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被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(81)
高裁第12民事部で地裁第2民事部の不当判決を翻す弁論開始!
最高裁の“被爆者に対する姿勢”を正すため、苑田朔爾さんが上告へ
2020年6月13日(土)

新型コロナウイルス感染防止の緊急事態宣言が解除され、5月末から6月前半にかけてノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の法廷は3週連続で設定された。5月27日(水)は大阪高裁第2民事部苑田朔爾さんの控訴審判決、次週の6月3日(水)は大阪地裁第2民事部でN・Kさんの判決、そして今週6月10日(水)は高橋一有さんの控訴審第1回目の弁論と続いた。

苑田朔爾さんへの不当判決に対しては、こんなに酷い判決をそのまま看過することはできないとして6月5日(金)、上告の手続きがとられた。N・Mさんの勝訴判決については国に控訴させないことが喫緊の課題であり、厚労大臣に対する働きかけが全国に呼び掛けられている。控訴期限は6月17日(水)だが、今日現在控訴手続きはとられていない。

高橋一有さん(79歳、兵庫県三木市、心筋梗塞で認定申請)は、昨年11月22日、地裁第2民事部で却下処分の不当判決を受けた。判決を下した裁判長は先週のN・Kさんの判決も書いた三輪方大裁判長だった。半年の期間を置いてやっと控訴審の最初の弁論機会を迎えることになった。係属の高裁第12民事部の裁判長は、法廷前の掲示板を見ると石井寛明裁判長とあった。なんとなく記憶にある、かなり以前の一審かまたは二審でノーモア・ヒバクシャ訴訟を担当したことのある人ではなかったかと思いつつ、開廷を待った。帰宅して過去の傍聴記を見直してみると、2015年から2016年にかけて高裁第13民事部で6人の被爆者の裁判を担当した人だと分かった。但し、この裁判長の前で弁論が行われたのは3度だけで、4回目からは別の裁判長に代わり、高裁第13民事部の審理はその後2年も続いて、2018年に判決を迎えている。弁論だけであったので石井裁判長の印象は薄く、特別の感想を持つことは何もなかった。ただ、当時、傍聴参加者が次第に少なくなりつつある中で、あくまでも202号大法廷の使用にこだわり続けていたことが思い出に残っている。
今日の会場の74号法廷は今回も傍聴席は3分の1に限定され、わずか13人の席数はただちに埋まった。高橋さんの担当は小瀧悦子弁護士だが、大変力のこもった控訴理由書が提出されていると後刻の報告集会で紹介された。その小瀧弁護士は急に体調を崩されたようで今回は欠席。高橋一有さん本人は出廷を希望されていたようだが、遠距離で、コロナ禍の下、今回は無理をしないでおいた方がいいということで、欠席されることになった。
冒頭、控訴側からの控訴状、控訴理由書、非控訴側の答弁書等の提出が確認されて審理は開始された。控訴側からは眞鍋穣医師の証人申請もされているようだったが、その決定はとりあえずのところ留保された。
この日の口頭意見陳述は愛須勝也弁護団事務局長によって行われた。愛須弁護士は弁論で、一審判決の判断枠組みの誤りと、高橋さんの被曝後の状況についての判断の誤りと、二つに分けて述べ、分かり易くも、厳しく原判決を批判した。
一審判決はまず、「DS02等により算定される被曝線量は、飽くまで一応の目安とするにとどめるのが相当」であるとし、「被爆者の被曝線量を評価するに当たっては、当該被爆者の被爆状況、被曝後の行動・活動の内容、被曝後に生じた症状、健康状態等に照らし、様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性の有無を十分に検討する必要がある」としている。また申請疾病である心筋梗塞については最新の医学的知見を受け入れ、既に積極的認定疾病に加えられていることも理由に放射線起因性を認めている。ここまではこれまでの原爆症認定集団訴訟の判決で繰り返されてきた判断枠組みと同じことになる。しかし、判決はこれらの到達点を述べながら、高橋さんの心筋梗塞の放射線起因性の具体論になると、突然、浴びた被曝線量を「具体的・定量的に明らかにすることができない」という、まったく異質の基準を持ち出し、高橋さんの浴びた線量は大したことはないとして切り捨ててしまった。
被爆者の浴びた放射線量を定量化するなどできるわけがなく、被爆者に不可能なことを強いるもので、被爆者援護法の趣旨にも真っ向から矛盾し、被爆者が長年の原爆症認定集団訴訟、ノーモア・ヒバクシャ訴訟で勝ち取ってきた判断基準の成果を冒涜するものだ、と愛須弁護士は原判決を厳しく批判した。
高橋さんの一審判決以降4人の原告が同じ地裁第2民事部(同じ裁判長で)判決を受けているが、前段の判断枠組みでは4人とも同じことが述べられている。しかし、具体論になると2人については被曝線量が明らかでないとの理由で請求を棄却し、後の2人については具体的線量が明らかでないのに請求を認めるという、まったく矛盾した判決が行われていることも付言された。
一審判決は、高橋さんの被曝状況について、入市後に爆心地近くで飲食をしたこと、怪我や予防接種でもひどく化膿するようになったこと、結膜炎の悪化から眼球摘出をして失明したことなどのここまでの事実認定は認めている。しかし判決は、化膿がひどくなっていった具体的な状況や失明に至った詳細も明らかでないとして、「放射線被曝の影響で免疫力が落ちたことに起因するものであるとは直ちに認めることはできない」としまっている。
このことについては、免疫アレルギーの専門的知見を持たれている眞鍋穣医師の詳細な意見書が既に提出されている。その意見書の要点に触れながら陳述は続けられた。眞鍋医師によると、高橋さんは被爆した4歳までは元気な子であったにも関わらず、被爆後ひどく化膿するようになったこと、また若くして結膜炎から眼球摘出を受けることになった経過は、細菌感染に対する抵抗力の顕著な低下がなければ考えられないこととされている。高橋さんの免疫力低下は先天的なものではありえず、後天的なものとしか考えられないこと、その原因は原爆放射線の被曝によるものと考えるのが最も妥当だとされている。眞鍋医師の意見のポイントは、高橋さんの症状は被爆後に生じているという点にある。一審判決はその評価を見誤り、症状発生の程度や時期が明らかでないとして、放射線の影響を無視してしまっている、と批判された。
愛須弁護士の陳述は最後に、多くの被爆者が自らの生命をかけて築き上げてきた司法判断の到達点を後退させる原判決を確定させることは認められないと訴え、審理においては眞鍋医師の証人を採用して審理を尽くすよう求めて、閉じられた。
陳述の後、次回期日を9月9日(水)とすることを確認して、閉廷となった。

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今回も大阪弁護士会館に移動して報告集会が行われた。最初に愛須弁護士から、今日の陳述を補足する説明が行われた。
地裁第2民事部、三輪裁判長の判決は高橋さんたちの判決を皮切りに3回行われたが、前段の判断枠組の記述は3回ともまったく同じ文章で、それは見るからにコピペしたものと言わざるを得ない。それが具体論に移ると態度がコロッと変わって、被爆放射線量の推計まで具体的に計算して示しながら、それを前提とした判決にしている。敢えて余計な判断枠組みを滑り込ませ、それを理由に足切りをはかっている。4人の原告の2人には原爆症を認め、2人は却下。どこが違っているのかさっぱり分からない、極めて恣意的な判決だ。要は国が許容する範囲なら認め、それ以外は切り捨てるという、原爆症認定訴訟の歴史と実績を明らかに踏み外している。

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証人申請している眞鍋医師は臨床医師であると同時にアレルギーの研究、専門家でもある。この間の原発事故、原発労働者の問題、チェルノブイリ事故などから、たくさんの医学論文、科学論文が集積されており、白血球の中の好中球異常が免疫力の異常をもたらすことが明らかにされている。眞鍋医師はそれらの研究成果に基づいて、放射線被曝によって免疫機能に異常を来し、被爆者には今日までずーっとそれが続いていることを示されている。高橋さんの被曝後の症状を診ても被爆した後に免疫力が低下してきたことは明らかであり、原因は原爆による被曝以外考えられない。非常に説得力のある意見書となっているようだ、
意見書の内容は必ず裁判所にも伝わるであろう。裁判所は証人の意見を聞かなければ、と思うはずだ。一審判決はきっと見直されるのではないか、という期待と思いが語られた。
その後、現在の近畿訴訟の全体状況が報告され、確認された。

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(支援集会で講演する眞鍋穣医師)

苑田さんの事件は上述のように6月5日(金)上告された。先週判決のあったN・Kさんについては、国に対して上告するなと働きかけ、判決確定を求めている。そして今日の高橋一有さん。その他、近畿訴訟では3人の原告がいずれも控訴審での審理開始の日を待っている。係属部は1人は第6民事部、2人は第14民事部と決まっているが、期日は未定のままだ。
報告集会では藤原精吾弁護団団長から、苑田さんの上告について、その目的、理由が以下のように説明された。

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今年2月25日(火)、最高裁で原爆症認定に関わる不当な判決が下された。被爆者に向き合わない、ただ言葉の解釈だけで要医療性を否定した結論だった。行政のやっていることを追認、追随するだけ、被爆者援護制度の理解もできていない。最高裁の判決とはとても思えないようなずさんな間違いがある、との批判も出されている。
被爆者の問題、被爆被害の問題をもう一度最高裁に考えさせる必要がある。そういう意味で苑田さんの上告をすることにした。これを機会に、最高裁は被爆者問題をもう一度考え直せという運動にしていきたい。現在、『賃金と社会保障』という雑誌で特集号を編集中だ。いかに最高裁判決が間違っているか、そしてそれらがいかに世論は受け入れ難いものであるか、が書かれた特集だ。8月6日前に発行の予定で、是非読んでいただきたい。
報告集会の最後に、尾藤廣喜弁護団幹事長からまとめが行われた。

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苑田さんの事件の上告については弁護団会議の中でも様々な意見が交わされた。事実認定が争点になっているので上告は難しいという意見もあった。しかし、私たちが原爆症認定訴訟を起こしてきた原点は、裁判所は被爆者の被爆の実態をきちんと正確に捉えて、それに基づいて判断し、認定のあり方を考えていかなければならない、というところからだった。小西訴訟以来ずーっと私はたちが主張してきたことだ。小西さんの場合、1.8㌔の被曝で、白血球減少症と肝機能障害が申請疾病だった。当時の基準からするととても認められるようなものではなかった。相談した斎藤紀先生からも、今の基準ではとても認められるものではないと、訴訟については否定的な意見をもらっていた。
しかし、現実に小西さんは白血球減少症が続いており、肝機能障害もあった。この事実から考えて認定されないのは基準自体がおかしいのだと、かなりの議論を行った。斎藤先生もそうかもしれないと言われるようになり、小西さんの症状を自らも分析され、それから見解を改められるようになった。小西さんのために法廷での証言もしていただいた。
医師、科学者は、事実に謙虚でなければならない。被爆者の訴えていること、その事実をどれだけ尊重して被爆の実相を正直に見るかということ。それは裁判所にも当てはまる。苑田さんの判決には微塵もそのような姿勢が見られなかった。「被爆者の言うことは信用できない」という立場に立ち、認定には被曝線量を厳しく考えないといけないとし、何より厚生労働大臣の打ち出した方針には素直に従わなければいけない、といった考え方が随所に見られた。私たちの築いてきた到達点を踏みにじる判決だった。
この判決をこのまま終わらせるわけにはいかないと考えて、上告することを決めた。弁護団はもう一度最高裁にチャレンジする、ということだ。
今日の高裁第12民事部の裁判も同じ立場を求めていかなければならない。本当に被爆者に向き合って、正しい判断は何かを実態から見ていくようにする。
私が水俣病訴訟をやっている時、原田正純医師から教えられたことがある。医者は患者さんから学ぶ、医学は患者さんから学ぶということだ。裁判もそうあるべきだ。この裁判所がきちっと事実を見て判断するように、またさせるようにしていかないといけない。是非とも勝っていきましょう。

 報告集会終了後、関係者の間で、延期になっている「ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の全面勝利をめざすつどい」の開催について話し合った。日程は、会場都合との調整もあり、8月29日(土)と決まった。詳細は追ってお知らせすることになる。



ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
 2020年 8月 29日(土) ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の全面勝利をめざすつどい
2020年 9月 9日(水)14:30 控訴審・高裁第12民事部 74号法廷 高橋さん弁論

 弁論期日未定          控訴審・高裁第 6民事部 81号法廷 T・Iさん弁論
 弁論期日未定          控訴審・高裁第14民事部 73号法廷 Y・M、O・Hさん弁論
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2020.06.13 Sat l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
先日6月10日、大阪高裁第12民事部(石井寛明裁判長)原告高橋さんの控訴審が始まりました。
原審の大阪地裁第2民事部の判決はとにかく酷かった。
弁護団は、100頁近い控訴理由書と眞鍋穣医師の意見書等の証拠を提出。併せて、眞鍋医師の証人申請を行い、代理人を代表して事務局長の愛須勝也弁護士が、意見陳述を行いました。

