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被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(88) 最後のノーモア・ヒバクシャ訴訟勝利に向けて眞鍋医師が圧巻の証言! 大阪高裁第14民事部の最終弁論は10月21日に決定!
2021年7月2日(金)
 5月13日(木)の大阪高裁第12民事部で勝訴判決を勝ち取った高橋一有さんは、その後国が上告を断念。5月28日、勝訴判決が確定した。一方、最高裁への上告手続きをとっていたT・Iさんは6月18日(金)に上告が棄却され、控訴審での敗訴判決が確定することになった。ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟で係争中の原告はいよいよ高裁第14民事部のY・Mさん(男性、故人、兵庫県、申請疾病食道がん)、O・Hさん(男性、78歳、大阪府、申請疾病心筋梗塞)の二人だけとなった。その控訴審の3回目の法廷が6月24日(木)行われた。  開廷前、国側代理人席に陣取ったのは9人。いつもより大勢の陣容で、何となくこれまでとは違う“構え”のようなものを見せている。これも5月13日の高裁第12民事部で逆転判決を受けた影響か。裁判長が前回までの小西義博裁判長から本多久美子裁判長に代わっており、裁判体も新しくなった。法廷は202号大法廷だが、傍聴出席は25人。コロナ対策緊急事態宣言真っ最中でありこれはやむを得ない。原告席には今日もO・Hさんの姿があり、法廷の行方を最後まで見届けられた。 午後1時30分開廷。弁論の更新とそれぞれの準備書面が確認された後のタイミングで、原告側代理人席から尾藤廣喜弁護団幹事長が立ち上がり、国側の意見書等提出ルール違反について厳しく批判、撤回が求められた。期日の数日前になって突然食道がんと心筋梗塞についての医師意見書や、「専門家」連名の「放射線被ばくと心血管疾患の関係」なる証拠書類が、しかもいずれも大部のものが提出された。民事における書面提出ルールは少なくとも一ヶ月前には出すべきものであり、それを著しく逸脱したこのようなやり方を到底受け入れることはできない。原告側は対応することもできない。撤回すべきである、というのがその内容だった。  国側代理人はあれこれ言い訳めいたことを言っていたが傍聴席から聞いていても要領を得ない。直ちに裁判体の合議がもたれ、意見書、書証の本日の提出は留保する、とあっさり退けられてしまった。国側はいきなり出鼻を挫かれてしまった格好だ。  今回の法廷の本題は医師証人尋問。証人は阪南医療生協診療所所長の眞鍋穣医師。前回1月26日(火)の法廷で証人採用は決定されており、5ヵ月を経てのこの日だった。主尋問は、Y・Mさん担当の崔信義弁護士とO・Hさん担当の中森俊久弁護士によって行われた。 223959658_5944379008970110_257421101006657893_n_convert_20210812111805.jpg  最初にY・Mさんについて崔弁護士からの尋問。眞鍋医師の専門が小児科であり、子どもの扁桃腺炎についても数多くの診療実績がある。そのことを前提に、Y・Mさんが被爆後に発症した扁桃腺炎の特徴についてから尋問は始められた。小児によくある扁桃腺炎は3~4歳から繰り返し、5~6歳がピークとなり、小学校に入る頃には減っていくのが一般的。逆に小学生になるまで元気だったY・Mさんが7歳になって扁桃腺炎を繰り返すようになったのは被爆の影響と考えざるを得ない。そうしたことが外国の具体的な事例、ロシアの核兵器工場周辺地域の発症事例報告などに立ち入りながら説明されていく。扁桃腺炎を繰り返し発症している症状から、想定される被ばく線量は0.6Gy~1.5Gyほどになること、さらに被爆者が食道がんになる割合は被爆者でない人の2倍にもなることが、具体的な資料、データに基づいて証言されていく。  一審判決と国側意見の基本はY・Mさんの食道がん発症原因を放射線被ばく以外に求める他原因とするものだが、それに対して緻密で詳細な反論とその根拠が明らかにされていく。参考文献に基づいてY・Mさんの実際の喫煙歴、飲酒実態を当てはめると、Y・Mさんのどのようなケースであっても、過去の喫煙経験、飲酒歴が食道がん発症のリスクにはならないこと、あったとしても極めて影響の少ない、放射線の起因性を否定するには至らないことが証明されていく。食道がんにおいて飲酒の発症リスクが顕著になるのは、飲酒と喫煙の両方が併存している場合に限られることが特に強調され、すでに20年前から禁煙しているY・Mさんにとって喫煙歴によるリスクなどあり得ない。国の主張するようなアルコール摂取が本当に行われていたなら間違いなく肝機能障害を発症するはずだがY・Mさんは一度も肝障害を起こしたことはない、といった説明は私たちにも分かり易い。  Y・Mさんは7歳頃から扁桃腺炎を繰り返しており健康に影響を及ぼす相当量の被ばくをしているのは間違いない。被爆者の発症する食道がんリスクは2倍にもなるが、それを超えるほどの喫煙、飲酒のリスクは認められない。したがって、食道がんの放射線起因性を否定することにはならないことが結論としてまとめられた。  Y・Mさんの食道がん進行ステージは2だった。この場合手術をすれば2年後の生存率は80%。だから全摘手術をして救われるのが一般的だ。しかしY・Mさんは術後2年4ヵ月でこの世を去らなければならなかった。原爆による被ばくの影響としか考えられない。この悲しい事実も告げられてY・Mさんについての主尋問は括られた。 228193972_5944379045636773_8235388024444692181_n_convert_20210811202248.jpg  次いで中森弁護士によってO・Hさんについての尋問が行われた。限られた尋問時間を有効に使うため小瀧悦子弁護士が証言台の傍にあって示される書証の提示を手際よくサポート。尋問の中心はまず放射線ひばく線量と心筋梗塞発症の間の閾値について。LSS13報のレポート、その他近年発表されている数々の報告、論文等が次々と5本ほども示され、いずれも心筋梗塞の放射線起因性に閾値のないと考えられるようになっていることが証明されていった。今や0.5グレイ以下でも虚血性心疾患、心筋梗塞への影響は明らかというのが世界的国際的認識であると強調される。  O・Hさんは被爆後10年間ほども下痢が続いた経験をもっており、国は10年も続く下痢は放射線起因性とは考えられないと主張している。しかし眞鍋医師は自らのたくさんの診療実例に基づいて放射線との関係を否定できないことを説明し、内部被ばくの可能性、放射線治療の副作用で示されている実例などもまじえてそのことを証明していった。 国はO・Hさんの心筋梗塞についても他原因を主張しているが、O・Hさんが心筋梗塞を発症した50歳の時のリスクは喫煙だけであり、それだけで放射線起因性を否定する理由にはならないと断言。その他、国の主張する高血圧、糖尿病の血糖値、悪玉コレステロール値等々いずれもが正常値の範囲であることを事実でもって示し、国の主張は否定されていった。  休憩を挟んで反対尋問に移った。  いつものように、眞鍋医師の専門が小児科であり、循環器、消化器の専門ではないこと、放射線、疫学、統計学の専門でもないこと、それらの学会に所属もしていないことを「確認する」ことから尋問は始まる。実際にどのような質問がなされていったのか、傍聴席から理解するのはなかなか難しいが以下のようなことが印象に残った。  Y・Mさんの7歳の頃からの扁桃腺炎発症について、幼い頃の記憶の信憑性について問い質されたが、眞鍋医師は自らの小児科医の経験から記憶の確かさを証明された。反対尋問の多くはがん発症のリスクについてだったが、質問内容は一般論的な内容のものが多く、Y・Mさんの放射線起因性について具体的に切り込むようなものはなかったように思う。「被爆者であっても食道がんを発症しない人もいますよね?」といった珍問まで飛び出していた。  尋問の中で特に印象深かったのは、国側の主張の根拠に採り入れられている論文もその原文は英文のものが多いが、その日本語訳が間違っており、間違ったまま主張の根拠にしている、という眞鍋医師からの重大な指摘、反対尋問への回答だ。だから国の採用した論文は国の主張の根拠にはなり得ない、そもそも国の意見書に示されている表やデータは英文の原文には存在しないものすらある、という驚くべき指摘もあった。  こんな基本的で重大な問題を尋問の場で直接指摘されたりすると、質問者は驚いたり、狼狽したり、立ち往生したりするのが普通の感覚だと思うが、国の代理人はことの重大性か理解できないのか、或いはあらかじめ分かっていてもはや開き直っているのか、何の反応もなく淡々と次の質問に移っていく。  反対尋問はO・Hさんのことについて移っていくが、一般論についての質問が中心で、傍聴席にいる私たちにとってだんだんと退屈な尋問、退屈な時間になっていった。メモを取る気力も奪われていく。  反対尋問の後、崔弁護士、中森弁護士から若干の最終補充尋問が行われ、陪席裁判官からも眞鍋医師の診療実績についての質問が行われて、午後5時前尋問は終了した。当初の予定を大幅に上回った3時間以上の証人尋問となり、眞鍋医師が最後まで一人で奮闘された。  国側からは国側の証人尋問の採用が求められたが、合議の上これもあっさりと退けられた。次回期日が調整されて10月21日(木)10時30分からと決められた。裁判長からは次回期日を最終弁論とすることが明言され、最終準備書面の提出期限も確認された。 集会  午後5時を回って大阪弁護士会館で報告集会が持たれた。まず最初に今日大奮闘された眞鍋医師に参加者全員から大きな拍手が送られた。 235187722_5944378645636813_5897961264117615440_n_convert_20210812104304.jpg  眞鍋医師は、挨拶の中で国側意見書に名前の出ている「専門家」の実態について語られた。国が直前になってぶ厚い意見書を3つも出してきてビックリしたけど、中身を見て「なんやこれは?」というものばっかりだった。その内の一人は循環器の専門医だったが、循環器の専門医というのは患者を治すことに必死で、自ら放射線をかなり浴びていること、それでがんになったり心疾患になったりしていることが頭から飛んでいて全然勉強されていない。「医療現場で心筋梗塞が増えたなど聞いたこともない、違和感を覚える」といったことが意見書には書かれている。今日の尋問でこの意見書のことが出されたらしっかりと言ってやろうと思っていたが、残念ながらそれは出されなかった。そういうレベルなので、被ばくのことについて「専門家」であればあるほど知らないというのが実態だ。裁判所はそのことを理解されていると思うので判決には期待している。 234214630_5944379425636735_2388199864847615022_n_convert_20210812105232.jpg  今日も一日参加された原告のO・Hさんから挨拶が行われた。尋問の中でO・Hさんの心筋梗塞の原因が運動不足かのように言われる場面があったが、自分は運動だけは人一倍やってきたのだと話された。今でも一日7千歩は歩いており、医者から「それで十分」と言われている。幼い頃の記憶の問題についても自分は人一倍記憶力がよく、真っ黒いB29の爆撃機が飛んできていたことなどハッキリと憶えている、と話された。  次いで今日の尋問を担当された崔弁護士から挨拶が行われ、提訴以来のことをふりかえりつつ感想を述べられた。Y・Mさんの裁判の争点は当初は入市の事実を認めるか否かのところにあったが、それに対しては野口善國弁護士の奮闘によってしっかりとした資料を出すことができた。それで結着するものと思っていたが、次には喫煙、飲酒が問題とされて一審敗訴とされてしまった。喫煙、飲酒問題では眞鍋先生に多くのことを教えていただき、強力に引っ張ってもらってここまでくることができた。尋問を終えてほっとしているのが正直なところ。最終準備書面は頑張って、逆転勝訴に持っていきたい。  中森弁護士からも感想が述べられた。その中で国側代理人席には法務省所属の若い医師のいたことも紹介された。最初は国側代理人には反対尋問などできないのではないかと心配もしていたぐらいだが、意外にもどんどん質問されて、それに眞鍋先生がしっかりと回答していただき、お蔭でこちらの主張をより詳しく説明する結果になっていった。国側から何を聞かれても眞鍋先生は大きな立場から回答され、国側代理人席にいる若い医師にも教えていくいい機会になったのではないかと思う。
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(原告Oさんの担当士の小瀧悦子弁護士230879920_5944379252303419_3699912431424803550_n_convert_20210812105205.jpg
(担当事務局の阪南合同法律事務所の泉さん
藤原清吾弁護団長からは今日の眞鍋医師と弁護団に感謝と評価の言葉が述べられ、夏休みを返上して最終準備書面にとりくんでいこうと激が飛ばされた。今回から新しく担当となった本多久美子裁判長は法曹界の人々の間ではよく知られている人のようで、そのキャリア、経歴についても紹介された。 226252909_5944379245636753_1833154096830539755_n_convert_20210812110404.jpg  愛須勝也弁護団事務局長からノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の最終局面について報告が行われた。T・Iさんの最高裁上告は残念ながら棄却された。但しT・Iさんは申請疾病であった慢性肝炎と糖尿病とは別の病気で原爆症認定されたので、これを機に慢性肝炎の再申請をするかどうか検討されている。医療特別手当を却下されようとしたS・Tさんの訴訟は既報のように大阪府の自庁取り消しによって訴訟はなくなった。弁護団は国家賠償請求に変更して手続き中だ。したがって残された訴訟は今日の第14民事部だけとなった。5月13日判決の高橋一有さんも、今日のY・Mさん、O・Hさんもみんな一審は地裁第2民事部の三輪方大裁判長による不当判決によるものだった。高橋さんに続いてY・Mさん、O・Hさんも一審不当判決をひっくり返していく必要がある。国側も必死だ。せっかく地裁2民でもらった国側勝訴判決を、このままだとすべて控訴審でひっくり返されてしまう、という危機感がある。直前になって出してきた意見書は、国側のなりふり構わぬ姿そのままだ。全国のノーモア・ヒバクシャ訴訟の中でもこの第14民事部が最後の裁判になる。これを勝利で終わることは大きな意味を持っている。 _convert_20210811202206.jpg      最後に尾藤弁護団幹事長の、「判決には期待しているが絶対に大丈夫ということは絶対にない。最後まで全力投球して、裁判所が本当にいい判決文を書けるように、我々の運動も主張も頑張っていこう」とのよびかけでこの日の報告集会は閉じられた。  眞鍋医師の証人尋問は昨年2月28日の高裁第6民事部での証言に次ぐものだった。前回も今回も、その間に行われた第12民事部での意見書提出に際しても、今日の最新の医学的知見に倦むことなく挑み続け、膨大な研究報告、論文、データに基づいて準備されてきたものであることを私たちは知っている。それは、一人でも多くの被爆者を救済し、一人でも多くの人々を核の被害から守っていくための努力だ。眞鍋医師のお蔭で私たちは時代の変化、人類の進歩とともにあることを実感することができている。  一方これに対する国側はどうか。はるかに時間の過ぎた過去の諸々の考え方や基準から一歩も抜け出すことができず、いつまでも古い考え方に縛られたままになっているのではないか。意見書などで「DS02」などの言葉を見たり聞いたりすると、いまだにそんなことを言っているのかと、古色蒼然とした姿をそこに感じてしまう。 今回の法廷、尋問を経て、そのような感想を強く持つことになった。 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程 2021年10月21日(木) 10:30 高裁第14民事部 202号法廷  最終意見陳述(結審)
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2021.08.12 Thu l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(87)

