解した。T・Iさんの申請疾病の一つは慢性肝炎だが、国も第一審判決もT・Iさんの疾患は脂肪肝であり、それは慢性肝炎の範疇に含まれないとしている。裁判所が医学的判断をするのは本来なじまないことであり、そもそも、現行の「新しい審査の方針」が2008年に策定された時、慢性肝炎の範囲はどのように議論され策定されていたのか、そのことを国側は明示すべきではないか。控訴人(原告)側には、脂肪肝であってもその発症に放射線起因性を主張するのであればそれは(一審とは異なる)新しい主張となるのではないか、といったような内容であったと思う。
 それぞれに主張、意見を準備していくことが確認され、次回期日は12月24日(火)、次々回期日を2月28日(金)と決められてこの日は閉廷となった。第6民事部のこの裁判長は、一審判決文や控訴理由書、意見書等々をよく読みこなしていて、論点を自分なりに整理して、その線に沿ってテキパキと訴訟を進行させていこうとしている人なのかと思った。
 同じ日、連続して午後2時30分からは隣の82号法廷で高裁第2民事部(田中敦裁判長)。こちらは苑田朔爾さん(77歳・神戸市)の2回目の弁論。1回目の7月25日(木)の時にはパワーポイントを使った意見陳述が行われ、傍聴席からもとても分かりやすいプレゼンだったと好評だった。あの時、本来は2017年8月6日放送のNHKスペシャル『原爆死~ヒロシマ72年目の真実~』というタイトルのDVD上映も計画されていたが、事情があって上映が間に合わなかったとされていた。2回目の今回はこのDVD上映から始まることを期待していたが、残念ながらそうはならなかった。

 法廷は控訴理由書や意見書などの取り扱いを確認した後、いきなり原告側からの名古屋大学の沢田昭二名誉教授の証人採用申請についての判断となった。裁判体協議の結果証人申請は却下された。その後、証人が認められないのなら補充の意見書提出や、それに対する国側の反論の意見書の提出、そしてその提出時期のやりとりとなった。控訴側も被控訴側もそれぞれ十分な時間をとって準備したいと主張したが、これも裁判体協議の結果、控訴人側の意見書提出は12月23日まで、被控訴人側の反論の意見書提出も1月22日までと裁断されてしまった。「控訴手続き以来もう何ヶ月も経っている。いまさら何をもたもたと時間をかける必要があるのか」と言い放たれたような感じだった。そして、次回期日を年明けの1月29日(水)と決め、それも特段の事情が生じない限りこの日を弁論終結とするまで言い切られた。十分な主張、立証、審理よりもはじめにスケジュールありきで、さっさと判決を出してしまいたい、そんな強引さを強く印象付ける訴訟指揮が露わになった。

 二つ連続の法廷の後、まとめて報告集会が開催された。第6民事部も第2民事部も今日は裁判長と双方の代理人のやりとりに終始したため、傍聴席からは分かりにくい法廷となった。このため報告集会ではそれぞれの担当弁護士から今日の法廷のやりとりとその前後のことについて説明されることになった。第6民事部のT・Iさん担当の中道滋弁護士からは、脂肪肝発症にも放射線起因性のあることの証明をもう一度整理して新しい主張として提出していくこと、今日の裁判長はもう一つの申請疾病の糖尿病については一言も触れなかったが、糖尿病の放射線起因性についてもさらに重視して主張していくこと等が説明された。

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 第2民事部の苑田さん担当の濱本由弁護士からは、今日の法廷に入る前から“事前の攻防”のあったことが紹介された。濱本弁護士は前回第1回目と同様にパワーポイントを作成し、それを使った意見陳述を準備して提出、愛須弁護士からもその陳述を強く要請していたが、裁判所はそれを認めないとう事態があった。そして今日の法廷で、証人申請を却下し、補充意見書の提出を急がせ、結審の日まで決めてしまった。とても急いでいる裁判長の意気込みのようなものを感じざるを得ない。こうなった以上、最大限頑張って補充意見書を作成、書面を準備していきたいと決意が表明された。

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藤原精吾弁護団長から今日の二つの法廷を経ての感想が以下のように述べられた。今日の法廷を経て二つのことが明らかになった。一つは集団訴訟が個別訴訟になっていること、二つは被爆者訴訟から医学的訴訟になっているという問題。原爆被爆は70年以上も前のことであり、しかもまだ放射線の人体に与える影響は2~3%、多くても5%程度しか分かっていないのが実態。一般的な因果関係を論じようとすると難しいのは当たり前で、個別訴訟でしかもそれが医学的訴訟となれば主張立証するのは極めて困難なことになる。したがって、今、裁判所のやり方を変えさせていかなければならない。そのためには、外からの要因と内からの要因が必要。外からの要因とは、公正な判決を求める署名運動などを一層強力に推し進めて、原爆症についての社会的認識とアピールを高め、それが裁判官に伝わるようにしていくこと。今最高裁に係争中のノーモア・ヒバクシャ訴訟も、問われているのは要医療性についての判断だが、前提として最高裁が被爆者援護法に基づく被爆者援護の積極的判断を示せば大きな要因となる。内からの要因とは、今裁判所が判断基準にしようとしている「新しい審査の方針」自体が国による政治的判断、政策的判断で決められたものであることを裁判所に理解させること。被爆者援護法の本当の精神に立ち返って、被爆者を救うのか救わないのかを判断することこそが基本であり、合わせて、被爆者が裁判を通じて何を求めているのかを、裁判官に理解させていくことが重要になっている。

 今日も法廷と報告集会にはいつものように第6民事部の原告T・Iさんが出席された。T・Iさんは申請疾病の慢性肝炎、糖尿病以外にも十指に余る疾病に罹ってきた。それらの根本の原因はすべて放射線被爆にあると思っている。真鍋先生に書いていただいた意見書は素直に読めば誰でも理解できることだ。真鍋先生に感謝し、これからも頑張っていきたいと感想と決意が述べられた。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟勝利判決のためにあらためて二つの署名運動が提起され、報告集会参加者全員で確認した。一つは地裁向けでこれから迎える7人の原告の公正な判決を求めるもの。これは11月11日を目途に集約、提出していく。もう一つは2人の控訴審原告の公正な判決を求める高裁向けのもの。また11月22日(金)に迫った地裁第2民事部の3人の原告の判決言い渡し日当日の応援行動も提起され確認された。

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 報告集会は最後に尾藤廣喜弁護団幹事長の要旨以下のようなまとめのあいさつで閉じられた。今日の二つの法廷で裁判長の訴訟指揮の実態がつぶさに明らかになった。両方ともに急いで審理を進めたいというのか特徴で、被爆者の実態をしっかりと理解して判断できるのかどうか大変心配な点だ。特に第2民事部の審理進行には危ういものを感じる。個別の医学論争になれば克明な因果関係の立証を求められそれは不可能なこと。そうではなく被爆者救済の観点から原爆症認定の判決を積み上げてきたのがこれまでの実績。そのことを裁判所がどのように理解し考えているのか。提起されている公正な判決を求める署名運動を積極的に取り組んで世論に訴え、裁判所にもアピールしていこう。ノーモア・ヒバクシャ訴訟もいよいよ原告は少なくなりつつあり、だからこそ今頑張っていこう。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2019年11月22日(水)13:10 地裁第2民事部 1007号法廷
高橋、淡路、Ⅿ・Yさん判決言い渡し
2019年12月24日(火)13:10 高裁第6民事部 81号法廷    T・Iさん弁論
2020年 1月29日(水)14:30 高裁第2民事富 82号法廷   苑田さん最終弁論
2020年 1月31日(金)13:10 地裁第2民事部 1007号法廷
Y・Mさん、O・Hさん、Y・Iさん判決言い渡し
2020年 2月28日(金)13:30 高裁第6民事部 81号法廷    T・Iさん弁論
2020年 4月10日(金)14:00 地裁第2民事部 1007号法廷  N・Kさん判決
2019.10.23 Wed l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(73)
大阪地裁第7民事部判決 慢性腎不全の放射線起因性を認定!
判決を力に審査基準の見直し、認定制度改定の実現をめざしていこう!
2019年5月26日(日)


 2019年5月23日(木)、大阪地裁第7民事部(松永栄治裁判長)においてノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の二人の原告への判決言い渡しが行われた。原告はW・Hさん(男性・75歳・京都府木津川市)とT・Iさん(男性・75歳・京都府城陽市)。W・Hさんの申請疾患は慢性腎不全(IgA腎症)、T・Iさんの申請疾病は糖尿病と慢性肝炎で、慢性腎不全も糖尿病もいずれも厚労省の定める積極的認定疾病の範囲になっておらず、それだけ難しい裁判として闘われてきた。
 正午過ぎ、いつものように裁判所前の西天満若松浜公園に集合して判決前集会を行った後、原告、弁護団、支援の人々全員の行進で裁判所に入り、806号法廷に向かった。