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第1 原判決の判断枠組みの誤り
1 控訴人の高橋さんは、4歳1か月であった昭和20年8月9日、長崎県南高来郡南串山村京泊の親戚方におり、原爆投下から3日後の8月12日、長崎市竹ノ久保町に居住していた祖母と三菱造船幸町工場勤務していた叔父を探すために、母に連れられて、爆心地から約1.1km付近まで入市しています。申請疾病は心筋梗塞です。
2 原判決は、まず、高橋さんの浴びた被曝線量について、「当該申請者の被曝状況、被曝後の行動・活動の内容、被曝後に生じた症状、健康状態等に照らして、誘導放射化物質及び放射性降下物を体内に取り込んだことによる内部被曝の可能性を十分に検討する必要があるというべきであり、また、内部被曝による身体への影響には、一時的な外部被曝とは異なる特徴があり得ることを念頭に置く必要があるというべきである」と判示しました。
3 そして、「DS02等により算定される被曝線量は、飽くまでも一応の目安とするにとどめるのが相当」であるとした上、ここでも、「被爆者の被曝線量を評価するに当たっては、当該被爆者の被曝状況、被曝後の行動・活動の内容、被曝後に生じた症状、健康状態等に照らし、様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性の有無を十分に検討する必要がある」と判示しています。
4 そして、控訴人の申請疾病である心筋梗塞については、放射線起因性を肯定する医学的知見が集積している上、近時、放射線被曝がヘルパーT細胞数の減少に伴う免疫機能低下を引き起こし、ウイルスによる慢性的な炎症反応を誘発し、心筋梗塞発症の促進に寄与していることを示唆する最新の医学的知見等に加え、医療分科会が策定した現行審査基準でも一定の条件の下で積極認定すべき疾病とされていること等を理由に、一般的に放射線起因性を肯定しています。
5 ここまでの判示を読んでいますと、これまでの原爆症認定集団訴訟の判決において、何度も繰り返されてきた判断枠組みと同じです。
かつて、原爆症認定は、2km以遠の遠距離被爆、入市被爆は一切認められず、悪性腫瘍以外の非ガン疾患の放射線起因性も認められませんでした。
最高裁松谷訴訟で松谷英子さんが勝訴した後も、原因確率という実態に合わない基準の機械的適用によって被爆者の足切りがされてきました。
そこで、全国の被爆者が集団訴訟を提起し、裁判所の中で、自らの被爆体験を語り、入市被曝・遠距離被爆でも急性症状が生じたりすることが明らかになり、判決でも総合判断の枠組みが定着し、認定基準も拡大されてきたのです。
6 ところが、現判決は、途中までこれらの到達点をなぞりながら、控訴人の申請疾病の放射線起因性の具体的当てはめの段階に至るや、突然、浴びた被曝線量を「具体的・定量的に明らかにすることができない」というまったく異質の基準を持ち出し、高橋さんの被曝線量は大したことがないと切り捨てたのです。
控訴理由書の中でも同種事件の判決を引用して具体的に主張していますが、これまで、多数の原爆症認定訴訟で下されたどの判決にもない異質の基準です。
7 そもそも浴びた放射線を定量化することなど出来るわけがありません。
原判決の立場は、被爆者に不可能を強いるもので、被爆者援護法の趣旨にも真っ向から矛盾するものであり、被爆者が命をかけて明らかにして判決の判断基準に結実させた成果を冒涜するものであり決して認めることができません。
8 付言しますと、原審である大阪地裁第2民事部は、本件判決後も、原爆症認定申請について、4人の被爆者の申請について判決を言い渡していますが、本件と同じ枠組みで判断をしています。
ところが、具体的結論になると、2人については、浴びた線量が具体的に明らかでないとして請求を棄却し、2人については、具体的線量を明らかにしないまま請求を認めています。そもそも、認定申請の却下処分を不服として訴訟に至る原告はおしなべて線量が明らかでなく、被曝線量を定量化できない被爆者です。
被曝線量の具体的・定量的主張を要件とする原判決の枠組みは誤っていると言わざるを得ません。

第2 被曝後の状況についての判断の誤り
1 原判決は、高橋さんの被爆状況について、
・昭和20年8月12日に、爆心地から約1.1~1.2kmの地点に入市し、水を飲んだり、野いちごを食べたりしたこと。
・入市後、すり傷程度の怪我で化膿するようになり、予防接種を受けるたびに化膿し、酷いときには骨が見えるくらいまで化膿したこと。
・昭和43年頃、結膜炎が悪化して眼球摘出をして失明していること。
などの事実を認定しています。
2 ところが、判決は、入市以前と比べて、化膿の態様が酷くなった時期やその程度のほか、化膿の原因となった怪我の状態や化膿に至った状況、経緯等の詳細は具体的に明らかではなく、また、結膜炎として治療を受けたにもかかわらず失明するに至った状況、経緯等の詳細も具体的に明らかではないとし、高橋さんのこれらの症状、健康状態が「放射線被曝による影響で免疫力が落ちたことに起因するものであると直ちに認めることはできない」と結論づけているのです。
3 しかしながら、原判決は、被爆後、高橋さんに生じた症状について評価を誤っています。高橋さんは被爆をする4歳までは元気でしたが、被爆後の予防接種による化膿や眼球摘出などの事実は、免疫力の低下によって生じたとしか考えられません。
4 この点については、40年以上にもわたり、内科、小児科の臨床医として医療に携わり、免疫アレルギーに対する専門的知見を有する眞鍋穣医師の意見書を提出していることろです。
眞鍋医師は、京都大学医学部を卒業後勤めた同大学附属病院小児科で免疫アレルギーの研究を開始するとともに、臨床医として急性心筋梗塞や糖尿病、脂質異常症、高血圧症などの生活習慣病の治療に携わってきた経験豊かな専門家です。原爆症認定訴訟においても、大阪地裁、高裁のほか、東京高裁、広島高裁でも証言するなど放射線の人体影響について専門的知見を有しています。
その真鍋医師によると、高橋さんの病歴の特徴は、4歳まで元気であったにもかかわらず、被爆後、予防接種を受けただけで骨が見えるほど化膿する、若くして眼球摘出を受けるなどの症状にあり、特に、結膜炎から眼球摘出を受けるという経過は、細菌感染に対する抵抗力の著名な低下がなければ考えられないとされています。
眞鍋医師は、高橋さんのこれらの症状の発症時期からして、高橋さんの免疫力の低下は先天的なものではありえず、後天的なものであるとしか考えられないこと、その原因としては原爆放射線の被曝による免疫力の低下と考えるのが最も妥当と結論づけています。具体的には、後天的な細菌感染に対する免疫不全である好中球(もしくはマクロファージ)機能不全とされています。
5 眞鍋医師の意見のポイントは、高橋さんの症状は被爆後に生じているということです。その点は、原審においても立証しているにもかかわらず、原判決はその評価を見誤り、化膿の態様が酷くなった時期や程度が明らかでないとして放射線の影響を無視してしまったのです。
6 このほか、原判決には、心筋梗塞の危険因子である脂質異常症、高血圧症等との関連性についても誤った判断をしていますが、この点の詳細については、眞鍋意見書に譲ります。

第3 結論
以上のとおり、原判決には、看過できない重大な違法があります。
多くの被爆者が自らの生命をかけて築き上げた司法判断の到達点を後退させる原判決を確定させることは認められません。
控訴審の審理においては、すでに眞鍋医師の証人申請を行っていますが、裁判所におかれましては、ぜひ、同医師を採用していただいて審理を尽くし、誤った判決をただしていただきたいと思います。
以上



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被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(80)
6月3日(水)地裁第2民事部で最後の原告が勝訴判決!
決して諦めない闘いが正しい裁判に流れを引き戻す!
2020年6月5日(金)

新型コロナウイルス感染防止のためノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟も3月以降の法廷が軒並み延期となり、5月末からやっと順次開廷されるようになってきた。5月27日(水)には大阪高裁第2民事部苑田朔爾さんの控訴審判決があり、その1週間後には大阪地裁第2民事部でN・Kさんの判決と続いた。二つの判決ははっきりと明暗を分けることになった。

5月27日(水)、もともと4月17日(金)の予定だった苑田さんへの判決言い渡しが1ヶ月以上延期されてこの日を迎えることになった。コロナ対策のため、開廷前集会も、入廷行進もなし、判決後の旗出しもしないという寂しい構えで判決を聞くことになった。構えだけでなく、法廷内の代理人席数も絞られ、傍聴席も13人と席数の3分の一ほどの人数に制限されての法廷だった。

原告の苑田さんは出廷するのも困難な体調のため、はるか郷里の長崎から判決を待つことになった。午後4時開廷。高裁第2民事部を担当していた田中敦裁判長によって書かれた判決文だが、田中裁判長は人事異動となり、この日の判決言い渡しは後任の清水響裁判長によって告げられた。“告げられた”という表現がそのまま当てはまるような、「主文、控訴人(苑田さん)の控訴を棄却する」の一言だけが読み上げられた極めて事務的なものだった。

会場を大阪弁護士会館に移して報告集会が開催された。愛須勝也弁護団事務局長から、評価できるところの一切ない、スカスカの内容で、松谷訴訟以前に遡った頃のような判決だ、という厳しい評価が下された。

苑田さんは3歳の時、爆心地から4.2㌔の長崎市小島町で直接被爆。8月15日爆心地を通って避難したため入市被爆もしている。避難先で急性症状も発症し、以来病弱となった体で苦難の人生を歩んできた。70歳の時前立腺がん(申請疾患)を発症し全摘手術、今も転移や新たな部位でのがん発症に不安を抱えながらの日々となっている。一審判決は昨年の2月28日。東小島町には「黒い雨」は降っておらず放射性降下物の影響は認められない、8月15日の爆心地付近の放射線量は低下していて人体に影響を及ぼすようなことはなかった、等々の理由を並べられて苑田さんの訴えは退けられた。

今回の控訴審判決は、まず徹底して被爆の事実認定を否定するところから始まっている。8月15日に爆心地付近に入市した事実を裏付ける証拠は存在しない、被爆者手帳の申請書類にもそのことの記述はない、直爆を受けてから避難するまでの6日間の詳細な生活状況は不明等々、本人の記憶と陳述以外に立証できるものがなければすべて否定するという態度だ。そして、放射性降下物を体内に摂取したとしてもその被ばく線量等の詳細は不明であり、それが証明できない以上人体への影響を認めることはできない、とされた。加えて、他原因にも言及し、がんについてもしきい値があるかのような表現があったり、被爆と関係ない原因で発症したとしても不合理ではない、と判決された。被爆者と向き合おうとする姿勢は欠片もなく、長年の認定訴訟で構築されてきた被爆者救済の枠組みを見ない、根本的に異なる判決だ。

苑田さんの控訴審は1回目が昨年の7月25日。この時は苑田さん自身が意見陳述し、担当の濱本由弁護士中道滋弁護士によって放射性降下物の危険性や内部被曝の脅威などがパワーポイントを駆使して陳述された。この時私たちは被爆者の被害と訴えにしっかりと向き合った法廷が進められるのではないかと期待した。2回目は10月15日。しかしこの日は一転して裁判長の強引な訴訟指揮が露になった。控訴側が求めた名古屋大学名誉教授の沢田昭二先生の証人採用申請が却下され、控訴・非控訴側双方の意見書提出期限についてもほぼ一方的に決められるような訴訟指揮が公開の法廷の場で展開された。口頭による意見陳述などはないままだった。3回目は年明けの1月29日。この日は尾藤廣喜弁護団幹事長によって、厚労省の定める放射線起因性の判断における「総合的な判断」についての意味と実態が陳述されたが、それを持って早々と結審が宣告されてしまった。
口頭での陳述や尋問だけを聞いている傍聴席の私たちにとって、一体が何が争われ、何が問われているのか、よく分からないままの裁判の推移だった。初めから結論ありきで、それに沿って強引な訴訟指揮がとられたとしか思えない判決だ。沢田先生による意見書は3回も提出され、濱本弁護士や中道弁護士によって練り上げられた意見書も貴重なものだったはずだが、判決はそこに示されている主張・意見には一言も触れず、ひたすら避け通したものでしかなかった。報告集会に参加している弁護士、支援のみなさんからも異口同音に、あまりにもひどい判決への憤りと批判が集中した。

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今回出廷することのできなかった原告の苑田さんからの、弁護団と支援の人々へのメッセージが披露された。「支援していただいている人たちへ、思うように移動することができません。日頃からのご恩に厚くお礼申し上げます。皆様もご自愛下さい。くれぐれも」という内容だった。

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苑田さんのもともとの原爆症認定申請は2014年11月6日、提訴は2015年8月6日。5年も6年も頑張ってきた結果がこれか、と思うと辛く悔しい思いが増してくる。
このままの状態でノーモア・ヒバクシャ訴訟を終えてしまっていくことはできない。もう一度巻き返して頑張っていくことを確認してこの日の報告集会は閉じられた。