5月13日、高裁第12民事部が一審判決を破棄して、認定申請以来
           10年の歳月をたたかってきた高橋一有さんに逆転勝訴の判決言い渡し!
2021年5月23日(日)

 一昨年の2019年11月25日に一審で不当な敗訴判決を受け、控訴してたたかってきた高橋一有さん(79歳、兵庫県三木市)が5月13日(木)判決の日を迎えた。コロナの緊急事態宣言下のため今回も事前集会、入廷行進も何もなくそれぞれが直接高裁第74号法廷に集まることになった。15席程度に制限されている傍聴席はすぐに埋まった。2019年以降をふりかえってみると一審で4人の原告が勝訴を勝ち取ってきたが、一方で残念ながら地裁、高裁で延べ6人の原告が敗訴になっている。今回も決して楽観はできない、予断は許さないぞ、という思いで開廷を待った。
 午後1時15分開廷。牧賢二裁判長(高裁第12民事部)から判決の主文が読み上げられた。「一審判決を変更する。(国の)却下処分を取り消す」と私には聞こえた。やった、勝訴だ!思わず拳を握りしめる。弁護団席、傍聴席に、一瞬熱いものが流れた。判決の要旨説明などは一切なく閉廷。みんな晴れ晴れとした表情で、笑顔を交わしながら報告集会会場の弁護士会館へと移動。判決後の旗出しもしないことになっていたが、この日は上々の好天気。「旗出しやればよかったなあ」の声が、ちょっとうらめしっぽく上がった。

 弁護団による判決分析をしばらく待ってから勝利の報告集会が開かれた。最初に愛須勝也弁護団事務局長から判決の要旨と評価について、以下のような報告が行われた。

 高橋さんは4歳の時、8月12日に長崎爆心地から1.2㌔の距離に入市して被爆。申請疾病は心筋梗塞。これまでの原爆症認定訴訟の到達点からすれば勝てるはずの内容だった。地裁第2民事部の三輪方大裁判長が下した判決は、途中までは積み上げられてきた原爆症認定訴訟の判断基準を述べながら、途中からそれまでとはまったく異なる異質な基準を持ち出してきて、結論を請求棄却に導いた。原告の浴びた被ばく線量を具体的・定量的に示すことができないので放射線の影響があったとは言えない、放射線起因性を認めることはできないというもの。聞いたこともない論理で、原爆症認定訴訟の判決の流れに大きなブレーキをかけ、水を差すもの。到底許されない判決だった。
 控訴審では阪南医療生協診療所所長の眞鍋穣先生に詳細な意見書を書いてもらい、証人として採用申請もした。証人申請は却下されたが、その代わりに弁護団は国の主張に対して徹底して反論することを重視し、最終的には二度に渡って反論する機会を得て、それを提出するまでに至った。
 今回の判決は全体でも23ページ、コンパクトなものだったが、その論旨は明快だった。「控訴人が健康に影響を及ぼす程度の線量の被ばくをしたと認められる以上、その放射線被ばく量が具体的・定量的に認定できないことによって上記認定が妨げられるものではない」として、高橋さんがいろいろな状況から被ばくした可能性は明らかであり、具体的・定量的な線量が明らかにならないのは当然であって、それをいちいち立証する必要はない、ということが明確に示された。これだけで勝利の核心になるものだった。
 一審判決は、高橋さんの心筋梗塞発症年齢(好発年齢)、脂質異常症、高血圧症などを取り上げ、これら他原因によって放射線起因性を否定した。今回の高裁判決はその点でも、「これら他の危険因子により、放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたという特段の事情があるとは言い難いから、高橋さんの心筋梗塞は放射線起因性を肯定すべきある」とし、一審判決との大きな違いをハッキリ示した。
 これまで我々が集団訴訟で積み上げてきた心筋梗塞の判決の到達点を、地裁の三輪裁判長によって一度は突き崩されたけど、今回もう一度元に戻すことができた。高裁判決で、厚労省が定める積極的認定基準(心筋梗塞で入市被爆の場合、原爆投下から翌日までに1.2㌔以内入市)を超える範囲での心筋梗塞の原爆症認定を認めたことは、非常に大きな意味がある。これは近畿の裁判だけでなく、全国の原爆症認定に与える影響も非常に大きなものがある。
 判決では、眞鍋先生に書いていただいた意見書の主張、例えば高橋さんの眼球摘出手術などは原因が被ばくによる免疫異常以外考えられないこと等すべて採用された。一方、国の主張はほとんど排除された。
高橋さんの元々の認定申請は2011年(平成23年)だから、今日まで10年を要した。兵庫県三木市に住む高橋さんは裁判所に来るだけで片道2時間以上かかる中をずっとたたかい続けてきた。心筋梗塞を発症した被爆者がここまでやってようやくこの判決を勝ち取ることができた。それは素晴らしいことではあるが、ここまでしないと認定を得ることができないという、認定行政の持つ深刻で大きな問題を示すことでもある。
 国に対しては上告するな、判決を確定させろという運動が当面必要だが、これから認定基準をあらためさせていく運動をすすめていく上でも非常に大きな意味を持つ判決であった。今回非常に大きな意味を持つ判決を得て、私たちも一層強く確信を持つことができた。

 2013年の提訴以来高橋さんを担当し続けてきた小瀧悦子弁護士から感動のあいさつが行われた。まず何より、今日出廷はできなかった高橋一有さんの喜びの声が紹介された。本当は今日はご本人も来たかったらしいが、コロナ感染とご本人の体調を心配して自重していただいたようだ。

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 小瀧弁護士は、負けるはずがないと思っていた一審の判決にびっくりし、同時にどうしてもっとやれなかったのかという悔いと思いを残してきた。その反省を生かしつつ控訴審では、眞鍋先生にも協力いただいて、全力でぶつかり、意見書は2通出してきた。今日はその結果を得られてとても嬉しく思っている、と感想とみなさんへのお礼が述べられた。

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 続いてもう一人の担当、大槻倫子弁護士から感想が述べられた。高裁第12民事部の交代前の裁判長は判決を急ぎたい意向を持っていたが、私たちはそれを蹴って、最後まで主張を尽くすという道を選択してきた。それだけに今日の判決には実はものすごく不安も大きかった。しかし私たちの選択が正しかったことが証明されて本当に良かった。ほっとしたのが正直なところ。絶対に上告させてはいけない。これから2週間、“上告するな”の声を挙げて、国に突き付けていきましょうと呼びかけられた。
大槻弁護士からは、代読によって高橋さんからの以下のコメントが紹介された。

『裁判所が、私の被爆について丁寧に見てくださり、原爆症であると認定してくれたことは、大変うれしく思っています。ただ、私が原爆症認定申請をしてから10年以上経っています。国には、これ以上、私の被爆を否定するようなことはやめてほしいです。』

 勝利のお祝いの花束が用意され、高橋さんに代わって小瀧弁護士が受け取られた。
 みんなもっと勝利の余韻に浸りたい様子ではあったが、コロナ感染に配慮して報告集会はできるだけ短時間とされ、尾藤廣喜弁護団幹事長のあいさつの後、最後に藤原精吾弁護団長のまとめが以下のように述べられて、締めくくられた。
不当な一審判決を破棄させて逆転勝訴判決を勝ち取った。非常に励まされることになった。「司法は生きていた」と語られたことがあるが、私たちも「裁判所は死んでいなかった」と感じることになった。正しい考え方をとれば、原爆症認定は当然なされるべきだったのだ。
 今から15年前、2006年、大阪地裁で9人全員勝訴した時、あれほど嬉しい裁判はなかった。あれから勝利を積み重ねてきたけど、だんだんと被爆者も減り、原告となって訴える人も少なくなってきた。その足元を見るかのように厚労省は悪い基準を押しつけてきた。その歯止めとなってきたのが裁判所だったが、集団訴訟ではなくなってくることにつれて、司法も行政言いなりの判決が出てくるようになった。しかし、悪い判決があっても決して諦めてはならないことを今日の判決は教えてくれた。正しいことを確信をもってすすめていきたい。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟を勝ち切って、その訴えを基にして日本政府が核兵器禁止条約に参加する大きな流れも作っていきたい。裁判は少なくなっていくが、すべてが終わってしまうまでに、地球上の全人類のためにも、核兵器禁止条約に近づく活動の一環として裁判を頑張っていこう。

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 高橋一有さんについては、国に対して上告をさせない、判決の確定をさせていくことが当面の最重要課題となる。
今年1月14日に控訴審で敗訴となったT・Iさんは最高裁への上告手続きがとられ、係属部が第2小法廷に決まった。
近畿訴訟の次の日程は6月24日(木)。Y・Mさん(故人、食道がん)とO・Hさん(77歳、心筋梗塞)の二人の原告の控訴審(第14民事部)で、眞鍋先生の医師証人尋問が行われる。
 地裁第2民事部の係属で、原爆症認定の更新却下処分の取り消しを求めて争っていた原告のS・Tさんについては、3月、大阪府(実質厚労省)が、判決を待たずに自庁取り消し(却下処分の取り消し)を行って、原爆症認定は継続更新されることが決まった。私たちの運動と、第2民事部の森鍵一裁判長の的確な訴訟指揮の前に、大阪府(実質厚労省)は訴訟継続を断念することになった。もしS・Tさんが提訴していなかったら、S・Tさんの更新申請はそのまま却下され、泣き寝入りせざるを得なかった。したがって、行政による自庁取り消しではあるが実質的な勝利、勝訴であり、目的は達成された。

 
 しかし、行政の姿勢としては重大な問題が残されたままだ。S・Tさんは実際上治療の継続が必要な状態であったにも関わらず、行政は形式的な扱いで切り捨ててしまおうとした。この姿勢を改めさせる必要がある。そのため、弁護団は「二度とこのようなことをするな」という趣旨の申し入れをし、それ対する確かな確約、言質を得た上で、裁判の取り下げをすることにされている。それまでS・Tさんの裁判は形式上は続いている、との報告であった。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
(2021年05月26日(水) 10:00 地裁第2民事部 1007号法廷 S・Tさん弁論)
2021年06月24日(木) 13:30 高裁第14民事部 202号法廷  眞鍋医師の証人尋問
最高裁への上告 第2小法廷に係属        T・Iさん