入廷行動_convert_20190523192204

 原告のT・Iさんは提訴以来6年間、自分の裁判だけでなく、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟のほぼすべての期日に毎回参加して、他の原告のみなさんも励まし続けてきた人だ。今日も法廷内の原告席に座って開廷を待った。W・厳しい体調をおして裁判を続けてきた人で、判決のこの日も出廷は叶わず、自宅で結果を待つことになった。
 午後1時10分開廷。ただちに松永裁判長から判決の主文が読み上げられた。まずW・Hさんについて、「厚労省の却下処分を取り消す」の言葉がはっきりと聞き取れた。瞬間「よしっ!」と手に力が入る。しかし、T・Iさんについては「却下処分を取り消す」とも「請求を棄却する」ともはっきりとしたことは聞き取れず、傍聴席からは結果がよく分からないまま裁判官は退席してしまった。どうもT・Iさんは駄目だったようだ。そんな様子を弁護団席の雰囲気から感じつつ退廷することになった。裁判所前の旗出しは「勝訴」。二人とも勝訴なら「完全勝訴」となるはずだった。一人は勝つことができたが、もう一人は駄目だった。複雑な思いを持ちつつ、報告集会の行われる北浜ビジネス会館に足を運んだ。

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 報告集会は、弁護団による判決内容の分析作業を待って、午後2時から始められた。弁護団による判決内容の説明は愛須勝也弁護団事務局長によって、要旨以下のような内容で行われた。

 ノーモア・ヒバクシャ訴訟も、裁判の進行に連れてより難しい事件が残されてくる。今回の判決もこれまでの中で一番難しい事件だったのではないか。実際に提訴以来5年以上の年月を要してやっと今日の判決を迎えることができた。
 W・Hさんの慢性腎不全もT・Iさんの糖尿病も厚労省の定める積極的認定疾病の対象外だ。T・Iさんのもう一つの申請疾病である慢性肝炎の方は対象疾病だが、国はT・Iさんがその病気に罹患しているのかどうかを争ってきた。したがって、原告が訴えてきた病気そのものについて、裁判所が放射線起因性をどのように判断するのか、真正面から問われた裁判だった。全国の原爆症認定訴訟の歴史の中でも慢性腎不全も糖尿病も勝訴判決を得た例はそれぞれ2例ずつしかない。そういう意味でも大変厳しい事件だったと思う。
 そうした中で今回裁判所がW・Hさんの慢性腎不全について放射線起因性を認めたことは非常に高く評価される。
近畿における原爆症認定訴訟は大阪地裁第2民事部と第7民事部に係属され、これまで主に第7民事部で判決が続いてきた。その第7民事部では原爆症に関する判断がある程度蓄積されているので、今回の判決もかなり緻密に書かれたものだった。
W・Hさんの慢性腎不全について、国はまずIgA腎症ではなく糖尿病症腎症ではないかと争ってきた。これに対して判決は、いろいろなデータ、カルテ、医学的知見を総合的に検討した上でIgA腎症であると断定した。とても詳細な医学的分析が行われていて国側の主張は全面的に排斥され、私たちの主張が認められた。
 その上で慢性腎不全(IgA腎症)の放射線起因性についての判断が下された。放射線の被ばく線量と慢性腎不全や腎機能障害との関係を調査研究された二つの論文が積極的な論拠として採用され、判決は“慢性腎不全と原爆放射線との間には低線量被ばくの場合も含め、一般的な関連性があると認めるのが相当である”と結論付けた。
 国側は判決の論拠にされた二つの論文についていろいろと難癖をつけ、慢性腎不全と放射線との関係についても否定する主張を繰り返していた。判決はそれら国の主張一つひとつを敢えて俎上に載せ、その上ですべてを丁寧に且つ徹底して論破し、最後はバッサリと切り捨てている。
 非常に大きな意味を持つ判決だ。原爆症の積極的認定疾病の対象とされてこなかった慢性腎不全についても放射線起因性を認めなければならないとしたのだから、個別の一事例判決などといって片付けられるものではない。全国の裁判にも生かされていくものだし、何より審査基準そのものを見直していく、変えていく大きな論拠、力となっていく。
 一方T・Iさんの糖尿病については以下のように判決された。糖尿病と原爆放射線被ばくとの関連性は一般的には消極に解されるが、特定の遺伝子を有している場合のみ肯定する余地がある。しかし原告のT・Iさんはその特定遺伝子を有しないので放射線起因性は認められない。またT・Iさんの肝機能障害についてはその原因は軽度の脂肪肝であるとして、こちらも放射線起因性が否定された。T・Iさんにとっても私たち全体にとっても到底認められる判決ではなく、控訴して闘い続けていくことになる。
 報告を聞く限りにおいて、W・Hさんの慢性腎不全の放射線起因性を認める論拠の緻密さと比較して、T・Iさんの申請疾病の起因性を否定する展開はあまりにもバランスを欠く内容なのではないかと思わざるを得なかった。

 報告集会では敗訴となったT・Iさんから無念の思いを抱きながらもこれからについての決意と挨拶が述べられた。「申請から10年、提訴から6年かかった。応援いただいた弁護団のみなさん、支援のみなさんにまずお礼を申し上げたい。私の病気は原爆によるものだと固く信じている。ただそれを証明するのは非常に難しいことだと感じた。判決には納得できない、理解できないところが多々ある。弁護士の先生とも相談しながら控訴について考えていきたい。これからもより一層のご支援をお願いします。」
緊急に作成された原告団・弁護団・支援ネットワーク連名の声明が提案され、全員で確認した。W・Hさんにはお祝いの、T・Iさんには労いとこれからの激励を込めた花束が贈呈され、合わせて参加者全員からの拍手が贈られた。

花束贈呈_convert_20190523192413

 報告集会は最後に愛須弁護士によって以下のようにまとめられた。
 2009年の8・6合意から10年目の節目を迎える今、認定制度をなんとか変えていくための力となる判決を期待し、医学的にも一番難しい事件に臨んだ今日だった。W・Hさんへの判決は現行の認定審査基準の誤りをハッキリと指摘するものだった。判決を突きつけられた厚労省は基準の見直しを考えなければならない。そのために、W・Hさんの判決をまず確定し、認定基準をどのように見直していくのか、そちらに議論の方向を向けていかなければならない。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟を提訴できる被爆者、原告も少なくなってきた。このままでは「被爆者もいずれは諦めるだろう」という厚労省の狙い通りになってしまう。8・6合意から10周年を迎えるこの機会に、もう一度合意の本旨を思い出させていく必要がある。今日の判決はそのための重要な力となり、機会となる。
 全国の訴訟は少なくなっているが近畿はまだ9人の原告が闘い続けている。今年、来年に向けて判決が続いていくこともあってこれから近畿の闘いが焦点になってくる。みなさんの力を結集し、最後の全面解決に向けて一気に力を尽くしていこう。高齢化によって多くの被爆者が救済も受けられずに涙を飲んでいる。裁判を闘える人は救われるが、裁判できない人は泣き寝入りしなければならないのが現状だ。そういう人たちを救うために、原爆症認定制度を変えていくために、使命感をもって闘いっていきたい。原爆症認定訴訟は近畿から始まったが、最後も近畿において頑張っていこう。
 この日の大阪裁判所は他の重要な裁判もいくつか重なっていて、閉廷後の記者会見も時間の調整をはかりながら行われている様子だった。いつもは会見を終えた弁護団が報告集会に駆け付けて、一緒に今後の闘いに向けて決意を固め合うところだが、今回は会見が始められる頃の時間には報告集会を終えざるをえなくなってしまった。そのためやや手薄になった弁護団の報告集会参加だったが、それでもこれから引き続いて頑張っていこうと、参加者全員であらためて誓い合って散会した。

久米弁護士_convert_20190523192318

 第7民事部判決の1週間前、5月15日(水)には第2民事部(三輪方大裁判長)において3人の原告の最終意見陳述が行われた。3人の原告は高橋一有さん(77歳、兵庫県三木市)、A・Tさん(75歳、大阪府河内長野市)、M・Yさん(故人、滋賀県米原市)。高橋さんは原爆症認定そのものの判決をこれから迎えることになるが、A・TさんとM・Yさんはすでに自庁取り消しによって原爆症認定は受けており、国家賠償請求を求めての陳述だ。
 この日はまず高橋さんが法廷に立って最後の意見陳述を行った。原爆投下時の状況、母親に連れられて長崎の街を歩き回った体験、幼い頃から襲われ続けてきた幾多の病気のことなどを簡潔にまとめて語られた。高橋さんは最初の意見陳述や本人尋問の時にも述べていたことだが、原告になるには大変な悩みと葛藤があった。それを乗り越えて提訴するに至ったのは、自分たちが名乗り出て話さなかったら原爆のことはなかったことにされてしまう、という強い思いからだった。裁判すると決めてから初めて被爆者であることを娘さんたちに打ち明けられた。そのことももう一度最終意見陳述でも述べ、裁判官には被爆者の苦しみをきちんと受け止めて欲しいと訴えられた。
 高橋さんの陳述の後、愛須勝也弁護団事務局長から総括的な最終意見陳述が述べられた。愛須弁護士の陳述は、2009年の8・6合意の重要な意味とそれを踏みにじってきた国の態度、二度に渡って改訂されてきた国の「新しい審査の方針」が積み上げられてきた司法判断とは真っ向から対立するものであること等を厳しく指摘するものだった。そして、原爆症認定申請の却下処分を受けた多くの被爆者は、経済的な問題だけでなく肉体的にも精神的にも耐えがたい苦痛を被ってきたのであり、却下処分の取り消しだけで原告らの被害が補填されるものではないことが強調された。司法判断を無視し、いつまでも従来通りの主張に固執する国の姿勢は法治主義国家の根本を否定するものだと断罪し、国に抜本的な対策を促すためにも、国家賠償責任を命じることを強く期待するとして陳述は締め括られた。
 陳述を終えて、裁判長が弁論の終結を宣言し、判決を11月22日(金)午後1時10分から言い渡すと告げられた。半年以上先、やや先になってしまった感はぬぐえないが、裁判長が口にした「判決は一生懸命考えたい」の一言が印象に残った。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2019年 6月15日(土)14:00 大商連会館 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟全面勝利めざすつどい
2019年 7月24日(水)14:00 1007号 地裁第2民事部 Y・M、O・H、Y・Iさん最終意見陳述
2019年 7月25日(木)10:30 高裁82号 高裁第2民事部 苑田朔爾さん控訴審弁論
2019年10月11日(水) 11:00 1007号 地裁第2民事部 N・Kさん最終意見陳述
2019年11月22日(水) 13:10 1007号 地裁第2民事部 高橋、A・T、Ⅿ・Yさん判決
2019.05.29 Wed l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
意見陳述
原告ら訴訟代理人 弁護士 愛須勝也
第1 裁判所に求めるもの
 被爆者援護法が制定されておよそ四半世紀、被爆者の高齢化はさらに進行し、平均年齢は80歳を超え、法廷にすら立てない原告も増えています。また、加齢により記憶も減退、混乱し、証人等の証拠も散逸し、立証上も制約が拡大しています。少なくない原告が死亡し、遺族が訴訟を承継している現状です。