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1週間後の6月3日(水)、今度は地裁第2民事部の判決の日を迎えた。地裁第2民事部はもともと4月10日に予定されていた判決が、2ヶ月近く延期されてのこの日だ。今回も事前集会も入廷行進もせず、旗出しもしないままだ。法廷内の代理人席も、傍聴席も大幅に制限され、なんとなく閑散とした雰囲気の中で開廷を待った。

地裁第2民事部の原告はN・Kさん(女性、79歳、神戸市)ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の地裁における最後の原告となる。娘さんたちに付き添われて入廷し、原告席に着席された。裁判長は昨年2度に及ぶ判決言い渡しで、原爆症認定訴訟史上最悪の判決だと言われた三輪方大裁判長。今回もとんでもない判決が出されるのではないか、その不安を拭いきれないまま傍聴席に座った。
午前11時30分開廷。三輪裁判長も人事異動となったため、後任の森鍵一裁判長から判決は読み上げられた。「主文、厚生労働大臣による(N・Kさんの)原爆症認定申請の却下処分を取り消す」
あれ、勝訴じゃないか。厚労省の却下処分は誤りだとされたんだ。閉廷を待つまでもなく、代理人席の弁護団からN・Kさんに喜びの声がかけら、熱い握手が交わされた。
正直言って意外な判決。法廷内では詳しい事情が分からないが、みんなわくわく感いっぱいの気持ちで報告集会会場の大阪弁護士会館に足を運んだ。

N・Kさんは4歳10か月の時に爆心地から3.6㌔の長崎市八坂町で直爆被爆。翌日の8月10日、11日と叔父を探しに母親に連れられて三菱兵器工場跡を歩き回り入市被爆もした。被爆後のN・Kさんは数々の病気に見舞われる人生を送ってきた。20歳の頃から貧血で造血剤を処方され、27歳の頃にはひどいめまい、吐き気も加わり、33歳の時に声帯ポリープで手術。69歳で大腸ポリープ摘出手術、甲状腺機能低下症の診断も受けた。そして72歳の時に右乳がんを発症して腫瘍摘出手術、3年後に再発し、この乳がんを原爆症認定疾病として申請した。N・Kさんと一緒に被爆した家族のことも重要だ。父親は肝臓がんで、母親も膀胱がんで亡くなっている。お兄さんも骨髄異形成症候群で亡くなり、胎内被曝だった弟さんも白血病らしき症状で生後間もなく短い命を閉じている。

これだけの被爆の事実があり、既往歴や一緒に被爆した家族の状況などもあれば、N・Kさんの乳がんは当然被爆したことが影響していると誰もが考えるはずだ。しかし、厚労省は認めてこなかった。その理由は原爆症認定に際しての「積極的に認定する範囲」の基準に機械的に頑なに拘ってきたことにある。「積極的に認定する範囲」は「被爆地点が爆心地より3.5㌔以内である者」と定めており、3.6㌔のN・Kさんはわずか100㍍の差で無情にも切り捨てられていた。一方放射線起因性の判断にはもう一つの基準「総合的に判断」するというものがあり、「積極的認定範囲」以外でも、被曝線量や、既往歴、環境因子、生活歴等を総合的に勘案して判断する、としている。N・Kさんの場合、当然この「総合的判断」で認定されなければならないはずだが、厚労省は実際には「総合的判断」などは放棄して、「積極的認定基準」を機械的に適用させることだけに重きを置いてきた。こんな不条理なことをさすがに裁判所も追認することはできなかった、のではないかという思いが頭の中をよぎった。
これだけの状況証拠があるのに、僅か100㍍の差を理由に認定を拒否する、そのことが世論に与える影響を裁判所も考慮せざるを得ず、あの裁判長もさすがに覚悟して出してきた判決だったのではないか、というのが愛須弁護団事務局長からの最初の感想だった。

被爆の事実認定では、叔父さんを探して入市被爆したことは否定されている。しかし、叔父さんが救助されてから約1ヵ月間、母親が叔父さんの看護するのを手伝っており、その中で粉塵を吸い込んだり、飲食も通じて体内に放射性物質を取り込んだ可能性が高いことを判決は強調している、との報告だった。被爆者援護法で定める被爆者の定義の内、第3号被爆者と言われる人々は「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった方。例えば、被災者の救護、死体の処理などをされた方」とされており、そのことを強調した判決だったようだ。

N・Kさんは本人尋問の際などで叔父さんを救護した経験をリアルに証言していたが、原告側はこのことを特別強く主張していたわけでない。被告・国側もそのことを特別に争点にしてはいなかった。しかし、裁判所は、直爆による放射線の影響や入市の事実などは否定しつつも、それでも原爆症認定に道をつけるために、敢えて救護被爆の影響に着目したような判決内容だ。
さらに初期放射線以外にも、救護・介護なども通じて外部被曝、内部被曝の影響があったことまで認めている。しかも、具体的な被曝線量など分からなくても構わないのだとまで言って。そこまで言われると、昨年11月に下された高橋一有さんへの敗訴判決、今年1月に出されたY・MさんやO・Hさんへの敗訴判決は一体何だったのか、と言いたくなる。あの判決はもう一度やり直すべきではないか、と。

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N・Kさんは報告集会にも参加された。N・Kさんは原爆症認定制度のことなど何も知らない人だった。それが乳がんを発症したことで東神戸診療所にお世話になるようになり、郷地先生などから色々なことを教わってきた。郷地先生やみなさんのおかげで今日の日を迎えることができたと感謝の挨拶を述べられた。挨拶を受けて、参加者全員が熱く長い拍手と花束を贈った。

その後、N・Kさんの裁判を担当してきた吉江仁子弁護士から以下のような感想が述べられた。福島原発事故などなければ負ける要素のない裁判だと思ってきた。絶対に負けるはずはないと思ってきたが、その通りに本当に勝利出来て良かった。昨年から敗訴判決も相次ぎ、裁判はなかなか難しいという思いが広がっていた中で、一筋の希望の灯りが見えてきたのではないか。今日の判決を力に、多少他原因の危険因子などあってもどんどん被爆者のみなさんが原爆症認定申請するようになっていって欲しい。

報告集会は最後に、藤原清吾弁護団長によるまとめで締めくくられた。昨年の2民判決から、今年の最高裁判決、そして先週の大阪高裁判決と敗訴が続いていた中で、この流れを止める、もう一度正しい流れに戻す今日の判決だったと思う。原爆症認定訴訟、ノーモア・ヒバクシャ訴訟で積み上げてきた裁判の内容を基にすれば、今日のような判決しかあり得ないことを声明では明らかにした。問題はこのような判決の流れが何故行政を変えるまでに至らないのかということ。私たちはいくつの敗訴があっても決して挫けずに頑張ってきた。正しいことは最後まで正しい。私たちは決して諦めない、ということをもう一度確認して、まだ不十分で間違ったことをしている行政を正す、そして核兵器廃絶がきちんと出来るように核兵器禁止条約の批准を求める、そのことを頑張っていこう。
久しぶりとなるスカッとした判決を受けて、参加者全員が晴れ晴れとした気分を抱きながら散会することになった。

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N・Kさんの判決内容報告を聞いていて、特に叔父さんの救護・介護による被爆影響が強調されたと聞かされて、15年前、原爆症認定集団訴訟で京都からの原告で奮闘された森美子さんのことを思い出した。森さんは被爆当時大村海軍病院に看護師として徴用されていて、膨大な人数に上る被爆者の人々の看護に当たった。長崎の街には一歩も踏み入れたことがないのに、直後から下痢、発熱の急性症状を発症し、60歳頃から肝機能障害に見舞われるようになった。原爆症認定申請したが却下され、2006年に集団訴訟の一員として提訴した。当時3号被爆者で提訴したのは全国でも森さん一人だったと言われている。3号被爆者は端から認定対象とは認められていなかった頃、厳しい闘いを余儀なくされ、一審、二審とも勝訴判決を得ることはできなかった。それでも判決は「(森さんが)内部被曝、外部被曝していても決して不自然ではない」と述べ、救護被爆者の放射線被爆の事実を認めた。初めて3号被爆者に認定の道が切り開かれたと、当時評価されている。
後に森さんは、「救護によって被爆した人は広島でも、長崎でも本当はもっともっと多いのではないかと思います。救護活動によって本当は被曝しているにも関わらず、自分を被爆者と思っていない人も全国にはたくさんいるのではないでしょうか」と述べられている。
その森美子さんが6月4日(木)永眠された。享年95歳。森美子さんの闘いがN・Kさんの勝訴判決に繋がっているのだと思いつつ、心から哀悼の意を表します。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
 2020年 6月10日(水)14:30 控訴審・高裁第12民事部 74号 高橋さん弁論

2020.06.06 Sat l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
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2020年5月27日
ノーモア・ヒバクシャ訴訟大阪高裁判決についての声明
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿原告団・全国弁護団
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿弁護団・全国弁護団連絡会
ノーモア・ヒバクシャ訴訟支援近畿ネットワーク

本日、大阪高等裁判所第2民事部(田中敦裁判長)は、原審である大阪地方裁判所が平成31年2月28日に言い渡した判決について、1審原告の控訴を棄却する判決を言い渡した。

本訴訟は、長崎原爆の爆心地から約4キロメートルの地点で直爆を受け、その後同年8月15日に爆心地付近を通過して避難した男性の原爆症認定申請却下処分を争った事件である(申請疾病は前立腺がん)。

判決は、線量評価体系(DS02)等に基づく被曝線量の算定方法に問題があることを指摘しながらも、基本的にはこれに則って控訴人の被曝線量を推定し、直爆および残留放射線被曝について、控訴人が健康に影響を及ぼすような相当程度の被爆をしたとは認められないとの判断を下した。また、放射性降下物についても、黒い雨が降ったか否かに拘泥し、これ以外の放射性降下物(放射性微粒子等)の存在については計測されていないという理由であっさりと切り捨てている。さらに、被爆状況の認定においても、被爆者の主張を客観的証拠がない等の理由で切り捨てており、真摯に検討する態度が全く見られない。

本判決は、最高裁松谷判決の趣旨を否定し、またこれまで積み上げられてきた原爆症認定訴訟およびノーモア被爆者訴訟の到達点から大きく後退するものであり到底容認できない。

2017年に国連総会で採択された核兵器禁止条約について、国は唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約の調印・批准をし、核兵器の非人道性を世界に訴えるべきである。その出発点となるのが、被爆者の声であり、被爆の実相である。にもかかわらず、国は破綻した原爆症認定制度の運用にしがみつき、裁判所は被爆者の声に真摯に向き合わず、国の方針に追随している。

当時3歳であった控訴人も78歳であり、現在も入退院を繰り返し、本日は出廷することもできなかった。このような被爆者の現状を踏まえ、国は被爆者の立場に立って原爆症認定行政を根本的に転換すべきである。また、裁判所は国の誤りについて司法統制機能を充分に果たすべきである。

判決にあたり、ノーモア・ヒバクシャ訴訟原告団、全国の被爆者および弁護団は、国、厚生労働省および裁判所に対して、以下のことを求める。
(国および厚生労働省に対して)
1 「新しい審査の方針」の誤りを認め、これを変更し、全原告を救済すること
2 被爆者が「裁判をする必要がないように」被爆者援護法と原爆症認定の在り方を抜本   
 的に改め、被爆者の命あるうちに問題を解決すること
3 唯一の原爆被爆国として核兵器の非人道性を国際世論に訴え、核兵器禁止条約に加
 入し、核兵器廃絶国際運動の先頭に立つこと
(裁判所に対して)
1 被爆の実相を直視し、被爆者の主張を真摯に受け止め、公正な判断を下すこと。
以上

2020.05.28 Thu l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(79)
眞鍋医師が糖尿病、慢性肝炎の放射線起因性について詳細な立証証言!
反論に窮した国側代理人は反対尋問を放棄!
2020年3月2日(月)

 2月28日(金)、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の原告T・Iさん(男性、76歳、京都府城陽市)の控訴審(大阪高裁第6民事部・大島眞一裁判長)が開かれた。今回から裁判長が交代。前年までの中本裁判長から大島裁判長に変わった。結審間近の今になって裁判長が変わるのか、と少々驚き。
 T・Iさんの一審判決は昨年の5月23日。申請疾病の糖尿病にはよほど特別の場合以外放射線起因性はないと断定し、もう一つの申請疾病である慢性肝炎についてはT・Iさんは該当しないという不当なものだった。今回の法廷は阪南医療生協診療所所長の眞鍋穣医師が証人として採用され、争点である糖尿病と慢性肝炎について証言されることになっていた。
 主尋問は中道滋弁護士が担当。準備されてきたたくさんの証拠をすべて明らかにするため、45分間という限られた時間を意識してかやや早口で質問が繰り出されていった。それに対して真鍋医師は一つひとつ丁寧にかつ歯切れよく回答、説明がされていく。今回は法廷内でOHP(オーバーヘッドプロジェクタ)も用意されていて、証言を分かり易くするため図で示して行われたり、証拠論文の該当箇所を拡大して示すなど、工夫も凝らされていた。