2021.05.27 Thu l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
 大阪高裁第12民事部(牧賢二裁判長)は、大阪地裁第2民事部(三輪コート)が2019年11月22日に言い渡した1審原告敗訴判決を変更して、1審原告の原爆症認定を見直す判決を言い渡しました。
 原審判決は、これまでの原爆症認定訴訟の司法判断の集積を無視した最低・最悪の判決でしたが(近畿弁護団が受けた判決の中でも最低の判決でした)、大阪高裁がこの異質な判決を変更し、1審原告の心筋梗塞について放射線起因性を認めたのは極めて大きな意味を持ちます。
 国はこの判決に上告せず確定させて、現行の認定基準を見直すべきです。
 以下は、判決に対する声明です。
2021年5月13日
ノーモア・ヒバクシャ訴訟大阪高裁判決についての声明
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿原告団・全国原告団
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿弁護団・全国弁護団連絡会
ノーモア・ヒバクシャ訴訟支援近畿ネットワーク

本日、大阪高等裁判所第12民事部(牧賢二裁判長)は、大阪地方裁判所が2019年11月22日に言い渡した請求棄却判決を破棄して、厚労大臣による一審原告の原爆症認定申請却下処分を取り消す判決を言い渡した。

一審原告は、4歳1か月の時に、昭和20年8月12日、長崎市竹ノ久保町に居住していた祖母らを探すために、母に連れられて爆心地から1.1~1.2kmの地点まで入市して被爆し、心筋梗塞に罹患し、2011年1月6日に認定申請をしたが却下されたため、2013年1月25日に却下処分取消しを求めて提訴していた。
原審は、一審原告の浴びた被曝線量を「具体的・定量的に明らかにすることができない」という基準を持ち出し、一審原告の放射線起因性を否定したが、本判決は「控訴人が健康に影響を及ぼす程度の線量の被曝をしたと認められる以上、その放射線被曝量が具体的・定量的に認定できないことによって、上記認定が妨げられるものではない。」として、一審判決の用いた基準を完全に否定した。
また、原審は、一審原告の脂質異常症や高血圧など他原因を理由に請求を棄却したが、本判決は「疾病の発症においては、一般に、複数の要素が複合的に関与するものであるから、他の疾病要因が認められたとしても、原爆の放射線によって当該疾病の発症が促進されたと認められる場合には、放射線の影響がなくても当該疾病が発症していたといえるような特段の事情がなければ、放射線起因性が否定されることはなく、放射線起因性を肯定するのが相当であるというべきである。」とした。そして、本件は、「これらの危険因子により放射線の影響がなくとも当該疾病が発症していたといえるような特段の事情があるとはいい難いから、控訴人の心筋梗塞については放射性起因性を肯定すべきである。」とした。
本判決は、原爆症の認定の在り方について被爆者援護法の趣旨に基づく認定をなすべきであるという原則を改めて明確にしたもので、その意義は極めて大きい。
本訴訟は2013年12月16日に改定した「新しい審査の方針」によってもなお、原告の原爆症認定申請は認められないとして国(厚労大臣)が争っており、被爆者が原爆症認定を受けるためには裁判を起こさなければならないという異常な事態がなお、続いているということを示すものである。
一審原告が原爆症の認定申請をしてから10年以上が経過しており、これほど長期間にわたって裁判をしてでも争ってきた厚生労働省の立場は改められなければならない。国は、上告を断念すべきである。
本年1月22日に核兵器禁止条約が発効した。日本は唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約の調印・批准をし、核兵器の非人道性を世界に訴えるべきである。
 その出発点となるのが、被爆者の声であり、被爆の実相である。

判決にあたり、ノーモア・ヒバクシャ訴訟原告団、全国の被爆者、弁護団は、国及び厚生労働省に対して、以下のことを求める。

1 「新しい審査の方針」の誤りを認め、これを変更し、全被爆者を救済すること
2 被爆者が「裁判をする必要がないように」被爆者援護法と原爆症認定の在り方を抜本   
 的に改め、被爆者の命あるうちに問題を解決すること
3 唯一の原爆被爆国として核兵器の非人道性を国際世論に訴え、核兵器禁止条約に加
 入し、核兵器廃絶国際運動の先頭に立つこと
以上


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被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(84)

これまで原爆症認定を受けた原告のみなさんのその後を調査・把握していこう!
2021年新しい年を近畿訴訟全員勝利の年に!
2020年12月2日(水)

 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟傍聴記の前号(11月6日/№83)最後に、10月24日(土)に核兵器禁止条約批准国が50ヶ国に到達、年明けの2021年1月22日(金)条約発効が確定したことを書くことができた。被爆者のみなさん、核兵器廃絶めざす運動に携わってきた国内外の人々は大きな喜びに包まれた。運動してきた人々だけではない。ニュースに接した広範な人々が歓迎の声をあげ、日本政府の条約参加を求めた。暗く困難な事態に見舞われ続けたこの一年だったが、その中で私たちに大きな喜びと希望を与えてくれる出来事となった。
 こうした状況の中で11月13日(金)、今年度最後となるノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟が大阪地裁第2民事部(森鍵一裁判長)・1007号法廷で行われた。大阪府在住のS・Tさん(74歳)が、原爆症認定の更新申請に際して大阪府が却下処分したのは不当だと訴えている裁判で、今回3回目の弁論期日となる。もともとの認定疾病は下咽頭がんだったが、後遺症として発症した嚥下障害、甲状腺機能低下症は原爆症認定の範囲ではないと大阪府が判断したものだ。2回目の弁論期日(9月7日)の内容はノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟傍聴記(82)(2020年9月13日)でレポートした。
 この日の法廷は口頭による意見陳述はなく、提出書面の確認と、主に裁判長と双方代理人との間で争点の整理と確認、それに伴う審理の進め方について協議された。傍聴席から聞くだけではなかなか理解しにくいやりとりだったが、閉廷後の報告集会で、担当の和田信也弁護士から丁寧で分かり易い説明が行われた。以下その要約。

 今回の原告のS・Tさんは下咽頭がんで原爆症認定された人。重い病気になったらいろいろな治療とか、薬とか、手術とかが施されるが、それに伴って次の段階の不調や病気を発症する例、あるいは合併症を発症例は多い。今回のS・Tさんも下咽頭がんは完治したが、しかし後遺症として甲状腺機能低下症、嚥下障害が出てきた。医学的には事例の多いケースと言われている。S・Tさんは当然原爆症認定の更新申請をしたが、大阪府は、甲状腺機能障害と嚥下障害は、もともと認定されていた下咽頭がんではないという理由で却下処分にした。こういうことをされると、不幸にしてがんが完治しなかった人はそのまま更新されるが、運よく治療が功を奏した人はその後どんな後遺症が出ても合併症が出ても全部打ち切られることになってしまう。それは不当だ。
前回の期日で裁判長はポイントとなるいくつかの点を示していた。一つは過去の裁判例から。かって仙台高裁において認定疾病から生じた後遺症を原爆症と認めた例がある。但しこの時の仙台高裁の例は、原爆症認定申請したのは手術後のすでに後遺症が発症している段階での申請だった。それを含めて認定していたので後遺症も認められた。今回は、原爆症認定申請時は手術も何もしておらず、後遺症もまだ出ていなくて、申請する側も認定する側も後遺症が出ることは分かっていなかった。仙台高裁の判決例とはそこが異なる。
 その上で、裁判長は次の点を示した。第一は、原爆症認定制度は、法律上、後遺症の分まで含めて認定する仕組みになっているのではないか。原爆症認定申請のための診断書(医療特別手当用)の「認定疾病に対する治療状況」記載欄には「認定疾病の治療によって生じた疾病(後遺症等)に対するもの」の記載欄がある。認定疾病とは別に「認定疾病以外に関する特記事項」記載欄もある。これは、後遺障害も含めて原爆症のことを考えている証と言えるのではないか。どうして、今になって「病名が違うから認定できない」と(大阪府は)主張することになるのか。
 二点目は、認定疾病は下咽頭がんで後遺症はその認定疾病ではないとされているが、しかし、後遺症についての治療が必要ということは認定疾病の下咽頭がんの治療が必要だと解釈できるのではないか。後遺症の治療が必要ということは、ひるがえって考えると、下咽頭がんにはこの治療が必要だという解釈が考えられる。前回、裁判長は以上のうちどちらを主張するのかと我々(原告側)に問われたので、私たちは両方主張すると答え、今回、詳しくその説明を出すことになった。
 その上で今日、裁判長は次のことを指示した。①原告の一連の疾病に関わるカルテは膨大な量になるので、原告側は下咽頭がん、甲状腺機能低下症、嚥下障害に該当する部分だけをピックアップして、分かり易い表にして提示すること。②被告国側はこれまで何の問題もなく更新申請を認定していたのに急に認定しなくなった。これまでのやり方と異なる。そのことについて厚労省から通達が出されていると聞くので、被告側はその通達文書を提出すること。裁判所もこのことについて勉強する。③もともとの下咽頭がんから後遺症として甲状腺機能低下症、嚥下障害が発症する医学的知見について、原告側は詳しい主張を準備すること。
以上のことを踏まえて、次回期日を2021年2月5日(金)と確認した。

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 報告集会では愛須勝也弁護団事務局長からも状況説明が行われた。東京の東友会では原爆症認定された被爆者のその後の状況についても把握されていて、不当に更新が却下されたりしないようとりくみがなされている。そこの関係者からの話では今回の大阪のS・Tさんのようなケースは東京なら認定されるとのこと。厚労省は、原爆症認定集団訴訟以来のとりくみによって最初の認定条件は広げてきたが、今は、更新の機会に厳しく対処するようになってきた。今年2月25日の最高裁判決を受けて、厚労省は来年から医療に関わる行政を見直してくる可能性がある。そのため今回の近畿のこの裁判は全国的にも高い関心をもって見られている。
 近畿でも集団訴訟以来たくさんの勝訴判決を勝ち取ってきた。しかし、認定を受けて以降の実態が分からなくなっている。東友会はそこをしっかりと把握してカバーされている。近畿では結局切られてしまったケースがいっぱいあるのではないか。あらためて弁護団でも近畿の認定を受けた被爆者のその後の実態を追跡しようと計画している。
核兵器禁止条約が発効されるが、その第6条では核被害者の救済と環境回復が謳われている。そのこととも関連して全国的な課題としてとりくんでいきたい。
 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の、今年最後の報告集会は藤原精吾弁護団長の次のような内容のあいさつで締めくくられた。今年2月の最高裁判決は全体として被爆者に対する国の援護の責任はどこまでなのかが問われた問題。私たちはその責任を追及してきた。被爆者は3つの保障~いのち・暮らし・平和~を求めてきたが、被爆者援護法はごく一部しか実現していない。今の政権の社会保障行政に対する姿勢は自助、共助でしかない。そういう政治と向き合わざるを得ないたたかいだ。核兵器禁止条約の批准国が50ヵ国に到達した。「日本はなぜ参加しない」の声が広がっている。被爆者援護と条約批准は一体の問題だ。条約第6条は被ばくした人に対する国の援護を義務づけている。したがって条約加入は被爆者援護をさらに強めることになる。裁判をたたかう被爆者は少なくなってきたが、来年に向けて、二つの課題のたたかいを更に頑張っていきましょう。

 今年7月29日、84人の原告全員の勝訴判決を勝ち取った広島「黒い雨」訴訟は、原告、支援の人々、そして広範な国民の願いに背を向けて、2週間後の8月12日、国、広島県・広島市によって非情にも控訴された。5年もの年月を費やした一審判決の上に、さらに高齢の原告のみなさんに控訴審の負荷を負わせることになった。11月18日(水)、広島高裁で1回目の弁論期日が行われて控訴審が開始された。今からでも、国・広島県・広島市は控訴を取り下げろ、原告全員に速やかに被爆者健康手帳を交付しろ、の声を上げ続けて、連帯したたたかいを強めていきたい。
 ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟は2021年年明けの1月14日(木)、高裁第6民事部でT・Iさんの判決を迎える。昨年5月23日の地裁判決で不当な敗訴判決を受けたT・Iさんが、逆転勝訴をめざす判決だ。今年2月28日の眞鍋穣医師の証人尋問では、主尋問で緻密で徹底した証言が行われ、被告側が反対尋問を放棄せざるを得ない事態にまで追い込んだ。あの時のことは鮮明に記憶している。証人尋問のあの日の光景がそのまま判決に反映されることを期待したい。
 その他、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟は2021年度も5人の原告のたたかいが続く。文字通りの全員勝利をめざして新しい年を迎えよう。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2021年01月14日(木) 13:15 高裁第6民事部  202号法廷 T・Iさん判決言い渡し
2021年01月21日(木) 13:30 高裁第12民事部  74号法廷 高橋一有さん弁論
2021年01月26日(火) 14:00 高裁第14民事部  202号法廷 Y・MさんとO・Hさん弁論
2021年02月05日(金) 10:00 地裁第 2民事部 1007号法廷 S・Tさん弁論
弁論期日未定         最高裁上告審 苑田朔爾さん
2020.12.30 Wed l ニュース(核兵器廃絶) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(83)
控訴審最後の第14民事部も弁論開始。
核兵器禁止条約の批准50ヶ国到達! 核廃絶運動の進展も力に訴訟全面勝利へ!
2020年11月6日(金)