 被爆者の高齢化を背景に、2009(平成21)年8月6日、当時の麻生太郎内閣総理大臣兼自由民主党総裁と日本被爆者団体協議会(日本被団協)との間で、「原爆症認定集団訴訟の終結に関する基本方針に係る確認書」(いわゆる「8・6合意」)が取り交わされました。
 その中で、合意当時、原告ではない被爆者の認定問題については、「訴訟の場で争う必要のないよう」厚生労働大臣と被団協・原告団・弁護団との定期協議の場を通じて解決を図ることがうたわれました。
 しかしながら、8・6合意にもかかわらず、原爆症認定をめぐる実態は、入市被爆者の認定申請を一切認めず、積極的認定対象被爆とされる近距離被爆者の認定申請もごく一部しか認めないなど、悲惨な実態が続いていました。
 厚生労働大臣は2009(平成21)年6月22日に「新しい審査の方針」の改定を行い、2013(平成25)年12月16日にも再改定を行っていますが、それは蓄積された司法判断を無視する内容であり、現在においても実態は何ら変わっていません。
 さらに、国は、「8・6合意」の趣旨を踏みにじり、多くの事案で1審で敗訴しても控訴して争っています。
 その結果、命をかけて訴訟に立ち上がり、1審勝訴を勝ち取っての喜びもつかの間、控訴により、認定証を受け取ることなく死亡する原告もいます。
 裁判所におかれては、今一度、この被爆者援護法の趣旨に立ち返り、松谷訴訟最高裁判決以降築かれた司法判断の到達点を踏み外すこと無く、一刻も早く、唯一の被爆国の裁判所として被爆者救済の判決を下されることを切望するものです。

第2 本件訴訟の重大な意義
 1 「新しい審査の方針」の策定とその問題点
 先ほど述べたとおり、原爆症認定集団訴訟における相次ぐ国敗訴の判決を受けて策定された「新しい審査の方針」は、それまでの司法の到達点とは離れ、依然として問題を残すものでした。

 2 8・6合意後の実際の運用
 国は、8・6合意の締結時に、「19度にわたって、国の原爆症認定行政について厳しい司法判断が示されたことについて、国としてこれを厳粛に受け止め、この間、裁判が長期化し、被爆者の高齢化、病気の深刻化などによる被爆者の方々の筆舌に尽くしがたい苦しみや、集団訴訟に込められた原告の皆さんの心情に思いを致し、これを陳謝」し、一人でも多くの被爆者が迅速に認定されるよう努力する旨の内閣官房長官談話を発表しており、国に求められていたのは、「新しい審査の方針」の根本的再々改定と、司法と行政の乖離の解消でしたが、実態は、まさにその反対の惨憺たる状況となっていたのです。
それは、「新しい審査の方針」が再改定されても変わるどころか、司法判断に敢えて挑戦するかのような代物でした。
 新しい審査の方針の策定前も策定後も、司法判断は一貫しています。
 即ち、DS02等により算定される被曝線量は、あくまでも一応の目安にすぎず、被曝線量評価は被爆状況、被爆後の行動、活動内容、被爆後に生じた症状等に照らし、様々な形態での外部・内部被曝の可能性がないか否か十分に検討するべきというものであり、被爆地点の爆心地からの距離や、入市の時期や時間を形式的に当てはめて被爆線量評価をし、放射線起因性を機械的に判断することについて司法は断罪し続けてきたのです。
 ところが再改定後の新しい審査の方針は、原則認定・積極認定する疾病を限定的に列挙し、その要件も、被爆距離、入市時期、時間で機械的に選別するという再改定前の新しい審査の方針の根本的誤りをそのまま踏襲するものであるだけでなく、非がん疾患で積極認定とされていた疾病(心筋梗塞等)については、逆に積極認定の範囲を狭め、ますます司法判断から離れようとするものでした。被告の認定行政の違法性は、新しい審査の方針の再改定後、更に強まったといえます。

 3 以上のとおり、これまで厚生労働省の切捨政策に対する厳しい判決を連続して下されたにもかかわらず、厚生労働省は、その方針を変えようとしませんでした。
 このため、ここ大阪地裁だけでなく、東京、名古屋、岡山、広島、熊本、長崎などでも新しい「原爆症認定訴訟(ノーモア・ヒバクシャ訴訟)」が提起されたのです。本件事件もその一つです。
 このような状況において、貴裁判所には、集団訴訟の到達点、司法判断の到達点に挑戦し、公然と大量の被爆者切捨政策をごり押しする行政の姿勢を根本的に変えるために、被爆の実態を踏まえた「原爆症認定集団訴訟」の到達点に基づく判断をなし、違法な却下処分を早期に取り消すことはもちろん、ぜひとも、これについての国家賠償を命じられるよう、強く要望する次第です。

 4 本件事件において、認定申請の却下処分の取消しを求める原告Tさんは、心筋梗塞を申請疾病とする原告ですが、心筋梗塞や機序を同じくする慢性心不全(狭心症)を申請疾病とする東京地裁事件の原告である山本さんについて、2016(平成28)年6月29日東京地裁判決は放射線起因性を認定しました。国側は控訴しましたが、平成30年12月14日、控訴は棄却されて高裁判決が確定しています。
 原告の山本さんは、長崎原爆の爆心地から4.2kmの地点で直爆、8月13日に爆心地から500mまで入市した原告です。
また、2016(平成28)年10月27日、大阪地裁第7民事部で却下処分を取消す勝訴判決を受けた原告も、長崎の爆心地から3.1kmで被爆し、8月12日に爆心地から1.2kmまで入市した陳旧性心筋梗塞を申請疾病とする原告ですが、国が控訴することなく確定しています。

 5 これまでの原爆症認定裁判例においても、初期放射線、誘導放射線、放射性降下物の全てについて、被告の依拠する基準が過小評価になっていると厳しく指摘されています。そして、誘導放射線および放射性降下物については、外部被曝のみならず内部被曝による放射線被曝があることを正面から認め、被曝線量評価に当たっては、被曝後の行動や活動内容、被爆後に生じた症状等も考慮し、あらゆる外部被曝及び内部被曝の可能性を検討すべきであるとしています。これは、被曝の実態とも合致するものです。
 また、心筋梗塞は,冠動脈の閉塞または高度の狭窄により血行障害をきたし,心筋虚血が一定時間持続した結果,心筋細胞が壊死に陥った状態をいい、冠動脈の動脈硬化を主原因とする疾患ですが、「放影研」による大規模かつ長期間の追跡調査によって,放射線量と循環器疾患全体の死亡率,さらには脳卒中や心疾患の死亡率,代表的な動脈硬化性の循環器疾患である心筋梗塞の発症率との有意な関係が疫学的に明らかになってきています。さらに,原爆放射線の被曝によって動脈硬化性の心・血管疾患である心筋梗塞の発症が促進される機序も科学的に解明されつつあります。

第3 ぜひとも国家賠償を命じる判決を
 1 被爆者は、原爆投下によって蒙った物質・人的な被害に加え、被爆後長期にわたり、多かれ少なかれさまざまな健康被害に悩まされ続けてきました。原告らも、一生涯を通して多種多様な病気に苦しめられてきました。
 被爆者が、病気に苦しみ、精神的にも打撃を受けながら、専門の医師の診断及び意見書を添えて原爆症の認定を申請すれば、厚生労働大臣は必ずや援護法の前文に書かれていることを誠実に実行してくれると信じて、国が自分の病気を原爆症と認め、医療特別手当を支給してくれるものと期待するのは当然です。
 被爆者にとって自分の病気が国によって原爆症と認められることは、医療特別手当の支給という金銭的なものを超えた、いわば被爆者としての証であり、病気と闘うための最後の救いであることも、合わせて理解する必要があります。
 そうした被爆者の確信と期待が踏みにじられ、厚生労働大臣からの1片の書面によって却下通知を受けたときの被爆者の落胆と怒り、それによる精神的・肉体的なダメージは、病気を宣告されたときと同じか、それ以上であるというのが実態です。
 却下処分を受けた多くの被爆者が、それは被爆者として苦しい中生きてきた自分の一生をまるで否定されたように感じであったと、そのときの思いを語っています。このことからも、厚生労働大臣の却下処分がいかに被爆者に強烈な精神的苦痛を与えたかを理解することができると思います。