 尋問はまず糖尿病の種類と特徴、T・Iさんの疾患であるⅡ型糖尿病の病態の説明から始まり、放射線と糖尿病の関係についてのメカニズム、放射線による糖尿病発症の増加要因、そして糖尿病と放射線との間にしきい値はないことまで、数々の論文を証拠として示しながら証言されていった。論文の名前やその内容を傍聴席にいて理解するのはなかなか難しいが、挙げられた論文の数だけでも10本以上はあったのではないか。その多くが医療における放射線照射治療と糖尿病発症との関係を具体的な実証データで示すものであった、ように思う。中にはチェルノブイリ原発除染労働者のⅡ型糖尿病発症頻度というものもあった。
 一審判決は、「放射線に関する糖尿病は特定のHLAハプロタイプだけ」という国の主張を丸飲みしたものだが、それは明らかな間違いであると断定された。しきい値についてもいくつもの論文を示してしきい値のないことが証言された。国は主張の根拠にしている論文をまったく読み違えているとも指摘された。
 医療行為の放射線照射は膵臓照射、頭蓋脊髄部照射等局所的に行われたりするが、それでも糖尿病リスクの高まることがこれだけ明らかになっている。被爆者は全身被爆しているのであって、当然糖尿病リスクは高まることになる。数多くの証拠論文に基づいた証言の後に、眞鍋医師は糖尿病についての意見をこうまとめられた。私たちもすごく納得するところだった。

 主尋問の後半は慢性肝炎についての証言。国の主張と一審判決は、ウィルス性肝炎でなければ慢性肝炎とはよばないというものだった。これに対して眞鍋医師は、「血液中のAST、ALTの値が6か月以上に亘って上昇している場合は慢性肝炎と診断する」とする肝臓学会の公式資料を示し、T・Iさんは6か月以上に亘って肝機能異常肝機能障害があるので疑問の余地なく慢性肝炎であると証明された。次いで、T・Iさんの慢性肝炎は脂肪肝によるものとされているが、その脂肪肝の放射線起因性についても、放射線影響研究所の報告や論文に基づいて、有意な相関関係のあることが証明されていった。T・Iさんの肝機能障害の原因は非アルコール性脂肪肝が考えられるが、それは放射線被ばくによるものだと言う結論だった。

 45分間の主尋問を終えて、反対尋問に移る前に国側代理人から「尋問について少し相談をしたいので休憩をとりたい」と申し出があった。裁判長がそれを受け入れ、10分間の休憩をはさんでの反対尋問となった。反対尋問は、証人の専門は何か?放射線と肝機能障害の関係について学会で発表したことはあるのか?原告の診察はしたのか?これまで原爆症認定訴訟の証人になったことはあるのか?と型通りのいつもの質問から入っていった。それからさらに質問は続くものと思っていたが、驚くことに国側代理人は「これで反対尋問を終わります」と、尋問を終えてしまった。反対尋問にも45分の時間が用意されていたのに、わずか10分にも満たない時間。
 原告側代理人席も、満席の傍聴席も、おそらく裁判官たちも、呆気にとられて、すぐには事態が分からないほどだった。あの10分間の休憩は何だったのか?完璧で詳細な眞鍋医師の主尋問の前に、用意されていた反対尋問の項目はことごとく先に反論されてしまった、もはや法廷で問い質せることがない、今日のところは早々に幕引きを、そのことを確認しあうための10分間だったのかもしれない、そんなことを想像したくなるような雰囲気だった。
 これで証人尋問は終わることになったが、ただ、裁判官からも一切質問がなされなかった。今日の証言で一審判決の誤りはきれいに明らかにされた。それも具体的でとても分かり易い内容によって。変わったばかりの裁判長で、理解をより正確にするためには聞くべきことがたくさんあるのではないかと思うが、そういう態度は示されなかった。どこまで理解されているのか、本気で理解しようとしているのか、気になることとして残った。
 今後さらに意見を最終準備書面の中でしっかり示していくと双方が述べ、次回の法廷4月22日(水)が確認されて閉廷となった。次回が結審となる予定だ。

 大阪弁護士会館に移動して報告集会がもたれた。最初に今日の証言者である眞鍋医師から感想、思いが以下のように述べられた。こちらの提出した証拠に対して国側の反論が出されているが、論文全体をしっかりと読んではいないことが分かった。今日の証言は分かり易く説明するように努めたつもりだが、傍聴席で聞いていて分かっていただけたかどうか、一番の心配ごとだった。反対尋問に対して何を聞かれてもいいように昨夜も夜遅くまで提出書類に目を通して準備し身構えていたのに、あんなことになって残念だった。国側は反論できないと思ったのだろう、事実上の反対尋問放棄ではないか。あとは裁判所が私たちの主張を素直に受け止めてくれたらと思う。原爆症認定訴訟は毎回出るたびに勉強させてもらっている。医者として診療に活かせることも多い。原爆症認定訴訟に少しでも役立てれば嬉しいし、やりがいのある仕事だ。

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 原告のT・Iさんは自分の裁判以外の時も含めてノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟のすべてに皆勤出席されてきた。今日も当然出廷されていて、眞鍋先生へのお礼と、必ず司法の場で受け入れられることを心から願っている、という思いが述べられた。
 今日の尋問担当だった中道弁護士からは次のような感想が述べられた。今日の尋問は、原爆症認定訴訟全体の中でも最後の尋問になるかもしれない、そんな思いがあって、私もそれなりに力を注いで準備してきた。眞鍋先生の勉強熱心さ、探求心、あくなき真理の追究姿勢は本当にすごいと思った。寝る間も惜しんでいろいろなことを徹底して調べていただいた。頭が下がるばかりだ。今日はつたない尋問だったかもしれないができることはやりきったと思っている。

 愛須勝也弁護団事務局長から今日の法廷の感想とこれからの展望について発言があった。眞鍋先生と中道弁護士とは何度も何度も打ち合わせを重ねられ、T・Iさんの診察も1時間以上かけて行われるなどして今日の尋問は準備されてきた。眞鍋先生は医師としての仕事があり、また大学の学長も務められているなど大変多忙であるにも関わらず、強い使命感をもって今日の証言をしていただいた。
 今日の尋問は歴史的と言っていい、非常に画期的な証言だった。肝機能障害と糖尿病についてここまで詳細に解明されたことは全国でもこれまでなかった。癌治療で放射線を浴びせた場合どのような影響があるかを中心に、論文の一つひとつを分析され、それらに基づいた証言だった。その結果、全身に放射線を浴びている被爆者は糖尿病も放射線起因性が認められなければならないことが証明された。さらに脂肪肝と放射線との関係まで解明された。国側も集められないような資料をこちらが集めて詳細な医学的知見が提示された。問題は裁判所が全部分かったかどうかだが。
 今日の尋問を踏まえてこれから最終準備書面をまとめていけば展望は開けるのではないか。まだまだ闘いは続くが、今日の尋問、証言はそのための非常に大きな力になってくる。全国にも広げていきたい。

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 藤原精吾弁護団長からも2月25日最高裁判決のことも含めて発言があった。今日の証人尋問、よくここまで準備されたと思う、お礼と敬意を表したい。反対尋問ができなかったのは、主尋問の正当性に圧倒されたことの証明だ。最終準備書面は勝訴以外の判決は書けないようなものに、弁護団としても臨んでいきたい。地裁第2民事部では不当な判決が続いている。どこかで巻き返しを図る必要があるが、この控訴審判決で大きなチャンスを掴みたい。

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 2月25日(水)既報のように最高裁判決があった。最悪の判決だった。司法判断の基本は本来、被爆者にどう寄り添うか、被爆と言う事実をどう受け止めるかが一番の出発点でなければならない。放射線起因性まで認められている被爆者の病気について、もう医療はいらない、治療はいらないというのはあまりにもおかしい。これ以上悪くならないよう注意して見守る、定期的に検査をする、そういった経過観察は当然医療に含まれる。それをどこまでやるかは主治医の判断だ。
 それをよく分からない裁判官が、というより厚労省が一方的にここまでと打ち切り範囲を決めて入り口を塞ぐ、一旦は認定された人に対してもこれ以上は治療の必要がないと打ち切ってしまう。これはまったくの政治的判断、行政の都合であって、被爆者に寄り添う立場ではない。すべての裁判に通じることだが、人間の人権、健康が損なわれた時、それをどう回復するかが裁判所には問われている。今度の判決は、国の制度はこうだとまず決めて、要医療性の範囲も厚労省が決めて、行政の決めたことを裁判所が追認するだけのものだった。こういう裁判は本当の意味での裁判ではない。
 裁判の当事者である原告の内藤淑子さん(広島の被爆者)は、判決を聞いて「私は心が折れました」と語られた。「お金の問題ではない。74年前の思いもよらないことから私は被爆者と言う運命を担わされてきた。そのことを国は認めるべきだ」という思いであった。それを認めない。要医療性という一片の通知で撥ねてしまうのは、被爆者の歩んできた、受けてきた傷と思いをまったく無視した判決と言わざるを得ない。
 政府や厚労省がどのような政策、政治を行おうとも、裁判所の判断はそれとは独立したもので、行政に対する批判もしてきた。松谷訴訟の時も被爆者に勝訴の判決が下された。裁判所は被爆者に寄り添った人権の砦としての立場をとるべきで、その姿勢を貫いて欲しいと思ったが、まったく期待に応えるものではなかった。裁判所もあてにできないという思いもあるが、こんな裁判所でも認めざるを得ないところまで追い込んで行くことが今後は必要となる。
 最高裁が要医療性を狭く解釈したことによりこれは今後の原爆症認定に影響してくるだろう。認定申請を却下処分する、認定更新を打ち切る例も増えてくる可能性がある。私たちはその誤りを一つひとつ正していく活動がこれからさらに必要だ。運動でも、裁判でも。もう終わってしまったことではない。来月には大阪で原爆症認定を打ち切られた人の裁判も始まる。
一番の基本は、被爆者に対して、被爆者だけでなく空襲や戦争被害者すべてに対して国がきちんと責任をとっていないところに問題がある。私たちにはまだまだとりくむべきことがたくさん残されている。

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 最後に尾藤廣喜弁護団幹事長から以下のようなまとめが行われた。新型コロナウィルス感染に対して政府は何も対策しない、すべて国民の自己責任にして、それは被爆者の問題とも共通している。被爆者問題は国の政治のあり方が問われる問題だった。あれだけの被害を受けた被爆者に対して国としてどう対応するのか、国政の根幹に関わる身問題としてずっと争ってきた。8・6合意で今後争う必要のないようにと約束したのに、肝臓の病気は救済すると約束してきたのに、それを守らない政治、行政が続けられてきた。
 最高裁は国の主張を認めてしまった。しかし、私たちはそれにひるむことなく前に進んで行こう。何より被爆の実態を訴える中で、被爆者の救済を求めていこう。

 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟は、地裁で残る原告は1人となった。N・Kさんで4月10日(金)に判決を迎える。現在控訴されている原告は5人で、その内の苑田朔爾さんは4月17日(金)が判決、この日証人尋問の行われたT・Iさんは4月22日(水)が結審の予定。後の3人、高橋一有さん、Y・Mさん、O・Hさんはまだ係属部も未定だ。
 舞台の多くが高裁に移る中、5月30日(土)にノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の全面勝利をめざすつどいが催される。本当に大詰めとなってきた近畿訴訟を、最後まで勝ち抜く、被爆者の救済を勝ち取るために、“つどい”を成功させていきたい。あらためて高裁での公正な判決を求める署名活動をとりくんでいくことも合わせて確認し、この日の報告集会を終了した。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
 2020年 4月10日(金)14:00 地裁第2民事部 1007号法廷 N・Kさん判決
 2020年 4月17日(金)14:00 控訴審・高裁第2民事部 82号 苑田さん判決
 2020年 4月22日(水)13:30 控訴審・高裁第6民事部 81号 弁論(結審予定)
 2020年 5月30日(土)14:00 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟全面勝利めざすつどい
2020.03.02 Mon l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
「私の苦しみ、私のせいじゃない!」最高裁、被爆者の願いに背く不当判決!