 今年1月31日(金)の大阪地裁第2民事部(三輪方大裁判長)で敗訴判決を受けた二人の原告(Y・Mさん、O・Hさん)の控訴審が、9ヶ月も待って10月23日(金)やっと第1回弁論の日を迎えた。係属部は高裁第14民事部、裁判長は小西義博裁判長。Y・Mさん(男性)は長崎の爆心地から4㌔での直接被爆と入市被爆。申請疾病は食道がんだが、既に他界されており遺族が承継されている。O・Hさん(男性)も同じ長崎で爆心地から3㌔の直接被爆と入市被爆。申請疾病は心筋梗塞で今77歳。
 原告側、被告側双方の提出書類確認の後、この日はまずO・Hさん本人の意見陳述から始まった。O・Hさんが被爆したのは2歳7ヶ月の時。わずかな記憶の中にも幼い頃から下痢や鼻血などに襲われてきた思い出は残されている。父親はビルマで戦死。そのことがO・Hさんの人生に重い負荷を負わせることになり、O・Hさんは苦労に苦労を重ねて生きてきた。50歳の時心筋梗塞を発症、経皮的経管冠動脈形成術を受け、10年後の60歳の時に再び激しい胸痛に襲われて冠動脈バイパス手術を受けた。現在も経過観察と投薬治療が続いていて、いつ発作が起こるか分からない不安を抱えての毎日となっている。今年1月の一審判決は、O・Hさんの被爆は健康には関係ないと言わんばかりのもので、O・Hさんは強い憤りを感じた。「裁判官も一度あの被爆の体験をしてもらいたい」、「理屈では説明しきれないあの惨状をどうか想像してもらいたい」、さらに「判決が喫煙や加齢を指摘したのは原爆症を否定するための『いちゃもん』のようにしか感じられなかった」と、O・Hさんは判決に対する率直な思いを申し立てた。O・Hさんが戦争、原爆に対する強い憤りを訴えるのは一審の時の本人陳述と同じだった。「原爆や戦争がなければ、私は実父母と暮らし好きな勉強も続けられていたでしょう。若くして心臓の病気に悩まされることもなかったでしょう」。
 二人目の意見陳述はO・Hさん担当の中森俊久弁護士。パワーポイントを使った画像を映し出しながら、被爆の実態、長崎原爆の実相について説明されていった。長崎原爆投下の内容、熱線、放射線、爆風・衝撃波による被害の様相と状況が分かり易く述べられていった。おそらく、初めて原爆被害に向き合うことになるのであろう裁判体の人たちに、正確な理解を促すための、噛んで含めるような陳述であった。さらに、被爆者援護法の精神と、それに基づいて判決された松谷最高裁判決の内容についても陳述され、公正な判決を期待するとしてまとめられた。
 三人目はY・Mさんを担当する崔信義弁護士による意見陳述。崔弁護士の陳述はY・Mさんの二つの控訴理由内容について詳しく述べるものだった。一つは、Y・Mさんが8月11日または12日頃爆心地近くを通過したかどうかの事実認定について。もう一つは、Y・Mさんの申請疾病の食道がんの放射線起因性について。
 入市の事実認定について一審判決は、Y・Mさんの被爆者健康手帳交付申請書には入市したことを示す記載がないことをもって否定している。しかし、直接被爆の記載さえあれば手帳は交付され、入市のことまで重ねて書く必要のなかったのが、手帳交付手続きの実際であって、崔弁護士はそのことを丁寧に指摘し、それを証明する実務担当者の陳述書まで提出していることが示された。「原判決は重大な間違いを犯しています」というのが意見陳述のこの項のまとめだが、加えて、それはあまりにもお粗末な判決理由だと思わざるを得ない。手帳発行申請が実際はどのように行われていたか、入市の記載がないことが単純に入市を否定することにはならないことなど、多少ともノーモア・ヒバクシャ訴訟に関わっている人なら誰でも知っていること。そんな基本的なことも無視して強引に判決理由にするなど言語道断、許されることではない。
 二つ目の控訴理由の放射線起因性についても、医学的知見と言うより、Y・Mさんの喫煙に対する事実認識が焦点となっている。Y・Mさんには14年間に及ぶ問診票が残されているが、その中で喫煙について記載されているのは1994年の「1日1本」という記録しかない。しかもそれは食道がん発生の20年も前のことになる。こんなわずかな喫煙歴にも関わらず、それを根拠に一審判決は、喫煙期間も喫煙量の確定もしないまま、飲酒と喫煙等のリスクが「重畳的に作用して食道がんが発症した」とした。崔弁護士は、起因性に関わる一番の間違いはY・Mさんの喫煙歴の事実認定の仕方にあると厳しく主張した。
 陳述の最期に崔弁護士からY・Mさんの主張立証のために眞鍋穣医師の証人尋問が求められた。Y・Mさんは手術後2年4ヶ月という短期間で急死されている。食道がんの術後の急激な症状悪化には放射線被ばくの影響が大きいという論文もあり、それは眞鍋医師提出の意見書にも言及されている。放射線被ばくによって被爆者の免疫機能がどう阻害されるか、詳しい証言が可能になるとの主張だった。次回期日での証人採用を重ねて求めて陳述は終えられた。
 これでこの日の意見陳述はすべて終了した。当初の予定時間をかなり上回ることになったが、それだけ強く熱い思いのこもった訴えであったことを示している。証人採用申請に対する結論は出されないまま、次回期日を年明けの1月26日と確認して閉廷となった。

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 終了後は会場を中の島公会堂会議室に移して報告集会が行われた。本人意見陳述を行われたO・Hさんからは「絶対に諦めず、最後まで頑張りたい」との強い決意が披露された。陳述された二人の弁護士からも今日の陳述の意図が簡潔に報告された。会場の都合で集会は短時間で終了せざるを得ず、西晃弁護士のまとめを最後にこの日は散会となった。
報告集会の後、年明け1月14日(木)に判決の迫っている原告T・Iさんの控訴審の継続部署である第6民事部に、「公正な判決を求める署名」が提出された。短期間の署名のとりくみであったが全体で754筆が寄せられた。
 報告集会のまとめで西弁護士からは「もしかしたら今日(10月23日)にも核兵器禁止条約批准国が50ヶ国に到達する可能性がある」という期待の発言があった。その通りの10月23日というわけにはいかなかったが、翌日の10月24日(土)中米のホンジュラスが批准書提出、遂に批准国50ヶ国到達!のニュースが、日本の私たちには25日(日)の早朝飛び込んできた。
被爆75年の節目の年に、核兵器禁止条約採択から3年を経て、いよいよ条約発効確定の日を迎えることになった。核保有国、それと同調・同盟する国々の姿勢が決して容易に変化するわけではないが、核廃絶に向けて歴史的な大きな一歩を築いたことは紛れもない事実だ。何より私たち自身が確信を持ち、一層の勇気を抱くことになった。
 全国でも、国内外でも核兵器禁止条約発効確定をお祝いし、核廃絶に向けて雄々しく進んでいこうと訴えるメッセージ発信や街頭行動が繰り広げられた。京都でも10月27日(火)、緊急に街頭宣伝行動を行い市民にアピールした。その中心は被爆者のみなさんであった。
 10月29日(木)、日本原水協のよびかける「唯一の戦争被爆国 日本政府に核兵器禁止条約の署名・批准を求める署名」運動のスタートが切られた。核兵器禁止条約発効が確定した今、私たちに課せられた最大の課題は日本政府の条約参加、条約参加する日本政府を作ることにある。絶好の、どうしても成功させなければならない署名運動だ。「どうして日本は核兵器禁止条約に参加しないのか?」という素朴な、しかし率直な疑問の声がごく普通に日常会話の中でも語られる、そんな状況を感じられるようになってきている。メディアによる世論調査では72%の人々が核兵器禁止条約を支持している。
さらに世論を喚起しながら、国民的要求に応えて、核兵器禁止条約に参加する日本政府を作っていこう。そのことも力にしながらノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の全面勝利をめざしていこう。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2020年11月13日(金) 10:00 地裁第2 民事部 1007号法廷 S・Tさん弁論
2021年01月14日(木) 13:15 高裁第6民事部  202号法廷 T・Iさん判決言い渡し
2021年01月21日(木) 13:30 高裁第12民事部 74号法廷 高橋一有さん弁論
2021年01月26日(火) 14:00 高裁第14民事部 202号法廷 Y・MさんとO・Hさん弁論
弁論期日未定         最高裁上告審 苑田朔爾さん
2020.11.29 Sun l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(82)
高裁第6民事部の判決は年明け1月14日(木)に決定!
認定被爆者の更新打ち切り処分に対する裁判も開始、より広い被爆者援護のために
2020年9月13日(日)


 猛暑の続く8月下旬から9月にかけて、ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟は3つの裁判が続いた。最初が8月26日(水)高裁第6民事部、続いて9月7日(月)地裁第2民事部、そして9月9日(水)高裁第12民事部と。

 最初の8月26日(水)高裁第6民事部(大島眞一裁判長)は原告T・Iさん(男性、76歳、京都府城陽市)の控訴審。法廷は202号大法廷。コロナ感染防止対策で席数も思い切って減らされているが、傍聴者も9人だけと寂しい法廷になった。前回は2月28(金)、阪南医療生協診療所所長の眞鍋穣医師による証人尋問で、T・Iさんの被爆状況と症状、放射線と糖尿病発症の関係、肝機能障害の最新の医学的知見について、多数の資料とデータに基づいた精緻極まりない証言だったことが強い印象として残っている。圧倒的な証言の前に、国側代理人は質問に窮してしまい、反対尋問を10分にも満たない時間で切り上げ、尋問放棄に近い事態を招いてしまった。かってないことだった。
 その証人尋問を受けて今回が最終弁論となった。担当の中道滋弁護士が立ち、最近では珍しくなったパワーポイントを使っての最終意見陳述が行われた。既に眞鍋医師の証言によって放射線起因性などについては詳細な主張立証が行われていることから、今回はそれを補充する内容ではなく、あらためて被爆の実相を示し、被爆者援護・救済の重要性、必要性を説くことに重点を置いての陳述となった。写真、絵などの画像、援護法前文、松谷訴訟最高裁判決の要旨、眞鍋証言の要点などを示し、それらを簡潔にまとめたコメントによって20分間の陳述はまとめられた。
 裁判長から弁論の終結が宣せられ、判決言い渡しは来年年明けの1月14日(木)午後1時15分からと告げられて閉廷となった。

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 報告集会は大阪弁護士会館で行われ、弁論された中道弁護士と、今回も出廷された原告のT・Iさんからの挨拶から始められた。T・Iさんは振り返れば原爆症認定申請したのは平成22年(2010年)のこと、今日まで10年もかけてくることになった。ここまで応援していただいたみなさんへの感謝の言葉が述べられた。判決が意外と先となり、これから4ヶ月も先となった。それだけのじっくり時間をかけての判決なら裁判長にも期待したいところだが、裁判長頼みではなく、眞鍋医師の意見書の力と、私たちのこれから4ヶ月もある期間の運動-公正な判決を求める署名運動-を最後まで取り組んでいくことが呼びかけられ、みんなで確認した。
 
 報告集会では8月22日(土)に行われた全国の弁護団と支援ネットの会議内容も報告された。会議の目的は2020年1月21日(火)の最高裁判決を受けて今後これをどう克服していくかについての意見交換だった。最近、せっかく頑張って原爆症認定を勝ち取っても、5年の経過後には機械的に更新却下される事例が全国的に頻発するようになっている。最高裁判決を受けて今年4月からは厚労省がより厳しくなる行政方針も出している可能性もある。この事態を克服していく基本は日本被団協の提言に沿った法改正が必要。その実現のためにどう運動を進めるか話し合った、と言うのが報告の要旨だった。