 精神的な怒りや経済的な不安が、肉体にも影響を及ぼすことは言うまでもありません。そのために病気を悪化させ、寿命を縮めるものもあり、その損害は、医療特別手当を過去に遡って支給されれば回復されるというものではありません。
 ましてや、原告らはそうした精神的・経済的・肉体的な障害を乗り越えて、厚生労働大臣の却下処分が間違っていたとして、その取り消しを求めて、長い時間をかけて裁判を闘ってきたのです。却下処分の取消のみでは原告らの被害が補填されるものでは決してないことを十分理解して下さい。

 2 この間、2000年(平成12年)7月18日松谷最高裁判決を始め、多くの裁判所で厚生労働大臣の却下処分の誤りが繰り返し指摘されている状況のもと、厚生労働大臣がそれら司法判断を無視し、なんら反省することなく、従前からの主張に固執し、無駄な訴訟活動をすること自体、法治主義国家の根本を否定するものであり、厚生労働大臣の故意といっても過言ではない注意義務違反により、被爆者にどれだけの悲しみや理不尽な思いを抱かせたか、その精神的苦痛は計り知れないものがあります。
 想像を絶する体験をした被爆者の苦悩を少しでも救済し、また、最高裁判決が明示した原爆症認定の運用のあり方を無視する被告に抜本的な対策を促すためにも、正義に従い、国家賠償責任を命じることを期待します。
以上

 

2019.05.23 Thu l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
 大阪地方裁判所第7民事部は、本日、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟において、原告2名のうち、1名について原爆症認定施陰性却下処分を取り消すという判決を言い渡しました。
 勝訴した原告の申請疾病は、「慢性腎不全」(IgA腎症)について、原爆症認定申請の却下処分の取消しを命じる原告勝訴の判決を言い渡しました。
 慢性肝炎、糖尿病を申請疾病とする原告の訴えは却下しました。

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判決前集会であいさつする藤原精吾弁護団長。

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判決前、裁判所への入廷行動。

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判決報告集会で報告する豊島達哉弁護士。

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判決内容について報告する久米弘子弁護士。

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判決報告集会で、敗訴原告を含めて花束贈呈。
勝訴原告は病気のため、判決も聞けない。
代わりに、喜久山弁護士が花束を受け取る。

記者会見_convert_20190523192444

 判決後、裁判所の司法記者クラブで記者会見する弁護団。
 尾藤廣喜幹事長、諸富健弁護士、和田信也弁護士、中道滋弁護士。

 以下は、判決を受けての弁護団、支援ネットワーク、原告団の声明。


2019年5月23日

ノーモア・ヒバクシャ訴訟大阪地裁判決についての声明
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿原告団・全国弁護団
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿弁護団・全国弁護団連絡会
ノーモア・ヒバクシャ訴訟支援近畿ネットワーク

 本日、大阪地方裁判所第7民事部(松永栄治裁判長)は、原告2名のうち1名について原爆症認定申請の却下処分を取り消す判決を下した。
 本訴訟は2013年12月16日に改定した「新しい審査の方針」によって、原告らの原爆症認定申請を認めないとした国(厚労大臣)の処分を争った事案である。
 今日の判決はこの「新しい審査の方針」が定めた原爆症認定基準が誤りであることを再度明確にしたものである。このことは、被爆者が原爆症認定を受けるためには裁判を起こさなければならないという異常な事態がなお、続いているということを示すものである。
 判決は、初期放射線による外部被曝だけでなく、残留放射線、すなわち、誘導放射線や放射性降下物が放出する放射線による外部被曝及び内部被曝の可能性も考慮に入れ、当該被爆者の被爆状況、被爆後の行動・活動内容、被爆後に生じた症状等に照らし、当該被爆者が健康に影響を及ぼすような相当程度の被曝をしたと認められるかどうかを個別具体的に検討する必要があるとした。
 そして、慢性腎不全(IgA腎症)を申請疾病とした原告について、判決は、慢性腎不全と原爆放射線との間には、低線量被曝の場合も含め、一般的な関連性があると認め、さらに、IgA腎症についても、同様に関連性を認め、原告に対する却下処分を取り消した。
 他方、慢性肝炎及び糖尿病を申請疾病とした原告について、判決は、糖尿病と原爆放射線被曝との関連性については、一般的に消極に解されるが、特定の遺伝子を有している者については、これを肯定する余地があるとしたものの、当該原告については、特定の遺伝子を有していないとして、放射線起因性を否定した。また、肝機能障害については、その原因が軽度のNAFLD(脂肪肝)によるものとし、放射線起因性を否定した。
 本日判決のあった原告は、いずれも75歳をこえ、うち勝訴した原告は、体調不良のため本日出頭することもできなかった。このように原告が高齢化する中で、本日の取消判決に対して国が控訴してさらに裁判を強いることは人道上も絶対に許されない。
 本日の判決は、新しい審査の方針で、積極認定の対象とされていないIgA腎症を含む慢性腎不全について、放射線起因性を一般的に認め、また、明確に(放射線起因性の)機序が解明されていない限り、関連性は認められないとする国の主張を独自の見解として退けた点は、高く評価されるべきである。他方、慢性肝炎を申請疾病とする原告につき、その肝機能障害の放射線起因性を否定したことは、到底容認することができない。
 国は破綻した原爆症認定制度の運用にしがみついている。国は被爆者の実態を無視した態度を早急に改め、核兵器の非人道性の生き証人である被爆者の立場に立った原爆症認定行政に根本的に転換すべきである。
 判決にあたり、ノーモア・ヒバクシャ訴訟原告団、全国の被爆者、弁護団は、国及び厚生労働省に対して、以下のことを求める。

1 「新しい審査の方針」の誤りを認め、これを変更し、全原告を救済すること
2 被爆者が「裁判をする必要がないように」被爆者援護法と原爆症認定の在り方を抜本的に改め、被爆者の命あるうちに問題を 解決すること
3 唯一の原爆被爆国として核兵器の非人道性を国際世論に訴え、核兵器禁止条約に加
 入し、核兵器廃絶国際運動の先頭に立つこと
以上




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被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(72)

近畿訴訟最後の原告N・Kさんの本人尋問と医師証人尋問
 入市の事実認定は被爆者の証言にこそ基づいて判断されなければならない!
2019年4月30日(火)


 2019年4月26日(金)、大阪地裁第2民事部(三輪方大裁判長)において、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟最後の原告となるN・Kさん(女性・78歳・神戸市)の本人尋問と医師証人尋問が行われた。N・Kさんは提訴してから原告本人としての意見陳述をする機会がなかった。したがって今日の尋問が初めての法廷であり、しかもいきなり証言台に立って国の代理人や裁判官からの直接の質問に答えなければならない尋問となった。おそらくN・Kさんにとって生まれて初めての体験だろう。その緊張感はどれほどのものかと心中を察せざるをを得ない。そんなN・Kさんを励まし支えようと傍聴席はご家族や支援の人々でいっぱいになった。N・Kさんも少しは心強かったのではないかと思う。

 主尋問は、本人尋問も証人尋問も担当の吉江仁子弁護士によって進められた。最初がN・Kさんの本人尋問。N・Kさんは昭和15年(1940年)9月22日生まれ、原爆投下の時は4歳と10ヶ月だった。自宅は長崎市の南部平山町だったが、たまたまこの日は母親に連れられて母親の妹・叔母さんの家のある長崎市八坂町に来ており、そこで閃光を浴びた。叔母さんの家は爆心地から3.6㌔㍍、屋外の裏庭のような所にいて被爆した。被爆した時のN・Kさん本人の記憶はほとんどなく、薄っすらとしたものでしかない。目の前がぱあーっと光ったこと、いろいろなものが吹き飛んだこと、額に怪我をしたことだけが今でも脳裏に残されていることだ。