1 最高裁、不当判決!
 2020年2月25日、最高裁判所第三小法廷(宇賀克也裁判長)は、名古屋、広島、長崎の被爆者が原爆症認定を求めて争ったノーモア・ヒバクシャ(原爆症認定)訴訟において、被爆者の認定申請を認めない不当判決を言い渡しました。

2 原爆症認定集団訴訟からノーモア・ヒバクシャ訴訟へ
 2003年から始まった原爆症認定集団訴訟は、全国17地裁、306名の被爆者が訴訟提起し、勝訴率90%超と行政訴訟としては例を見ない成果を挙げ、2度にわたり認定基準を改定を経て、2009年8月6日、「原爆症認定集団訴訟の終結に関する合意」(8・6合意)が締結されて集団訴訟は終結しました。
 ところが、改定した認定基準でも、本来、認定されるべき認定申請が却下される事態が続発したため、東京、名古屋、大阪、広島、岡山、熊本、長崎の7地裁でたたかわれたのが第2の集団訴訟「ノーモア・ヒバクシャ訴訟」です。それは、8・6合意で「今後 訴訟で争う必要がないように厚生労働大臣との定期協議において解決する」との合意を反故にすることを意味しました。

【最高裁判決はこちら】
①名古屋訴訟判決
②広島訴訟判決
③長崎訴訟判決

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2 最高裁での争点 
 こうした中、被爆者が勝訴した名古屋、広島高裁判決に国が上告・上告受理申立を行っていたところに、被爆者が敗訴の福岡高裁判決(原審は長崎地裁)に対して被爆者が上告し、国、被爆者側双方の上告受理申立が受理されて弁論が開かれました。
 最高裁の争点はただ一つ。認定要件である「要医療性」。原爆症の認定には、疾病が原爆放射線に起因していること(放射線起因性)と現に医療を要する状態にあること(要医療性)の要件が必要なところ、3事件は何れも要医療性をめぐっての争いでした。具体的には、名古屋原告は慢性甲状腺炎について投薬を伴わない経過観察、広島と長崎訴訟の原告は白内障が申請疾病でカリユニ点眼薬での治療について要医療性の判断が分かれていました。
【最高裁広報課の原爆症認定申請却下処分取消請求事件について】

3 史上初めて被爆者が最高裁で意見陳述
 原爆症認定を巡っては集団訴訟以前から個別訴訟として争われてきており、長崎原爆松谷訴訟において最高裁判決が出ています。しかし、この事件は、福岡高裁で敗訴した国の上告を棄却したものであり、口頭弁論は開かれていません。つまり、長い被爆者のたたかいの歴史の中で被爆者が初めて最高裁で弁論をしたのです。
 1月21日に開かれた最高裁の口頭弁論では、名古屋原告の高井さんと広島原告の横山さんが意見陳述。藤原精吾弁護団長 (神戸)、佐々木(広島)、原(長崎)、樽井(名古屋)の各弁護士が続きました。1月の寒空の中、高齢をおして、多くの被爆者が最高裁に傍聴に駆け付け、その代表として意見陳述した二人の姿は神々しいものでした。その姿を見るだけで涙が出てきそうでした。
 最高裁の裁判官達も食い入るように二人の意見陳述に聞き入っていたので、ひょっとしたらいい判決が出るのではないかという期待を抱かせる歴史的弁論でした。
 高井さんの意見陳述
 内藤さんの意見陳述

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 樽井弁護士の意見陳述

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 佐々木弁護士の意見陳述

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 原弁護士の意見陳述

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 藤原弁護士の意見陳述

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4 司法判断の流れに逆行する不当判決
 ところが、最高裁は、名古屋、広島高裁の勝訴判決を破棄して認定申請の却下処分の取消請求を棄却し、福岡高裁に対する被爆者の上告を棄却するという不当判決でした。原爆放射線は被曝から75年が経とうとする今もなお被爆者の身体を蝕み続けています。被爆者の疾病は、原爆放射線に被爆したために発症し、重篤化してるが故に、国の責任において、手厚い保護を行うという被爆者援護法の趣旨からも、経過観察は重要な医療行為であり、放射線起因性が認められる疾患を患った被爆者の状態が経過観察にとどまる場合にも要医療性が認められるべきです。
 高井さんは「私の苦しみ、私のせいじゃない」と訴えました。
 最高裁は、この被爆者の当然の訴えに耳を貸さず、国の主張を追認したものであり、到底、受け入れられません。
 最高裁が、被爆後75年にわたって様々な健康被害に苦しみ、今なお健康を蝕まれている被爆者の救済に背を向けたことは、唯一の戦争被爆国として恥ずべき態度であり、まさに「最低裁判所」と言わざるを得ません。
 最高裁が不当判決を下しても、世界では、核兵器の非人道性に向き合い、現在、35カ国が核兵器禁止条約を批准し、同条約の発効は時間の問題です。
 私たち弁護団は、被爆者とともに、不当判決にめげずに今後とも原爆被害の実相を明らかにし、核兵器廃絶と被爆者救済のために全力を尽くす決意を新たにしていています。
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被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(78)
地裁第2民事部でまたも原爆症認定訴訟の歴史に逆行する不当判決!
控訴審で必ず一審判決の誤りを正していこう!
2020年2月5日(水)


 暖かい日の続く今年の冬だが節分が近づくとさすがに寒風が身に厳しい。そんな1月31日(金)、大阪地裁第2民事部においてノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の3人の原告が判決言い渡しを迎えた。

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 3人の原告は、Y・Mさん(男性、故人、神戸市、7歳の時長崎の爆心地から4.0㌔で直接被爆、その翌日から入市被爆も、申請疾病は食道がん)、O・Hさん(男性、77歳、大阪市、2歳の時長崎の爆心地から3.0㌔で直接被爆、その後入市被爆も、申請疾病は心筋梗塞)、Y・Iさん(男性、故人、神戸市、長崎の爆心地から4.4㌔で直接被爆、翌日から入市被爆も、申請疾病は大腸がんと胆管がん)。3人は共に幼少時の被爆だが、それだけでなく、直接被爆の爆心地からの距離が原爆症の積極的認定基準とする距離から僅かに上回っているだけのことや、翌日以降爆心地付近まで入市してさらに被爆していることなど、被爆の状況に共通したところが多い。

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 大阪地裁第2民事部は昨秋の11月22日(金)、同じ法廷で3人の原告の訴えをいずれも退ける判決を言い渡したところだ。判決内容も、長年にわたって積み重ねられてきた原爆症認定訴訟の歴史と実績にいっさい学ぼうとせず、国の主張をそのままなぞるような史上最悪で異質なものだった。同じ三輪方大裁判長の下では、今回も同様のひどい結果のあり得ることを予想しなければならない。しかし、どんな判決が出されようとも私たちは決してひるむことなく闘っていこう、と、判決前集会で寒風に立ち向かうような決意を確認して1007号法廷に向かった。

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 午後1時10分開廷。裁判長による主文の読み上げが始まる。最初に読み上げられたのがY・Iさん。意外にも、「国による却下処分を取り消す」と告げられた。後のY・MさんとO・Hさんはいずれも「訴えを却下する」と言い渡された。2人敗訴だが、1人は勝訴、原爆症が認められた。代理人席から旗出しの担当弁護士が正門で待つ支援の人々の前に向かう。旗出しは「勝訴」、「厚労省は原爆症認定制度を改めよ」。一人でも勝てば旗出しは「勝訴」とされるようだった。
 主文に続いて判決理由の要旨がやや早口に述べられていく。傍聴席からは口頭による説明を正確に聞き取るのはなかなか難しい。ただ、Y・MさんとO・Hさんについては、放射線起因性を認めない理由として挙げられた加齢、飲酒、喫煙の言葉が強く耳に残った。どうも他原因を強調して放射線起因性が否定されたらしい。
 閉廷後、会場を大阪弁護士会館に移して報告集会が行われた。
 判決文全文を読みこなす時間も十分にはとれなかった中、愛須勝也弁護団事務局長から3人への判決理由の要点が説明されていった。

 敗訴となったY・Mさんは、入市被爆そのものの事実認定から否定された。被爆者健康手帳の交付を申請する際に書かれた被爆状況が直接被爆だけで入市被爆には触れられていなかった。国はこれを根拠に入市被爆の事実を否定し、裁判の争点になっていた。弁護団はY・Mさんと一緒に被爆したお姉さんを居住地の岐阜県まで訪ねて被爆の実態証言を聞き取り、入市被爆の事実を証明していったが、判決はそのことを信用できないものとして取り扱い、事実認定から退けた。

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 O・Hさんについても同じように、被爆者健康手帳交付申請時に入市被爆の記載がないことを理由に、入市被爆の事実を完全に否定した。本人の記憶も定かでない幼い時の被爆状況を詳細に立証しない限り認めない。そのことを被爆者側に課す不当な判決だ。
 直接被爆だけでも、急性症状発症の状態、そして戦後今日まで二人が襲われ続けてきた数々の病歴のことなどを総合的に検討すれば、積極的に認定する範囲の枠外でも放射線起因性は十分に認められるはずだが、その立場も判決は放棄した。申請疾病について、一般的には放射線被曝との関連性を肯定しながら、「その放射線量がどの程度かを具体的・定量的に認めることはできない」として、被爆者に対して放射線被曝線量の具体的・定量的な確定を求めた。11月22日の判決と同様、これまでの原爆症認定訴訟の積み上げてきた道を踏み外した最悪の判決だ。その上で、加齢、飲酒、喫煙などの他原因をことさらに取り上げ、強調して、放射線の影響を否定した。仮に他原因があったとしても、放射線の影響があればその起因性を認めて原爆症を認定する、それが原爆症認定訴訟の到達点であるはずなのに。
 2人の原告は却下する-はじめに結論ありきで、そのために入市の事実を否定する、そして他原因を粗捜しする、そのような憶測をしたくなるような判決だと、弁護団の中から感想が述べられた。
 Y・Mさん、O・Hさん二人の訴えを退ける一方で、判決はY・Iさんの原爆症を認めた。このことについて原告団・弁護団・支援ネットワークの声明は以下のように述べた。

 「判決は、『放射線被曝線量の推定方法や、放射性物質を体内に取り込んだ場合における人体への影響の度合いについては、いまだ確立したものは見当たらないのであるから、定量化された被曝線量を現時点で明確に示し得ない点をもって、放射線起因性の判断をすることができないとすることはできない』と判示し、かつ、被告が主張した加齢及び性差という他原因による影響を否定し、放射線起因性及び要医療性を認めた。この判断は、これまでの判決の判断の流れに沿うものであって、当然のことである」
これが当然の判決であるべきなのだが、それではなぜY・Mさん、O・Hさん二人に対してはそれとまったく矛盾した判断が下されるのか。まったく理解できない。Y・Iさんも手帳申請時には入市のことは書いておらず、厚労省もそれを根拠に却下処分していた。それでも平成20年になっての本人の釈明書が提出され、それが信用に足るものとされて、判決は入市の事実を認めたようだ。
 入市事実の否定、その根拠とされる被爆者健康手帳申請時の被爆状況記載内容の問題については、報告集会でも参加者、特に被爆者のみなさんから異口同音に強い批判の声があがった。被爆者健康手帳交付申請は様々な状況下で様々な人の手を介して行われているのが実態だ。将来、裁判することなど誰も想定せず、手帳が交付されることだけを念頭に申請してきた。直接被爆だけで申請できるのなら敢えて入市被爆のことまでは書く必要はなかった。そんな手帳申請時の記録を根拠に入市被爆の事実を否定するなど許されることではない、等々。

 入市被爆の事実認定については忘れられない判決の思い出がある。2016年10月30日、大阪地裁第7民事部で山田明裁判長(当時)による2人の原告に対する判決があった。この内の一人は入市被爆の日付・事実認定が争われていて、この時も手帳申請時の記載内容に原告主張との違いがあった。判決は、事実認定について争いのある時は被爆者の供述にこそ重きを置いて判断を下す、と言う明確なものだった。この時裁判所は自ら、原告の供述に基づいて当時の長崎の状況などを詳細に調べ、一つひとつ丁寧な事実認定を行って原告の訴えを認めた。この姿勢こそ、被爆者援護法に基づいて行政を担い、法を執行する者の基本であるべきではないか。
 今回の判決の第2民事部は、援護法の趣旨に立ち返ってどこまで真剣に原告と弁護団の訴えに向き合ってきたのかと疑問に思わざるを得ない。3人の結審は昨年7月24日だった。6ヶ月もの期間があった。その間、何を検討してきたのか、と。
藤原精吾弁護団長から今日の判決の感想と評価が述べられた。

 一人勝訴とはなったが、今回の判決の問題は基本的な考えたが間違っているところにある。原爆症認定訴訟の大きな流れに反した判決だ。原爆症は人類が経験したことのないもので医学的立証はできないこと、被爆放射線量の立証方法もまったくないこと、したがって厳密な証明を求めるのは間違いであること、そして原爆被害は国の起こした戦争によるものであって国に責任のあること、このことを明らかにしながら、国が却下処分を続ける中でも、司法判断によって認定の幅を広げてきたのが原爆症認定訴訟の歴史だ。第2民事部の裁判長はその流れに反した考えにこだわり、ひたすら国のやることに迎合しており、明らかに間違っている。今回の判決の基本的な間違いは控訴によって正していかなければならない。

 原告のY・Mさんは2014年5月16日の提訴だったが、2015年3月7日に他界された。享年76歳だった。裁判は奥さんが承継され、その意見陳述が代理人弁護士によって行われている。Y・Mさんは晩年7回もの入退院を繰り返し、2度の抗癌剤治療を受けるなど苦闘の日々だった。この日は報告集会にもY・Mさんの甥御さんに当たられる方が参加され、お礼の言葉とともに、一人勝訴されたY・Iさんのことは率直に「嬉しい」のその気持ちが述べられた。これから控訴も含めて検討し、みなさんと一緒にやっていきたいと挨拶され、参加者一同から花束が贈られた。