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 最後に尾藤廣喜弁護団幹事長からまとめの挨拶が行われて報告集会は終了した。ノーモア・ヒバクシャ訴訟も全国で残された原告は7人、その内5人が近畿訴訟となった。裁判は最後まで戦ってすべての原告が認定を勝ち取るようにしていこう。認定後の更新で打ち切られる人が増えている可能性がある。これに対して全国的に対応していくことが確認された。手を緩めることなくとりくんでいきたい。最後の最後まで被爆者の願いを完全に実現していくことが私たちの課題だ。核兵器廃絶と共に。尾藤弁護士からは京都「被爆2世・3世の会」が刊行した書籍、『語り継ぐヒロシマ・ナガサキの心』〈上巻〉も紹介していただいた。被爆二世・三世でなければ書けないようないい証言集だと評価いただき、これをもっと広げて、私たちの闘いの武器としても使っていこうと紹介していただいた。

 9月7日(月)の地裁第2民事部(森鍵一裁判長)は今回2回目の弁論期日だが、これまでの原爆症認定訴訟、ノーモア・ヒバクシャ訴訟とは内容の異なる裁判だ。閉廷後の報告集会で愛須勝也弁護団事務局長から行われた説明をまとめると次のようになる。
 原告のS・Tさん(74歳・大阪府)は広島での胎内被爆者。下咽頭がんを発症し、原爆症認定を申請、認められてきた。当初は放射線治療で治癒をめざそうとしたがそれでは叶わず、がんの切除手術を余儀なくされた。しかし手術はがんの切除だけで済ますことはできず、リンパ節の手術など合わせて3つの手術を伴なった。その結果後遺障害である嚥下障害、甲状腺機能障害なども発症し、現在もその治療を続けている。
 S・Tさんは原爆症の引き続く認定を求めて現況届け、更新の手続きを行ってきたが、こともあろうに決済者である大阪府は更新手続きを拒否、却下の処分を行ってきた。理由は、当初の認定申請疾病である下咽頭がんはすでに切除して完治しているとみなし、後遺障害の嚥下障害や甲状腺機能障害は、当初の認定申請疾病には含まれていないので認定対象とはならない、というものだ。更新が拒否されるとそれまでの医療特別手当給付は終了し、特別手当給付に切り下げられる。もともと下咽頭がんの発症、治療に伴って生じた後遺障害。当然それは当初の下咽頭がんと一体の原爆症として認められなければならないとしてS・Tさんは提訴に及んだ。

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 報告を聞いて、今被爆者をめぐる状況にはこのような事態も生まれているのかと驚きを隠すことができなかった。がん手術後の経過観察をどこまで要医療性の範囲とみるかなどについて争いのあることは分かっていたが、明確な後遺障害、それも今現在歴治療中であることが明確な疾病まで拒否するとは。
 毎年3月末、被爆者に関わる基本的なデータが厚労省から公表される。それを見ていると、原爆症認定を受けている被爆者(医療特別手当受給者)数は年々減少し、一方原爆症認定の更新を終えたとされる被爆者(特別手当)数が年々増加していることが顕著に示されている。原爆症認定の更新基準、判断基準の変化(後退)がそこに存在していることをあらためて気付かされることになった。
 このような事態が進行していて、それが法廷の場で争われるのは全国でも初めてのケースとなる。裁判長からも全国の先例となるので慎重に審理を進めていきたい旨語られた。その上で、「認定疾病とは何か」、「要医療性とは、その範囲は何か」などについての考え方を整理して提出するよう原告側代理人に求められた。被告側代理人にも「後遺症に対する対応」の考え方を提出するよう指示がなされた。それぞれ提出期限は11月6日(金)までとされ、次回弁論期日を11月13日(金)と確認してこの日の裁判は閉廷となった。
 その後の大阪弁護士会館での報告集会では、上記の愛須弁護士からの報告を受けて意見交換。この裁判の被告は大阪府だが、当然被爆者行政の基本方針は厚労省からのものであり、実質的に国、厚労省を相手にした裁判となる。私たちはこれまで新しく原爆症認定を求める人たちを応援してきたが、認定を得た人たちがその後継続更新できているのかどうかには十分な関心を払うことができてこなかった。S・Tさんのような事例、納得できないまま医療特別手当を外された被爆者は少なくない可能性がある。そうした人たちの現状を掴み、被爆者支援行政の実態にもう一歩踏み込んでいく必要がある、等の意見が交わされた。

藤原先生

 連続した裁判の3つ目は9月9日(水)、高裁第12民事部(石井寛明裁判長)での高橋一有さん(79歳、兵庫県三木市)の控訴審で、今回が2回目の弁論となる。1回目の6月10日には愛須弁護士から一審判決の不当性が訴えられ、それと共に眞鍋医師の証人採用が強く求められた。この時、証人採用については保留とされ、結論は今回の法廷に持ち越されていた。
今回の法廷の焦点はこの眞鍋医師の証人採用について。国側からは証人採用に反対する意見書が提出されているようで、それに対する反論も込めて、担当の小瀧悦子弁護士から証人採用の必要性を説く意見陳述が行われた。高橋さんのひどくなった化膿しやすい体質、細菌感染に対する抵抗力の低下(その結果の右目眼球摘出手術)等は原爆放射線による影響であり、それを立証できるのは免疫アレルギーを専門に長年にわたる臨床経験と豊富な医学的知見を持つ眞鍋医師こそであること、脂質異常症や高血圧症と放射線被ばくとの関連について最新の知見や報告を正しく理解するためにも眞鍋医師の尋問が不可欠であることが述べられた。
国側からの反対意見は、こじつけに過ぎないようなものだ。医学上の専門的意見は口頭で説明されても理解し難いので書証の方が適切であるとか、尋問したところで見解の相違が明らかになるだけだから証拠調べの形式にそぐわないとか。まるで司法制度そのものを頭から否定するような、司法官としての資質、資格を疑わせるようなものだ。2月28日の高裁第6民事部の証人尋問でまともに反対尋問できなかった痛烈な体験がここまで逃げの姿勢にさせているのか、と憶測してしまった。
 この後裁判体による証人採用についての合議が5分間程度行われた。結論は証人申請は却下。理由は既に眞鍋医師からの詳細な意見書が提出されており、その内容を信用して検討すれば足りる、という説明だった。意見書が詳細なものであればこそ、裁判所も直接眞鍋医意見に直接耳を傾けるべきで、そうあることを願っていたが、期待は裏切られた。
 この後、裁判長から「審理は熟していると思うが」と結審を急ぐような発言があったが、今後どう進められていくのか、傍聴席にいる私たちにはよく分からないまま、この日は閉廷となった。閉廷後、進行協議が開催された。

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 この日の報告集会は中之島の中央公会堂で行われた。進行協議の結果が報告され、裁判長が結審・判決を急ぐ理由が明らかにされた。今の裁判体の人事異動が予定されていて、なんとか現裁判体で判決を書きたい、というのが理由のようだった。証人申請が却下されたので補充の意見書を作成すること、国の意見書に対する反論も準備することを想定するとこれから最低2ヶ月は必要となる。そうすると判決が先延ばしとなる可能性があるが、ということの話し合いの内容だった。弁護団は裁判に“悔いは残さない”という思いを最も大切にして、時間を要しても十分なとりくみをして判決を受けることを決断された。その結果次回の弁論期日は年明けの1月21日(木)となった。小瀧弁護士からは医師証言に代わるようなしっかりとした補充の意見書を準備していく決意が語られた。
 藤原精吾弁護団長からも進行協議の経緯が紹介された。最近の裁判事例には、期待を裏切る判決が相次いでいる。裁判官に安易な期待や根拠の薄い希望を託してはならない。裁判長は早く結論を出したいようだったが、私たちはやるべきことはすべてやり尽くして判決を受ける道を選んだ。その結果判決が先に延びることになってもそれで良かった。一審で不当判決を受けてそれを翻す控訴審を闘っているのだが、流れを変える機会はある。年明け1月14日(木)に決まったT・Iさんの判決で勝訴できれば非常に大きな力、ステップになるのではないか。そのような判決を積み重ねていきたい。さらに頑張っていこう。
控訴審の公正な判決を求める署名を当面10月23日(金)までに集めることを確認して報告集会は閉じられた。

 コロナ禍に襲われた今年の夏だが、被爆者援護と核廃絶をめぐっては大きな出来事が相次いだ。7月29日(水)、広島地裁で「黒い雨」訴訟の判決が言い渡された。84人の原告全員の訴えが認められると言う画期的な判決だった。判決内容は、原爆症認定訴訟が勝ち取ってきたものと同様、被爆者救済の立場を明確にして判断すること、特に内部被ばくについてはその危険性・可能性を重視することが強調され、国の行政の誤りが断罪された。被害を受け原告となって闘ってきた人々、それを支えてきた人々の喜びはこの上ないものだった。
 しかし、2週間後の8月12日(水)、国の指示によって広島県、広島市は控訴の手続きを行った。「判決は科学的知見が十分とは言えない」というのが理由とされた。これほど非情な判断、行政のあり方はない。原告のみなさんはみんな高齢だ。一審判決を聞くまでに他界された原告は12人にものぼる。さらに裁判を続けて、「国は原告たちの亡くなっていくのを待っているのか」という声が、決して大袈裟でなく聞こえてくる。非人道的控訴と言われても仕方ない。
被害に遭われた人々、広島県、広島市による「黒い雨」被爆の範囲拡大の要求に対して、厚労省は2012年当時有識者検討会議を設けて「検討」し、「地域拡大は困難」との結論を出した。今回の控訴もこの結論が基本にある。しかしこの時、有識者会議メンバーで現地調査に赴いた人は一人もいない。また有識者会議から聞き取り調査を受けた現地住民も一人もいなかった。被害者に直接向き合うことなく、耳を傾けることも一切なく、すべて机上の論理、空論で片付けられてきた。これが厚労省の言う「科学的知見」の実態だ。
 今回の控訴については、日頃被ばくの問題や被爆者支援に関わっていない一般の人々からも怒りと疑問の声が広まっていた。京都原水爆被災者懇談会と京都「被爆2世・3世の会」は連名で控訴に対する抗議声明を出し、8月29日(土)には街頭で控訴に抗議するアピール行動も行った。声明文を書いた文字ばかりの宣伝チラシだったが、普段以上に受け取りは良かった。
同じ広島・長崎の原爆被害者として、核被害者として、これからも「黒い雨」訴訟を闘うみなさんを応援し、共に被害者救済と核廃絶をめざしていきたい。

 8月6日(木)広島の日、8月9日(日)長崎の日、両日に合わせて合計4つの国が新たに核兵器禁止条約を批准した。これで批准国は合計44ヶ国となり、条約発効まで後6ヵ国に迫ってきた。年内にも発効をという願いが現実味を帯びてきた。その一方で、自国優先第一主義、世界の分断を厭わない動向が強まっており、核兵器をめぐる状況も核拡散につながりかねない事態を目の前にしている。核兵器禁止条約の一日も早い発効を実現し、その力と、核廃絶を願う世界の圧倒的な世論で核保有国を包囲し、危険な策動を断念させていきたい。そのことを強く願う今年の夏だった。

 今年の「ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の完全勝利をめざすつどい」は、当初5月30日(土)に予定されていたがコロナ感染拡大防止のために延期され、8月22日(土)に大阪府福祉会館で開催された。基調講演は関西学院大学の冨田宏治先生。オンラインで開催された今年の原水禁世界大会の成果と次年度に向けた展望、間近に迫った核兵器禁止条約発効の見通し、国内外の情勢の特徴と私たちの課題についてお話しいただいた。特に、人の命の尊厳について世界中の多くの人々が気付始めており、コロナのことも、貧困と格差、差別のことも、そして核兵器廃絶のことも、ここを原点に世界の人々の共同した運動を強めていくことの大切さが強調された。
 「つどい」では「原爆症裁判が切り拓いたもの、今日の課題」と題して西晃弁護士から弁護団報告がなされた。原爆症認定集団訴訟とノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の営みが到達した司法判断を5点にまとめられ、それでもまだ到達できていないと限界とその基本的要因が具体的な判決事例に沿って報告され、最後に私たちの課題と進む道が提示された。これからの課題として提示されたのは、集団的闘いの重要性の再確認、国家補償を求めるたたかいの意義の再確認、核兵器廃絶運動との連動であった。
最後に3つの行動提起が行われて参加者全員で確認した。①係争中のすべての裁判の勝利めざして公正な判決を求める署名運動をとりくむ、②国・厚労省に対し認定基準の抜本的改定と、被爆者全てを救済する制度策定を求めていく、③核兵器廃絶発効に向けて「ヒバクシャ国際署名」をさらに広げていく。
 コロナ禍の下、猛暑の影響もあり、他の弁護団会議と重なった事情もあって、参加者は39人とやや少な目だったが、それでも有意義な「つどい」となった。2020年後半期からの運動と闘いにエネルギーを加えることになった。


ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
2020年10月23日(金) 11:15 高裁第14民事部 202号法廷 Y・Mさん、O・Hさん弁論
2020年11月13日(金) 10:00 地裁第2 民事部 1007号法廷 S・Tさん弁論
2021年01月14日(木) 13:15 高裁第6民事部  202号法廷 T・Iさん判決言い渡し
2021年01月21日(木) 13:30 高裁第12民事部 74号法廷 高橋一有さん弁論
弁論期日未定         最高裁上告審 苑田朔爾さん
2020.11.29 Sun l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(81)
高裁第12民事部で地裁第2民事部の不当判決を翻す弁論開始!
最高裁の“被爆者に対する姿勢”を正すため、苑田朔爾さんが上告へ
2020年6月13日(土)

新型コロナウイルス感染防止の緊急事態宣言が解除され、5月末から6月前半にかけてノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の法廷は3週連続で設定された。5月27日(水)は大阪高裁第2民事部苑田朔爾さんの控訴審判決、次週の6月3日(水)は大阪地裁第2民事部でN・Kさんの判決、そして今週6月10日(水)は高橋一有さんの控訴審第1回目の弁論と続いた。

苑田朔爾さんへの不当判決に対しては、こんなに酷い判決をそのまま看過することはできないとして6月5日(金)、上告の手続きがとられた。N・Mさんの勝訴判決については国に控訴させないことが喫緊の課題であり、厚労大臣に対する働きかけが全国に呼び掛けられている。控訴期限は6月17日(水)だが、今日現在控訴手続きはとられていない。

高橋一有さん(79歳、兵庫県三木市、心筋梗塞で認定申請)は、昨年11月22日、地裁第2民事部で却下処分の不当判決を受けた。判決を下した裁判長は先週のN・Kさんの判決も書いた三輪方大裁判長だった。半年の期間を置いてやっと控訴審の最初の弁論機会を迎えることになった。係属の高裁第12民事部の裁判長は、法廷前の掲示板を見ると石井寛明裁判長とあった。なんとなく記憶にある、かなり以前の一審かまたは二審でノーモア・ヒバクシャ訴訟を担当したことのある人ではなかったかと思いつつ、開廷を待った。帰宅して過去の傍聴記を見直してみると、2015年から2016年にかけて高裁第13民事部で6人の被爆者の裁判を担当した人だと分かった。但し、この裁判長の前で弁論が行われたのは3度だけで、4回目からは別の裁判長に代わり、高裁第13民事部の審理はその後2年も続いて、2018年に判決を迎えている。弁論だけであったので石井裁判長の印象は薄く、特別の感想を持つことは何もなかった。ただ、当時、傍聴参加者が次第に少なくなりつつある中で、あくまでも202号大法廷の使用にこだわり続けていたことが思い出に残っている。
今日の会場の74号法廷は今回も傍聴席は3分の1に限定され、わずか13人の席数はただちに埋まった。高橋さんの担当は小瀧悦子弁護士だが、大変力のこもった控訴理由書が提出されていると後刻の報告集会で紹介された。その小瀧弁護士は急に体調を崩されたようで今回は欠席。高橋一有さん本人は出廷を希望されていたようだが、遠距離で、コロナ禍の下、今回は無理をしないでおいた方がいいということで、欠席されることになった。
冒頭、控訴側からの控訴状、控訴理由書、非控訴側の答弁書等の提出が確認されて審理は開始された。控訴側からは眞鍋穣医師の証人申請もされているようだったが、その決定はとりあえずのところ留保された。
この日の口頭意見陳述は愛須勝也弁護団事務局長によって行われた。愛須弁護士は弁論で、一審判決の判断枠組みの誤りと、高橋さんの被曝後の状況についての判断の誤りと、二つに分けて述べ、分かり易くも、厳しく原判決を批判した。
一審判決はまず、「DS02等により算定される被曝線量は、飽くまで一応の目安とするにとどめるのが相当」であるとし、「被爆者の被曝線量を評価するに当たっては、当該被爆者の被爆状況、被曝後の行動・活動の内容、被曝後に生じた症状、健康状態等に照らし、様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性の有無を十分に検討する必要がある」としている。また申請疾病である心筋梗塞については最新の医学的知見を受け入れ、既に積極的認定疾病に加えられていることも理由に放射線起因性を認めている。ここまではこれまでの原爆症認定集団訴訟の判決で繰り返されてきた判断枠組みと同じことになる。しかし、判決はこれらの到達点を述べながら、高橋さんの心筋梗塞の放射線起因性の具体論になると、突然、浴びた被曝線量を「具体的・定量的に明らかにすることができない」という、まったく異質の基準を持ち出し、高橋さんの浴びた線量は大したことはないとして切り捨ててしまった。
被爆者の浴びた放射線量を定量化するなどできるわけがなく、被爆者に不可能なことを強いるもので、被爆者援護法の趣旨にも真っ向から矛盾し、被爆者が長年の原爆症認定集団訴訟、ノーモア・ヒバクシャ訴訟で勝ち取ってきた判断基準の成果を冒涜するものだ、と愛須弁護士は原判決を厳しく批判した。
高橋さんの一審判決以降4人の原告が同じ地裁第2民事部(同じ裁判長で)判決を受けているが、前段の判断枠組みでは4人とも同じことが述べられている。しかし、具体論になると2人については被曝線量が明らかでないとの理由で請求を棄却し、後の2人については具体的線量が明らかでないのに請求を認めるという、まったく矛盾した判決が行われていることも付言された。
一審判決は、高橋さんの被曝状況について、入市後に爆心地近くで飲食をしたこと、怪我や予防接種でもひどく化膿するようになったこと、結膜炎の悪化から眼球摘出をして失明したことなどのここまでの事実認定は認めている。しかし判決は、化膿がひどくなっていった具体的な状況や失明に至った詳細も明らかでないとして、「放射線被曝の影響で免疫力が落ちたことに起因するものであるとは直ちに認めることはできない」としまっている。
このことについては、免疫アレルギーの専門的知見を持たれている眞鍋穣医師の詳細な意見書が既に提出されている。その意見書の要点に触れながら陳述は続けられた。眞鍋医師によると、高橋さんは被爆した4歳までは元気な子であったにも関わらず、被爆後ひどく化膿するようになったこと、また若くして結膜炎から眼球摘出を受けることになった経過は、細菌感染に対する抵抗力の顕著な低下がなければ考えられないこととされている。高橋さんの免疫力低下は先天的なものではありえず、後天的なものとしか考えられないこと、その原因は原爆放射線の被曝によるものと考えるのが最も妥当だとされている。眞鍋医師の意見のポイントは、高橋さんの症状は被爆後に生じているという点にある。一審判決はその評価を見誤り、症状発生の程度や時期が明らかでないとして、放射線の影響を無視してしまっている、と批判された。
愛須弁護士の陳述は最後に、多くの被爆者が自らの生命をかけて築き上げてきた司法判断の到達点を後退させる原判決を確定させることは認められないと訴え、審理においては眞鍋医師の証人を採用して審理を尽くすよう求めて、閉じられた。
陳述の後、次回期日を9月9日(水)とすることを確認して、閉廷となった。

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今回も大阪弁護士会館に移動して報告集会が行われた。最初に愛須弁護士から、今日の陳述を補足する説明が行われた。
地裁第2民事部、三輪裁判長の判決は高橋さんたちの判決を皮切りに3回行われたが、前段の判断枠組の記述は3回ともまったく同じ文章で、それは見るからにコピペしたものと言わざるを得ない。それが具体論に移ると態度がコロッと変わって、被爆放射線量の推計まで具体的に計算して示しながら、それを前提とした判決にしている。敢えて余計な判断枠組みを滑り込ませ、それを理由に足切りをはかっている。4人の原告の2人には原爆症を認め、2人は却下。どこが違っているのかさっぱり分からない、極めて恣意的な判決だ。要は国が許容する範囲なら認め、それ以外は切り捨てるという、原爆症認定訴訟の歴史と実績を明らかに踏み外している。

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証人申請している眞鍋医師は臨床医師であると同時にアレルギーの研究、専門家でもある。この間の原発事故、原発労働者の問題、チェルノブイリ事故などから、たくさんの医学論文、科学論文が集積されており、白血球の中の好中球異常が免疫力の異常をもたらすことが明らかにされている。眞鍋医師はそれらの研究成果に基づいて、放射線被曝によって免疫機能に異常を来し、被爆者には今日までずーっとそれが続いていることを示されている。高橋さんの被曝後の症状を診ても被爆した後に免疫力が低下してきたことは明らかであり、原因は原爆による被曝以外考えられない。非常に説得力のある意見書となっているようだ、
意見書の内容は必ず裁判所にも伝わるであろう。裁判所は証人の意見を聞かなければ、と思うはずだ。一審判決はきっと見直されるのではないか、という期待と思いが語られた。
その後、現在の近畿訴訟の全体状況が報告され、確認された。

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(支援集会で講演する眞鍋穣医師)

苑田さんの事件は上述のように6月5日(金)上告された。先週判決のあったN・Kさんについては、国に対して上告するなと働きかけ、判決確定を求めている。そして今日の高橋一有さん。その他、近畿訴訟では3人の原告がいずれも控訴審での審理開始の日を待っている。係属部は1人は第6民事部、2人は第14民事部と決まっているが、期日は未定のままだ。
報告集会では藤原精吾弁護団団長から、苑田さんの上告について、その目的、理由が以下のように説明された。

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今年2月25日(火)、最高裁で原爆症認定に関わる不当な判決が下された。被爆者に向き合わない、ただ言葉の解釈だけで要医療性を否定した結論だった。行政のやっていることを追認、追随するだけ、被爆者援護制度の理解もできていない。最高裁の判決とはとても思えないようなずさんな間違いがある、との批判も出されている。
被爆者の問題、被爆被害の問題をもう一度最高裁に考えさせる必要がある。そういう意味で苑田さんの上告をすることにした。これを機会に、最高裁は被爆者問題をもう一度考え直せという運動にしていきたい。現在、『賃金と社会保障』という雑誌で特集号を編集中だ。いかに最高裁判決が間違っているか、そしてそれらがいかに世論は受け入れ難いものであるか、が書かれた特集だ。8月6日前に発行の予定で、是非読んでいただきたい。
報告集会の最後に、尾藤廣喜弁護団幹事長からまとめが行われた。

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苑田さんの事件の上告については弁護団会議の中でも様々な意見が交わされた。事実認定が争点になっているので上告は難しいという意見もあった。しかし、私たちが原爆症認定訴訟を起こしてきた原点は、裁判所は被爆者の被爆の実態をきちんと正確に捉えて、それに基づいて判断し、認定のあり方を考えていかなければならない、というところからだった。小西訴訟以来ずーっと私はたちが主張してきたことだ。小西さんの場合、1.8㌔の被曝で、白血球減少症と肝機能障害が申請疾病だった。当時の基準からするととても認められるようなものではなかった。相談した斎藤紀先生からも、今の基準ではとても認められるものではないと、訴訟については否定的な意見をもらっていた。
しかし、現実に小西さんは白血球減少症が続いており、肝機能障害もあった。この事実から考えて認定されないのは基準自体がおかしいのだと、かなりの議論を行った。斎藤先生もそうかもしれないと言われるようになり、小西さんの症状を自らも分析され、それから見解を改められるようになった。小西さんのために法廷での証言もしていただいた。
医師、科学者は、事実に謙虚でなければならない。被爆者の訴えていること、その事実をどれだけ尊重して被爆の実相を正直に見るかということ。それは裁判所にも当てはまる。苑田さんの判決には微塵もそのような姿勢が見られなかった。「被爆者の言うことは信用できない」という立場に立ち、認定には被曝線量を厳しく考えないといけないとし、何より厚生労働大臣の打ち出した方針には素直に従わなければいけない、といった考え方が随所に見られた。私たちの築いてきた到達点を踏みにじる判決だった。
この判決をこのまま終わらせるわけにはいかないと考えて、上告することを決めた。弁護団はもう一度最高裁にチャレンジする、ということだ。
今日の高裁第12民事部の裁判も同じ立場を求めていかなければならない。本当に被爆者に向き合って、正しい判断は何かを実態から見ていくようにする。
私が水俣病訴訟をやっている時、原田正純医師から教えられたことがある。医者は患者さんから学ぶ、医学は患者さんから学ぶということだ。裁判もそうあるべきだ。この裁判所がきちっと事実を見て判断するように、またさせるようにしていかないといけない。是非とも勝っていきましょう。

 報告集会終了後、関係者の間で、延期になっている「ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の全面勝利をめざすつどい」の開催について話し合った。日程は、会場都合との調整もあり、8月29日(土)と決まった。詳細は追ってお知らせすることになる。



ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
 2020年 8月 29日(土) ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の全面勝利をめざすつどい
2020年 9月 9日(水)14:30 控訴審・高裁第12民事部 74号法廷 高橋さん弁論