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 N・Kさんは翌日の8月10日、11日、2度にわたって、母親に連れられて三菱兵器に勤めていた叔父さんを探すため爆心地付近まで入市している。経路は市内路面電車の線路に沿って歩いた。また原爆投下直後の2~3日は八坂町の叔母さんの家の防空壕で夜を過ごした。この後、ひどい下痢にも見舞われている。
 N・Kさんはその後神戸に移り住み、昭和49年(1974年)、34歳の時に被爆者健康手帳の交付を受けた。それまでは差別されることを恐れて被爆は秘密にしてきていたが、その頃から病気ばかりするようになっていて、それを心配した母親のすすめで手帳はとることにした。幼い時の本人の記憶が乏しいため、手帳申請に必要な被爆状況の記述はほとんど母親が書いてくれた。実は自分の詳しい被爆状況を知ったのは、この時母親から聞かされた話が初めてだった。
 N・Kさんは数々の病気に見舞われ、健康とはほど遠い人生を送ってきた。昭和35年(1960年)20歳の頃から貧血で造血剤を処方され、27歳の頃にはひどいめまい、吐き気も加わり、33歳の時に声帯ポリープで手術、69歳で大腸ポリープ摘出手術、甲状腺機能低下症の診断も受けた。そして平成24年(2012年)、72歳の時に右乳がんを発症して腫瘍摘出手術、3年後に再発し、この乳がんを原爆症認定疾病として申請している。その後、左右の白内障手術も行った。
 こうした母親から聞かされてきた被爆した時の状況、病歴の一つひとつが、吉江弁護士の質問に答える形で確認されていった。 主尋問はさらに、N・Kさんとほとんど一緒に被爆した家族のことにも及び、それはN・Kさんの被爆状況がどれほど深刻なものであったかをより一層明らかにするものであった。一緒に入市した父親は昭和33年(1958年)に肝臓がんで、母親は平成元年(1989年)膀胱がんで亡くなっている。母親の胎内で被爆した弟は昭和21年(1946年)に白血病ではないかと思われる症状で生後間もなく死去、さらには兄も昭和39年(1964年)血液のがんと言われる骨髄異形成症候群で亡くしている。どれも放射線の影響と深く関係する病気ばかりで、しかも若くして命を失っていった家族たち。原爆による犠牲以外のなにものでもない。N・Kさんの健康障害、乳がんの発症も原爆以外には原因は考えられない、そのことを強く印象付けて主尋問は終わった。
 反対尋問は、もっぱら8月10日、11日のN・Kさんの入市の事実を否定しようとするところに焦点を当てて行われた。この日N・Kさんは本当は八坂町の叔母さんの家に預けられたままになっていたのではないか、等々だ。しかし、どのように質問してみても74年前の5歳にも満たなかったN・Kさんの記憶が蘇ることはあり得ない。74年前だけではない。手帳申請時のことだってももう45年も昔のことだ。細かいことは覚えていないのが当たり前で、その記憶をほじくり出そうとするような反対尋問にはそもそも無理があり、聞いていて辟易とする。準備書面において、国が入市の事実を否定している論拠についてはすでに原告側から詳細な反論が加えられているはずで、論争は書面だけで十分なのではないかなどと思いつつ尋問を聴いていた。
 言葉は優しいが質問を繰り出してくる国側の男性代理人は大柄な人だ。それを見上げるようにして、背を丸くした小柄なN・Kさんが懸命に答えていく。「母親が『おまえを連れて(爆心地まで)行ったからひどい被爆をさせることになってしまった』と話してくれたのだから間違いありません」、「幼い私を一人置いてきぼりにして出かけていくようなことはありませんでした」と、母親から聞かされてきたことに確信をもって答えつつ、記憶のないことにははっはきりと「分かりません」「憶えておりません」と言い切っていった。30分を少し超えて主尋問は終了。証言台から原告席に帰るN・Kさんに、傍聴席から「お疲れ様でした」、「ご苦労様でした」の声がそっとかけられた。

 休憩をとることもなく、引き続いて医師証人尋問となった。今回の証人は東神戸診療所所長の郷地秀夫先生。今年2月1日の第2民事部の証人尋問に引き続いての証言台だ。郷地先生はN・Kさんの診察もされており、原爆症認定申請のアドバイスも行われ、医師意見書作成も中心的に担ってこられた。郷地先生はこれまで2000人ほどの被爆者の診療に当たり、300人くらいの認定申請の援助をされている。その経験に基づいて、N・Kさんの認定申請についてはまず二つのことを強調された。一つは、N・Kさんの直爆距離は3.6㌔、国の定める積極的認定基準の3.5㌔にわずか100㍍足りないだけだが、審査方針の「総合的に判断」をすれば十分認定は可能ということ。もう一つは、過去の原爆症認定訴訟で同じような距離の被爆で甲状腺機能低下症が認められた例があり、行政が真摯に司法判断に従えば当然認定されてしかるべき事例だという意見だ。
 N・Kさんの被爆状況については、2月1日の日の証人尋問と同様、原爆投下時もその後の入市においても大量のチリや埃を吸い込んでおり、そのための内部被ばくの危険性、重大性が特に強調された。体内に沈着したアルファ線が今もN・Kさんの体内を被ばくし続けているという証言は、前回同様今回も重い響きを持って伝わってくる。
 本人尋問のところで触れたN・Kさんの既往歴について、そのいずれもが被爆者に多くみられる病気で、放射線被ばくと深く関係していることが、一つひとつの疾病について丁寧に説明されていった。申請疾病である乳がんに止まらず、N・Kさんのそれ以前のいずれの既往歴も原爆症認定申請が可能なほどの病気であると説明された。同様に、N・Kさんの家族、父、母、弟、兄たちが発症し亡くなっていった病気についても放射線被ばくとの深い関係が証言されていった。この他、N・Kさんの申請疾病である乳がんは白血病と並んで放射線に起因する過剰相対リスクが最も高いがんであることが調査報告されていること、N・Kさんは現在も二つの医療機関で経過観察中であることなどが証言された。
 N・Kさんの主な争点は8月10日、11日入市しているかどうかの事実認定であるためか、郷地先生への反対尋問はそれほどしつこいものではなく、そのためいつもは反対尋問を何倍にもして切り返す郷地先生の証言も今回は抑えたものになったように思う。ただ、N・Kさんの爆心地付近への入市をめぐるやりとりの中であった「原爆投下直後の大変な時、これからさらに何が起こるかも分からない不安な時、親は子どもを他に預けて行動することなどできず、いつも一緒に連れていなくてはならなかったはずだ」の証言がとても説得力のあるものだった。
 今回、本人尋問でも、証人尋問でも裁判官からの質問は一切なかった。もはや質問するまでもなくよく理解されているということなのかどうか、すこし気にかかるところだった。
 N・Kさんの審理については10月11日(金)を最終弁論の日とすることが確認されてこの日の法廷は終了した。

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 閉廷後、いつものように大阪弁護士会館に会場を移して報告集会が行われた。N・Kさんも二人の娘さんに囲まれて参加され、今日の感想とお礼の言葉を述べられた。最近はご飯も碌にのどを通らず4㌔も痩せたとのお話が決して大袈裟には聞こえなかった。本当にお疲れ様と申し上げたい。二人の娘さんからもそれぞれお礼が述べられ挨拶された。戦後70年以上も経って被爆者がどうして裁判までしなければならないのか、腹立たしく思いながら傍聴席で聴いていた。今日は本当に貴重な体験をすることができた。これからも母親と共に諦めずに頑張っていきたい。

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 証言された郷地先生からは、被爆状況の事実認定が争われていること自体を批判された。被爆者援護法の精神は被爆者を救済するためのものであり、そうであれば被爆者の立場に立って、被爆者の言っていることを信頼し、それを前提に判断していかなければならない。判断基準が被爆者の請求棄却、切り捨てのための線引きであっては決してならない、と。N・Kさんの裁判はそのことが本当に問われている裁判だと思う。

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 N・Kさん、郷地先生、吉江弁護士に報告集会参加全員からあらためて拍手が贈られ、今日一日のご奮闘を労った。
報告集会の最後に、藤原精吾弁護団長から全国の状況なども含めた要旨以下の報告と説明が行われ、もうひといき頑張っていこうとの訴えが行われた。

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 4月16日(火)、ノーモア・ヒバクシャ長崎訴訟の一人の原告の福岡高裁控訴審判決があり不当にも敗訴判決だった。申請疾病は白内障で争点は要医療性。原告は最高裁に上告し最後まで闘う。最高裁では今、2018年の広島高裁判決(勝訴判決)と同年の名古屋高裁判決(勝訴判決)を不服とする国・厚生労働省が上告受理申立を行っており、争点はいずれも要医療性だ。ここに福岡高裁の件も加わることになり、要医療性を争点にした判断の異なる3つの案件が最高裁にかかることになる。最高裁は「被爆者の要医療性とは何か」について判断を下さざるを得ない状況となり、私たちは全国の運動の総力で要医療性の正しい判断を勝ち取っていかなければならない。今、全国で提起されている最高裁宛署名を緊急に積極的にとりくんでいこう。
 4月14日(日)には全国弁護団会議が開催され、裁判で争わなくてもいい原爆症認定制度を勝ち取っていくための方針について話し合われた。大まかな内容は、①今も継続中のノーモア・ヒバクシャ訴訟を勝ち切り(司法判断)、行政がそれに従うようにしていく、②制度改定のために厚労大臣との協議・交渉を再度申し入れていく(行政への働きかけ)、③制度の抜本的改定のために国会議員にも働きかけていく(立法対応)、だ。この一年を最大の勝負どころとしてとりくんでいくことになる。特に近畿訴訟はこれから迎える判決が苑田朔爾さんの控訴審含めて5つあり、特別重要な位置にある。
 合わせて来月5月には来年のNPT再検討会議に向けた準備会も開催される。私たちは直接の被爆者援護だけでなく、核兵器廃絶という人類的な課題の一翼も担って奮闘してきた。このことについても、もうひと踏ん張り頑張っていこう。
来月5月15日(水)には第2民事部の3名の原告の最終意見陳述が行われる。同じく5月23日(木)には第7民事部の2人の 原告の判決言い渡しが迫っている。7月24日(水)は第2民事部の別の原告3名の最終意見陳述が決まっている。そして今回、第2民事部のN・Kさんの最終意見陳述も10月11日と決まった。ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の第一審で残された原告9人全員の判決言い渡しが2019年度内に行われる見通しがたった。
 文字通りの全員勝訴めざして6月15日(土)には「ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・全面勝利をめざすつどい」が開催される。「つどい」の成功をめざしつつ、この一年、本当に全員が勝利できるよう頑張っていきたい。そのことをみんなで確認してこの日の報告集会を散会した。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2019年 5月15日(水)11:00 1007号 地裁第2民事部 淡路・高橋・M・Yさん最終意見陳述
2019年 5月23日(木)13:10 806号 地裁第7民事部 T・Iさん、W・Hさんに判決
2019年 6月15日(土)14:00 大商連会館 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟全面勝利めざすつどい
2019年 7月24日(水)14:00 1007号 地裁第2民事部 Y・M、O・H、Y・Iさん最終意見陳述
2019年10月11日(水) 11:00 1007号 地裁第2民事部 N・Kさん最終意見陳述
2019.05.06 Mon l ニュース(核兵器廃絶) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(71)
2月28日(金)、第7民事部の二人の原告に判決言い渡し
国の認定基準の誤りを明確にして一人の原告が勝訴!
しかし一人の原告には詳細な被爆状況の立証を課して不当判決!
2019年3月2日(土)