 O・Hさんは唯一人法廷で原告席に座って直接判決を聞くことになった。報告集会にも参加され、胸を詰まらせながら無念の思いを述べられた。判決は加齢が原因というが、私が心筋梗塞を発症したのは50歳の時だ。どうして加齢なのか理解できない。父親はビルマで戦死し私は顔も知らずに育った。加えて自分は被爆者となりダブルパンチの人生だった。戦争さえなければ、原爆さえなければ・・・、この辛い、悔しい気持ちをどこに持っていけばいいのか。もうとことん闘っていきたい。その決意を励ますようにO・Hさんにも花束が贈られた。

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 一人勝訴することのできたY・Iさんは2014年12月の提訴の後、翌年の2015年6月1日に他界された。享年74歳だった。亡くなる2ヶ月前にはホスピスへの入院を余儀なくされ、事態が容易でないことから病床で本人尋問が行われた。申請疾病は大腸癌、胆管癌だったが、その他にも各所に多重の癌を発症していて、辛い抗癌剤治療との格闘の晩年だった。裁判は奥さんが承継されていたが、この日は体調不良で出廷できず、代わりに担当弁護士だった杉野直子弁護士に花束が託された。Y・Iさんについては、国は控訴するな、判決を確定させよ、これ以上被爆者を苦しめるな!の声を上げていく必要がある。

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 報告集会の最後は尾藤廣喜弁護団幹事長によって締めくくられた。前回11月22日も今回も最悪の判決であった。1人勝訴とはなったが、それは国の制度がいかにでたらめかの証でもある。他原因については「これらの危険因子が重畳的に作用して申請疾病が発症したと考えても何ら不自然・不合理ではない」と言いつつ、一方放射線の起因性については厳密な立証を求める。まったく倒錯した判決、不当な判決だ。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟も終末に近づいているが、今日の判決などどうしても覆していかなければならない。そのための努力を尽くそう。

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 最後に、藤原団長の発声で「団結頑張ろう!」を三唱して報告集会を閉じた。
 傍聴記を書くための参考に過去の傍聴記をもう一度読んでみながら思うことがあった。今回判決言い渡しのあった原告は3人とも提訴が2014年だ。Y・Mさん、Y・Iさんはお二人とも残念ながら2015年に亡くなられている。2015年と言えば前回のNPT再検討会議のあった年だ。今年のNPT再検討会議のことを思いながら時間の長さを考えてしまう。あれから5年を費やしたのかと。高齢となった被爆者が長い時間をかけて裁判で争ってでしか原爆症認定を得ることのできない事態の大変さ、深刻さを思わざるを得ない。
 この5年間、世界の反核勢力は着実に絆を強め、核に固執する国々と勢力を包囲してきた。象徴的であり、決定的なのは2017年の核兵器禁止条約の採択だ。まだ条約発効には至らないまでも世界の歴史の歯車はしっかりと回転していくことを実感する。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟も、原爆症認定制度も、そして被爆者援護制度も、正しく確実に前進していくことを信じて頑張っていきたい。

 第2民事部の判決言い渡しのあった2日前、1月29日(水)には大阪高裁の第2民事部(田中敦裁判長)で控訴審の弁論も行われた。控訴した苑田朔爾さん(77歳、神戸市、3歳の時長崎の爆心地から4.0㌔で直接被爆、その後入市、申請疾病は前立腺がん)の3回目の弁論で、この日が弁論終結となる可能性のある法廷だった。
 準備書面の確認などが済まされた後、尾藤弁護団幹事長によって意見陳述が行われた。陳述は前半で原爆症認定訴訟の経過が簡潔に述べられ、その中で特に2008年に採用された「新しい審査の方針」の中の「積極的認定」のことが強調された。「この制度の最も大切な点は、集団訴訟の判決の到達点がこの『積極認定』の基準を上回っていたところから、積極的認定の対象にならない人については、『申請者にかかわる被曝線量、既往歴、環境因子、生活歴等を総合的に勘案し、個別に起因性を総合的に判断する』といういわゆる『総合判定』の制度があり、これにより認定すべき人については、認定するとしてことでした」とし、しかし「総合認定」は極めて消極的に扱われ、実際には直爆3.5㌔、入市時間100時間が壁となってきたことが明らかにされた。
陳述の後半は「総合認定」を積極的に行うことを求め、一審判決の誤り、問題点が5点に渡って指摘された。①放射性降下物の発生・降下機序を無視していること、②放射性降下物の降下状況の下での飲食の生活実態を無視していること、③「総合認定」の視点が欠けていること、④他原因があっても放射線被曝による影響と相まって発症促進したと言える場合は起因性が認められること、⑤加齢を理由に放射線起因性を否定するなどあってはならないこと。
 尾藤弁護士の陳述の後裁判長が弁論の終結を宣言し、これで結審となった。判決言い渡しは4月17日(金)午後2時からと決められた。
 高裁第2民事部の控訴審弁論は今回を含めて結局3回しか行われなかった。初回は昨年の7月25日(木)、原告の苑田さんがあらためてしっかりと意見陳述され、担当の濱本由弁護士がパワーポイントを使って放射性降下物のメカニズムや実態、内部被曝の危険性などを詳しく陳述した。この時は次回以降も充実した陳述、プレゼンが行われるものと期待した。しかし10月15日(火)に開かれた2回目の弁論では、予定していたパワーポイントを使っての陳述は認められず、沢田昭二名古屋大学名誉教授の証人採用申請も却下され、訴訟進行を急ごうとする裁判長の姿勢ばかりが露になった。そして今回3回目の弁論で結審を迎えることになった。
 裁判長の強引な訴訟指揮でここまでの事態となってしまったが、それでも判決まで3ヶ月ある。「公正な判決を求める」署名運動などを最大限強めて勝利をめざしていこう、と報告集会で確認しあった。
 報告集会では、1月21日(火)に最高裁第三小法廷(宇賀克也裁判長)で開かれたノーモア・ヒバクシャ訴訟の弁論についてその様子が報告された。原爆症認定訴訟で史上初めて最高裁で開かれた弁論だ。原告は広島地裁、名古屋地裁、長崎地裁でそれぞれ提訴した3人の被爆者で、経過観察などを要医療性の要件に認めるかどうかが争点となっている。法廷では3人の中から広島地裁に提訴した内藤淑子さん(75歳)と、名古屋地裁に提訴した高井ツタヱさん(83歳)のお二人が意見陳述を行い、新聞各紙やテレビ局などメディアでもその内容が報道された。
 傍聴された愛須弁護士から当日の法廷の様子が次のように紹介された。二人の被爆者の方が陳述される姿は神々しいというほどのものだった。被爆者が長年にわたって闘い続け、原爆症認定訴訟も勝利を積み重ね、大きな流れを作って、とうとう最高裁で弁論するまでに至った。二人の被爆者は全国の被爆者の代表としてここに来ている。そして二度と自分たちと同じ経験をすることのないようにと訴えている。最高裁の法廷で、核兵器の廃絶を求め、核兵器禁止条約の発効を訴えている。これは被爆者運動の歴史的瞬間ではないか。記念すべき時ではないか。その場に居合わせ、立ち合えていることに深い感動を覚えた。判決はどのようなものになるかは分からない。しかしどのような判決であっても、決して挫けることなくさらに闘っていく、その決意を促す最高裁の法廷であった。
 最高裁の判決言い渡しは2月25日(火)15時から行われる。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
 2020年 2月25日(火)15:00 最高裁第三小法廷 判決
 2020年 2月28日(金)13:30 控訴審・高裁第6民事部 81号 医師証人尋問
 2020年 4月10日(金)14:00 地裁第2民事部 1007号法廷 N・Kさん判決
 2020年 4月17日(金)14:00 控訴審・高裁第2民事部 82号 苑田さん判決
 2020年 4月22日(水)13:30 控訴審・高裁第6民事部 81号 弁論(結審予定)
 2020年 5月30日(土)14:00 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟全面勝利めざすつどい

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被爆二世の
ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(77)
11月22日地裁第2民事部
原爆症認定訴訟が切り開いてきた歴史と到達点に真っ向から逆行する異常な判決!
こんなものに屈することなく前を向いて闘い続けていこう!
2019年11月25日(月)


 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の尾藤廣喜弁護士(弁護団幹事長)の弁を借りれば、「京都・小西訴訟以来30年以上原爆症認定訴訟に携わってきたが、その中で率直に言って最も悪い判決」、というとんでもない判決が、11月22日(金)大阪地裁第2民事部(三輪方大裁判長)で出されてしまった。

 原爆症認定と国家賠償を求めて大阪地裁で争っている原告は第2民事部の7人。そのうちの3人が11月22日(金)、判決言い渡しの日を迎えた。原告の一人は高橋一有さん(78歳、兵庫県三木市)。4歳の時、8月12日に長崎の爆心地から1.1㌔まで入市、心筋梗塞を発症して2011年に認定申請、2013年年1月に提訴。申請から8年、提訴以来ほぼ7年を要して今日の日を迎えた。あとの二人、A・Tさん (77歳・女性、大阪府河内長野市)とM・Yさん(故人・男性、滋賀県)はすでに自庁取り消しで原爆症認定を受けていたが、国家賠償を求めて裁判を続けてきた原告だ。
 判決を下す三輪裁判長は2017年春から第2民事部の担当をしてきた。この2年半、第2民事部は原告数が多かったこともあり12回もの弁論期日を重ねた。私たちもその都度この裁判長と向き合ってきた。そして今回、三輪裁判長が下す初めての判決。どんな人なのか、どういう傾向の人なのか、私たちは知る由もない。ただ、今年5月15日の結審の時には、判決言い渡しが半年も先になることをやや釈明するかのような感じで、あえて「判決は一生懸命考えたい」と最後に一言添えられたのが何故か印象に残っていた。

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 いつものように裁判所前の若松浜公園で判決前集会を行い、入廷行進をして1007号法廷に入った。午後1時10分開廷。主文の読み上げには原告名がなく事件番号だけ。傍聴席の私たちには誰についての判決なのか分からない。しかし、いずれも「棄却する」の言葉だけは明瞭に響いてきて、全員、認められなかったことはすぐに分かった。なんという判決だ!腹立たしくなって席を蹴って退席しようとした時、裁判長が判決の理由を口頭で述べると言い出した。ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟では珍しいことだ。
 口頭なので、詳細で正確なところは分かりかねたが、「一般的には外部被ばく、内部被ばくの影響は肯定されるものの、それ以上に進んで、原告の放射線被曝量がどの程度か具体的・定量的に認めることはできない」、「原告の申請疾病(心筋梗塞)の発症は56歳であり、脂質異常症、高血圧症、加齢が原因となった発症とみても不自然、不合理ではない」等々の言葉が並んだ。原告の浴びた被ばく線量まで具体的な数字で示されたように思う。原告は被ばく線量を具体的に示さなければならない、他原因があればそちらが重視される・・・まるで国の主張をそのまま受け入れた、なぞったような判決理由ではないか。半年もかけてこんな判決を準備してきたのか、と落胆と憤怒の入り混じった気持ちを抱きながら、裁判所前の旗出し集会へ、そして報告集会会場の北浜ビジネス会館へと足を運んだ。旗出しは「不当判決」の4文字。これだけの旗出しは近畿訴訟では初めてのことになった。

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 重い雰囲気の中、午後2時から報告集会。まず愛須勝也弁護団事務局長から今回の判決をめぐる状況と結果について怒りの報告が行われた。要旨は以下の通り。