 弁論期日未定          控訴審・高裁第 6民事部 81号法廷 T・Iさん弁論
 弁論期日未定          控訴審・高裁第14民事部 73号法廷 Y・M、O・Hさん弁論
2020.06.13 Sat l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
先日6月10日、大阪高裁第12民事部(石井寛明裁判長)原告高橋さんの控訴審が始まりました。
原審の大阪地裁第2民事部の判決はとにかく酷かった。
弁護団は、100頁近い控訴理由書と眞鍋穣医師の意見書等の証拠を提出。併せて、眞鍋医師の証人申請を行い、代理人を代表して事務局長の愛須勝也弁護士が、意見陳述を行いました。

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第1 原判決の判断枠組みの誤り
1 控訴人の高橋さんは、4歳1か月であった昭和20年8月9日、長崎県南高来郡南串山村京泊の親戚方におり、原爆投下から3日後の8月12日、長崎市竹ノ久保町に居住していた祖母と三菱造船幸町工場勤務していた叔父を探すために、母に連れられて、爆心地から約1.1km付近まで入市しています。申請疾病は心筋梗塞です。
2 原判決は、まず、高橋さんの浴びた被曝線量について、「当該申請者の被曝状況、被曝後の行動・活動の内容、被曝後に生じた症状、健康状態等に照らして、誘導放射化物質及び放射性降下物を体内に取り込んだことによる内部被曝の可能性を十分に検討する必要があるというべきであり、また、内部被曝による身体への影響には、一時的な外部被曝とは異なる特徴があり得ることを念頭に置く必要があるというべきである」と判示しました。
3 そして、「DS02等により算定される被曝線量は、飽くまでも一応の目安とするにとどめるのが相当」であるとした上、ここでも、「被爆者の被曝線量を評価するに当たっては、当該被爆者の被曝状況、被曝後の行動・活動の内容、被曝後に生じた症状、健康状態等に照らし、様々な形態での外部被曝及び内部被曝の可能性の有無を十分に検討する必要がある」と判示しています。
4 そして、控訴人の申請疾病である心筋梗塞については、放射線起因性を肯定する医学的知見が集積している上、近時、放射線被曝がヘルパーT細胞数の減少に伴う免疫機能低下を引き起こし、ウイルスによる慢性的な炎症反応を誘発し、心筋梗塞発症の促進に寄与していることを示唆する最新の医学的知見等に加え、医療分科会が策定した現行審査基準でも一定の条件の下で積極認定すべき疾病とされていること等を理由に、一般的に放射線起因性を肯定しています。
5 ここまでの判示を読んでいますと、これまでの原爆症認定集団訴訟の判決において、何度も繰り返されてきた判断枠組みと同じです。
かつて、原爆症認定は、2km以遠の遠距離被爆、入市被爆は一切認められず、悪性腫瘍以外の非ガン疾患の放射線起因性も認められませんでした。
最高裁松谷訴訟で松谷英子さんが勝訴した後も、原因確率という実態に合わない基準の機械的適用によって被爆者の足切りがされてきました。
そこで、全国の被爆者が集団訴訟を提起し、裁判所の中で、自らの被爆体験を語り、入市被曝・遠距離被爆でも急性症状が生じたりすることが明らかになり、判決でも総合判断の枠組みが定着し、認定基準も拡大されてきたのです。
6 ところが、現判決は、途中までこれらの到達点をなぞりながら、控訴人の申請疾病の放射線起因性の具体的当てはめの段階に至るや、突然、浴びた被曝線量を「具体的・定量的に明らかにすることができない」というまったく異質の基準を持ち出し、高橋さんの被曝線量は大したことがないと切り捨てたのです。
控訴理由書の中でも同種事件の判決を引用して具体的に主張していますが、これまで、多数の原爆症認定訴訟で下されたどの判決にもない異質の基準です。
7 そもそも浴びた放射線を定量化することなど出来るわけがありません。
原判決の立場は、被爆者に不可能を強いるもので、被爆者援護法の趣旨にも真っ向から矛盾するものであり、被爆者が命をかけて明らかにして判決の判断基準に結実させた成果を冒涜するものであり決して認めることができません。
8 付言しますと、原審である大阪地裁第2民事部は、本件判決後も、原爆症認定申請について、4人の被爆者の申請について判決を言い渡していますが、本件と同じ枠組みで判断をしています。
ところが、具体的結論になると、2人については、浴びた線量が具体的に明らかでないとして請求を棄却し、2人については、具体的線量を明らかにしないまま請求を認めています。そもそも、認定申請の却下処分を不服として訴訟に至る原告はおしなべて線量が明らかでなく、被曝線量を定量化できない被爆者です。
被曝線量の具体的・定量的主張を要件とする原判決の枠組みは誤っていると言わざるを得ません。

第2 被曝後の状況についての判断の誤り
1 原判決は、高橋さんの被爆状況について、
・昭和20年8月12日に、爆心地から約1.1~1.2kmの地点に入市し、水を飲んだり、野いちごを食べたりしたこと。
・入市後、すり傷程度の怪我で化膿するようになり、予防接種を受けるたびに化膿し、酷いときには骨が見えるくらいまで化膿したこと。
・昭和43年頃、結膜炎が悪化して眼球摘出をして失明していること。
などの事実を認定しています。
2 ところが、判決は、入市以前と比べて、化膿の態様が酷くなった時期やその程度のほか、化膿の原因となった怪我の状態や化膿に至った状況、経緯等の詳細は具体的に明らかではなく、また、結膜炎として治療を受けたにもかかわらず失明するに至った状況、経緯等の詳細も具体的に明らかではないとし、高橋さんのこれらの症状、健康状態が「放射線被曝による影響で免疫力が落ちたことに起因するものであると直ちに認めることはできない」と結論づけているのです。
3 しかしながら、原判決は、被爆後、高橋さんに生じた症状について評価を誤っています。高橋さんは被爆をする4歳までは元気でしたが、被爆後の予防接種による化膿や眼球摘出などの事実は、免疫力の低下によって生じたとしか考えられません。
4 この点については、40年以上にもわたり、内科、小児科の臨床医として医療に携わり、免疫アレルギーに対する専門的知見を有する眞鍋穣医師の意見書を提出していることろです。
眞鍋医師は、京都大学医学部を卒業後勤めた同大学附属病院小児科で免疫アレルギーの研究を開始するとともに、臨床医として急性心筋梗塞や糖尿病、脂質異常症、高血圧症などの生活習慣病の治療に携わってきた経験豊かな専門家です。原爆症認定訴訟においても、大阪地裁、高裁のほか、東京高裁、広島高裁でも証言するなど放射線の人体影響について専門的知見を有しています。
その真鍋医師によると、高橋さんの病歴の特徴は、4歳まで元気であったにもかかわらず、被爆後、予防接種を受けただけで骨が見えるほど化膿する、若くして眼球摘出を受けるなどの症状にあり、特に、結膜炎から眼球摘出を受けるという経過は、細菌感染に対する抵抗力の著名な低下がなければ考えられないとされています。
眞鍋医師は、高橋さんのこれらの症状の発症時期からして、高橋さんの免疫力の低下は先天的なものではありえず、後天的なものであるとしか考えられないこと、その原因としては原爆放射線の被曝による免疫力の低下と考えるのが最も妥当と結論づけています。具体的には、後天的な細菌感染に対する免疫不全である好中球(もしくはマクロファージ)機能不全とされています。
5 眞鍋医師の意見のポイントは、高橋さんの症状は被爆後に生じているということです。その点は、原審においても立証しているにもかかわらず、原判決はその評価を見誤り、化膿の態様が酷くなった時期や程度が明らかでないとして放射線の影響を無視してしまったのです。
6 このほか、原判決には、心筋梗塞の危険因子である脂質異常症、高血圧症等との関連性についても誤った判断をしていますが、この点の詳細については、眞鍋意見書に譲ります。

第3 結論
以上のとおり、原判決には、看過できない重大な違法があります。
多くの被爆者が自らの生命をかけて築き上げた司法判断の到達点を後退させる原判決を確定させることは認められません。
控訴審の審理においては、すでに眞鍋医師の証人申請を行っていますが、裁判所におかれましては、ぜひ、同医師を採用していただいて審理を尽くし、誤った判決をただしていただきたいと思います。
以上



2020.06.12 Fri l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
被爆二世のノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟・裁判傍聴記(80)
6月3日(水)地裁第2民事部で最後の原告が勝訴判決!
決して諦めない闘いが正しい裁判に流れを引き戻す!
2020年6月5日(金)

新型コロナウイルス感染防止のためノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟も3月以降の法廷が軒並み延期となり、5月末からやっと順次開廷されるようになってきた。5月27日(水)には大阪高裁第2民事部苑田朔爾さんの控訴審判決があり、その1週間後には大阪地裁第2民事部でN・Kさんの判決と続いた。二つの判決ははっきりと明暗を分けることになった。

5月27日(水)、もともと4月17日(金)の予定だった苑田さんへの判決言い渡しが1ヶ月以上延期されてこの日を迎えることになった。コロナ対策のため、開廷前集会も、入廷行進もなし、判決後の旗出しもしないという寂しい構えで判決を聞くことになった。構えだけでなく、法廷内の代理人席数も絞られ、傍聴席も13人と席数の3分の一ほどの人数に制限されての法廷だった。

原告の苑田さんは出廷するのも困難な体調のため、はるか郷里の長崎から判決を待つことになった。午後4時開廷。高裁第2民事部を担当していた田中敦裁判長によって書かれた判決文だが、田中裁判長は人事異動となり、この日の判決言い渡しは後任の清水響裁判長によって告げられた。“告げられた”という表現がそのまま当てはまるような、「主文、控訴人(苑田さん)の控訴を棄却する」の一言だけが読み上げられた極めて事務的なものだった。

会場を大阪弁護士会館に移して報告集会が開催された。愛須勝也弁護団事務局長から、評価できるところの一切ない、スカスカの内容で、松谷訴訟以前に遡った頃のような判決だ、という厳しい評価が下された。

苑田さんは3歳の時、爆心地から4.2㌔の長崎市小島町で直接被爆。8月15日爆心地を通って避難したため入市被爆もしている。避難先で急性症状も発症し、以来病弱となった体で苦難の人生を歩んできた。70歳の時前立腺がん(申請疾患)を発症し全摘手術、今も転移や新たな部位でのがん発症に不安を抱えながらの日々となっている。一審判決は昨年の2月28日。東小島町には「黒い雨」は降っておらず放射性降下物の影響は認められない、8月15日の爆心地付近の放射線量は低下していて人体に影響を及ぼすようなことはなかった、等々の理由を並べられて苑田さんの訴えは退けられた。

今回の控訴審判決は、まず徹底して被爆の事実認定を否定するところから始まっている。8月15日に爆心地付近に入市した事実を裏付ける証拠は存在しない、被爆者手帳の申請書類にもそのことの記述はない、直爆を受けてから避難するまでの6日間の詳細な生活状況は不明等々、本人の記憶と陳述以外に立証できるものがなければすべて否定するという態度だ。そして、放射性降下物を体内に摂取したとしてもその被ばく線量等の詳細は不明であり、それが証明できない以上人体への影響を認めることはできない、とされた。加えて、他原因にも言及し、がんについてもしきい値があるかのような表現があったり、被爆と関係ない原因で発症したとしても不合理ではない、と判決された。被爆者と向き合おうとする姿勢は欠片もなく、長年の認定訴訟で構築されてきた被爆者救済の枠組みを見ない、根本的に異なる判決だ。

苑田さんの控訴審は1回目が昨年の7月25日。この時は苑田さん自身が意見陳述し、担当の濱本由弁護士中道滋弁護士によって放射性降下物の危険性や内部被曝の脅威などがパワーポイントを駆使して陳述された。この時私たちは被爆者の被害と訴えにしっかりと向き合った法廷が進められるのではないかと期待した。2回目は10月15日。しかしこの日は一転して裁判長の強引な訴訟指揮が露になった。控訴側が求めた名古屋大学名誉教授の沢田昭二先生の証人採用申請が却下され、控訴・非控訴側双方の意見書提出期限についてもほぼ一方的に決められるような訴訟指揮が公開の法廷の場で展開された。口頭による意見陳述などはないままだった。3回目は年明けの1月29日。この日は尾藤廣喜弁護団幹事長によって、厚労省の定める放射線起因性の判断における「総合的な判断」についての意味と実態が陳述されたが、それを持って早々と結審が宣告されてしまった。
口頭での陳述や尋問だけを聞いている傍聴席の私たちにとって、一体が何が争われ、何が問われているのか、よく分からないままの裁判の推移だった。初めから結論ありきで、それに沿って強引な訴訟指揮がとられたとしか思えない判決だ。沢田先生による意見書は3回も提出され、濱本弁護士や中道弁護士によって練り上げられた意見書も貴重なものだったはずだが、判決はそこに示されている主張・意見には一言も触れず、ひたすら避け通したものでしかなかった。報告集会に参加している弁護士、支援のみなさんからも異口同音に、あまりにもひどい判決への憤りと批判が集中した。