 2019年2月28日(木)、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟第7民事部(松永栄治裁判長)の2人の原告の判決言い渡しの日を迎えた。一人はK・Sさん(男性、92歳、京都市在住、18歳の時8月6日に広島入市、申請疾病は狭心症)、もう一人は苑田朔爾さん(77歳、神戸市在住、3歳の時長崎の爆心地から4.2㌔で直接被爆、15日に爆心地まで入市、申請疾病は前立腺がん)。昼過ぎの12時20分、裁判所前の西天満若松浜公園に集合して冷たい雨の中短時間の判決前集会を開催。その後入廷行進していつもの806号法廷に向かった。K・Sさんは体調がとても悪くて今回も出廷は叶わなかった。苑田さんも現在長崎の病院に入院中だが、今日だけはと病身をおして朝早くから大阪に向かい、判決前集会から姿を見せられた。

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西_convert_20190317111301

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 第7民事部は昨年4月から今の松永裁判長に裁判体が変わり、松永裁判長の下で迎える初めての判決だ。
 K・Sさんは8月6日広島に原爆が投下されたその日に軍隊命令で入市、翌日から原爆ドーム付近など爆心地そのもので1週間近くも救援活動に当たった。申請疾病の狭心症は、昨年1月23日、同じ第7民事部で宮本義光さんが「完勝」と言われたほどの勝訴判決を受け、国は控訴もできなかった。昨年12月14日には東京高裁で山本英典さんが同じく狭心症の勝訴判決を受け確定している。もはや狭心症については司法判断も揺るがないのではないか、と思う。苑田さんは申請疾病は前立腺がんだが、直爆が4.2㌔、入市が6日後の8月15日と国が勝手に決めた積極的認定基準の線引きから外れる。そのため昨年の医師証人尋問では特に残留放射線の危険性、内部被ばくの重大なリスクが詳細に証言され、徹底して主張された。最終意見陳述では原爆投下直後の広島・長崎の惨状を絵や写真をスライドにして映し出し、苑田さんらの被った被害状況をリアルに再現して見せるなどの努力も行われた。
 負けるはずがない、二人とも必ず勝訴だと確信をもって開廷を待った。

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 午後1時10分開廷。裁判長からただちに主文が読み上げられた。最初のK・Sさんについては「認定申請の却下処分を取り消す」とはっきりと聞きとれた。勝訴だ。続いて苑田さんもと期待して待ったが、しかし「却下処分を取り消す」の言葉は続かなかった。傍聴席の私たちには「請求を棄却する」ともはっきりとは聞きとれなかったのだが、どうも認められなかったようだ、の感触だけが伝わってきた。
 なんでや???の思いを抱きながら法廷を出て、正門前の旗出し場面に足を運んだ。久米弘子弁護士、喜久山大貴弁護士によって掲げられた旗出しは「勝訴」と「厚労省は原爆症認定制度を改めよ」。K・Sさんは勝訴だから「勝訴」の旗出し。しかし「全面勝訴」とはならなかった。旗出しと共に挙げるシュプレヒコールも満面の笑みを伴ってとはならず、複雑な思いを噛みしめながらの唱和となってしまった。

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 近くの中之島中央公会堂会議室に会場を移して午後2時から報告集会が始められた。判決文の分析途中から会場にかけつけた愛須勝也弁護団事務局長によってまず、判決内容についての報告が以下のように行われた。
 K・Sさんは8月6日の夜に広島入市、翌日から爆心地周辺で1週間救護に当たり非常に濃厚な被ばくをしたことは明らかだった。もしこれで認定されなければ入市被爆者や救護被爆者は一人も認定されないことになってしまう。申請疾病の狭心症についても国の主張はすべて退けられて放射線起因性が認められた。国は狭心症についてはこれまで徹底して争う姿勢をとってきて、最近は同じ狭心症でも安定狭心症と不安定狭心症とがあるなどとして、安定狭心症には放射線被ばくとの関連性はないと主張していた。K・Sさんは医師意見書で安定狭心症の方だとされていた。しかし判決はそもそも狭心症を安定狭心症と不安定狭心症とに区別すること自体に意味がないとして国の主張を退けた。したがって狭心症も心筋梗塞と同じ機序で発症するのであり、積極的認定疾病と同じように扱うべきだとの判決だった。脂質異常症や高血糖、加齢といった他原因も国は主張していたが、これらもすべて排斥された。12月の東京高裁判決に対して国は上告もできなかった。狭心症についてはもう争いようがない。国の認定基準を変えざるを得ない=狭心症も積極的認定疾病の範囲に加えなければならない、そのような積極的側面をもった判決だった。
 一方の苑田さんに対する判決では、一般論としての残留放射線や内部被ばくの健康障害に及ぶ機序、影響、可能性は認めた。しかし苑田さんの被爆状況は、4.2㌔の距離での直接被爆であり、6日後の8月15日に爆心地を2時間程度通過したに過ぎないとされ、初期放射線による被ばく線量は無視しうる程度に僅少、残留放射線による被ばく影響は限定的なものに止まるとされた。健康影響を及ぼすほどの相当程度の被ばくをしたと認めるにはなお合理的な疑いが残るという判決だ。苑田さんは3歳の時の被爆だから当然本人の記憶はない。急性症状も母親から聞いたものだ。被爆した後の行動についても詳細な供述、証言はできない。より高線量の放射線を浴びたという事実認定はできないから認められないというわけだが、とても納得できる判決ではない。従来の判決では多少立証の不十分さを残すことはあっても勝つことはできていた。しかし今回はそうはならなかった。あらためて今回の判決の詳細な分析が必要となっている。
 安倍首相は先日の国会答弁で原爆症認定制度・基準を変えるつもりはなく、裁判の判決にはきちんと対応していくと強弁した。あくまで訴訟を前提とした考え方だ。裁判できる人は認定され、できない人は泣き寝入りするしかない不公平行政を常態化させるものだ。被爆者の高齢化の進行は被爆状況の証明・証言をますます難しくしていく。認定申請したくてもできない人が増えていく。こうした認定制度の現状を改革していくために、今回の判決もこのまま終わらすわけにはいかない。控訴して、高裁で何としてもひっくり返していこう。勝訴したK・Sさんは92歳の高齢だ。国に対しては控訴するなと働きかけ、今日の判決を確定していくことが必要だ。

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 愛須弁護士の説明の後で原告団・弁護団・支援ネットワーク連名の声明が紹介され、和田信也弁護士によって読み上げられた。内容の多くは愛須弁護士の説明と重なるが、原告2名の内1名が敗訴という判決ではあっても全体としては被爆者の実態に即して原爆症認定行政を進めるべきことを示した判決で、有意義なものであると強調された。そして、国に対して3つのことを求めた。①国は「新しい審査の方針」の誤りを認めて、変更し、全原告を救済すること、②被爆者援護法と原爆症認定の在り方の抜本的改革をすること、③核兵器禁止条約に加入して、核兵器廃絶国際運動の先頭に立つこと。

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 記者会見などを終えて途中からに報告集会に参加してきた弁護士、原告の苑田さんから挨拶と報告が行われた。苑田さんを担当してきた中道滋弁護士からは残念で悔しい、という思いと共に控訴審に向けて何としても頑張りたいとの決意が表明された。今朝長崎から駆け付けた原告の苑田さんは、判決を聞いてから気落ちはしているが、しかしこのまま引き下がったのでは国の思う壺だ、また気を取り直して頑張っていきたい、アグレッシブルに、ポジプティブに、と自身を奮い立たせるような心情が述べられた。とても気丈で、法廷で証言された時と同じように力強い声だった。聞いている私たちの方が反対に励まされるような挨拶だった。

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藤原_convert_20190317112539

 藤原清吾弁護団長からあらためて報告とこれからに向けて提起が行われた。今回の判決は、基本的にはこれまで国がやってきたことを退ける判決だった。安倍首相が現行認定基準は最新のものだなどと言ったりしているが、裁判所はそれを退け、行政は間違っていると判断した。認定制度の改革が必要なことはさらに明らかとなった。
苑田さんの敗訴は被爆の事実について細かい証拠がないからというのが理由だが、これについては、そもそも被爆者に細かな証明を求めること自体が不当なことなのだとしっかり批判、反論しなければならない。この点は今後の大きな争点にしていきたい。私たちは裁判官にもう少しプレッシャーをかけていくことが必要だ。被爆者援護法に基づいて如何にして被爆者を援護していくのか、大きな視点から被爆者に向き合う姿勢を持つよう裁判官に求めていきたい。