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 大変残念な結果となった。今回の裁判長については、これまでの他の裁判の判決状況などから警戒感をもってはいたがこんなことになるとは。
 原告の高橋さんの申請疾病は心筋梗塞。積極的認定範囲とする翌日までの入市、爆心地から1㌔以内入市という基準からは少しずれるが、同じ近畿訴訟でも同様の被ばく状況で心筋梗塞を原爆症と認定された判決実績がある。それは心筋梗塞発症にはしきい値はない、線量基準はないのだと明瞭に判断されたものだった。今度の高橋さんの判決でそのことをより確固としたものにしていく、高橋さんで勝てなければ認定される人はいないことになる、そういう位置づけでのぞんできた裁判だった。
 しかし、判決は国の主張をそのままなぞるようなものだった。冒頭から高橋さんの被爆の程度について論じ、国の主張する今中論文に依拠すれば高橋さんの被ばく量は0.0014グレイだとそのまま述べ、そればかりか裁判所自らがわざわざ入市状況の係数などを計算して実際の被ばく量は0.000056グレイになると示した。残留放射線、内部被ばくはまったく無視してよいとし、高橋さんの浴びた被ばく線量は非常に低いのだと断定。「誘導放射化物質及び放射性降下物から発せられる放射線による外部被曝及び内部被曝を受けた可能性があるということができるものの、それ以上に進んで、その放射線被曝量がどの程度かを具体的・定量的に認めることはできないといわざるを得ない」というのがこの部分の結論だ。言葉を変えれば、原爆症と認定するには根拠のある具体的な被曝線量を立証しろ、と言うことだ。一体、被爆者援護法の国家補償的性格をどう見ているのか、原爆症認定訴訟の歴史で積み重ねられてきた判決実績をこの裁判長はどう受け止めているのか、まったく理解していないのではないかと言わざるを得ない。そんなものは一切無視して、普通の民事訴訟と同じ論理で判決されてしまっている。
高橋さんの心筋梗塞発症の危険因子は上げれば山ほどある。高脂血症も高血圧も、そして加齢も。今回の判決は、放射線の影響は否定できないものの、その程度は立証できない、そして他原因も高いので認定申請を棄却するというもの。原爆症認定訴訟で積み上げられてきた成果を根本からひっくりかえす結論であって、これまでの判決の到達点に照らしても到底認めるわけにはいかない。
 原爆症認定訴訟において国家賠償請求が認められた例は過去2件しかなく、実際には難しいことになっている。それでもA・Tさんの場合は、平成7年と平成20年と2度にわたって同じ疾病の申請が却下処分され、行政処分のひどい実態が明らかになっていた。それに加えてさらに、国は遂にはA・Tさんの疾病を認めざるを得なくなり平成29年に自庁取り消しを行ったが、謝罪の一言もなく認定通知を送り付けただけだった。こんなひどいやり方はない。当然国家賠償するに値するとして請求を続けてきた。
これに対して判決は、「認定申請についての審査会の意見に従って却下処分した場合は、特段の理由がない限り、違法の評価は受けないと」とした。審査会の答申通りやっているのだから行政(厚労大臣)には問題はないというわけだ。これも認定行政の実態をまったく無視したとんでもない判決理由だ。
 このような判断枠組みでいくと、今後も続く裁判の原告は誰も認められなくなってしまう。実際に第2民事部は年明けの1月、それから4月と、同じ裁判長の下での判決が続く。何とか克服していかなければならない。
名古屋、広島、福岡の各高裁から上告された3件の訴訟は最高裁で受理され、年明け1月に弁論が開かれることになった。2003年以来の集団訴訟と運動によって原爆症認定制度は被爆の実態に基づきながら拡大を勝ち取ってきた。そのことを最高裁にも社会的にもしっかりと訴えていく機会にしなければならない。原爆症認定訴訟の終局的な解決に向かっていく今、そういう状況だからこそ今回の判決は控訴して、高裁で絶対にひっくり返すことが必要だ。
今日の判決言い渡しにはA・Tさんと高橋さんの二人の原告が出廷し、自身で直接判決を聞くことになった。A・Tさんは体調不良をおしての出廷だった。高橋さんも体調が十分ではない中、自宅の兵庫県三木市を早朝に発って駆けつけられた。高橋さんの場合、ご家族が高橋さんの健康を心配して裁判には反対だった。それでも高橋さんは、自分のような被爆者が原爆症に認められないような事態を放置しておくことはできない。自分のためだけではない、多くの被爆者のための裁判なのだと、氏名も公然と明らかにし、周囲からいろいろ言われるようなこともこあったようだが、すべてを乗り越えて今日まで訴えてこられた。
こうした被爆者の思いに裁判長は向き合おうとしなかった。被爆者一人ひとりの思いがここまでの裁判の到達点になっていることをまったく理解していない、理解しようとしなかった。私たちはこうした被爆者の姿を裁判長に見せられていなかったのだといわざるを得ない。

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 かって、文字通りの集団訴訟を闘っていた頃は、難しい症例の原告があっても集団訴訟の中で一緒に乗り超えてきた。今は一つひとつの裁判が1人から2人の少ない原告での闘いになっている。普通の民事訴訟のように、具体的な症状についてより緻密な審理が行われ、本来の訴訟の趣旨から外れていきおい医学的な分析などにはしりがちだ。
この事態をなんとか克服していかなければならない。今、原爆症認定訴訟は本当に山場、踏ん張りどころとなっている。こんなところで止まっていたら、今まで何年も何をしてきたのかということになってしまう。

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 判決の分析、判決に対する声明の作成、そして記者会見を終えて弁護団の人々も報告集会に駆けつけてきた。まず、代理人として高橋さんを担当してきた小瀧悦子弁護士から原告団・弁護団・支援ネットワーク連名の声明について説明と報告が行われた。予想もしなかった判決結果、しかもあまりにもひどい内容であったため声明について検討し作成するのも随分時間がかかったようだ。声明は、被ばく線量の確定という不可能なことの立証を原告に求めた問題、高脂血症や高血圧など他原因自体が放射線被ばくによるという知見が確立していることを無視した問題、そして行政のやり方を追認しただけの国家賠償請求棄却の問題等にまとめられ、強い抗議と国及び厚生労働省に対する3点の要求を示した。

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 次いで尾藤弁護士から記者会見の状況なども含めて以下の報告が行われた。
会見では、これほど線量にこだわった判決がこれまでにあったのかとか、高橋さんのような入市日で認定されたことはあるのか、等々相当に詳細な質問が相次いだ。
 私はこれまでで最も悪い判決であることを強調した。その理由の第一は、原告である被爆者に被ばく線量の確定を求めていること。被爆当時どこをどう歩いたかも分からない人に対して、どのような放射線をいくら浴びたのか立証しなさいと言っているわけで、およそ不可能なことを強いている。それに答えられないと認められないというのであれば、認められる人は一人もいなくなる。すでに自庁取り消しによって認定されている二人の原告だって、被ばく線量の確定を求められていたら棄却されていたことになる。今の厚労省の基準よりもとっと厳しいことを求めたのがこの判決だ。
 もう一つは、他原因について。脂質異常症、高血圧、加齢、こういうものが申請疾病の発症に一定程度要素としてあると立証されれば、原爆症は認められないとしたこと。これまで積み重ねられてきた判決の考え方は、申請疾病に放射線起因性が一応認められれば、他原因があったとしても、他原因がもっぱらの原因として立証されない限り、原爆症を認めるとしてきた。まったく逆転した反対の考え方だ。
 今回の判決は、原爆症認定訴訟の歴史で積み重ねられてきた考え方をまったく踏み外した、特異な判決と言わざるを得ない。こんなことに屈することなく頑張っていこう。

 報告集会参加者からも、判決に対する率直な感想、意見、これからさらに頑張っていこうという発言が様々になされた。このノーモア・ヒバクシャ訴訟、狭い範囲での裁判運動に止めてはならない。原爆投下によってどれだけの被害が起きたのか、原告となっている被爆者個人の健康問題に狭めるのではなく、被害の実態をもっと掘り起こしながら大きな世論作りをめざしながら進めていく必要がある。同様に、核兵器廃絶をめざす運動、憲法9条の改悪を許さず平和を守り抜くとりくみと共に、その中で、そうした運動に支えられたノーモア・ヒバクシャ訴訟にしていこう。11月11日に「公正な判決を求める署名」を第2民事部に提出したがその数は千にも満たない688筆だった。率直に言って私たちの支援運動も決して十分なものとは言えなかった。どのような裁判長の下であっても幅広い世論に押された、そのことが具体的に示される支援運動にしていく必要がある、といった内容であった。

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 最後に藤原精吾弁護団長から今日の日のまとめと、これからさらに頑張っていこうというよびかけが以下のように行われた。
今日の判決がどのようなものであろうと、私たちのめざすべき目標はハッキリしていて、それを目指して歩まなければならない。その一つは、国が起こした戦争によって、原爆が投下され、それによってもたらされた過酷な運命を被爆者は何十年も生きてこざるを得なかった。それに対して国は責任を取らなければならない。被団協は命の保障、暮らしの保障、平和の保障と3つの保障を求めているが、被爆者援護法はその保障の中の一部でしかない。法の下での裁判なので今私たちは放射線被ばくに限ってしか要求できていないが、本来被爆者は現行法=被爆者援護法の抜本的改定を求めてきた。その中で裁判は勝利を重ね、認定制度を少しずつ拡大してきた。裁判官の当たりはずれはある、心得の悪い裁判官はいる、それは裁判だからしようがない。しかし私たちはそれにくじけるわけにはいかない。

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 明日(11月23日)ローマ法王が来日する。被爆者を励まし、被爆者と同じ気持ちで核兵器を止めなさいと言い、日本政府にもそのことを示しに来る。私たちは法王の来日をそのように受け止めたい。
近畿訴訟でこれから予定されている判決は同じ第2民事部であり、厳しいことは予想せざるを得ない。しかしたとえ不当判決が出ても私たちの歩む道は変わらない。被爆者に対する責任を果たさせること、核兵器をなくすこと、この二つ目標に向かって歩み続けよう。
 12月に何度目かとなる厚労相との定期協議が行われることになった。大臣が官僚答弁を読み上げるだけの何にもならない協議はもうやめて、今回は私たちの側が言いたいことを言えるスタイルの協議会にしようと話し合っている。
年明け1月21日には最高裁で弁論が開かれることになった。原爆症認定訴訟で最高裁の口頭弁論が行われるのは初めてのことだが、だからと言っていい判決が期待できるわけではない。最高裁が何を言おうが、口頭弁論の開かれる機会に、私たちの訴えを広く社会に知ってもらう、そういうチャンスにしなければならない。最高裁での弁論機会というチャンスを生かして、被爆者の実態、国の政策の誤りを明らかにし、メディアには全国に広めてもらう。広範な人々に、この問題についての認識をもう一度持ってもらう、そういう活動をしていきたい。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟もまだまだ終点に行き着かない。これからまだしばらく闘う必要があるが、目標はハッキリしている。みんなで共通の目標に向かって前進していきたい。

 原告のA・Tさんは体調を考慮して報告集会には参加できなかったが、高橋一有さんは集会の最後まで参加され、みんなと共にあった。「判決後の弁護士のみなさんの検討会議に参加していて、私どものためにここまで一生懸命やっていただいているのかと感動した。体が悪いとかしんどいとか言っておられないと強く思った。ここまで来たら、最後の最後まで頑張ります」と力強い決意が述べられた。
 報告集会参加者と支援を続けてきた人々全員から、高橋さんへの労いと激励の思いを込めた花束が贈られて、報告集会を閉じることになった。



ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2019年12月24日(火)13:10 控訴審・高裁第6民事部 81号  T・Iさん弁論
2020年 1月29日(水)14:30 控訴審・高裁第2民事富 82号 苑田さん最終弁論
2020年 1月31日(金)13:10 地裁第2民事部 1007号法廷
Y・Mさん、O・Hさん、Y・Iさん判決言い渡し
 2020年 2月28日(金)13:30 控訴審・高裁第6民事部 81号  T・Iさん弁論
 2020年 4月10日(金)14:00 地裁第2民事部 1007号法廷  N・Kさん判決
2019.11.30 Sat l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top




2019年11月22日
ノーモア・ヒバクシャ訴訟大阪地裁判決についての声明
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿原告団・全国弁護団
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿弁護団・全国弁護団連絡会
ノーモア・ヒバクシャ訴訟支援近畿ネットワーク

 本日、大阪地方裁判所第2民事部(三輪方大裁判長)は、原告3名のうち原爆症認定申請の却下処分の取り消しを求めた1名、提訴後、却下処分が取り消されたため、国家賠償請求のみを争った2名、併せて3名の原告らの請求をいずれも棄却する不当判決を下した。

 判決は、理由として「その放射線被曝量がどの程度かを具体的・定量的に認めることはできない」として、これまでの判決では全く要件としていなかった放射線被曝線量の具体的・定量的な確定を求めている。しかしながら、当時の状況から見てこのような被曝線量の確定は不可能である。
 また、申請疾病の危険因子として、脂質異常症、高血圧症及び加齢の存在を挙げて、これらの危険因子が重畳的に作用して申請疾病が発症したと考えても何ら不自然・不合理ではないとした。そして、放射線被曝と脂質異常症及び高血圧との関連性を直ちに否定することはできないとしながらも、放射線起因性について「通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るに足りる程度の高度の蓋然性が証明されたものと認めることはできない」としている。

 これらの考え方は、原爆症認定訴訟における長崎原爆松谷訴訟最高裁判決とこれまで集積した集団訴訟の司法判断に真っ向から反する。

 また、国家賠償請求を行った2名の請求を棄却した理由について、第1に原爆症認定申請について審査会の意見に従って却下処分をした場合は、特段の理由がない限り、違法の評価を受けないとした。そして、第2に原爆症認定の審査について長期間を要したとは言えないとした。
 しかし、原告らの中には認定申請してから10年以上経過した者もいるのであり、判決の判断は、明らかに誤っているというべきである。