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今回出廷することのできなかった原告の苑田さんからの、弁護団と支援の人々へのメッセージが披露された。「支援していただいている人たちへ、思うように移動することができません。日頃からのご恩に厚くお礼申し上げます。皆様もご自愛下さい。くれぐれも」という内容だった。

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苑田さんのもともとの原爆症認定申請は2014年11月6日、提訴は2015年8月6日。5年も6年も頑張ってきた結果がこれか、と思うと辛く悔しい思いが増してくる。
このままの状態でノーモア・ヒバクシャ訴訟を終えてしまっていくことはできない。もう一度巻き返して頑張っていくことを確認してこの日の報告集会は閉じられた。

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1週間後の6月3日(水)、今度は地裁第2民事部の判決の日を迎えた。地裁第2民事部はもともと4月10日に予定されていた判決が、2ヶ月近く延期されてのこの日だ。今回も事前集会も入廷行進もせず、旗出しもしないままだ。法廷内の代理人席も、傍聴席も大幅に制限され、なんとなく閑散とした雰囲気の中で開廷を待った。

地裁第2民事部の原告はN・Kさん(女性、79歳、神戸市)ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟の地裁における最後の原告となる。娘さんたちに付き添われて入廷し、原告席に着席された。裁判長は昨年2度に及ぶ判決言い渡しで、原爆症認定訴訟史上最悪の判決だと言われた三輪方大裁判長。今回もとんでもない判決が出されるのではないか、その不安を拭いきれないまま傍聴席に座った。
午前11時30分開廷。三輪裁判長も人事異動となったため、後任の森鍵一裁判長から判決は読み上げられた。「主文、厚生労働大臣による(N・Kさんの)原爆症認定申請の却下処分を取り消す」
あれ、勝訴じゃないか。厚労省の却下処分は誤りだとされたんだ。閉廷を待つまでもなく、代理人席の弁護団からN・Kさんに喜びの声がかけら、熱い握手が交わされた。
正直言って意外な判決。法廷内では詳しい事情が分からないが、みんなわくわく感いっぱいの気持ちで報告集会会場の大阪弁護士会館に足を運んだ。

N・Kさんは4歳10か月の時に爆心地から3.6㌔の長崎市八坂町で直爆被爆。翌日の8月10日、11日と叔父を探しに母親に連れられて三菱兵器工場跡を歩き回り入市被爆もした。被爆後のN・Kさんは数々の病気に見舞われる人生を送ってきた。20歳の頃から貧血で造血剤を処方され、27歳の頃にはひどいめまい、吐き気も加わり、33歳の時に声帯ポリープで手術。69歳で大腸ポリープ摘出手術、甲状腺機能低下症の診断も受けた。そして72歳の時に右乳がんを発症して腫瘍摘出手術、3年後に再発し、この乳がんを原爆症認定疾病として申請した。N・Kさんと一緒に被爆した家族のことも重要だ。父親は肝臓がんで、母親も膀胱がんで亡くなっている。お兄さんも骨髄異形成症候群で亡くなり、胎内被曝だった弟さんも白血病らしき症状で生後間もなく短い命を閉じている。

これだけの被爆の事実があり、既往歴や一緒に被爆した家族の状況などもあれば、N・Kさんの乳がんは当然被爆したことが影響していると誰もが考えるはずだ。しかし、厚労省は認めてこなかった。その理由は原爆症認定に際しての「積極的に認定する範囲」の基準に機械的に頑なに拘ってきたことにある。「積極的に認定する範囲」は「被爆地点が爆心地より3.5㌔以内である者」と定めており、3.6㌔のN・Kさんはわずか100㍍の差で無情にも切り捨てられていた。一方放射線起因性の判断にはもう一つの基準「総合的に判断」するというものがあり、「積極的認定範囲」以外でも、被曝線量や、既往歴、環境因子、生活歴等を総合的に勘案して判断する、としている。N・Kさんの場合、当然この「総合的判断」で認定されなければならないはずだが、厚労省は実際には「総合的判断」などは放棄して、「積極的認定基準」を機械的に適用させることだけに重きを置いてきた。こんな不条理なことをさすがに裁判所も追認することはできなかった、のではないかという思いが頭の中をよぎった。
これだけの状況証拠があるのに、僅か100㍍の差を理由に認定を拒否する、そのことが世論に与える影響を裁判所も考慮せざるを得ず、あの裁判長もさすがに覚悟して出してきた判決だったのではないか、というのが愛須弁護団事務局長からの最初の感想だった。

被爆の事実認定では、叔父さんを探して入市被爆したことは否定されている。しかし、叔父さんが救助されてから約1ヵ月間、母親が叔父さんの看護するのを手伝っており、その中で粉塵を吸い込んだり、飲食も通じて体内に放射性物質を取り込んだ可能性が高いことを判決は強調している、との報告だった。被爆者援護法で定める被爆者の定義の内、第3号被爆者と言われる人々は「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった方。例えば、被災者の救護、死体の処理などをされた方」とされており、そのことを強調した判決だったようだ。

N・Kさんは本人尋問の際などで叔父さんを救護した経験をリアルに証言していたが、原告側はこのことを特別強く主張していたわけでない。被告・国側もそのことを特別に争点にしてはいなかった。しかし、裁判所は、直爆による放射線の影響や入市の事実などは否定しつつも、それでも原爆症認定に道をつけるために、敢えて救護被爆の影響に着目したような判決内容だ。
さらに初期放射線以外にも、救護・介護なども通じて外部被曝、内部被曝の影響があったことまで認めている。しかも、具体的な被曝線量など分からなくても構わないのだとまで言って。そこまで言われると、昨年11月に下された高橋一有さんへの敗訴判決、今年1月に出されたY・MさんやO・Hさんへの敗訴判決は一体何だったのか、と言いたくなる。あの判決はもう一度やり直すべきではないか、と。

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N・Kさんは報告集会にも参加された。N・Kさんは原爆症認定制度のことなど何も知らない人だった。それが乳がんを発症したことで東神戸診療所にお世話になるようになり、郷地先生などから色々なことを教わってきた。郷地先生やみなさんのおかげで今日の日を迎えることができたと感謝の挨拶を述べられた。挨拶を受けて、参加者全員が熱く長い拍手と花束を贈った。

その後、N・Kさんの裁判を担当してきた吉江仁子弁護士から以下のような感想が述べられた。福島原発事故などなければ負ける要素のない裁判だと思ってきた。絶対に負けるはずはないと思ってきたが、その通りに本当に勝利出来て良かった。昨年から敗訴判決も相次ぎ、裁判はなかなか難しいという思いが広がっていた中で、一筋の希望の灯りが見えてきたのではないか。今日の判決を力に、多少他原因の危険因子などあってもどんどん被爆者のみなさんが原爆症認定申請するようになっていって欲しい。

報告集会は最後に、藤原清吾弁護団長によるまとめで締めくくられた。昨年の2民判決から、今年の最高裁判決、そして先週の大阪高裁判決と敗訴が続いていた中で、この流れを止める、もう一度正しい流れに戻す今日の判決だったと思う。原爆症認定訴訟、ノーモア・ヒバクシャ訴訟で積み上げてきた裁判の内容を基にすれば、今日のような判決しかあり得ないことを声明では明らかにした。問題はこのような判決の流れが何故行政を変えるまでに至らないのかということ。私たちはいくつの敗訴があっても決して挫けずに頑張ってきた。正しいことは最後まで正しい。私たちは決して諦めない、ということをもう一度確認して、まだ不十分で間違ったことをしている行政を正す、そして核兵器廃絶がきちんと出来るように核兵器禁止条約の批准を求める、そのことを頑張っていこう。
久しぶりとなるスカッとした判決を受けて、参加者全員が晴れ晴れとした気分を抱きながら散会することになった。

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N・Kさんの判決内容報告を聞いていて、特に叔父さんの救護・介護による被爆影響が強調されたと聞かされて、15年前、原爆症認定集団訴訟で京都からの原告で奮闘された森美子さんのことを思い出した。森さんは被爆当時大村海軍病院に看護師として徴用されていて、膨大な人数に上る被爆者の人々の看護に当たった。長崎の街には一歩も踏み入れたことがないのに、直後から下痢、発熱の急性症状を発症し、60歳頃から肝機能障害に見舞われるようになった。原爆症認定申請したが却下され、2006年に集団訴訟の一員として提訴した。当時3号被爆者で提訴したのは全国でも森さん一人だったと言われている。3号被爆者は端から認定対象とは認められていなかった頃、厳しい闘いを余儀なくされ、一審、二審とも勝訴判決を得ることはできなかった。それでも判決は「(森さんが)内部被曝、外部被曝していても決して不自然ではない」と述べ、救護被爆者の放射線被爆の事実を認めた。初めて3号被爆者に認定の道が切り開かれたと、当時評価されている。
後に森さんは、「救護によって被爆した人は広島でも、長崎でも本当はもっともっと多いのではないかと思います。救護活動によって本当は被曝しているにも関わらず、自分を被爆者と思っていない人も全国にはたくさんいるのではないでしょうか」と述べられている。
その森美子さんが6月4日(木)永眠された。享年95歳。森美子さんの闘いがN・Kさんの勝訴判決に繋がっているのだと思いつつ、心から哀悼の意を表します。

ノーモア・ヒバクシャ近畿訴訟今後の日程
 2020年 6月10日(水)14:30 控訴審・高裁第12民事部 74号 高橋さん弁論

2020.06.06 Sat l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top
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2020年5月27日
ノーモア・ヒバクシャ訴訟大阪高裁判決についての声明
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿原告団・全国弁護団
ノーモア・ヒバクシャ訴訟近畿弁護団・全国弁護団連絡会
ノーモア・ヒバクシャ訴訟支援近畿ネットワーク

本日、大阪高等裁判所第2民事部(田中敦裁判長)は、原審である大阪地方裁判所が平成31年2月28日に言い渡した判決について、1審原告の控訴を棄却する判決を言い渡した。

本訴訟は、長崎原爆の爆心地から約4キロメートルの地点で直爆を受け、その後同年8月15日に爆心地付近を通過して避難した男性の原爆症認定申請却下処分を争った事件である(申請疾病は前立腺がん)。

判決は、線量評価体系(DS02)等に基づく被曝線量の算定方法に問題があることを指摘しながらも、基本的にはこれに則って控訴人の被曝線量を推定し、直爆および残留放射線被曝について、控訴人が健康に影響を及ぼすような相当程度の被爆をしたとは認められないとの判断を下した。また、放射性降下物についても、黒い雨が降ったか否かに拘泥し、これ以外の放射性降下物(放射性微粒子等)の存在については計測されていないという理由であっさりと切り捨てている。さらに、被爆状況の認定においても、被爆者の主張を客観的証拠がない等の理由で切り捨てており、真摯に検討する態度が全く見られない。

本判決は、最高裁松谷判決の趣旨を否定し、またこれまで積み上げられてきた原爆症認定訴訟およびノーモア被爆者訴訟の到達点から大きく後退するものであり到底容認できない。

2017年に国連総会で採択された核兵器禁止条約について、国は唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約の調印・批准をし、核兵器の非人道性を世界に訴えるべきである。その出発点となるのが、被爆者の声であり、被爆の実相である。にもかかわらず、国は破綻した原爆症認定制度の運用にしがみつき、裁判所は被爆者の声に真摯に向き合わず、国の方針に追随している。

当時3歳であった控訴人も78歳であり、現在も入退院を繰り返し、本日は出廷することもできなかった。このような被爆者の現状を踏まえ、国は被爆者の立場に立って原爆症認定行政を根本的に転換すべきである。また、裁判所は国の誤りについて司法統制機能を充分に果たすべきである。

判決にあたり、ノーモア・ヒバクシャ訴訟原告団、全国の被爆者および弁護団は、国、厚生労働省および裁判所に対して、以下のことを求める。
(国および厚生労働省に対して)
1 「新しい審査の方針」の誤りを認め、これを変更し、全原告を救済すること
2 被爆者が「裁判をする必要がないように」被爆者援護法と原爆症認定の在り方を抜本   
 的に改め、被爆者の命あるうちに問題を解決すること
3 唯一の原爆被爆国として核兵器の非人道性を国際世論に訴え、核兵器禁止条約に加
 入し、核兵器廃絶国際運動の先頭に立つこと
(裁判所に対して)
1 被爆の実相を直視し、被爆者の主張を真摯に受け止め、公正な判断を下すこと。
以上

2020.05.28 Thu l ニュース(原爆症裁判) l コメント (0) トラックバック (0) l top