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 今日の判決の教訓をしっかりと受け止めて、不当な判決は絶対に許さない闘いをすすめていこう。余命も少なくなりつつある被爆者が今もって裁判に訴えている現状を多くの人々にも訴えて、社会的な世論もあらためて盛り上げていこう。
支援ネットワークや報告集会参加者から苑田さんに花束が贈呈され、ねぎらいと激励の拍手が贈られた。今日出廷できなかったK・Sさんには、代理人として久米弁護士に花束が手渡された。K・Sさん宅には判決後すぐに勝訴の知らせが届けられていて、ご家族の喜びの声も紹介された。花束は翌日の3月1日(金)、K・Sさんの自宅に届けられている。

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 最後に尾藤廣喜弁護団幹事長から報告集会のまとめと閉会の挨拶が行われた。この中で特に二つのことが強調された。一つは、国の主張は最近他原因に重きを置くようになっているが、この点について判決は、他原因の要素は極めて限られたもので、放射線の原因こそが基本であることを示した。また他原因と放射線被ばくとが相まって病気が発症した場合であっても原爆症と認めるべきだとした。厚労省のとっている態度、基準は明確に否定されたのだ。一日も早く認定制度を変えなければならない。もう一つは記者会見の席上で、国家賠償が認められないことについてどう思うかと質問された。私は同感だと思った。国はこれだけ裁判で負け続けながら認定基準をあらためず、意図的に切り捨て政策をとり続けている。裁判所はもっと強く認定制度をあらためるよう国に言うべきで、そのためには損害賠償を認めることが重要ではないかと思う。そのように記者には回答した。
被爆者に立証不可能なことを強いるような判決は変えていかなければならない。そのための努力をもっとしていく必要がある。さらに運動を続けていこう。

 午後3時30分に報告集会を終了し、解散となった。朝からの雨は上がっていた。
 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟はこれから最終意見陳述・結審、そして判決言い渡しと、おそらく年内いっぱいまで重要な法廷が続いていく。気を緩めず、今日の判決も重要な教訓として、須頑張っていきたい。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2019年4月26日(金)13:10 1007号 地裁第⒉民事部 N・Kさん本人尋問・医師証人尋問
2019年5月15日(水)11:00 1007号 地裁第2民事部 淡路・高橋・M・Yさん最終意見陳述
2019年5月23日(木)13:10 806号 地裁第7民事部 T・Iさん、W・Hさんに判決
2019年6月15日(土)14:00 大商連会館 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟全面勝利めざすつどい
2019年7月24日(水)14:00 1007号 地裁第2民事部 Y・M、O・H、Y・Iさん最終意見陳述
2019.03.17 Sun l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
2019年2月28日
ノーモア・ヒバクシャ訴訟大阪地裁判決についての声明
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿原告団・全国弁護団
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿弁護団・全国弁護団連絡会
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 本日、大阪地方裁判所第7民事部(松永栄治裁判長)は、原告2名のうち1名について原爆症認定申請の却下処分を取り消し、もう1名の請求を棄却する判決を下した。

 本訴訟は2013年12月16日に改定した「新しい審査の方針」によってもなお、原告らの原爆症認定申請は認められないとして国(厚労大臣)が争ってきた事案である。
 今日の判決はこの「新しい審査の方針」が定めた原爆症認定基準が誤っていることを再度明確にしたものである。このことは、被爆者が原爆症認定を受けるためには裁判を起こさなければならないという異常な事態がなお、続いているということを示すものである。

 判決は、初期放射線による外部被曝だけでなく、残留放射線、すなわち、誘導放射線や放射性降下物が放出する放射線による外部被曝及び内部被曝の可能性も考慮に入れ、当該被爆者の被爆状況、被爆後の行動・活動内容、被爆後に生じた症状等に照らし、当該被爆者が健康に影響を及ぼすような相当程度の被曝をしたと認められるかどうかを個別具体的に検討する必要があるとした。

 そして、狭心症については、動脈硬化性の狭心症と心筋梗塞とは、粥状動脈硬化症を主因とする虚血性心疾患であるという機序において何ら異なるところがないことから、動脈硬化性の狭心症について、放射線被曝との関連性を一般的に肯定した。また、被告の主張する安定狭心症と不安定狭心症を区別するという主張や、他原因の主張を退けた。

 一方、敗訴原告については、前立腺がんの放射線被曝との関連性を認めたものの、被爆地が4.2㎞離れていたこと、入市が6日後であったことなどから、相当程度の被曝をしたとは認めなかった。また、判決は、原告が内部被曝をしていた可能性を認めながら、被曝当時3歳であった原告の立証の困難性を無視し、放射性降下物の影響を過少評価した。これらは、被曝の程度の証明を被爆者に強いるものであって、甚だ不当な判決である。

 本日勝訴した原告は、90歳をこえ、本日出頭することはできなかった。このように原告が高齢化する中で、本日の判決に対して国が控訴してさらに裁判を強いることは人道上も絶対に許されない。

 本日の判決は、2名の原告のうち1名を勝訴させたものであるが、その内容は新しい審査の方針を否定し、被爆者の実態に即して原爆症認定行政を進めるべきことを示した判決であって、有意義なものである。にもかかわらず、国は破綻した原爆症認定制度の運用にしがみついている。国は被爆者の実態を無視した態度を早急に改め、核兵器の非人道性の生き証人である被爆者の立場に立った原爆症認定行政に根本的に転換すべきである。

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 判決にあたり、ノーモア・ヒバクシャ訴訟原告団、全国の被爆者、弁護団は、国及び厚生労働省に対して、以下のことを求める。

1 「新しい審査の方針」の誤りを認め、これを変更し、全原告を救済すること
2 被爆者が「裁判をする必要がないように」被爆者援護法と原爆症認定の在り方を抜本的に改め、被爆者の命あるうちに問題を 解決すること
3 唯一の原爆被爆国として核兵器の非人道性を国際世論に訴え、核兵器禁止条約に加
 入し、核兵器廃絶国際運動の先頭に立つこと
以上
2019.03.01 Fri l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世の
ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(70)
第2民事部も原告7人全員の尋問と最終意見陳述日程が確定!
6月15日「近畿訴訟全面勝利をめざすつどい」を勝利を決める日にしていこう!

2019年2月23日(土)

 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟はこの2月、4回の法廷が予定されている。2月1日(金)は第2民事部で東神戸診療所所長の郷地秀夫先生の医師証人尋問が行われた。翌週の2月8日(金)には第7民事部で二人の原告の最終意見陳述が行われ、2月20日(水)は第2民事部で原告本人尋問と医師証人尋問が行われた。最後は2月28日(木)第7民事部で二人の原告への判決言い渡しが行われる。近畿の訴訟もいよいよ大詰めであることを実感しながら毎回の法廷に足を運んでいる感じだ。
 2月8日(金)の第7民事部(松永栄治裁判長)はT・Iさん(男性、京都府城陽市、74歳、2歳の時2.0㌔で直爆、申請疾病は慢性肝炎と糖尿病)とW・Hさん(男性、京都府木津川市、74歳、1歳の時2.5㌔で直爆、申請疾病は慢性腎不全(IgA腎症))の最終意見陳述だった。二人とも提訴は2013年10月だから5年半をかけてやっと今日に至ったことになる。
最初のT・Iさんは用意された陳述書を、読み上げる形で、もう一度被爆時の状況、被爆後の状況、急性症状、その後今日に至るまでの闘病の日々を、簡潔だが思いを込めて述べていった。その上で厚生労働省の審査のあり方については強い疑念と憤りをぶつけるような陳述だった。認定申請は平成21年3月(2009年)だったが最終的に異議申し立てが棄却されたのは平成25年(2013年)4月。なぜ4年以上もの長い年月放置され待たされなければならなかったのか。そして、やむを得ず裁判に訴えた後になってから慢性肝炎の追加資料(検査データやカルテなど)提出が求められた事実。認定申請却下処分や異議申し立て棄却処分は一体何をもって判断されたのか、強い疑問を抱かざるを得ず、医療分科会の審査が適切に行われていなかった表れではないか、と厳しい口調で批判した。

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 T・Iさんは、健康上の苦しみだけでなく、被爆したことでの精神的苦痛、不安や悲しみ、怒り、そして子どもの将来についても不安を抱えながら生きてきたことを語り、裁判所に正しい判断を下されるよう訴えて陳述を締めくくった。
 続いてもう一人の原告W・Hさんは出廷の叶わない体調であるため、代わりに代理人の喜久山大貴弁護士によって陳述が行われた。この訴訟の意義が述べられ、他原因によって放射線起因性は否定できないことを主張し、「8・6合意」とこれまで蓄積されてきた司法判断に背く厚労省認定行政の実態が批判された。原告のW・Hさんは2017年1月に奈良地裁で本人尋問を受けているが、その後W・Hさんの体調はより深刻さを増している状況にも触れられた。そして最後にW・Hさんから弁護団に届けられた手紙が紹介されて、強い本人の思いが訴えられた。その内容は次の通りだった。
 私は、一昨年以来、不整脈・心房細動がひんぱんに起こり、危険な状態に何回もなり、このままでは心不全・心筋梗塞になる恐れが大ということで昨年5月に手術、現在に至っています。
 また、昨年秋の人間ドッグで大腸ポリープが7個見つかり12月に除去。同時に5年前に見つかったバレット腺癌が再発しており、今年の1月7日に入院、1月8日に除去手術。今は療養に努めています。
 死ぬ訳にはいきません。勝利をつかみとるまで。一日一日が勝負です。病魔に負けるな!自分に勝て!と奮い立たせる日々です。
 お世話になりますがよろしくお願いいたします。
 二人の陳述を終えて裁判長が弁論の終結を宣言し、判決言い渡しを5月23日(木)午後1時10分からと告げて閉廷となった。
 閉廷後の報告集会ではT・Iさんと喜久山弁護士からそれぞれ感想とお礼の言葉が述べられた。T・Iさんは提訴してから3人目の裁判長に変わってやっと判決を迎えることになる。そもそもの申請日に遡れば10年の歳月となり、費やしてきた時間の長さを述懐された。そして、ありとあらゆる病気に罹ってきたこと、被爆の影響は免疫力を著しく低下させあらゆる組織に障害をもたらすことなどを自身の体験から述べられた。