 また、国家補償的観点から制度化された原爆症認定制度の趣旨について根本的理解に欠けたものと言わざるを得ず、到底容認できない。

 国及び厚生労働省に対して、ノーモア・ヒバクシャ訴訟原告団、全国の被爆者、弁護団は、以下のことを求める。
1 「新しい審査の方針」の誤りを認め、これを変更し、全原告を救済すること
2 被爆者が「裁判をする必要がないように」被爆者援護法と原爆症認定の在り方を抜本的に改め、被爆者の命あるうちに問題を 解決すること
3 唯一の原爆被爆国として核兵器の非人道性を国際世論に訴え、核兵器禁止条約に加
 入し、核兵器廃絶国際運動の先頭に立つこと
以上

2019.11.22 Fri l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(76)
地裁第2民事部の原告7人全員の判決言い渡し日が確定!
審理を急ぐ控訴審の強引な訴訟指揮、それに負けない「公正判決」署名運動を!
2019年10月20日(日)


 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の前回の法廷が7月25日(木)で、それから3ヶ月近い時間を置いてこの秋の闘いが再開された。この間、8月には今年も原水爆禁止世界大会が開催されて来年のNPT再検討会議に向けた運動方針が確認され、9月には核兵器禁止条約を批准する国が32ヵ国に至って条約発効への具体的な展望が切り開かれ、10月には一千万筆を越える「ヒバクシャ国際署名」が国連総会第一委員会に提出されて世界の人々の核廃絶への強い願いが示されてきた。

 近畿訴訟は10月11日(金)、大阪地裁第2民事部(三輪方大裁判長)の原告の一人N・Kさん(女性・79歳・神戸市)の最終弁論が行われた。N・Kさん本人と愛須勝也弁護団事務局長によって最後の意見が述べられた。私はこの日事情があって傍聴出席することができなかったので、お二人の陳述書から訴えの内容を紹介することする。

 N・Kさんは4歳の時長崎で被爆。以来健康とは程遠い人生を歩み続けてきた。幼い頃から貧血や目まいに襲われることが多く、学校の体育の時間はほとんど見学、夜間に呼吸が早くなって起こされることも度々だった。地元では結婚することもできず、20歳で神戸に出てきてその後結婚。長女を出産してからうつ病に襲われるようになり食事もできないほどとなった。それから後も様々な病気に見舞われ、そして乳がんを発症。この乳がんで原爆症認定申請をした。乳がんの後遺症は今も続き、手の浮腫、両足のしびれなどがひどく毎日が辛いものとなっている。原爆がなければ父や兄たちも早く亡くなることはなかった、私の健康な身体で人生は違ったものになっていたはずだ。私の身体が弱いのは原爆のため、私の乳がんは原爆症だと裁判長には認めていただきたいと訴えた。
 N・Kさんは係争中のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の地裁審理の最後の原告となる。愛須弁護士は地裁での審理の最後をまとめる形で最終意見陳述をした。2003年に始まった原爆症認定集団近畿訴訟は合計13の地裁判決、5つの高裁判決、3つの最高裁判決が出されてきた。2009年には「8・6合意」も交わされたが、国の約束破りによって新たな集団訴訟(ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟)が闘われてきた。その新しい集団訴訟も地裁審理は本件が最後となる。全国的にも認定訴訟は終結に向かいつつある。しかし、原爆症をめぐる問題が解決したのかというとそうではない。
 原爆症認定集団訴訟によって認定基準は、入市被爆や直爆距離などにおいては拡大がはかられてきた。その認定基準の拡大を導いたのは原告となって起ちあがった集団訴訟304人、第2の集団訴訟121人の被爆者のみなさんの力、思いだった。しかし、厚労省は積極的認定の対象とならない申請について「総合的に判断する」ことに極めて消極的な態度をとり続け、実際には直爆3.5㌔、入市時間100時間を大きな壁としてしまい、新たな基準を機械的に適用してきた。
 今あらためて被爆者援護法の立法趣旨を想起しなければならない。被爆者の平均年齢は80歳を超え、法廷にすら立てない原告も増えている。若年の被爆者は被爆時の記憶すらもともとない。加齢による記憶の後退、証言者も亡くなり、詳細な被爆の実態の立証を前提とする裁判による解決自体が構造的に困難になりつつある。
 被爆者援護法の立法趣旨と訴訟に立ち上がった被爆者の願いに思いを致し、現状追認することなく、認定行政の改善につながる判決を下されることを切望するとして陳述は締めくくられた。
 N・Kさんへの判決言い渡しは2020年4月10日(金)午後2時から、と言い渡されて第2民事部もすべての弁論が終結となった。

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 これで第2民事部の判決言い渡しの日程はすべて確定。最初の3人は11月22日(金)の午後1時10分から、次の3人が年明け1月31日(金)の午後1時10分から、そしてこの日決まったN・Kさんが4月10日(金)。

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 翌週の10月15日(火)の午後、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の二つの控訴審が連続して開かれた。午後1時30分からは81号法廷で大阪高裁第6民事部(中本敏嗣裁判長)。今年5月23日(木)の地裁の不当判決で敗訴となったT・Iさん(男性・76歳・城陽市)の控訴審、第1回目の弁論。冒頭に原告のT・Iさんや担当弁護士による口頭の意見陳述があるのかと思っていたが、それはなく、いきなり裁判長から双方への質問、問い質しのような形から審理は入っていった。口頭でのやりとりを聞いているだけではよく分からない点もあったが、概ね以下のようなことではないかと理解した。T・Iさんの申請疾病の一つは慢性肝炎だが、国も第一審判決もT・Iさんの疾患は脂肪肝であり、それは慢性肝炎の範疇に含まれないとしている。裁判所が医学的判断をするのは本来なじまないことであり、そもそも、現行の「新しい審査の方針」が2008年に策定された時、慢性肝炎の範囲はどのように議論され策定されていたのか、そのことを国側は明示すべきではないか。控訴人(原告)側には、脂肪肝であってもその発症に放射線起因性を主張するのであればそれは(一審とは異なる)新しい主張となるのではないか、といったような内容であったと思う。
 それぞれに主張、意見を準備していくことが確認され、次回期日は12月24日(火)、次々回期日を2月28日(金)と決められてこの日は閉廷となった。第6民事部のこの裁判長は、一審判決文や控訴理由書、意見書等々をよく読みこなしていて、論点を自分なりに整理して、その線に沿ってテキパキと訴訟を進行させていこうとしている人なのかと思った。
 同じ日、連続して午後2時30分からは隣の82号法廷で高裁第2民事部(田中敦裁判長)。こちらは苑田朔爾さん(77歳・神戸市)の2回目の弁論。1回目の7月25日(木)の時にはパワーポイントを使った意見陳述が行われ、傍聴席からもとても分かりやすいプレゼンだったと好評だった。あの時、本来は2017年8月6日放送のNHKスペシャル『原爆死~ヒロシマ72年目の真実~』というタイトルのDVD上映も計画されていたが、事情があって上映が間に合わなかったとされていた。2回目の今回はこのDVD上映から始まることを期待していたが、残念ながらそうはならなかった。

 法廷は控訴理由書や意見書などの取り扱いを確認した後、いきなり原告側からの名古屋大学の沢田昭二名誉教授の証人採用申請についての判断となった。裁判体協議の結果証人申請は却下された。その後、証人が認められないのなら補充の意見書提出や、それに対する国側の反論の意見書の提出、そしてその提出時期のやりとりとなった。控訴側も被控訴側もそれぞれ十分な時間をとって準備したいと主張したが、これも裁判体協議の結果、控訴人側の意見書提出は12月23日まで、被控訴人側の反論の意見書提出も1月22日までと裁断されてしまった。「控訴手続き以来もう何ヶ月も経っている。いまさら何をもたもたと時間をかける必要があるのか」と言い放たれたような感じだった。そして、次回期日を年明けの1月29日(水)と決め、それも特段の事情が生じない限りこの日を弁論終結とするまで言い切られた。十分な主張、立証、審理よりもはじめにスケジュールありきで、さっさと判決を出してしまいたい、そんな強引さを強く印象付ける訴訟指揮が露わになった。

 二つ連続の法廷の後、まとめて報告集会が開催された。第6民事部も第2民事部も今日は裁判長と双方の代理人のやりとりに終始したため、傍聴席からは分かりにくい法廷となった。このため報告集会ではそれぞれの担当弁護士から今日の法廷のやりとりとその前後のことについて説明されることになった。第6民事部のT・Iさん担当の中道滋弁護士からは、脂肪肝発症にも放射線起因性のあることの証明をもう一度整理して新しい主張として提出していくこと、今日の裁判長はもう一つの申請疾病の糖尿病については一言も触れなかったが、糖尿病の放射線起因性についてもさらに重視して主張していくこと等が説明された。

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 第2民事部の苑田さん担当の濱本由弁護士からは、今日の法廷に入る前から“事前の攻防”のあったことが紹介された。濱本弁護士は前回第1回目と同様にパワーポイントを作成し、それを使った意見陳述を準備して提出、愛須弁護士からもその陳述を強く要請していたが、裁判所はそれを認めないとう事態があった。そして今日の法廷で、証人申請を却下し、補充意見書の提出を急がせ、結審の日まで決めてしまった。とても急いでいる裁判長の意気込みのようなものを感じざるを得ない。こうなった以上、最大限頑張って補充意見書を作成、書面を準備していきたいと決意が表明された。

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藤原精吾弁護団長から今日の二つの法廷を経ての感想が以下のように述べられた。今日の法廷を経て二つのことが明らかになった。一つは集団訴訟が個別訴訟になっていること、二つは被爆者訴訟から医学的訴訟になっているという問題。原爆被爆は70年以上も前のことであり、しかもまだ放射線の人体に与える影響は2~3%、多くても5%程度しか分かっていないのが実態。一般的な因果関係を論じようとすると難しいのは当たり前で、個別訴訟でしかもそれが医学的訴訟となれば主張立証するのは極めて困難なことになる。したがって、今、裁判所のやり方を変えさせていかなければならない。そのためには、外からの要因と内からの要因が必要。外からの要因とは、公正な判決を求める署名運動などを一層強力に推し進めて、原爆症についての社会的認識とアピールを高め、それが裁判官に伝わるようにしていくこと。今最高裁に係争中のノーモア・ヒバクシャ訴訟も、問われているのは要医療性についての判断だが、前提として最高裁が被爆者援護法に基づく被爆者援護の積極的判断を示せば大きな要因となる。内からの要因とは、今裁判所が判断基準にしようとしている「新しい審査の方針」自体が国による政治的判断、政策的判断で決められたものであることを裁判所に理解させること。被爆者援護法の本当の精神に立ち返って、被爆者を救うのか救わないのかを判断することこそが基本であり、合わせて、被爆者が裁判を通じて何を求めているのかを、裁判官に理解させていくことが重要になっている。

 今日も法廷と報告集会にはいつものように第6民事部の原告T・Iさんが出席された。T・Iさんは申請疾病の慢性肝炎、糖尿病以外にも十指に余る疾病に罹ってきた。それらの根本の原因はすべて放射線被爆にあると思っている。真鍋先生に書いていただいた意見書は素直に読めば誰でも理解できることだ。真鍋先生に感謝し、これからも頑張っていきたいと感想と決意が述べられた。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟勝利判決のためにあらためて二つの署名運動が提起され、報告集会参加者全員で確認した。一つは地裁向けでこれから迎える7人の原告の公正な判決を求めるもの。これは11月11日を目途に集約、提出していく。もう一つは2人の控訴審原告の公正な判決を求める高裁向けのもの。また11月22日(金)に迫った地裁第2民事部の3人の原告の判決言い渡し日当日の応援行動も提起され確認された。

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 報告集会は最後に尾藤廣喜弁護団幹事長の要旨以下のようなまとめのあいさつで閉じられた。今日の二つの法廷で裁判長の訴訟指揮の実態がつぶさに明らかになった。両方ともに急いで審理を進めたいというのか特徴で、被爆者の実態をしっかりと理解して判断できるのかどうか大変心配な点だ。特に第2民事部の審理進行には危ういものを感じる。個別の医学論争になれば克明な因果関係の立証を求められそれは不可能なこと。そうではなく被爆者救済の観点から原爆症認定の判決を積み上げてきたのがこれまでの実績。そのことを裁判所がどのように理解し考えているのか。提起されている公正な判決を求める署名運動を積極的に取り組んで世論に訴え、裁判所にもアピールしていこう。ノーモア・ヒバクシャ訴訟もいよいよ原告は少なくなりつつあり、だからこそ今頑張っていこう。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2019年11月22日(水)13:10 地裁第2民事部 1007号法廷
高橋、淡路、Ⅿ・Yさん判決言い渡し
2019年12月24日(火)13:10 高裁第6民事部 81号法廷    T・Iさん弁論
2020年 1月29日(水)14:30 高裁第2民事富 82号法廷   苑田さん最終弁論
2020年 1月31日(金)13:10 地裁第2民事部 1007号法廷
Y・Mさん、O・Hさん、Y・Iさん判決言い渡し
2020年 2月28日(金)13:30 高裁第6民事部 81号法廷    T・Iさん弁論
2020年 4月10日(金)14:00 地裁第2民事部 1007号法廷  N・Kさん判決
2019.10.23 Wed l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top