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 W・Hさんの3年前の奈良地裁での本人尋問は代理人の喜久山弁護士の法廷デビューの日だった。5月23日は喜久山弁護士にとっても重要な記念すべき判決を迎える日となる。いい結論を期待し、早期に訴えが解決することを求めていきたいと決意が述べられた。
 この日の報告集会では「公正な判決を求める要請署名」が1,362筆となり、この日大阪地裁に提出されたことが報告された。

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 12日後の2月20日(水)、今度は第2民事部(三輪方大裁判長)で原告O・Hさん(男性、大阪市、74歳、2歳の時3.5㌔で直爆、その後入市被爆、申請疾病は心筋梗塞)の本人尋問と医師証人尋問が行われた。O・Hさんは4年前の2015年3月11日、自ら提訴後最初となる意見陳述を行っており、それ以来の法廷となる。主尋問は担当の中森俊久弁護士によって進められ、0・Hさんは大きな声ではっきりと答えて一つひとつのことがとても分かりやすく確認されていった。O・Hさんは長崎市銅座町の自宅近くの屋外で直爆を受けた。2歳7ヵ月だったので記憶はないが、強い光と爆風を浴びたことだけは憶えている。その他の当時の状況は母親などから聞かされてきた。直後に避難して日見峠を超えて親戚を頼ったが、間もなく長崎市内に立ち返った。そして母親たちの仕事の関係で、長崎駅近くにあった爆心地から2.0㌔に近い長崎の漁港や魚市場に頻繁に連れて行かれ、そのため入市被爆もしている。幼いO・Hさんは市場の人々の間でマスコット的存在になり可愛がられていたようだ。爆心地から3.5㌔の距離となる銅座町だが、当時の銅座町の人々の悲惨な被爆体験の声や破壊された町の被災状況についてはたくさんの具体的証言や資料が残されていて、それらも証拠として提出されている。尋問ではその内容が詳しく説明された。直爆を受けたO・Hさんは口の中に怪我をして出血し、今も異物が口の中に残されている。急性症状は下痢と鼻血を発症し、下痢は10歳頃まで、鼻血は今でも出ることがある。
 O・Hさんを襲ったのは健康障害だけではなかった。父親はビルマで戦死、一緒に住んでいた祖母も間もなく亡くなり、母親も、母親の再婚した義父も結核で倒れて入院し、中学の頃から暮らしはたちまち行き詰まった。高い向学心を抱いていたO・Hさんだが中学卒業後は住み込みで米屋で働き高校は定時制に通った。2人の弟は施設に預けられた。その後大阪に出たが、どん底の生活を味わい、なんでもやりながら生きてきた。あの頃の苦労は思い出すだけでも苦しくなる。21歳の時に正社員として就職し、23歳で結婚、いろいろに事情から様々な仕事を積み重ねてきた。
 45歳の頃から被爆者健康診断を受けていたが特に異常は見つかっていなかった。しかし50歳になって突然心筋梗塞の診断を受け手術した。平成15年、60歳の時狭心症を再発して救急搬送、再び手術を受けた。現在も経過観察と投薬治療を続けている。平成23年には不整脈に陥って救急搬送されたこともある。国側は相変わらず他原因を主張しているようで、喫煙、飲酒、糖尿病診断の実態についても丁寧に事実確認され、主尋問の過程で国側主張の根拠のなさが明らかにされていった。
最後に、今の思いや国に対しての意見が求められたO・Hさんは、国に言いたいことは山ほどあるがとしながら、「父は戦死し、私は被爆して二重の苦しみを味わってきた。戦争さえなければ、原爆さえなければといつも思いながら生きてきた。すべてが灰色の人生だった。毎日毎日がいつ倒れるか、いつ発症するかの連続で、不安を抱えたまま一人で外出することさえ叶わなかった」と、苦しい胸の内と心情を吐き出すように訴えた。
 反対尋問は予想通り喫煙歴、飲酒の程度、食生活の様子など他原因を前提にした細々とした質問に終始して終わった。ただ反対尋問の中で一つだけなるほどと思うやりとりがあった。O・Hさんの原爆症認定申請は平成24年(2012年)に行われているが、どうして2回目の発症から9年も経ってから申請したのかと質問された。O・Hさんは認定制度自体を知らなかった。平成20年(2008年)に当時の新しい認定基準が決められ、それが新聞報道などもされて初めて知ったのだ、という回答だった。多くの被爆者にとって認定制度のことを知るのは、そういうことがきっかけになっている、それが実態なのだとあらためて思った。
 1時間30分ほどの本人尋問の後、休憩もとらずに続いて医師証人尋問に移った。今回の証人は西淀病院副院長の穐久英明医師で、昨年10月17日の高橋一有さんの証人尋問以来の証言だ。
 主尋問は小瀧悦子弁護士によって行われた。O・Hさんの被爆状況からは特に残留放射線による被爆が問題になるとして、前半の総論はその残留放射線についてのかなり詳しい説明から証言されていった。そもそも残留放射線とは、その内容、人々の被ばくに至る機序、危険性が説明されていった。銅座町で被爆したO・Hさんは放射性降下物も浴び、あたりが茶色くなるほどの粉塵が立ち込めた中で誘導放射線による外部被ばくも内部被ばくもしていることが証言された。それは決して低線量などというものではなく相当な量の内部被ばくであろうと強調された。
 その上で、昨年の高橋さん(申請疾病は心筋梗塞)の時の証言も参考にしながら心筋梗塞の放射線起因性について証言されていった。心筋梗塞にしきい値はない、他原因があっても放射線との関連に影響を与えない等の基本的知見を押えつつ、特に国側が主張する他原因の具体的根拠に反論が加えられていった。O・Hさんが最初に発症したのは平成5年だが当時のカルテは残されておらず、確認できるのは平成15年以降のものだけだ。それにも関わらず国は推測で平成5年当時から・Hさんには高血圧、脂質異常、糖尿病などの危険因子があったと語っており、それに対して、何の裏付けもなく10年も前のことを推測だけで主張するなど許されないと徹底して反論された。糖尿病に至っては平成15年の診断でも根拠となる検査結果はない。喫煙は、禁煙して以降も次々と狭窄を起こしており原因とは言い切れない等々の証言だった。
 反対尋問はいつもの繰り返し、重箱の隅をつつくようなものでしかなかった。
 法廷後の報告集会では、O・Hさんと穐久医師からそれぞれ今日の証言の感想が述べられ、参加者から慰労の拍手が送られた。中森弁護士、小瀧弁護士からは今日の尋問の中心点と感想が述べられた。
 進行協議を終えた弁護団から第2民事部の今後の予定が紹介され、訴訟進行が一気に加速していく予定が報告された。今後の日程の順を追っていくと、4月26日(金)に第2民事部の最後の原告N・Kさんの本人尋問と医師尋問が行われる。証言されるのは郷地医師。5月15日(水)には昨年10月17日以降滞っていたAさん、高橋一有さん、そしてM・Yさんの最終意見陳述が行われ結審となる。7月24日(水)には、2月1日に証人尋問の行われたY・Mさん、Y・Iさん、そして今日のO・Hさん3人が最終意見陳述・結審を迎えることになった。これで7人の原告全員の判決に向けた目途が立った。第7民事部の4人の原告も合わせてノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の原告全員が年内に判決を迎えられる可能性も出てきた。本当にラストスパート、全力を挙げて頑張っていきたい。
 今年の「ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟全面勝利をめざすつどい」が6月15日(土)午後2時から大商連会館で開催されることも報告された。文字通り全面勝利をめざし、そして勝利を決めていくつどいにしていきたい。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2019年2月28日(木)13:10  806号 地裁第7民事部 苑田さん、K・Sさんに判決
2019年4月26日(金)13:10 1007号 地裁第⒉民事部 N・Kさん本人尋問・医師証人尋問
2019年5月15日(水)11:00 1007号 地裁第2民事部 淡路・高橋・M・Yさん最終意見陳述
2019年5月23日(木)13:10 806号 地裁第7民事部 T・Iさん、W・Hさんに判決
2019年6月15日(土)14:00 大商連会館 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟全面勝利めざすつどい
2019年7月24日(水)14:00 1007号 地裁第2民事部 Y・M、O・H、Y・Iさん最終意見陳述

2019.02.28 Thu l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top